真剣に悩む弥優姉ちゃんを余所に、俺は空腹の限界を迎えようとしていた。きゅう、とお腹のあたりが痛くなる。当たり前だ、お腹がすいたからどこかに入ろうという提案を受けて、ファミレスに入ったのが一時間前のことなのだから。
昼食の時間帯だったということもあって、ファミレスは大繁盛していて待たされた。ようやく席につけたと思えば、今度は弥優姉ちゃんがメニューを見つめて動かなくなってしまった。


「弥優姉ちゃん、まだあ?」
「うー、こんなにたくさんあると決められない……」
「もー」
「虎丸は何食べるの?」
「エビとカニのドリア」


これ、とメニューを指差す。弥優姉ちゃんは呑気にも、「美味しそうだね」と言った。確かに美味しそうだ。けれど、俺がドリアを選んだ理由は少し違うところにあった。


「俺、まだドリア作ったことないんだ」
「だから食べるの?」
「うん、まあね」


立ち読みした雑誌のおかげでレシピは大体頭に入ったものの、焼き加減や味の濃さとかはお店というお手本をベースにしようと思った。小学生が保護者もいないのに外食をしようというのだから、これくらいはしないと母さんに申し訳ない。あと、そろそろ空腹も限界だ。早く決めてくれないかなぁ弥優姉ちゃん。


「お客様、ご注文はお決まりですか?」
「あ、えっと……」


髪を後ろでまとめた女の人が、俺と弥優姉ちゃんの間に立つ。ずっと注文もしないで座ってたからだ。


「弥優姉ちゃん、どうする……」
「じゃあ、ほうれん草とあさりのドリアと、エビとカニのドリアください」
「え、弥優姉ちゃん」


お姉さんはかしこまりましたと言って、機械に注文したものを打ち込み始めた。弥優姉ちゃんの方を見て、注文を聞き返している。いや、別にそれは見慣れたというか、身近にある風景だから何も違和感はないのだけれど。お姉さんが厨房に向かったあと、俺は弥優姉ちゃんを見た。


「ねえ、弥優姉ちゃん」
「ん?」
「なんでチーズハンバーグにしなかったの?」
「チーズハンバーグ?」
「弥優姉ちゃん、迷ったときはいつもハンバーグ系だろ。ここはチーズしかないみたいだから」
「まあ、気分だよ。気分!」


それよりも、と弥優姉ちゃんは身を乗り出す。ちょっと、顔が近い。「今度の試合いつ?」弥優姉ちゃんは何故か小声で聞いてきた。ああこれは何か企んでいるな、と理解した俺は試合の日時と場所を頭から一時的に消すことにした。「わかんない」お姉さんが置いていったコップに手を伸ばし、氷を左右に転がしてみる。弥優姉ちゃんを見ると、口を尖らせてつまらなさそうに俺を見ていた。


「嘘、虎丸のばーか」
「ほんとにわかんないだよ。今週はないかも」
「ふーん」


弥優姉ちゃんは外に視線を移した。不機嫌だ、っていう精一杯のアピール。俺もそれはわかってる。わかってるから、弥優姉ちゃんには教えられない。どうせ大きな旗でも持ってきて、振ったり大声で応援したりするんだろう。名前を呼ばれたりしたらたまらない。



110305