世界でいちばん(田花)
かちり、目線は手元のノートに落としたまま、シャーペンのノックを押して少し芯を出す。
「おれ、べつにサッカーが嫌いなわけじゃない。むしろ好き、ってかスポーツが好き」
「ふうん」
田島の話はいつも唐突だ。
それはほんの子どもが、母親に一日の出来事を矢継ぎ早に教えるようで。
そして今日もまた、部活が終わり花井が日誌をかいている向かい側の席で、携帯をぽちぽちと弄りながら、突然脈絡も無く話し始めた。
「だけどさぁ、野球はなんか違くて…トクベツってゆーか」
「あぁ、分かるかも」
「だろー?楽しいとか、テンション上がるとか、そんだけじゃないんだよなぁ」
うん、と田島の言葉に頷きながら、今日の日付を欄にすらすらと記入していく。
どうでもいい事だが、家系なのか単に似ただけなのか、妹も花井も、酷く癖のある、丸くて角が少ない字を書く。
阿部には「女子みたいでデカいお前が使うと気持ちわるい」と冷めた目で言われ、水谷には「丸字可愛いじゃん!俺ラブレター貰うならこういう字で書いて欲しいなぁー」なんてうっとりとされた。
どちらにせよ、頭にくる反応には違いない。
花井が関係の無いことを頭の片隅で考えていると、田島が携帯から目をはなしぱっとこちらを見た。
「…んだよ?」
「野球はさ、ゾクゾクするよな。コーフンする!俺、バッターボックス立った瞬間なんか、泣きたくなるくらい好きだなー」
田島の目はその情景を思い出しているのか、ゆるりとした薄い熱を帯びていた。
続けて、唇がひらかれる。
「おれ、花井のこと、そういう風にスキだよ」
へえ、と呟こうとしたが咄嗟に声は出ず、花井は大きなため息をついて誤魔化した。
「ヤな反応するなぁ」
「嘘吐け」
想定内だろ、とは悔しくて言えない。
花井が知っている普段の田島はただの馬鹿で鈍感なところがあるのに、今は野球をしている時のように、すべてを見透かすように真直ぐな視線が自分へと向けられていて、花井のその印象を尽く消す。
田島はそんな花井の、日付を書いてからずっと止まったままの手をちらりと横目で見て、喉の奥で静かに笑った。
「花井ってショージキだね」
「は?何なんだよお前、わっけ分かんねぇ」
「花井は分かんなくていいのー」
じゃあ俺寝る!オヤスミ!と、張り詰めた空気を四散させるように田島は早口に捲し立て、机に顔を伏せた。
「…寝んのかよ」
呆れたような花井の声に返ってくるものは無い。
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ゴーイングマイウェイ田島
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