「お客様、ほうれん草とあさりのドリアと、エビとカニのドリアです」
「ああ、あたしほうれん草です」


お姉さんは器用に片手でお皿が乗ったトレイを持ってきた。食べ物を弥優姉ちゃんと俺の前に置いて、再び厨房へと戻っていった。こっそり置かれた伝票。合計、982円。流石、大型チェーン店のファミレスだ。俺の家じゃあ無理だ、こんな値段。「それで、さっきの続きだけど」弥優姉ちゃんは既にスプーンでドリアをつついていた。


「なにが?」
「試合。ほんとにないわけ? ていうか冷めるよ、ドリア」
「ないってば。これはわざと冷ましてるんだよ」
「そっか、虎丸って猫舌だもんね」


うひゃひゃ、と弥優姉ちゃんは変な笑い方をする。ムカつく笑い声だなあなんて思いながら、俺はメニューに目を通した。盛り方の見栄えだとか、値段の付け方だとか、色々と参考になる。今度からハンバーグを増やそうかなあ。中にチーズでも挟んでみるか。
綺麗にハンバーグの間から垂れているチーズを見て、ふと思いついたことだった。


「……弥優姉ちゃん」
「ん?」
「その、見てないで食べなよ」
「あは」
「あはじゃない!」
「だって……いや、食べるけど」


口をもごもご動かして、弥優姉ちゃんはそのまま黙ってしまった。まあ大体は予想できる。これから言ってくることも、やることも。


「弥優姉ちゃん、あさり食べられないでしょ」


目を逸らされた。わかりやすいなあ。だから聞き返したのに。なんで食べられないものを頼むんだ。弥優姉ちゃんとは生まれる前からの付き合いだけれど、未だによくわからない行動をとる。しかも、いきなり、突然。


「もー、食べ物残したらバチ当たるって言ってるだろ」
「わ、わかってるよ!」
「わかってるなら、食べらんないもの注文しない」


弥優姉ちゃんのおでこに手を伸ばして、そのまま振り下ろす。ぺちん、という間抜けな音と、口が開きっぱなしの弥優姉ちゃんの顔は、妙に合っていてなんだかおかしかった。
叩かれたと気づいた弥優姉ちゃんは、唇をきつく結んで、頬を膨らませた。もちろん、全く迫力はないし怖くもない。子供っぽい仕草に俺が笑っていると、弥優姉ちゃんはますます怒ってしまった。


「虎丸、いつからそんな……」
「弥優姉ちゃんが子供みたいに膨れてるからだろー?」
「膨れてないし、怒ってません!」
「ははっ! 怒ってるじゃん」


ケラケラといつまでも笑っていると、弥優姉ちゃんの雰囲気がだんだんと暗いものに変わっていくのに気がついた。さっきとは打って変わって、うつむいて寂しそうな顔をするものだから、やっぱり弥優姉ちゃんは女の子で、俺とは違うんだなあと、つくづく思う。


「弥優姉ちゃん」
「……」
「弥優姉ちゃんってば」
「とらまるの、ばか」
「ごめん、笑いすぎちゃって」


やっと顔を上げた弥優姉ちゃんは、まだ少し怒っていて、でも少し嬉しそうに、もう一度「ばか」と呟いた。


「……虎丸のために、何かしたくて」
「え?」
「だから、ドリア頼んだの」
「あさり食べられないのに?」
「……うん」


やっぱり、弥優姉ちゃんは子供みたいだ。後先考えずに行動するなんて、本当に中学生?と聞きたくなる。でも俺は、それが俺を思っての行動だと知っている。
だから、俺は弥優姉ちゃんに何も言えない。たぶん、この先もずっと。


「はい」
「え?」
「交換しよ、ドリア」
「でも、虎丸」
「いいよ。別に俺はあさり食べられるし、ほうれん草も好きだしね。あ、でも一口ちょうだい」


なんだか照れくさくて、ろくに弥優姉ちゃんの目を見れなかった。いつもより早口になってしまったけれど、どうやら俺の言いたいことは伝わったらしい。弥優姉ちゃんの方を見ると、そこには見慣れた笑顔があって、ほんの少し、胸のあたりがきゅう、とした。



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