03.悪魔か、女神か

それから、女神様もといミツバさんは私が泣き止むまで背中をさすってくれた。
私の涙で色が変わってしまった着物が申し訳ない。
でもミツバさんはそれを気にする様子もなく、割烹着を身に着け台所へ向かう。

「お腹は空いてない?総ちゃんたちにおにぎりの差し入れを持っていくためにお米をたくさん炊いたのだけれど、よかったら食べない?」
「あ、空いて、る、気がします。あの、私も握るのお手伝いします」
「あら、ありがとう。じゃあ一緒につくりましょう。あ、こっちの分にはマヨネーズを混ぜ込んでね。」

ゆるやかそうな人に見えて、その手つきはてきぱきとしている。
梅、おかか、昆布…それからなぜかマヨネーズ。
私の記憶があいまいなせいなのかもしれないが、普通のおにぎりにマヨネーズなんて入れていたのか、疑問ではある。
お盆に山積みになったおにぎりを一つとって、私にくれる女神…ミツバさん。

「理子ちゃん、タバスコは好きかしら。」
「タバスコ…ものによってはかけますよ。」
「じゃあぜひおにぎりにもかけてみて?とっても美味しいのよ。」

そう言ってから間髪入れずにドバドバと染められていくおにぎり。
真っ赤なおにぎりは悪魔の食べ物にも見える。

「…えっと、これは、どなたがいただくものなんですか…?と、十四郎さんという方ですか?」
「え?ちがうわ、これは理子ちゃんに食べてほしくて。」
「え、と。こ、こんなにかかってると、その、味覚がやられてしまいそうな…。」
「…ごめんなさい、辛いものは嫌いだったのね。私ったら、無理に勧めたりしてしまって…」

顔を陰らせる女神さまを見てるとすごく胸が痛んでしまう。
この人を、私の恩人を悲しませるくらいなら、ちょっと辛いくらい耐えてしまおう。
そう思って、いただきます!と声をかけてからかぶりつ、く…

え、なに?私の口の中で何が起こってるの?
辛いとかのレベル超えてもう痛い、やけどしてるみたいな、う、いたたたたた…

「…どうかしら。お口に合うかしら…?」
「んんんおいしいです!!すっごく!美味しすぎて涙が出ます!!」

ぼろぼろと生理的な涙がでてくる。
う、もう無理かも、口に入らない、
そう、ギブアップしようとしたら、すごくうれしそうに私を見つめる女神様と目が合う。

あ、だめだ、ギブアップなんかしたらまた顔が曇ってしまう
女は根性だ!!!!!
そう自分に喝を入れて、残り半分の赤いお米を口にほおばる。

涙は止まらない。
口の中は燃え盛る火の海状態。
最後の気力で女神様に微笑み返す。

飲み込んだ、その瞬間に意識が途切れてしまった。

______

目が覚めると、夕暮れ時だった。
口の上にはなぜか濡れたタオルが乗せられていた。
外すと唇がひりひりするから、誰かが気を遣って乗せてくれたんだろうけど、いったい誰が。

女神さまは私がこんなことになっているとはつゆほども知らないだろうし…
そんなことを考えながらぼんやりしていると、少し開いていたふすまから男の子が現れた。
逆光で顔が見えなかったが、あのきれいな栗色の髪の毛は、私をここに連れてきてくれた沖田総悟さんだとすぐにわかった。

「目が覚めたんだな」

表情がわからない。どんな顔して、どんな感情で私に話しかけているんだろう。

「あ、…はい、さっき。あの、このタオルは沖田総悟さんがしてくださったんですか。」
「…おー。なんでそうなったか大体見当ついたからな。」
「あ、ありがとうございます、助かりました。」

そこから無言が続いて、なんとも気まずい空気。
そこからすぐに立ち去るかと思ったらそんなこともなく、じっとこっちを向いて立っている沖田総悟さん。
なんだろう、値踏みされている気分だ。
いたたまれなくなって、いっそ私がこの場を去ろうと思ったとき、急に話しかけてきた。

「…おまえ、なんで食べたんだよ。まさか、辛いか辛くないかもわからなかったのか?」
「あ…えと、たぶん激辛なんだろうなとは、思いました。でも、女神…ミツバさんが勧めてくれたことがうれしくて、ご好意を無駄にしたくなくて…」
「…女神?今女神って言った?」
「あああ言い直したんですから聞き流してくださいよ…。」

恥ずかしい、ばれてしまった。
無かったことにしてくれたらいいのに、この子、意地悪だ。

「なんで女神なんて言ったんだよ、言ってみろよ」
「…ミツバさんが、すごく優しくて、きれいで、この世の人とは思えないくらい素敵な人だから、です」
「…お前、なかなかわかってるじゃねえか!」

スパンと音を立てて襖を開けると遠慮もなしに入ってくる沖田総悟さん。

「え、え」
「そうだろ、姉上は女神のような素晴らしい女性だろ!間違ってこの世に生まれてしまったのか、って感じだろ!」

やっと顔が見えたと思ったら、満面の笑みで、すごくうれしそうで。
肩を掴まれて顔が近くてびっくりしてたのに、つられて私も破顔してしまった。

「姉上の気持ちを無駄にしなかったとことか、姉上を敬っているとことか、お前なかなか見どころあるな!」
「えへへ、だってほんとにミツバさん素敵なんですもん。みんな大好きになっちゃいますよ。」

それから1時間ほどミツバさんの素敵なところを語られていたが、ミツバさんの夕飯を知らせる声でお開きになった。
どれもこれも素敵なお話でとっても楽しかった。

話しているうちに沖田総悟さんはわたしに警戒心とか敵意を一切持たなくなって、総悟と呼んでいい、ため口でいいと言ってくれた。
私のことは、理子と呼び捨てにしてくれるらしい。打ち解けられてうれしいな。

総悟君とミツバさんとで食べる夕飯は美味しくて(総悟君がタバスコから何気なく守ってくれた)、記憶がないことなんて忘れて心から楽しい時間が過ごせた。



悪魔か、女神か


2020.07.13

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