さかなのはなし




小さな魚を飼っていた。

その何十倍も大きな水槽で、酸素の気泡がぷくりぷくりと上がる青い水の中、みどりいろの、ぎんいろの鱗を無機質な蛍光灯の光に照らされ、優雅に跳ねる小さな魚。

幽は興味が無いと言う風に近寄ることをしなかったけれど、自分はその、狭い密室で泳ぎ回る様に、何故だか惹かれた。

夜になると、暗い部屋の天井にゆらりゆらりと蠱惑的に波打つ静かな水面に、夜闇が怖いのも忘れて魅せられた。


あぁ呼んでいると、思った。
あの日の魚が、闇が、水が呼んでいると。

目を閉じていても気配のする記憶が、頬を撫でる。


「それで、その後は?」


促されて、懐古する。

ただじいっと見つめているうちに夜が明けて、気付けば水槽の魚はふくらんだ腹を見せて死んでいた。
艶やかな金の目玉は光を失い、呼吸を失った口は開いたままであった。


「悲しいね」


どうしてそんなことを言うのだろう。
悲しくなんてないのだ。
確かにその時は、一日中泣いたし、しばらくは魚を口にすることもかたくなに拒んだ。

だけど今は笑い話にさえできる。


「じゃあ、よかったね」


ああ本当によかった。
臨也、おれは心底嬉しいんだ。


だってあの日死んだ魚が今、またおれの元へ戻ってきたのだから。



***

記憶なかの魚=憧憬の象徴=臨也











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