そう例えばそれが、甘いだけのものであればよかったのだ。
甘いだけで、毒は知らず知らずの内に身体にまわりきる。
しかし現実は、それとは正反対の、苦しみも痛みも伴う酷く切ないものだったから。
「おはよう」
「…朝、」
「違う。もう昼過ぎだよ」
ふうんと呟いた筈の声は掠れていて、昨日の卑しい自分を思い出すからそれが嫌で態とらしく咳をして誤魔化した。
「また目が覚めちゃったね、可哀相に」
臨也の、細くはないが美しいフォルムの指が俺の髪を梳く。
それを黙って目で追いながらおれは、昔、女の標本をつくり愛す男の話を読んだことを思い出していた。
その小説は何とも言えず綺麗で淫美で、そしてどこかもの哀しかったことを、懐古のなかでみつけだす。
どうして俺には何も無いのだろう、俺がもしその小説の男のように人間を標本にできたなら、いちばんはじめに臨也のゆびを遺すのに。
離れてゆく臨也の手を見つめながら、やっぱりもう一度寝ようと思った。
春の雨はまだ来ない
(待っている自分がいちばんキライなんだ)
****
拍手ありがとうございました!
コメントもらえるとよろこびます↓
お返事はmemoにて!