どうしても手に入れたいものがある。もしも、それが手に入るのなら、わたしは人魚姫みたいに声がなくなってしまってもいい。満足に思いを伝えられない、悲劇のヒロインになってもいい。そう、思うくらい欲しいものがある。


「お前さ、なんでこんなことしてんの?」


カチャカチャと、ベルトを閉める音がする。わたしはベッドのシーツに埋もれていて、薄暗い部屋の中、蝋燭に灯る光りを見つめていた。
乾いた唇を開けて、すぐに閉じる。喉まで出掛かった言葉は飲み込んだ。目を強く瞑り、早く着替えを済まして部屋から出ていってくれることを願う。


「なあ、言えよ」


いつの間にか、わたしと彼の距離はゼロになる。背中を向けていたのが、逆に悪い結果を招いた。
背骨を、ゆっくりと、ひと撫でされる。予想外のことに、鳥肌がたった。心臓がばくばくと脈を打って、わたしは何も考えられなくなる。
わたしが何も言わないことが気に食わなかったのか、行動はエスカレートしていった。今度は背骨を舐められる。髪を梳かれ、リップ音をたててキスをする。肩に手を置かれ、身体は簡単に反対を向いた。


「やめて……ネッパー」


青い瞳は熱を帯びていて、すごく色っぽい。形のいい唇は歪んでいて、サディスティックな笑みを浮かべている。
長い髪の毛を耳にかけて、ネッパーは口を開いた。


「言えよ」
「い、や……」
「そんなの、納得すると思ってんのか?」


思うわけない。わかってる。ネッパーは昔から、自分の納得できないことが大嫌いで、物事があやふやになることを許せない人だった。
だからわたしの言ったことが彼に通用しないことは重々承知なのだ。それでも言いたくない。言ってはならない。わたしは、自分が傷つくのをわかっていてそれをやるほど、強くないのだ。
右手を見ると震えていた。情けない。わたしは昔から、そして今も、臆病で弱虫だ。


「は、それなら言わなくてもいいぜ」
「え……」
「身体に聞くけど、な」
「やめっ……んぅ」


顎を掴まれて、頭の後ろを固定される。胸板を押し返そうにも、力が入らない。せっかく着替えたシャツのボタンを器用に片手で外しながら、わたしの舌を絡めとっていく。また、甘ったるい熱に溺れていく。

この行為に、愛は存在しない。ネッパーの気まぐれで、たまたま都合が良かったのはわたしなだけであって、他にもたくさん女の子はいる。
だからこそ、わたしはどうしても理由をネッパーに言えない。
わたしはネッパーがすきだ。ずっと昔から。こどもの頃から。ずっとずっと、ネッパーがすきだった。だけどネッパーはわたしをすきじゃない。
現実は甘くない。それは何年も前に、目の前でお父さんがたくさんの人々に連れて行かれるのを見て、わかっているのに。
実らない恋をするのは愚かだろうか。その答えも、何年も前から出ているけれど、わたしはわからないふりをしている。

ようやく解放された口は、酸素を求めて開いた。息が上がってしまって、肩が大きく揺れる。前髪を掴まれる。目の前には、涼しい顔をしたネッパーの姿。


「いいねえ、もっと泣けよ」
「はっ……はあっ……」


舌なめずりをするネッパーは、まるで動物みたいだ。泣いても、やめてと叫んでも、彼を煽るだけだろう。それにわたしは、本当は嫌じゃない。抵抗したくない。だって彼を、あいしてる。


「すき、」
「……」
「だい、すき……っ」
「へえ?」


さっきのキスとは違って、優しくて、触れるだけのキス。目に、頬に、鼻に、額に、唇に。それだけで、胸が苦しくなる。涙が自然とこぼれて、本当のことを、言いたくなる。


「俺は、お前なんか好きじゃねえけどな」





110325
拝借/落日
あめこさんへ(イチマンダーフリリク)

- ナノ -