線香花火
不意に視線を感じた。
神も、その鍵も、監視者である未来人も、この部屋にはいない。
いるのは神の気紛れで選ばれた歪な存在である僕と、他者によって意図的に造られた、彼女。
( 長門有希 )
頭の中で名前を呟く。
彼女の澄んだ、悪く言えば意思を持たない瞳は、僕の思考まで見透かしていそうでゾッとした。
彼女の膝元に置かれた本と両手に一度視線をやり、そして彼女を見つめる。
「どうされました、長門さん。何かご用ですか?」
上手く笑えているだろうか、僕は。
思い出せない程重なった毎日に塗りつぶされた嘘は、今、本物になろうとしているのかもしれない。
だって僕はもう、本当の笑顔なんて忘れてしまった。
「指」
「え?」
暗い考えに絡み付かれた僕に、抑揚の無い声が届いた。
言葉に促されるまま、自分の指を見つめる。
「あ、…血が」
いつの間に切ったのだろう。
左手の人差し指のちょうど第二関節あたりに、細い赤の切れ目が滲んでみえた。
「お気遣いありがとうございます、長門さん」
「………いい」
僕が礼を言うと、彼女は少しの間を置いてそう言い、再び膝の上の文庫本を読み始めた。
その一連の動作を見届け、僕は鎌鼬の傷を隠すように両手を組むと、遠くの足音に耳を澄ます。
静かな室内に、ふたつの呼吸。
当たり前のはずの、僕が求める平穏とは違う偽物のそれが崩れるような予感がして、僕はゆっくり目を閉じた。
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長門+古泉
エンドレスエイトネタにしようとしたはずだったのに…
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