01-昼の交わり





















4区の目覚めは遅い

いや、4区に住む喰種達の目覚めは遅いというのが正しい表現だ



ここ「clamare」が開店している時間は13時から21時

現在時刻はちょうど正午を迎えたところだった



太陽が空の頂点に向かって上っていることは今日の空模様では確認できない

厚い雲が空を覆い辺りに影を落としている





「この店の記念すべき開店には絶好の天気。にわか雨でも降ればいいのに」





そう言いながら店頭のショーケースに一体の骸骨が姿を現した



骸骨が声を発している…のではなく、それを抱える女性の口から声は発せられたらしい



全身黒の服に身を包み、胸の下辺りから切り込みの入ったタンクトップからはくびれたウエストが惜しげも無く晒されている



へそ回りに施されたタトゥーは三日月のような模様で肌の白さを際立たせていた



彼女はショーケースに立てた骸骨にダンボールの中の洋服を着せ始める

どうやら骸骨は一般的に言うマネキンとして置かれたらしい



蝶と蜘蛛が這う黒いシャツと巻きスカートのように布が重なったサルエルパンツを着せられた骸骨はどこかホラーな雰囲気を醸し出していた

そもそも骸骨がホラー要素を含む物体だから当然のことと言えばそうとも言える





「ふむ…頭が寒そうだねぇサニー君」





服を着せられた骸骨はサニー君という名前のようだ

これほどまでに名が体を表さない名前も珍しい





「帽子か、ターバンか、サングラスか…何があったかな」





ショーケースの奥へ消えた彼女は少しして、片手に警察の帽子のようなものを持って戻ってきた



それを骸骨の頭に乗せて満足そうに頷く





「うんうん、かっこいいね」





彼女は次に重たそうな装飾の施されたブーツをダンボールから取り出して骨の足を差し込んだ



サニー君のコーディネートが終わると、十字架や黒い薔薇、鎖などを運びこんでショーケースを華やかに…とはいえないが飾っていく



棺桶が横たわったような外観のこの店のショーケースはまるでお化け屋敷のようだ





「…あと15分で開店かー。なんとか間に合ったかな」





装飾を終えた彼女はダンボールを抱えて再び店内へと姿を消した



セレクトショップ「clamare」開店まで、あと15分

































薄暗い店内に細身の影がゆらりと揺れた

時刻は13時を回り長針が5を指している



サングラスをかけた彼は薄手のカーディガンを羽織って腕に施されたタトゥーを隠した



店の扉を開いて外へ出る

店の看板はCLOSEのままだ



太陽の光が当たることのない曇空の下、彼の目に棺桶が横たわる異様な建物が映る





「へぇ…」





小さく感嘆をこぼすと、ためらうことなくショーケースに近づいて中を覗いた

ショーケースの中には骸骨が服を着て、帽子をかぶりブーツを履いている



店の看板に「clamare」と書かれているのが見えた



店内に興味を示したのか、彼は扉のノブに手をかける





カラカラカラ…





見た目ほど重くない扉を引くと木製のドアチャイムが音を立てた





「え!?うそぉ!?」





彼が店内に足を踏み入れたその時、店内にその場の雰囲気に似合わぬ声が響く





「お客様…ですか?」

「そうなるかな」





立てられた全身鏡の影から彼女がちらりと姿を見せた

1時間ほど前、ショーケースの骸骨を着飾っていた女性

店内には彼女以外に人の気配はしなかった





「こんなに早くお客様が来てくれるなんて!ご来店ありがとうございます!」





彼が客であることを認めると、嬉しそうに顔をほころばせて彼の手を取り力強く握る



彼と彼女の背丈はそこまで大きく差はなかった

とはいえ、彼女の履いている靴が何センチも身長を底上げしているのだけれども





「どうぞゆっくり見ていってください!」





彼の手を離して笑顔を見せると彼女は彼を店内へ招き入れる





「ここは、何のお店?」





彼は店内を見回しながら率直な質問を投げかけた



店内の壁は黒い大理石のような壁紙が貼られ、床には真っ赤な絨毯

先ほど彼女が顔をのぞかせた鏡は蜘蛛の巣と大きな蜘蛛のような装飾が施され不気味な雰囲気を漂わせている



壁際には腰の高さほどのショーケースが置かれ、中に財布やアクセサリーといった小物が並べられていた



店内にも置かれている骸骨のマネキンはそれぞれが違った洋服を着せられている

あるマネキンは彼女が着ているような身体のラインを強調した露出の高い服を



入り口近くに置かれたマネキンは足首まであるワイドパンツにドレープのあるタンクトップ、タンクトップにはスタッヅが散りばめられ攻撃的な装い



どれも独特な出で立ちをしており、おいそれと商店街に店を並べられるようなものではなかった



統一感があるといえばある、ないといえばないとも言える店内に彼が疑問を抱くのは至極当然のこと





「セレクトショップって一般的には言われるけど…つまるところ私の好きなモノを集めたお店って感じですね」





彼女はハンガーラックにかけられた一着の服を手に取りながら答えた





「ここのシリーズは私がデザインしたものなんです」

「お姉さん、デザイナーなんだ」

「肩書は一応、”Me”のデザイナー兼この店の店長ってことになりますね」

「ミィ…ブランド名かな?」

「はい。私がデザインした服のブランドです。と言っても、ここかネット通販でしか売ってないブランドですけど」





彼女の手にある服に彼が手を伸ばす

つけられたタグにはサイズがFREEと書かれていた





「これ、着てみてもいい?」

「はいっ!ぜひ!!」





その言葉を待っていたと言わんばかりに彼女は試着室に彼を案内する



彼が試着室に入ると、彼女は「ちょっと待って!」と閉められそうになった扉を制し、ハンガーラックやアクセサリーケースからいくつか商品を取り戻ってきた



「これも!一緒に着てみてください!絶対似合いますから!」



半ば押し付けられるように洋服を受け取ると、彼は試着室の中でサングラスを外す

人間の目とは違って特異な色をした眼が鏡に映った









一方彼女はレジ裏から黒い表紙のスケッチブックを取り出してカリカリとペンを走らせていた



8つ分の等身の目安を引いて大まかな身体のラインを書いていく

一人分の男性的な等身を描き上げるとペンを取り替えて更に線を書き足した





ガチャッ





ドアノブが捻られる音がすると彼女はスケッチブックを置いて立ち上がる





「いかがですか?」

「うん、すごくいい」





試着室から出てきた彼はトライバル柄の書かれたVネックのTシャツとサイドラインに編み込みが施されたスキニーを身につけ、ベルトには太陽のバックルが通されていた

先程まできていたゆったりした服装ではわからなかった彼のスタイルの良さが光る





「やっぱりすごく似合う…!」





彼女は頬に両手をあてて感動を隠すことなく目を輝かせた





「お姉さんセンスいいね。ぼくの好みわかってるみたい」





彼も身につけた洋服が気にいったらしく、ちらりと鏡で自分の姿を見て微笑む

サングラスの下で細められた眼を彼女が見ることは叶わなかったが、それでも彼が自分の見立てた服を気に入ってくれたことは伝わっているだろう





「僕、ここの向かいでマスク屋をやってるウタです」

「あ、そうなんですか!私あのお店があるからここの土地を選んだんですよー!私はこの店の店長兼デザイナーの、リオです」





それぞれ名乗るとどちらからともなく握手を交わした





「リオさんは、僕と年も近そう」

「女性の年を聞くのってタブーじゃないですかー?なーんて!20台ってことだけ言っておきます」

「お向かいさんだし、仲良くしてほしいな」

「こちらこそ!」





その後ウタは「僕の店にも遊びに来てね」と残して店を後にする

彼の手には先程試着した2着とベルトの入ったショップバッグが下げられていた

























「記念すべきお客様第一号…」





その日の夜、店をCLOSEにしたリオは書き上げたスケッチブックの中身を眺めていた



スケッチブックには初めて店を訪れた客であるウタの姿が書かれている

真っ黒な服に身を包んだウタの眼だけが赤く染められ微笑んでいた



























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(明日はちょっと早目にお店閉めようかな)







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