「お前が殺すのはベアトリス王妃の息子、ライナスだ。いいな?」
「わかっています」
華やかなある部屋の一室に二人の男女の姿があった。一人は仰々しい椅子に座り、これまた高価そうな卓上に置いた一枚の写真を睨みつけている。もう一人は卓上に置かれた写真を無機質な目で見つめ、やがて薄く笑った。
「これはいただいても?」
「好きにしろ」
「ではお言葉に甘えて」
女は返ってきた言葉に対して人当たりのよい笑みを浮かべ、卓上に置かれた一枚の写真を懐に入れる。一枚の写真には幼い男の子が写っていた。
「くれぐれも穏便にな」
「ふふ、穏便に済ませるとなると契約が成立しなくなりますがよろしいのですか?」
「…戯れ言を」
女狐のような得体の知れない笑みを浮かべ言葉遊びをする女に男は僅かに眉を顰める。その些細な変化に気づいた女はおや、というようにやや目を開いた後、また人当たりの良い笑みを浮かべた。
「失礼、気に障ったのであれば――」
「いや、いい」
「…そうですか。では――」
十日後にまた、と女は敬意を払うべく恭しく頭を下げた。男はそんな女の慇懃無礼に満足したように笑う。
「いいか?もし失敗したら契約は決裂、命は無いと思え」
「ご冗談を。ほら、よく言うじゃないですか。驥尾に付す、と」
「はっ。分かってるなら良い。さっさと行け」
男は女を嘲るように笑い、女はそれに対してどこか楽しそうに笑って退室した。女が退室した後、男の顔から表情が消えやがて男は苦々しく呟いた。
「食えん奴だ」
――――
所変わってルア・コルジア城の謁見の間にて何やら不穏な空気が漂っていた。この国の王妃であるベアトリスは兵士や待女を侍らせ、目の前でニコニコと笑っている女を怪訝そうに見ている。女は高くもなく低くもない成人女性らしい声で静かに話し始める。
「ベアトリス王妃、この度は拝謁を許していただき大変恐縮にございます」
「…堅苦しい挨拶はよい。あなた、名前は?」