何の断りもなく後ろから腰に腕をまわされたと思った瞬間、がぶりという擬音が似合う音がして、思わず「ひい!」と叫んだ私はぐるりとできるだけ首をこれでもかとひねった。そこにはいつも通りの無表情を顔にはっつけたバダップがいた。おいおいまじかよ、若干涙が溜まった目で睨みつける、が、まったく私の心情がわかってないんだろう彼はこちらを見つめ続けていた。「ねえ」「…どうした」「痛いんですけど」じっとりと再度睨めば、ふんわりした真っ白な髪を少しだけ揺らしたバダップはすまないとごちた。その謝罪にまったくの心を感じなかったけれどいつものことなのでまあいいだろうと睨むのを止める。

「どうして急に噛んだの」

「…どうしてだろうか」

ちょっと、なによ、それ。理解不能だと眉をしかめる目の前の彼より私のほうが理解不能だと断言できる。その自信がある。「とにかく!」未だに腰にまかれている両腕を追い返すようにして、私は真っ正面にバダップを見た。彼は先ほどの顔を崩すことなく、ただただじっと私の顔を不安そうに見つめている。

「ちょっと離れてよ」

「何故だ」

「何故って…そりゃあまたあんたに噛まれちゃった堪んないからよ」

聞き分けのない子どもをさとすようにその熟れたりんごのように真っ赤な瞳を覗き込むと、バダップは不安そうな顔をさらに歪ませて「いやだ」と一言、きっぱり言い放った。見掛けによらずなんつうわがままな人なんだかと呆れたため息とは裏腹に、口元が自然とにやけてしまった。私も大概毒されてるなあと感慨深く感じると同時に愛しさがぶわりと溢れだしてきた。

「少しは我慢してよね」

「我慢なんてしたくない」

たんたんと言葉はつむがれるのに、その目は泣きそうに揺れている。ちょっと意地悪しちゃったかな?「うそ、私だって離れたくないよ」そうして何だかんだ彼に甘い私は、少しばかりの誠意をこめて白い髪をかきあげ、そっとおでこに口づけた。

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