03-早朝の食事












「♪♪〜♪」



午前4時

どこからか鳥の羽ばたく音が小さく聞こえる4区の路地裏をリオは歩いていた



鼻歌交じりに歩く姿はさながら買い物帰りの主婦だ



両手には黒いトートバッグをさげ、パンパンに入った中身の重さを感じさせない軽快な足取りで歩いている



「今日はどう料理しようかなー」



頭の中にキッチンを思い浮かべて残っている材料と今日手に入れた食材を想像するとお腹が空腹を主張した



次の曲がり角を曲がって少し歩けば自宅の目の前というところで背後に人の気配を感じ立ち止まる



「おはよう、リオさん」

「なんだウタかー!おはよう!」



背後から聞こえた聞き覚えのある声にリオは笑顔で振り返った



「ずいぶんと早起きだね?」

「ウタもね。私は買い出しの帰りだよ」

「買い出し?」

「駅の近くに24時間やってるスーパーがあって、早朝に安売りしてるからたまに買いに行くの」

「そうなんだ。これから朝食?」

「下ごしらえだけして、仮眠かな」





軽くあくびをするリオにウタが歩み寄る

2人が横に並ぶとリオも歩くことを再開した



シンと静まり返る路地裏に2人の足音だけが響く



「眠そうだね」

「昨日ちょっと夜更かししちゃってさー」

「お肌に悪いよ?」

「うっ、朝の乾燥がお肌に辛いわ」



お互いの店の前まで時間はかからず到着した

リオはドサリと荷物を置いてCLOSEになっている扉の鍵をあける



「おやすみリオさん」

「おやすみ」



軽く手をあげて答えてから荷物と共に店の中へ

扉が閉まるまで変わらない表情のままウタはリオを見送った































時間は遡って前日の深夜

時刻は日付が変わってから3時間程経った頃


ウタは古くからの友人であるイトリの経営するバーへ訪れていた



「ウーさん”服屋”って喰種、聞いたことある?」



カウンターでワイングラスを傾ける彼女の傍らに置かれた瓶にはまだしっかりと中身が残っている


イトリに差し出されたワイングラスの中身を喉に流し、ウタは首を振った



「聞いたところによると、骨の一本、皮の一片も残さないらしいわ…残されているのは飛び散った血痕と、着ていたであろう洋服だけ」

「それって人間の通り魔とは違うのかな」

「残された服に男とか女とかの統一性はないみたいなのよ」



中身を飲み干して空になったグラスに瓶の中身を追加する

イトリはふと思い出したようにバーカウンターの奥にある冷蔵庫から何かののった皿を取り出しウタの前へ差し出した



「何?これ」

「人間でいうところの、お菓子ね」

「僕達人間の食べるお菓子は食べられないよね」

「ところがどっこい。これが何で出来ているかはわからないんだけど、私達喰種でも食べられるって話よ」

「イトリさんに惚れちゃった男からの差し入れとか?」



丸くて赤黒い物体を指で一つ摘んでまじまじと眺める

特別柔らかくも固くもなく、指に力を入れれば簡単に潰れそうだった



「僕は毒見役じゃないんだけど…」

「まぁまぁ騙されたと思って!」

「イトリさんは食べたの?」

「ウーさんに変なもの食べさせるわけないって!」

「………」



スンと匂いを嗅げば、どこか人間の匂いを感じさせるソレをウタは口に放り込む

舌に広がる味は以前食べた人間の肉の味に似ていた



「……おいしいね、これ」

「でしょ?人間の肉しか食べられない私達が食べられるってことは、きっと人間が材料だとは思うんだけど、それ以外のことが全く検討もつかないのよ」



イトリもウタと同じように口に放り込んで何度か咀嚼し飲み込む

後味が舌に残った状態で瓶の中身である血酒を飲めば芳醇な香りが鼻に抜けた



「んーなにこれ!血酒とすっごい合う!」

「イトリさん、服屋の話、僕も少し動いてみるよ」

「ウーさんが?めっずらしー!」

「ちょっと気になることがあるんだ」



グラスの中身を空にしてウタは店を後にする

自分の店への帰り道、先程食べた喰種のお菓子について考えると幾つか心当たりがあった



一つは”あんていく”で目にする角砂糖だ

原材料を知るものは数少ないが、あれも人間の何かを加工して作られている



もう一つは先日自分の店に訪れたリオが食べていたモノ

彼女は匂いが薄いのか匂いだけで人間か喰種かの判別が難しかった

しかし彼女がおやつと言って食べていたモノから食指をそそられる匂いがしたことは記憶に新しい



彼女が食べたあのお菓子が今日自分の食べたお菓子と同類の可能性は十分にあり得る

とするとリオは喰種だということになるが、決定付けるにはいささか情報が足りないのが現状だ



相手が喰種である場合自分も喰種だということを気づかれている可能性もあるが…



「♪♪〜」



目的地である自分の店が近くなると、両手に荷物を下げた人影を見つけて咄嗟に物陰に隠れた



しかしその後ろ姿には見覚えがあった



鼻歌を歌っているのか軽快な足取りでまだ薄暗い4区の路地裏を歩いている



「おはよう、リオさん」

「なんだウタかー!おはよう!」



回りに他の気配がないことを確認し、物陰から出て後ろ姿に声をかけた



「ずいぶんと早起きだね?」

「ウタもね。私は買い出しの帰りだよ」

「買い出し?」



こんな早朝に、とういうニュアンスを含めた質問を投げかけてみる



「駅の近くに24時間やってるスーパーがあって、早朝に安売りしてるからたまに買いに行くの」

「そうなんだ。これから朝食?」



駅の近くには確かに24時間営業のスーパーがあった

特にスーパーの袋を持っているわけではないが、マイバッグを使っていると返されれば意味がない



この時間に起きたのか、それとも昨夜から寝ていないのかを彼女の表情から読み取ることはできなかった



「下ごしらえだけして、仮眠かな」

「眠そうだね」

「昨日ちょっと夜更かししちゃってさー」

「お肌に悪いよ?」

「うっ、朝の乾燥がお肌に辛いわ」



あくびを噛み殺した様子を見ると寝ていないというのは本当のようだ



早朝の空気を肌に感じながらリオの隣を歩く

お互いの目的地に到着するまで大した時間はかからなかった



「おやすみリオさん」

「おやすみ」



CLOSEのかかっている扉の鍵をあける姿に声をかければ軽く手を挙げ返される

扉が閉まるのを見届けてからウタも踵を返した



「”服屋”」



「”お菓子”」



「”リオさん”」



ポツリ、ポツリと頭の中にあるピースを明確にする



「楽しくなりそうだね」



サングラスを外した先にあるウタの真っ赤な眼が薄く細められた



















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(化粧水、新しいのにしようかな…)









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