目の前にそびえるように盛っていた薬草の山がようやくなだらかになり始めた。

保健委員会の後輩たちがきっと不運な目に合いながらも懸命に採ってきたのだろうそのひとつずつを、伊作は乾燥させるもの、そのまま磨り潰して使うもの、薬としてではなく食用のもの等に丁寧に選り分けていく。たまに淡い紅や黄色の小さな花弁を揺らした可愛らしい草花が混じっていて、後輩たちがそれを見つけて籠に入れたときのことに想いを馳せると、自然と頬がゆるんだ。
さあもう一踏張りだと伸びをしたところで、窓の桟に寄りかかり外を眺めている背中に目を向けた。


小平太は本当に邪魔をしてこなかった。
何か用があってやって来たのだろうに、部屋の真ん中に陣取る山盛りの薬草を見た彼は、それが終わるまで待っていると言った。

昔だったら、と思う。今のようにただ待つだけの暇の潰し方はせず、裏山にひとっ走りでもしに行っていただろうし、細かいことは気にしない彼のことだ、そのまま医務室に寄ったことも忘れて鍛練に勤しんでいただろう。
そもそも、目に見えて痛々しい傷を負ってもこちらが首根っこを無理矢理引っ掴んで連行しなければ医務室になど寄り付こうともしなかったのだ。それが年を日を重ねる毎に、小平太は自ら傷を診せにやってくるようになり、伊作はその僅かな変化が実はとても嬉しかった。
ともあれ今は目立った外傷もないし、彼の後回しにしても構わない用件とは一体何なのだろう。不思議に思いつつ最後の薬草に手を伸ばした。



「小平太、お待たせ」
「ん、ああ終わったのか」
「うん」

細かく分類した草を各々にまとめ、片付けたあと小平太に向き直る。小平太はその伊作の膝に突き合わせるようにしてようやく腰を下ろした。


「それで何の用かな?怪我、はなさそうに思えるんだけど」
「うん、怪我はしてないぞ。ただ…」
「ただ?」

首を傾げる伊作を前に小平太は言い淀む。

「最近変なんだ」
「変、というと?」

まあ確かに、という本音を飲み込んで小平太の答えを待つ。

「なんか、脈がいやに早く打っていてな」
「うん」
「どきどきすることが多くなったし、時々胸が潰れそうなくらい苦しくなったり、と思ったら悲しくなったり」
「うんうん」
「頭の中も体もやたら熱くなるし、ぼうっとしたりもする。普段はなんともないんだが」
「うーん、そうだねぇ…」

真剣な顔で話す小平太の問診内容からすぐにぴんと来た。
その症状は火を見るよりあきらかで、けれどその感情の意に全く気付いていない小平太の姿が何とも微笑ましくて、伊作は込み上げてくる笑いを必死で堪えた。

そうか、小平太にも自分じゃ気付かない内にいい人がいるんだ。そうなんだ、ふうん、一体誰なんだろう、学園の外の人なのかな。と想像してみる。胸の奥で何かが引っ掛かたような気もするけれど、とかく沸き上がる好奇心を抑えられない。


「ねえ小平太、それってどんなときに起こる?」
「どんなとき?」
「例えばどこかへ行ったときだとか、…誰かに会ったときとか、ね」
「そうだなぁ」

うーんと小平太は首を捻る。逡巡するように室内をゆっくり一回転、巡っていた目線が伊作の顔の上でぴたりと止まった。

「今とかだな」
「え、」
「うん、今だ。ほら」
「わっ!」

まばたきする間もなく手首を掴まれて引き寄せられた。小平太の左胸に押し付けられた手のひらに、平素ではないと判断するしかない心の臓の騒めきが直に伝わってくる。

「な?すごいだろう」
「う、うん」

同意を求めるその声に他意はない。けれど、どくどくどく、逸るようにはっきりと波打つ小平太の心の臓に、まるで好きだ好きだと連呼されているような気がして、それきり何も言えなくなってしまった。

ということは、ええっと、もしかしなくても小平太のいい人っていうのは、つまり、

頭の中を整理して導きだしたその答えに、自らの心の臓も悲鳴を上げそうになり、咄嗟に伊作は視界の端に入った紅い花を指差した。


「こ、小平太!うしろ」
「うしろ?」

指の力が緩んだのを幸いにと、逃れるように手のひらを引き戻す。

「あの花のことか?」
「そ、そう」

落ち着け、落ち着け。そう言い聞かせてもなかなか思うように胸の中は落ち着いてくれない。さっきまで掴まれていた手首がいやに熱い。

「あれ、取れば良いのか?」
「あっ違う!ちょ、ちょっと待って」

当然こちらを振り向こうとするその背中に向かって声を張り上げる。






(困ったなぁ、しばらく治まりそうにもない)




企画を少しでも楽しんでいただければ幸いです。
こへ伊だいすき愛してる!

20110922/sai







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