くち無し(ウヴォシャル)

 



ウヴォーギンは銀色の狼のような男だった。

大きくてしなやかな、筋肉質な体躯。青い炎の燃える瞳。獲物を狙う鋭利なぎらりとした牙のような歯。
ターゲットの殺し方は残虐で、弱肉強食の世の常をせせら笑うかの如く、美しい暴力を存分に振るう。

しかしそんなウヴォーギンは意外にも情に厚く、情報収集を主に担っていたことから旅団の中でも孤立しがちだったシャルナークを、ことあるごとに外へ連れ出したり、抜きがちだった食事を持ってきたりと甲斐甲斐しく彼の世話を焼いていた。
シャルナークが怪訝に眉を寄せても、飄々と、笑うだけで。

黒い瞳の蜘蛛の頭が見えない虚無感に襲われた夜、アジトの窓から空を見上げていたシャルナークの隣り、手が触れ合う距離にウヴォーギンは黙って座っていた。

ふと視線が交わった瞬間、引き寄せられ、痛いくらいに抱き締められながら合わせた唇の熱さを、シャルナークはきっと一生忘れない。


それからふたりはずっと、近すぎない距離で、一緒に居た。
シャルナークに海の静けさ、浮かぶ月の侘しさ、夏の夜風の心地よさ、心を覆う切なさの消し方を教えてくれたのは、ウヴォーギンだった。


「ウヴォーは俺に何も聞かないね」
「聞いてほしいのか?」
「誰にも言いたくない。秘密にしておかないと、薄れてしまいそうだ」
「なら聞かねぇよ」
「でも、ウヴォーなら、」


紡ぐ筈の言葉は途切れた。
かさついた唇に、ウヴォーギンの寛容な意思に、まるまるすべて咀嚼され飲み込まれてしまった。

もう駄目だ、とシャルナークは溶かされた思考の片隅でおもう。薄れるなんて軽いものでは無かった。
確固たる想いは粉々に砕けて、飛ばされ、消えてしまったのだ。

ああなんて酷い。
一生黒い逆十字の側に、と他の誰でもなく自分に誓った。その枷を破り、だがそれでもいいと思えたのに、伝えることすらこの優しい獣は許してくれない。



「何も聞かないでも、ずっと一緒に居てやる」


柔らかな棘で永久に浸蝕されている方が、一思いに狩られるよりきっと辛いものであるのに。



***


結局ウヴォーは死んでしまったのでシャルは何も手に入れられなかったということになります












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