ついにここまでも、とんでもなくカオス入り乱れた空間になってしまった、と彼――モブリットは絶望的な気持ちで今まさしく途方に暮れているところである。けれど彼は識ってもいるのだ。ほんとうの被害者たる人物は決して自分ではないこと、何より、自分では何の力にもなってやれないばかりかどうしようも出来ないことを。のちに彼は語る。調査兵団の、否、人類の未来は大丈夫なのだろうか、と。




「どうしてエレンの精液採取してこなかったんだよおおおモブリットのバカァアアア!! これじゃあただおっさん共が得しただけじゃあああんん!!!」

 ギャン泣きする我儘な幼児さながら絶賛マジ泣き中の直属上司により、喚き散らされ叱られる、という理不尽を受けている真っ最中であるモブリットは、分隊長、泣きたいのはこっちです、と思った。直属上司であるハンジは食堂のテーブルに突っ伏して、バァン、バァン、と手のひらを幾度もそこへ叩きつける。

「うわああんもおおおっ巨人には性器がないから巨人化したエレンにもちんちんついてねーし! だったら巨人化してないときの精液くらい調べてみたかったのにいいい!! あああああエレンの精液はそこらへんの野郎共と変わらず白くて生臭い粘液なのかとかちゃんと精子が蠢いているのかとか授精可能な健康な精子なのかとか他にもいろいろ顕微鏡で視姦したかったよおおお!! 本音はエレンのちんちん直接さわって弄くり倒したいのを流石にエレンが可哀想かなって思って我慢したのにいいいいいい!!!」

 ギブミーエレンの精液! エレンのちんちん超見てえええ! いくら巨人に愛を注ぎその生態について飽くなき探究心を掲げ研究者として巨人の謎へのアプローチを生き甲斐にしているからといって、この叫びは女性としてもう全部アウトである。というか、そんな大声で恥じらいもなく、ちんちんとか精子とか言うなや。とモブリットは頭を抱えた。それに、おそらくではあるが既にエレンはきっと予想より可哀想な目に合っている。合わされている。調査兵団の最高権力者と人類最強の兵士長の手によって。だってあのおっさん共、猛禽類のような目でエレンを見ていたから。そう思うとモブリットは目の前が涙で霞みそうになる。なぜ自分はあの場に少年を置き去りにしてしまったのだろう、怖かったからである。けれどすんなりとはいかずとも、もっと何かをしてやれるだけの勇気が仮に自分にあったならば、強引にでもいっしょに逃げてくることも出来たかもしれない。そう、命をかければ。そんな後悔の念に駆られ己を靜かに、しかし深く責めずにはいられない善良なる大人、モブリットとは違い、目の前のハンジは未だ、エレンのちんち〜ん! エレンのちんち〜ん! と繰り返し咽び泣いている。だめだこの人、早く何とかしないと…――という思考を邪魔するように、今まで黙って紅茶をたしなんでいた筈のミケが鼻で嘲い遮った。

「…エレンからは性的な匂いがしなかった」

 ……だからどうした。

「そんなの知ってるよ! さっきモブリットが言ってたじゃん、エレンは童貞どころか精通もまだで真剣に自慰講義受けてたって! 私はその先が知りたいんだよミケ!」
「いや、だからだ。次にエレンの匂いを嗅げばわかる。精液をだしたのかどうか」
「出したに決まってるよ、つうか出さされたに決まってるよ! ああもおおおこんなことなら例えリヴァイに蹴られてでも私もあの場に残ってりゃよかった! 何で途中退室してくるかなあモブリットはあああっ!」

 任務は最後まで遂行しろよおおおと叫ぶハンジに暗に役立たずと呼ばれ、そうか、私がふつうではないのか…とまで思いかけてモブリットはハッとする。変態たちの空気にうっかり呑まれてはいけない。騙されるところだった。常識的に考えて15歳であるエレンの尻をいつ如何なるときも狙っているエルヴィンとリヴァイ、そして精液ちんちん煩いハンジと、あまつさえ審議所に入る直前に1度体臭を嗅いだだけでエレンが童貞処女の未精通であることを見抜いたらしきミケたちが人間として、子供を預かる大人として限りなくおかしいのであって、純粋にただエレンの現在の心身を危惧しているモブリットの神経のほうが本来まともなのだ。
 と、そこへ、丁度食堂へやって来たらしい、食事当番と思われるペトラが、聞き捨てならないと云いたげな形相で悲鳴にさえ似た大声で怒鳴った。

「何の話をなさっているんですか!! 両分隊長!!」

 あ、漸く真っ当な大人が現れた! とモブリットは安堵した。初めのうちこそ巨人化能力のある少年兵ということでエレンを警戒していたリヴァイ班の面々ではあるが、例の実験後、つまりスプーンのアレの後は徐々に打ち解けてゆき今では素直で真っ直ぐな気質のエレンを可愛がっている。なかでも唯一の女性班員たるペトラはまるでエレンを、時に弟のように、時に(彼女は未婚であるにも関わらず)念願叶い授かった子のように、溺愛している程であった。そんなペトラがエレンを穢すかのような変態的発言の数々を、いくら相手が自分より上の立場の人間たちだからといって黙って許せるわけがない。その証拠にペトラは目に見えて瞬間湯沸し器が如く激怒しており――

「エレンにそのような穢らわしいモノがついているわけがないでしょう!!?」

 あれ…???

 一瞬意味がわからずモブリットはぽかんと口をまぬけに開く。

「ましてや精液などと…っエレンから出るわけないじゃないですか!!」
「お言葉だけどね、ペトラ。エレンは男の子なんだよ。第一ちんちんついてなかったら排尿時どうするんだよ」
「ハンジ分隊長! エレンはトイレになんか行きません! たまに行くのはフェイクです!」
「いやいや何言ってんの? 何のためのフェイク? おしっことウンチくらいさせてあげてよ」
「なっ…ウ……ですって!? ハンジ分隊長こそ何てことを仰るんですか!!」
「ペトラ。エレンにはついている。ふつうに。そして男子便所内で鉢合わせて実際に小便している場面も見たことがあるぞ」
「ミケ分隊長まで…!? 私は騙されませんっ! だってエレンは天使なんですよ!!? 天使には性別などありませんし天使は例え飲食していても排泄物なんか出したりしませんっ!! ゆえにトイレにも用などありませんっ!! ええまったくありませんともっ!! なぜお2人はそんなひどい嘘をついてまで(私の)エレンを貶めるんですかっ!!?? 更には精液云々なんてお2人が上官といえど糾弾させて頂きたく思いますッ!!! エレンから出るものはシャボンのように清潔な良い匂いだけですッ!!!!」
「…うわあ……私にドンビキさせるとはすごいよペトラ…」
「ペトラ、落ち着け」
「……」

 目眩がする。まとも仲間だと信じていたペトラも変態たちの仲間だった。しかも、まるで違ったベクトルの盲目的変態だった。その上括弧内で(私の)って言った。絶対言った。なにそれこわい。

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