「ねえ、ひま」
「ちょっと待って」


何回目かわからなくなったやりとりを、あたし達は朝から繰り返している。今日は久しぶりに虎丸の部活がない。なおかつ虎ノ屋の数少ない定休日であり、これは遊ぶしかないと考えたあたしは、昨日泊まるつもりで虎丸の家に訪問した。
結果、お泊まりは虎丸に断られてしまったけれど(おばさんはいいよって言ってくれたのに!)、こうして遊ぶ約束は取り付けることができた。そう、あたしは遊びに来ているはずなのだ。
浮かれて学校に行くときよりも早くに目が覚めたのに、虎丸はさっきから宿題とにらめっこ中だ。なんでも、部活とお店の手伝いで普段できない分を、今やっておきたいらしい。だからといって一週間も先の分までやるかなあ。普通。


「弥優姉ちゃんはないの? 宿題」
「あたしは学校でやってきちゃうもん」
「……授業中に?」
「うっ」


こちらを向いたかと思えば、呆れた顔。そういえば最近は笑った顔よりも呆れた顔の方がよく見るかもしれない。昔はもっと、こう、可愛いかったのに。弥優姉ちゃん!って後ろをついて回ってたなあ。
再び背中を向けてしまった虎丸に、何を言っても軽くあしらわれるだけだろう。あたしは部屋のそこら中に散らばっているサッカー雑誌を手にとった。
虎丸の影響もあって、ポジションの名前くらいはわかるものの、雑誌に載っていることなんて全くわからない。カタカナの羅列は、まるで何かの呪文みたいだ。二、三ページで飽きてしまった雑誌を元の位置に戻し、虎丸の背中に視線を戻す。
せわしなく動く右手を見ていると、何のためにここにいるのかわからなくなる。サッカーや、お店の手伝いをする姿を見ているようで、邪魔をする気にはなれない。
考えてみると、年中暇であるあたしの休日とは違って、部活も手伝いもない日なんて虎丸には貴重すぎる一日だ。虎丸からしてみれば、どっちかというとあたしと遊ぶより、静かに体を休めたい、かな。


「虎丸ー」
「なあに」
「あたし帰るねー」
「え」


DSやトランプを鞄にしまい、部屋のドアノブに手をかける。空いてる方の手を虎丸に向けて振ろうとしたとき、後ろでガチャガチャという音がした。「虎丸?」振り向くと、虎丸が鉛筆やボールペンにキャップを付けて筆箱に入れる、という作業を物凄い勢いと速さで繰り広げている。
なにやってんの、と聞こうと思ったときには、机の上はほとんど片付いていた。


「弥優姉ちゃんっ」
「はい」
「え、あれ……? 帰ってない……?」
「ずっといたよ、ここに」


なあに、と返事をすると、虎丸はほっとしたように息を吐いた。


「何して遊ぶ? 弥優姉ちゃん」
「え、でも宿題は……」
「いいよ、もう。ほら、トランプやろ」
「……えへへ」


鞄の隅を掴む姿は可愛い虎丸のままで、何も変わっていなかった。いまのあたしの顔は、きっとだらなしなくニヤけているに違いない。「可愛い」という一言を抑えて、あたしはいつも通り、虎丸に飛びついた。


「虎丸、大好き!」



100407
虎丸も遊びたいのよっていう