「私土日熱出てダウンしてたんだよ!だから勉強出来てない」

「そうなんだ。大丈夫?」

「うん、今は下がった」



 金曜日の放課後、教室の隅で読書をしていると不意にそんな会話が聞こえてきた。顔を上げ、何気なしに廊下の方を見ると丁度引き戸の辺りで横髪をだらんと垂らした人と目が合ってしまった。


(あ、)


 彼女は目が合うとは思っていなかったのか、教室に誰もいないと思っていたのか、はたまた両方なのか、とにかく目を一瞬だけ開いた後、私から何も無かったかのようにフイっと視線を外し、そのまま廊下を進んでいった。私はただそれをぼうっと眺めていた。


「…さっきね、教室に居た女に睨まれた」

「ウッソ!?何で?」


 睨んでないよ、聞こえてきた会話に私は思わず誰もいない教室で漫才のようにツッコミの手振りをした。


(大体、体調不良になったことを嬉しそうに話すなんて自分が自己管理出来てませんってバラすようなものじゃん)


 ポコポコと怒りながら心の中で悪態を突き、先程まで読んでいた本に目を戻す。どこまで読んだっけと目線を這わせていると不意に静かに引き戸が開く気配がした。矢継ぎ早に少し高い声が耳に入ってくる。


「…怒ってる?」


 私はそんなに不機嫌そうに見えるのだろうか?戸を開けて開口一番にそれはあんまりじゃないのか。
 私は呆れながら顔を上げて引き戸に目線をやると無表情な彼と遠目で目が会った。あ、いや、無表情と言うのは少し語弊があるかもしれない。無表情と言うよりは気だるげだと言った方がまだしっくりくる気がする。身長が高いせいかやや猫背気味で眠たいのか目はいつも半開きで(いや、それだと四六時中眠たいということになるけど…)、とにかくなんて言うか、雰囲気?が、もう無気力な気がする。僕やる気ないですよオーラが出てる気がする。


「千鶴、遅かったね」


 彼について散々な見解をしていると何故か笑えてきた。自然と笑いながらそう言うと千鶴はキョトンとした顔をする。


「…?怒ってないの?」

「怒ってないわよ」


 私を何だと思っているのか。とりあえずツッコミを入れておいた。
 机の横の教科書が入っているカバンを持ち、席を立つ。すると彼はこちらに歩いて来て単調に、でもどこか甘えたように声を発した。


「疲れた、夕子」

「あー…、はいはい。図書室行くんでしょ?」

「…」

「ほら、早く行こ?」


 彼を見上げ、目の前を阻む壁をとんとん、と叩くと渋々と退いてくれた。外見(というか雰囲気?)に似合わず意外にも甘えたの彼だからどうせキスか何かをして欲しかったのだろう。不満そうにも見える彼の手を取って私たちは教室を後にした。



――――

 十二月の中旬、既に進路や就職が決まった人が多いと言ってもセンターを受験する人はここいらが本場で教室ではなくて図書室で勉強する人も少なくはなく、読書が好きな一、二年だって利用したりしている。今日も今日とてそれは例外ではなく、席はほどほどに埋まっていた。私たちは一番端の空いていた席に横並びで座る。千鶴は座った途端、早速勉強道具を取り出し勉強に取り組む。私はそれを眺めながらカバンから先程読んでいた本を取り出した。ペラペラ、しおりが挟まれている所を探して私はそこから読み出す。



――――

――愛してた、本当にずっと。


 あれ?ここで終わり?
 私は中途半端な終わり方をした本を見て思わず目をまばたきさせる。表紙を確認してみても上巻だとか一巻だとかの表記はないし続きはないはず。もし、本当にここで終わってしまっていたのならよくこれで世に出せたものだ、これは感嘆に値する。私はもう一度最後のページを開いて見た。
 愛してた、本当にずっと。せっかくいいストーリーだったのに肝心の締めが甘過ぎる。いや、甘過ぎるどころじゃない。台無しだ。
 ペラペラ、私は眉間にシワを作りながら落ちつきなくそのページの前後を行ったり来たりさせた。


(あ、)


 ふと違和感に気づいた。そのページの後の本を閉じてある中央の溝にハサミか何かで切ったような後がある。それを私はそっと撫でてみる。


(これは)


 続きがあるかもしれない、と私は笑みを浮かべた。何で切っちゃったのか知らないけどとりあえず今日の帰り書店に寄ろう。そうだよ、冷静に考えてみれば作者のあとがきや出版社とか記載してあるページが無いのはおかしいよね。ホクホクとしながら本を閉じ、千鶴の勉強の進み具合を見ようと隣を見ると千鶴は手を止めたまま眉間にシワを寄せていた。


「どこかわからない?」

「…ん」


 コショコショと話すと彼はピ、とシャーペンでその箇所を示す。二年生の中間位で習う数学Uの問題。私はその問題を覗き込みどうやったら答え出るんだっけと頭をフル回転させる。


「…あ、確かこれ最初に頂点の座標求めるんじゃなかったっけ?」


 それであーしてこーして、最後は何するんだっけ?
 私の解説を聞きながら問題を解いていた千鶴は急に止まった解説に一瞬顔を上げてこちらを怪訝そうに見るも問題の解き方がわかったのか閃いた表情をして問題を解き始めた。


「…これであってる?」

「…あ、うん」


 よくわかったね、私最後のやつ分からなかった。
 素直にそう言うと千鶴はまたキョトンとした顔で私を見る。


「夕子に勝った?」

「傲らないでよね」

「…いいじゃん」


 何だろう、この胸の奥がチリチリとして何か燻っている感じは。
 呆気に取られたような感じでそう言うものだから私は何でかカチンときて釘を差すようなことを言ってしまった。それでも千鶴はそれを気にした様子もなくその後も嬉しそうにしながら問題を解いていた。その様子を見ていると些細なことでヤキモキしていた自分がバカみたいでついため息を吐く。
 私が解けなくて千鶴が解けるのは当たり前だよね。
 やや偏差値の高い大学の指定校推薦を貰えて無事に合格して、それでもお前ならもっと上を狙えたのにと残念そうに言う先生を見て、自分は勉強しなくても大丈夫だと積み重ねてきた努力の前に胡座をかいた。長年積み重ねてきた努力は決して簡単に消えるものではないけどやらなければ端から崩れていってしまう。千鶴はそれを知っていて勉強をしていたのだろうか。千鶴は初めに比べて大分力がつき、十分合格圏内にいると言われた今でも勉強を怠ることはない。(いや、でも無自覚でやってるだけの気がする)
 最初から努力を積み重ねて最後はそれに胡座をかいてる者と最初は全くしてなかったけど最後に努力をしている者。似ているようで違い、極々小さな差だけどこれが積み重なれば大きな差になる。例えるならウサギとカメが一番いい例えかもしれない。
 私はそっと隣の千鶴にもたれかかった。シャーペンを動かしていた手がピクリと動いたのを見て笑ってしまう。


「…夕子?」

「…明日から一緒に勉強しようね」


 そう呟いて目を閉じる。左肩にもたれているとは言え邪魔かもしれないな、と考える。シャーペンが置かれる音を聞いた。千鶴がモゾ、と動き、当然体を委ねていた私も動く。何だろうと目を開いた途端、頭が引き寄せられ頭に何か柔らかいものがちょん、と当たった。驚いて顔を上げると珍しくほんのりと頬を染めている千鶴と目が合う。私も思わずつられて頬を染めると千鶴はそれを見てはにかみながら唇にキスを落とした。


「…ここ、図書室だよ」

「うん、」


 図書室だね、と本当に悪戯が成功した子どもみたいに笑うから私も笑ってしまった。なんて甘い空間なのだろう。受験生には不必要な空間だ。受験生はもっとピリピリしてなくては。そんなことを考えながらも私はきっと控えめに、満更でも無さそうにだらしなく笑うのだろう。




受験生の君へ




――――
長くなりすぎて割愛してったらオチ見失った←

オマケ↓




千鶴の簡易設定
・常に無気力。キリッとすれば優秀に見えるしカッコイいけど目が(と言うか全体的に)気だるげだから気づかれないイケメン。本人が寝てる時に遭遇するとあれ!?ってなるかもしれない。
・勉強がまるでダメ。…なくせに夕子と同じ大学に行こうと猛勉強中。やれば出来る子、ただやらないだけをそのまま体現しちゃってる子。
・基本感情は表に出さない。


夕子の簡易設定
・天才肌の上に努力家だから本人がやる気だしたら東大とかいけるかもしれない。
・よく心の中でドロドロ考えてる。語力は乏しくないはずなのに怒る時言葉が幼稚。笑顔が可愛いとか泣き顔が可愛いとかじゃなくて怒ると可愛いというなんか不思議な子。
・なんでも出来る方だから考えがズボラになった。



作成日 2011 九月十七日
加筆 2011 九月十九日
 



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -