02.女神さま
「姉上!」
私の前をイライラした様子で歩いていた男の子は、同じ髪色の女性を見ると顔をほころばせて駆け寄る。
女の人は優しそうでとりあえずほっとしたが、突然現れた素性の知れない私をどう思うだろうか。
「総ちゃん、どこに行ってたの。十四郎さんが探してたわよ。」
「…ごめんなさい。おなかが痛くて厠に行ってました。」
「まあ、大丈夫?…その子も厠にいたの?」
ちらり、とこちらを見るきれいな人と目が合ってドキッとする。
「あ、えと、厠じゃなくて、その…」
口ごもる私を見てため息をついた沖田総悟さん。
どうしよう、早く説明しなきゃ、でも何を?私も何もわからないのに。
焦れば焦るほど言葉が出てこなくて、じわりと涙が浮かんできた。
そんな私をしばらく見つめていたミツバさんは、しゃがみ込んで目線を合わせてくれた。
「怖がらないでいいのよ。ゆっくりお話しして頂戴。でもその前にお着換えしなきゃね。そんな恰好じゃ風邪をひいてしまうわ。私のお下がりでよければ着せてあげられるんだけどどうかしら?」
やさしい笑顔で話すその姿は、まるで女神さまのようだった。
「か、して、ください」
涙をこらえ、声を震わせながら出した言葉に、にこりと微笑んだ女神さまは、私の手を引いて家の中に入っていった。
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「今何歳くらいなのかしら…総ちゃんと同い年くらい?ああ、この着物がちょうどいいんじゃないかしら。」
「わあ…かわいい着物…」
「うふふ、ぴったりね。もう着ることはないけど捨てられなくてとっていたのよ。また誰かに着てもらえるならうれしいわ。」
女神さまはどこまでも優しくて、布で泥を落としてくれる時も、着物を着つけてくれる時も、何も聞かずに笑顔を向けてくれていた。
「…あの、沖田総悟さんは…?
「総ちゃんなら、お稽古に行ったわ。ふふ、十四郎さんという方がいるのだけどね、迎えに来てくれたのよ。」
あのちょっぴり怖い男の子がいない今がチャンスだと思った。
自分でも訳が分からないけど、この人なら怒らず聞いてくれる、そんな確信があった。
「わ、私、目が覚めたら野原に寝ていたんです。どうしてそんなところで寝ていたかはわからなくて…。
ここがどこかもわからないです、でも自分がどこにいたのかもわからないんです。
あ、名前だけはわかります、理子です。名字はわからないんですけど…。」
私が持っている情報はこれだけ。信じてほしい、その一心で訴えた。
「まあ…」
女神さまは目をぱちくりとさせて、しばらく黙ってしまった。
どうしよう、頭がおかしい子と思われたかな、警察に突き出されるかな…
この人に冷たく突き放されるくらいなら、自分で出ていった方がましだな。
「…あの、すみません変なこと言って。とりあえず警察に行くので、お暇させていただきます。着物、必ず返しに来るので…」
「ああ、違うのよ、疑っているわけじゃないの。ごめんなさいね、不安にさせちゃったわね。
そうねえ、警察にはいかないといけないけれど…理子ちゃん、何か思い出せるまでここで一緒に暮らしましょうよ。」
「え?」
「決まりよ。こんなかわいい女の子を一人にできないわ。このあたりには男の人ばかりで、女の子のお友達が欲しかったの。よかったら私とお友達になってくれないかしら」
私が嘘をついているとはみじんも疑わない、優しい目。
「よ、ろしく、お願い、します」
今度こそ涙を我慢できなくて、嗚咽する私を抱きしめてくれる女神さま。
一瞬迷ったけど、おずおずと手を背中に回したらいい匂いがした。
「沖田ミツバよ。よろしくね、理子ちゃん。」
女神様2020.07.10
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