「それで…どうしたの? まさか、最後まで喰っちゃったとか言わないでよ2人共。それはあまりにもあまりにエレンが憐れだよ…! エレンは無事なんだろうね!?」

 あれ程までにエレンの精液だのちんちんだのと喚いていたことが完全に嘘のようにハンジが真面目にエレンの安否を確かめている。

「てめえは何を人聞きの悪ィ想像をしてやがる。エレンを抱くのは吝かじゃねえが、エルヴィンといっしょになんざ嫌に決まってんだろうが」
「それは私の台詞だよリヴァイ。勿論私こそエレンを抱くのは吝かではない。しかしリヴァイと共同でなど耐えられないよ。気味の悪いことを言わないでくれ、ハンジ」
「……吝かじゃないんだね、おっさん共」

 【《吝かではない》…喜んで〜する。または、〜する努力を惜しむつもりはない。という意。】

「ええと、じゃあ今エレンは地下なの?」
「違え。まだ会議室だ。――ああ、そうだ、ペトラ」
「ハッ…!? はい、兵長!」
「悪ィがグラスと水差しの用意を。出来れば氷嚢も欲しい」
「ひょ、氷嚢、ですか…? 承知しました。すぐにお持ちします」
「頼む」
「あんたらほんとうにどこまでしちゃったんだよ、おっさん共!」

 氷嚢が必要なんて大概である。憐れなる子羊もとい、エレンは今。

「てめえに教えてやった以上のことはしてねえよ」
「ただ初めてだったからね、ソファに沈み込んだまま動けなくなってしまっているんだ。せめて水分補給と熱冷ましは必要かと思って」

 念のためさ。と、にこりと笑むエルヴィン、

「そう言やあ…あのガキ頑固にも『もう自慰なんてしません』とか言いやがったな。ハンジ、説得するにあたって知恵を貸せ」

 深刻な事態を『頑固』で片付けているリヴァイ。

 エレン…
 イェーガー…

「「可哀想!!」」

 ついに叫びを抑えきれなくなったモブリットの声と、猛禽類の前にエレンを放り込んだ張本人のくせにハンジの声がかぶった。ハンジは続けざまに紡ぐ。

「思春期の男の子が自慰なんかしないって決意するなんて相当だよ大事だよ事件だよ!?? どんだけひでえトラウマ植えつけてきたんだこのおっさん共!! 今後まじでエレンが一切吐精しなくなったらどうすんの精液採取も研究も全然できなくなっちゃうじゃん何してんくれてんだよエルヴィンもリヴァイも最低だよまったくよおおおお!!!」

 いいえ、貴女もですハンジ分隊長。
 直接トラウマを植えつけたのはエルヴィンとリヴァイであるとしても、エレンをあの部屋に、この2人の前に、放り込んだのは紛れもなくハンジなのである。それから、展開される事態に耐えられずに逃げだしたモブリットもまた同罪だ。エレンに対し壮大なお伽話的なイメージを持ち激しい思い込みをしていた点でペトラも変態ではあったがそれでも彼女は何らエレンを害してはいない。匂いを嗅いだだけで精通の有無すらわかっていたミケも大概ふつうではないが、けれどそれ以上何も語らず何もしない彼も、客観視する上で単純に気持ち悪いだけで無害である。寧ろ今の今まで悪戯に言い触らすこともなく誰にも漏洩することなくただ自身の胸中のみに秘めていたのだ。この面子のなかでは善良的なくらいだ。モブリットは泣きたかった。本気で慟哭してしまいたかった。イェーガー、結果的に見捨ててすまない、怖い思いをさせてすまないと。地に頭を擦り付けてもいい。許されても良いことではない、未だあの部屋でぐったりとしているのであろう少年に、とにかく謝りたくて仕方がなかった。何れ程深々と後悔しようとも、もう遅い。最早すべてが手遅れなのだ。きっとそのうち我慢の限界に達するに決まっている猛禽類上司のどちらかに、童貞喪失など不要だとうしろの処女を喰われるエレンの近い未来を予測して、モブリットは申し訳なくて情けなくてその憐れさを愁い、ついでに大丈夫か人類の未来、とそう思う。真剣に危機をバシバシ感じる。巨人だ化け物だと恐れられ殺処分さえ検討された少年は、反面、否、人類の希望だ人類進撃の鍵だと過剰な期待やプレッシャーを背負わされ、それらだけでも既に充分、やめたげてよおおおっ! と同情せざるを得ないレベルで多大なストレスにさらされているというのに、今やパワハラに近い淫行罪を実行するに吝かではないと言い切る穢れた大人たちの魔手によって貞操の危機が迫っているのだ。憐れすぎる。
 どこか遠く聞こえるかのように感じる、エレンのちんちんがあああエレンの精液がああああと嘆く声の主がよもや、モブリット自身の直属女性上司であるなどそんな馬鹿な。ああ、これは夢だ。きっとそうだ。悪い夢を見ているだけなのだ。激しくも無理のある思い込みで盲信できるペトラを羨ましく思う程に良心が追い詰められたモブリットは、エレンの好む菓子は何であるのかあらゆる嗜好品を思い浮かべ、いつの間にやら自覚なく現実逃避に疾っていた。
 良心? 何それ、美味しいの?
 あどけなく明朗快活に人好きのする笑みで笑うエレンの幻覚が見える。

 調査兵団の明日はどっちだ。





 では、オチである。後日エレンと擦れ違い様に挨拶がてら匂いを嗅いだミケ曰く、

「…エレンから精通臭の他に、処女喪失の匂いがした」

 とのことだ。エルヴィンとリヴァイのどちらが、もしくはそのおっさん2人以外のどこかの誰かが、童貞且つ処女であった筈のエレンの貫通式を行ったのかまでは詳細不明だが、かの数奇なる運命に人生をスクランブルエッグのようにぐるぐる問答無用に引っ掻きまわされている若冠15歳の駆逐系少年が大人の階段をのぼってしまったのは、ミケの嗅覚の察知能力によれば確かなようだ。要するに、信じるか信じないかは、貴女にある良心次第…――確かめる術もない、そうこれは正真正銘真実ただの、余談である。

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