キスしてもいいよね
ひやりと濡れた空気が肌に触れる。
梅雨空はどんよりと鈍く重く、気分を下降させた。
「雨って嫌いじゃないなぁ」
膝に顔を伏せ、しずかに目を閉じて眠ろうとしたそのとき、隣りから涼やかな声がきこえた。
冷たいリノリウムの床が、蛍光灯の光を無機質に跳ね返す合間に、はらはらと雨の湿った音が降る。
「おれは嫌いだ」
「どうして?」
「さみぃし、だるい」
「ふぅん」
瞼の裏の暗闇に閉ざされて見えないが、きっと隣りの男は冷たい瞳で真直ぐ前を見ながら、それでも口元だけは笑っているのだろうということは分かった。
だって声音がこんなにも。
「どうして」
先程自分が問われたのと同じものを、無表情に返す。
「だって何も見えなくなるから。例えば大嫌いな静ちゃんの顔とかね。」
だからたいようは要らない。
歌うように軽い臨也の言葉に含まれた意味に気付き、痛んだ金髪をふるりと一度振って顔を上げる。
ばあか、
自分だけ逃げ道用意しやがって。
ふん、と鼻で笑うと、臨也が目を細めて顔を近付けてきた。
ああ本当に俺も臨也も馬鹿だ。
たった一度の口付けをするために、百の言い訳を用意しなければならないなんて。
臨也の長い睫毛に隠れた赤いいろに俺は、消えた太陽をみた。
キスしてもいいよね
(かおがかくれたらだれかわからないでしょ?
だから、だよ。)
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乙女な臨静
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