01.突然現れた少女
沖田総悟はイライラしていた。
土方がミツバに話しかけていたのを目撃したからだ。
近頃土方がミツバに話しかけるとき口元が緩むことに気付いてしまった。
そしてさらに、ミツバの目尻も下がっていることを。
姉の幸せを願いたいとは思うが、相手が土方であることに納得がいかないのだ。
今日はもう稽古はさぼってやろうと決めた総悟は、ふらふらと歩いていた。
武州は見渡す限り草が生い茂る田舎。
洗いたての袴を汚さないように気を付けて、草が多いところを選んで腰を下ろす。
柔らかく吹く風が髪をなでる。
確認するまでもなく誰の気配もなかった。
だから心底驚いたのだ。
瞬きした次の瞬間、隣に寝ている少女を見つけた時は。
「…は?」
数秒間固まった後出てきた言葉はこれだけ。
目を閉じる前には絶対にいなかったはずなのに。
人が寄ってきたら気配で分かるのに。
怪しい奴か、と気を引き締める。
近頃、女子供を狙う悪賊が武州にいると聞いたからだ。
この辺では見たことの無い顔だし、まず着ている服も珍妙。
甚兵衛のような、でもボタンで留められた服は、どこかで聞いた洋装というものだろうか。
どこに武器を隠し持っているかしれないし、自分も丸腰であるため警戒が解けない。
いつでも距離をとれるよう身構えながらじっと見つめること数十秒。
これだけの視線を浴びせても身じろぎすらしない少女に、敵意がないと判断した総悟は起こしてみることにした。
最も、警戒はしたままだが。
「おい、…おい、起きろ」
軽く肩をゆすってみると、うっすらと目を開く少女。
ゆるく吹く風で揺れる草が顔に当たり、顔をしかめる。
しばらくぱちぱちと瞬きをした後、目を大きく見開いて飛び起きる。
「…おまえ、何してんだよ」
「…私は、」
総悟よりも少しだけ背の低い彼女は、ひどく困惑した表情で口を開く。
「私の名前は理子…。名字は、思い出せない。」
「ここはどこ…?見たこともない場所、でも、自分が今までどこにいたのか、思い出せない。」
「私はだれなの?あなたはだれ?」
ぽろぽろと出てくる言葉はあまりに不可解で。
ふざけてるのか、と怒鳴ってやろうかとも思ったが、泣くのを我慢して口をきゅっと結ぶ姿を見たら、そんな気も失せてしまった。
「…おまえ、そんな恰好で外にいたら危ないだろ。俺の袴貸してやるから、とりあえずうちに来いよ。」
あの珍妙な服から伸びる脚は血色がよくふっくらとしていて魅惑的で、悪い奴に見つかったら一発でまずいことは総悟にも分かった。
「…え、あ、ありがとうございます、あの、あなたのお名前は…」
「…沖田総悟。言っとくけど、おまえのことを信用したわけじゃないからな。姉上に何かしようとしたら殺すから、覚えとけよ。」
殺す、なんて物騒な言葉に驚いたのか、首を何度も縦に振る理子。
なるべく人目につかないよう家まで帰ると、そこには玄関前で総悟を待つミツバがいた。
突然現れた少女2020.07.06
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