*秘密の夜
柳生比呂士は、幽霊だ。
もういつのことだか忘れたが(つい最近のようにも思う)、ベッドに横たわり携帯ゲーム機を弄る仁王の隣に、気がついた時には既にぼんやりと、しかし確かな存在感をもって彼は居た。
色褪せた軍服を着て、神経質そうに眼鏡の細いフレームを白い指で持ち上げる。
その仕草は仁王に既視感を覚えさせるものだったが、仁王には軍人の知り合いはいないし、親しい友人が死んだこともない。
ただの思い過ごしであろうか。
彼は自分が何故ここにいるのか、いつ死んだのか、そして本当に軍人だったのかさえ分からないのだと言った(不思議なことに仁王は彼が見えるだけでなく会話をすることもできた)。
「この場所に好きな人でも居たのでしょうか」
彼に限ってそんなことは有り得ないということは仁王でさえ分かるのに、柳生は微笑みながらそう言うのだ。
柳生はもう死んでいるから、食事や睡眠を必要としない。
「じゃあ夜は何しとん」
「空をみたり、仁王くんの寝顔をみたり、ですかねぇ」
彼は長い時間ひとりきりでも退屈は感じないらしい。
死んだ柳生と生きている仁王では、もはや時間の感覚すら違うのかもしれない。
「あーあ、柳生が生きとったらよかった」
「それは…理由をお聞きしても?」
陽光に透けているような頼りない輪郭も、凛とした菫の瞳も、優しくあたたかな彼の心も。
触れられないことを思うたびに、心身を引き裂かれそうなくらい苦しくなる。
心が痛むことが辛いのではない。この苦しさが形にならないことが、その不安定さが、彼や彼を想っている自分がいつか消えて無くなること暗示しているように思えて、恐ろしいのだ。
「やぎゅう」
「はい」
「柳生さん」
「何ですか?」
「好いとうよ」
「…意味をはかりかねます」
「それでもよか」
柳生はきっと知っている。
仁王の柳生に対する気持ちがどのようなものなのかを。
そして応えることもできるのだ。
だが柳生は何も言わない。
その溝が仁王を苦しめているのだということを理解していながら、同時に埋めてはいけない摂理だということも分かっているから。
「君が眠るまで、手を握っていてあげましょう」
目を閉じたらその存在を感じることなど出来なくなると知っているのに、柳生は平気な顔をして仁王に嘯く。
それでもきっと彼はほんとうに自分に触れているのだろうとぼんやり思いながら、仁王は意識を手放した。
***
幽霊な柳生さんは仁王くんに優しい
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