初めて小平太に遇ったのは、桜の花弁が舞い踊る春先のことだった。

彼は、顔も身体も泥だらけにしていて、恐る恐る何があったのか聞いてみると、さっき熊と闘って勝ってきたと、さも当前のことのように、そう、まるで朝ごはんを食べてきたと同じような口調で言ってのけたのを、僕はまだ昨日のことのように思い出す。その時の僕はまだ幼く、熊を倒してしまうなんて怖すぎる、と恐怖心が先に立ってしまっていたが、実際彼と触れあってみると、腕っぷしは強いけれど本当は心根の優しいいいヤツだった。

そんな出会いから、10年が経った。

僕たちは無事に忍術学園を卒業し、僕以外のみんなは各々近くの城や遠くの城へ就職していく中、僕だけが新野先生に誘われるがままに学園に残り、研修期間を経て、そろそろ田舎へ帰ると言う先生の跡を継いだ。
近くの城に就職した長次とは、時折町で偶然すれ違ったり、長次がお忍びで学園の図書室を利用しに来たりする時に一言二言交わしている。留三郎からは、よく手紙がくる。その内容の殆どが、用具委員会の後輩達が元気しているか、という内容だ。当時3年生だった作兵衛が卒業した時など、自分も卒業式に出ると言って聞かなかったが、結局忍務の都合がつかなかったらしく、涙でぼよぼよになった文が届いた。い組の2人は、相変わらずたまに会っては喧嘩になると聞いている。ただ、喧嘩と思っているのは文次郎だけで、仙蔵は文次郎と遊んでやっているのだ、と相変わらず黙っていれば美人なのにドヤ顔で言っていた。
会う時間は減ったけれど、みんな、根元は変わらない。卒業しても、戦場で遇うまでは友達でいようという約束は、継続中だ。

ただ、そんな中で、小平太からの連絡だけが途切れた。
卒業してしばらくはお世辞にも綺麗とは言えない字で書かれた文が三月に一度は僕か長次のところに届いていたのに、それももうない。
小平太のことだから、便りのないのが元気な証拠だとは思う。
それでもやっぱり、あの元気な声を聞きたいと思うし……逢いたい。
そう。逢いたいんだ。
顔を見て、言葉を交わしたい。


――僕はもう、10年も彼に片想いをしている。

思えば、あの、キラキラとした顔で熊を倒したと言ったあの瞬間、僕は小平太に恋をした。
本人はもちろん、一等仲のいい留三郎にも言わなかったし、言うつもりもなかった。幼い恋心など、時が経てば消え果てると思っていたのだ。
しかし、結局はずるずると10年も想いを引き摺ってしまっている。逢えない分、僕の中で気持ちを消化させられずに膨らむ一方なのだ。
きっと、さらに精悍になって、体つきも大きくなっているのだろうと空想の中で小平太を思い描く度、僕の心の奥の方が疼く。その度に、逢いたくて、触れたくて、切なさに殺されそうだった。

そんな、ある春の日。

何時ものように校内で薬草を煎じていると、委員長になった乱太郎が血相を変えて医務室に飛び込んできた。簡単に話を聞いたところ、どうやらマラソンに出かけた1年生が興味本位で近くの合戦場を覗きに行き、数名が流れ矢と流れ弾を受けて負傷したと言うのだ。そのまま乱太郎と、同じく6年の伏木蔵を連れて、僕は合戦場近くの1年生たちに合流した。先生方の的確な応急処置のおかげで皆大事に至らなかったが、1人行方不明者が出た。

「土井先生、行方不明の子がいると聞いたんですが…」
「ああ。1年は組だそうだ。なんだか5年前を思い出して胃が痛いよ」

三十路を迎えて少し貫禄の出た土井先生に、僕もさんざんやらかしましたから、耳が痛いですよと苦笑いで言うと、は組のははハプニングのはだな、と同じく苦笑いが返ってくる。しかしすぐに笑っているバヤイではないと頷き合うと、僕は土井先生と別れて処置を受けた子達の傷口を再確認し、伴に来ていた6年は組の子達に忍術学園へ同伴を頼んだ。
それが終われば、僕も捜索活動に出る。

「さて、君で最後だな」

泣きじゃくる小さな1年生の頭を撫でたあと、包帯を巻き直しながら僕は少しだけ彼と話してみることにした。

「合戦に、興味あった?」

しゃくり上げながら頷く小さな忍者に、
「そっかぁ…そうだよねぇ…忍者だもんね。思い出しちゃうなぁ…6年生の先輩たちもね、すごいやんちゃだったんだ。とくに乱太郎たち6年は組の子達が1年だったとき。それはもう、学校中を巻き込む騒動に何度もなったんだよ」
そう話してやると、涙を拭いながら顔を上げ、「さんじろうせんぱいたちが?」と少し頬を赤くして問うてくる。さんじろう…夢前三治郎か。そうか、この子は生物委員なんだな。うん、そうだよ。とにっこり笑ってやると、嬉しそうに三治郎の話を聞きたがった。同級生の兵太夫と一緒にからくりを作っては先生を困らせていた話をしてやると、彼は「ぼ、ぼくもさんじろうせんぱいみたいにからくり、作りたいです!」とさっきまで泣いていたのが嘘のように息巻いている。
これが、この子達のいい所だ。
近くで待機していた三治郎を呼び寄せると、1年生を連れて帰るよう頼み、もう1度頭を撫でてやった。

「よし、もう大丈夫だ。三治郎と一緒に学園へ帰ったらしばらく大人しくしてるんだぞ」
「はい!」
「いいお返事だね。……三治郎、頼んだよ」
「伊作せんぱい…じゃなかった、せんせー了解でーす!」
「え、いさく先生はせんぱいなんですか?」
「三治郎…わざとだな」
「そうだよー、この先生はねー、不運で有名でねー」
「三治郎!早く帰れ!」
「きゃー!いさくせんせーこわーい!なんてね。夢前三治郎、1年生1名を連れて帰りまーす!……の前に。行方不明者を探しに出ている者から、ちょっと気になること聞いたんですが」
「なんだ?」
「七松小平太先輩がいたらしいですよ!」
「え、」
「懐かしい名前ですよね〜!では、今度こそ帰ります!」

ああ、頼んだよ。
声になっていたか、上手く笑えたかわからない。
ひどく、動揺した。
小平太が、近くにいる?
しかし、この合戦は小平太が就職した城ではないはずだ。となると…諜報活動中か。
口の中が渇いた。
――逢えるかもしれない。
その微かな期待が、僕の動悸を乱す。

「……何を考えてるんだ。喜んでる場合じゃないだろう。僕は、先生なのだから」

行方不明になった子を、一刻も早く見つけてやらなければ。
頬を叩いて気合いを入れると、救護用に待機させていた乱太郎に声をかけ、僕も他の先生方に続いた。混じり合う雄叫びと発砲音と金属の擦れる音が、合戦場が近いことを教えてくれる。
――無事でいてくれよ。


腰を低く草むらを駆け上がると、高台に出た。さらに木に登り、高さを増やして合戦場とその辺りを見渡す。
そう簡単に見つかるとは思っていなかったが、これは骨が折れそうだ。そう、息をひとつ落とした瞬間。

「伊作!」
――バァン

僕を呼ぶ懐かしい声と、種子島の発砲音。それから、腕に焼き印を当てられたような熱い痛み。さらにその直後、音がした辺りから蛙を踏み潰したようなぐえ、とも、ぐあ、ともつかない声が聞こえた。

「伊作、無事か」

呆然と振り返った僕の視界の中に、

「伊作!痛いのか?」

小平太が、いた。






「伊作、腕、見せてみろ」

木の上から飛び降りて驚きによろめく僕の元に、卒業してからまた背が伸びたらしい小平太が駆け寄って来る。
頻りに痛いのかと聞いてくれる小平太には悪いけれど、正直、腕の痛みなんて、全く感じない。だって、それどころじゃないんだ。あんなに恋い焦がれて逢いたくて逢いたくて仕方なかった小平太がいま目の前にいるこの現実が、実は夢なんじゃないか、僕の妄想なんじゃないか、そんなことばかりを考えている。腕の痛みがないから、余計に、そう思ってしまうのだ。

「伊作!」

パチンと、傷つけない程度に叩かれた音と頬に緩い痛みが広がった。

「小平太、」
「そうだ。私だ。どうしたんだ、伊作らしくない」

頬の緩い痛みが腕に伝わり、顔をしかめて思わず触れると、ぬるりと温かい液が手に付く。

――ああ、傷も、小平太も、夢じゃない。

「小平太!こんなところでどうしたの?この合戦、小平太のとこのお城じゃないよね…ってごめん!答えなくていい!でも、助けてくれてありがとう!ありがとう!それから、それから…!」

逢えて嬉しい。逢いたかった。
これは、旧友の域を越えているんだろうか?

「なんだ、やっぱり伊作は伊作のままだな。今日は諜報活動だ。その途中であれを見つけた」
「あれ?」

小平太がニカッと笑って指差した方向に、水色の井桁模様が木の影から不安気にこちらを見ていた。

「君は!」
「善法寺先生…ごめん、なさい…」

怒られるんじゃないかと言う恐怖と、合戦の恐怖に揺れる子供特有の大きな瞳から、これまた大きな粒が溢れ落ちる。僕が、怒ってないからおいで、と両手を広げてやると、行方不明だったその1年生はわんわん泣きながら僕の胸に飛び込んできた。腕の傷のせいできつくは抱き締めてやれないけれど、その小さな肩を優しく包んでやると、張りつめていた緊張の糸が切れたのか、1年は組の彼は涙を流しながら眠ってしまった。それを見て、この状況で眠れるなんて、将来大物になるかもねと、小平太と僕は顔を見合わせて笑いあう。

「その子は私が見ていよう。伊作は早く自分の傷を」

そうだった。と、最小限持っていた道具で、僕は自分の腕を手当てをしながら、小平太が卒業してからの自分の近況や後輩たちの話をした。大した話はなかったけれど、何か話をしていないと、激しい動悸に潰されそうだったんだ。

「これでよし。――小平太も先生方や金吾達に会って行かないか?喜ばれると思うぞ?」
「いや。私にはまだ仕事が残っているから、」

瞬間、現実に戻った気がした。

「そう、だよね。ごめん」
「いや。伊作に遇えて、嬉しかったよ」
「ぼ、僕も、小平太に逢えて、」
「伊作?」

また逢えない時が続くのかと思うと、鼻の奥がツンとして、目の前に膜が張る。

「伊作、」
「目にゴミ入っちゃった。睫毛かな」
「伊作、聞いてくれ。これが終わったら少し自由になるから、必ず逢いに行く」
「え、」
「約束する」

頷くので精一杯だった僕の頭を、小平太の武骨な手が撫で、そのまま抱き寄せられた。
期待してもいいんだろうか。
期待して待ってもいいんだろうか。

「先生方に、よろしく言っておいてくれ」
「うん」

小平太の体温が名残惜しいまま離れたと思ったら、次の瞬間、姿が消えていた。ざわ、と吹いた風が、乱暴ながらも心地よく僕の頬を撫でていき、期待して待っていろと言ってくれているようで。

「よし!小平太も頑張ってるし、僕もこの子を連れて帰らないと」

怪我をした反対の腕で1年生を抱き抱えると、皆がいる所へ歩を進めた。











まずは、素敵なこへ伊企画にお誘いありがとでしたー\(^o^)/
そして遅くなってしまって申し訳ありませぬ。。
とにかく小平太をカッコよく、伊作をカッコ可愛く、を目指しました!
年齢操作始め、捏造しまくり楽しかったです。

そして、拙作を読んで下った方々、ありがとうございました。
少しでも萌えの足しになっていれば幸いです。

根気よく待ってくれたsaiちゃんに愛をこめて!
ありがとうございました(*^∇^*)









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