08.ぬるい覚悟と私の務め

「やめておけ」
「うーーーん…」

総悟君と道場に向かい、自分の意思を伝え頭を下げた。
剣術を習わせてほしい、と。
トシさん、近藤さん。
2人ともあまりいい顔をしなかった。というかトシさんにははっきりと反対された。

「剣術をなめていると思われるのもわかります。でも、せめて足手まといにならないくらいには強くなりたいんです。」
「…足手まといにならないくらい、ってのがどれくらいかは知らねーが、お前、人を殺すくらいの覚悟はあんだろーな。」
「え…?」

トシさんは、昨日の優しい顔とうって変わってじろりと私を睨む。
殺す覚悟?そんなものはない。
ただ、襲われたら気を失わせるくらいの強さが欲しいだけ。

「知る、というのは必ずしも強くなると同義じゃねえ。」
「…?」
「何も知らない、何もできない女相手だと思ったら、敵もそんなに警戒してねえ。抵抗されないようにひどく痛めつけることもまずしねえ。」

トシさんは、淡々と言葉を紡ぐ。

「一番面倒なのが、中途半端に自分が強いと思ってるやつだ。相手を殺せるほどの力もねえのに黙って助けを待つこともせず無駄に抵抗する。ヒョロヒョロのこぶしで殴りかかって、威力もねえ足でけりを入れようとする。ろくに打ち込んだこともねえのにその辺の棒を振り回す。
そしたら敵さんは自分を守るために傷を負わせにくるだろうな。手足の健をそぎ落とす。俺ならそうする。
ああ、もしかしたら犯されるかもな。お前は女だ、そうやって身も心も踏みにじられるかもしれねえ。」
「…」
「知らないほうがいい。お前は…昨日の無謀さからして危ういやつだ。下手に自信でもつけたら突っ込んでくだろ。」

「…それでも、私は知りたいです。」
「…」
「たしかに、無謀かもしれません。今から修行を積んだって一生皆さんには勝てないでしょう。…でも、あきらめたくないんです。」

知らない方がいい。
これはきっと、トシさんの私へのやさしさ。
けれど、その優しさを踏みにじってでも、私は強さを知りたかった。
私だって、覚悟をもってここに来たのだ。

「抵抗して死ぬなら、納得もできます。でも、何もせずに死を待つなんて嫌です。それに、戦えば、わずかだとしても勝つ可能性がありますが、あきらめてしまえばゼロです。
…お願いです。私に、強さを、勝てる可能性をください。」

そう言って、もう一度深く頭を下げる。
静まり返る道場。

「まあ、俺としては女子供に剣を振るわせるような状況をまず作らないようにしたいんだが…戦わずして死を待つのが嫌だという、理子ちゃんの思いはしかと受け取ったよ。」
「近藤さん…」
「しかし、トシの言うこともわかってほしい。知ることの危険を。」
「…はい。」
「理子ちゃん、君は、人の屍を乗り越えて自らを生かす覚悟があるのかい?」

自分の身を守りたい、それはつまり、敵を殺して自分を生かしたいということ。
私のような弱者は、生かしつつ動けないようにするなんて言う高度なことはできない。
ただ、一突きで急所を狙い、一瞬のうちに相手を殺すことが求められる。

…その覚悟が、私にあるのか?

「…ないです。」

正直な、思い。
人を殺す?私が?
考えただけで手が震える。怖い。私のために誰かが死ぬなんて、考えたくもない。

「だろうな。悪いことは言わねえ、やめておけ。…いや、お前がまだやるといっても、俺たちがお前に教えねえ。」
「…はい。」
「殺す覚悟もない奴が、剣を握るなんて言語道断だ。遊びじゃねえんだ。」
「はい。」
「俺たちに任せてくれ。君たちを護るのが、侍の役目だ。そして君たちの役目は…そうだな、笑って俺たちを迎えてくれることだ。」
「…はい。わがまま言ってすみませんでした。」

いいんだ、わかってくれてよかったとまぶしい笑顔で頭をなでてくれる近藤さん。
トシさんもため息をついてはいるが昨日の優しいまなざしで私を見つめる。

うん。これでいいんだ。
私のようなものが、生半可な覚悟で剣を握ろうとすることの方が驕りで、彼らへの侮辱。
そう自分を納得させて、ミツバさんの待つ家へと帰る。

ミツバさんは、やっぱり何も聞かないけれど、変わらず優しい笑顔で迎えてくれた。
夕方へとへとになって帰ってきた総悟君は、何も言わない。
不機嫌なような、でも安心しているような、よくわからない顔をしていた。

…そういえば、総悟君は私に何も言わなかったな。
いい、ともだめだ、とも。

総悟君はどう思ったんだろうか、少し気になったけど聞かなかった。
もしも私の覚悟を肯定してくれたら、私は覚悟もないのにその道に足を踏み入れてしまう気がしたから。




ぬるい覚悟と私の務め


2020.07.30

[ 8/20 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



[top]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -