06.油断大敵

朝は早起きしてお庭を掃除して、教えてもらった掃除用具入れから雑巾を取り出して床拭きを済ませる。
ミツバさんが起きてきたら一緒に朝食をつくって、後片付けも手伝う。
総悟君が土方十四郎さんに連れていかれるのを見送ったらお洗濯をして、破れかけているところを見つけたら繕う。そのあとはお昼ご飯をつくる。

午後は自由にしていいよって言われるけどすることもないのでお庭の草むしりをしたり近くの農家の方のお手伝いをしたり。たまに道場を覗きに行ったり。
見つからないようにしてるのにすぐに誰かに声をかけられてしまうから、最近ではもう諦めて差し入れのおにぎりをもって堂々と覗きに行く。
帰りは総悟君とお話しながら歩いて、総悟君がお風呂に入っている間にミツバさんと夕飯をつくる。
総悟君と食後にお話した後、眠る時間になるまでじっときれいな星空を眺める。

私の一日はこんな感じで過ぎていく。
私が倒れているのを発見されてから、もう1か月がたつ。
記憶は相変わらずないけれど、何も苦労なく、むしろ楽しい毎日が送れている。

だから、ちょっと気が緩みすぎていたのかもしれない。
いつものようにおにぎりのたくさん入った風呂敷を背負って、道場に向かう。
いつものようにみんなからありがとうと言われ、すごい勢いでなくなるおにぎりの山を見てうれしくなった。
いつものようにそのあとの試合を見学していると、雨雲が近づいてきているな、と誰かが言った。

これは一雨きそうだ、あの厚さだと大雨になりそうだな、なんて言いだして、私は雨が降る前に先に帰れと促された。
私はみんなに言われる通り、一人で先にミツバさんの家に帰っていた。

いつもと違ったのはたったこれだけ。

気づいたら、3人くらいの男の人に囲まれていた。
高く生える草に隠れていたのか、私にはまるで気配が感じられなかった。

さすがに身の危険を感じて、大声で助けを求めながら逃げ回るけど、大人の男3人に少女が逃げ切れるわけもない。
みんなの言っていた通り雨が急に降ってきて、その水で足が滑ったところを後ろで手を縛られ、口には布を突っ込まれる。
着物の袷から入ってきたてが足を這って気持ち悪い。
でも抵抗しようにも怖くて体が固まって動かない。

犯される、と覚悟したとき、私にまたがっていた男が吹っ飛んだ。
次の瞬間には残り二人ものびていて、私を押さえつけるものは何もなくなった。

助けてくれたのは、土方十四郎さんだった。
何も言わずに私の乱れた着物を整え、腕の拘束を外し、口に詰め込まれた布をとってくれた。
遅れてやってきた総悟君は、泥だらけの私と3人とのびた男を見て何があったか察したようで、酷く怒った様子だ。

しばらく呆然としていた私だが、土方十四郎さんに手を差し伸べられてはっとする。
鋭い青い目と目が合って、ドキッとする。
その手に自分の手を重ねようとするが、震えて体がうまく動かない。

「…総悟、奉行所に行って人呼んで来い。俺はこいつらを見張ってる」
「…絶対逃がすなよ」

走って去っていく総悟君がどんどん小さくなる。
土砂降りの雨の中、いつまでも水たまりにしゃがみ込む私に呆れたのか、ため息をついた後脇に手を差し込み私を立たせる土方十四郎さん。

「おい、…怪我はないな。」
「っ、あ、は、はい」
「…俺が怖いか。」
「え?…あ、いえ…土方十四郎さんじゃなくて、あっちの…です」
「ああ…」

時折うめき声をあげて目を覚ます男たちをすぐに蹴り飛ばしてまた意識を飛ばせる。
容赦ない攻撃とその鋭い目は、一見したら怖い人なのに私にはそう思えなかった。
いつもミツバさんが頬を染めてほめている人だからだろうか。
…いや、ちがう。
うまく言葉にできないけれど、時折私に向けられる視線とか、雨除けにかぶせられた羽織とか、節々から感じるこの人の心。
きっと、優しい人なんだろうなと思った。

「…あの、今更ですが、助けてくださりありがとうございました。」
「あ?…おう。もう落ち着いたのか。」
「はい。羽織もありがとうございます。土方十四郎さんが濡れてしまうので、お返しします。」
「いらねーよ、俺はもともと汗かいてたんだからむしろ流せてラッキーだ。」

ほら、ね。

「おまえ、なんで俺のことフルネームで呼ぶんだ。」
「ええと…ミツバさんは十四郎さんっていうし、近藤さんはトシっていうじゃないですか。総悟君は…その…」
「ああ、素直に俺の名前を呼ぶことは少ないな」
「そうなんです。でも私が名前で呼ぶのはなれなれしいし、でも土方さんっていうのもなんだか耳がなれなくて…ついフルネームで呼んでしまうんです。不快でしたか」

ふはっと笑われて、きょとんとしてしまう。
何か笑うところがあっただろうかと考えていると、頭をぐりぐりとなでられてびっくりした。

「いいや。お前、総悟と年がそんなに変わらないだろうに、ずいぶん大人びてんだな。ガキがあんまり気を遣うもんじゃねーよ。」
「ええ…そうはいっても、お世話になっている身ですし。」
「俺はお前の世話なんかした覚えはねーよ。」
「現に今助けてもらったじゃないですか!」
「これは世話じゃなくて人として当たり前の行動だろ…」

ませガキ、と笑われてむくれてしまう。
年上の方に敬意を払って何が悪いんだ。

「からかわないでください!…もう、私あなたに敬意を払うのやめます。」
「ほお。どうするってんだ。」
「え?え、えーと…と、トシさんて呼びます!!」

ついに大口空けて笑うから、最初はもー!なんて怒ってたけど、だんだんつられてしまい一緒に笑ってしまった。

…気が緩んでいたのか、それとも笑い声と雨の音で気づかなかったのか。
トシさんの後ろで倒れていた男の一人がゆらりと立ち上がり、近くの棒を振りかざしてきた。
とっさに土方さんの前に出るけど、…遅かった。




油断大敵


2020.07.18

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