とんでもない空間に居合わせてしまった、と彼――モブリットは己の不運を絶望的な気持ちで今まさしく噛み締めているところである。けれど彼は識ってもいるのだ。ほんとうの不運に見舞われている人物が自分ではないこと、何より、自分では何の力にもなってやれないことを。のちに彼は語る。無力な自身のせいで少年を手酷く裏切ってしまったと。涙ながらに。




 ことの発端はこうだ。普段は使われていない部屋での会議後、研究結果と併せて今の案を纏めておきたいから、という理由で、んじゃっ! あとモブリット任せたっ! といつになく爽やかに去って行った直属の上司であるハンジに(これ以上何を任されたのだかわからないまま)任されたらしい彼が退出のタイミングを失い突っ立っているなか、この調査兵団にて2本の支柱とも呼べる、団長エルヴィンと兵士長リヴァイによる雑談がまずそもそもおかしかった。なぜ敢えてここでそんな話をする必要があるのか厭な予感しかしない内容であったのだ。そんなところへ、いたいけなまだ15歳の新兵がひとり。

「…あの、ハンジさんにこちらへ行くよう言われたんですが」

 と、まるでハンジと入れ替わりのように 放り込まれ 否、入室してきたのだった。
 まだ大切な会議をしている途中だったのだろうか。どうしよう。だって兵団の2トップが真剣に議論しているのだから。扉を開けたは良いがそのまま戸惑うエレンの顔にそう書いてあるのがモブリットには見ずともわかった。寧ろ、そうだよな、ふつうはそう思うよな、大丈夫だ問題ない、きみは正常だよ後でお菓子あげるね、とでも同意し励ましてやりたい程であり、そしてなぜにハンジがあれ程嬉々としていたのかそのわけまで想像のついたモブリット個人としては、来るな逃げろ! と叫んでやりたかった。無理だが。
 なぜなら、上官2人が真剣な顔を突き合わせ話し合っていた内容というのは、疲弊しているとき、極度の緊張状態のとき――もっと限定的にいうと、壁外調査の前夜と帰還後、または夜営時に、人間の本能として興奮し製造され精巣を圧迫するそれをどのように処理しているか、自慰のとき誰の何について思いを馳せどのようなシチュエーションを想像するのが最も作業が捗るかという、つまり要するにただの猥談であったからだ。

「やあ、エレン。忙しいところ呼びだしてすまないね。そんなところで遠慮していないで、ドアを閉めてこっちにおいで」
「いえ、はい。…失礼します」

 会議に使用した机を挟んだ椅子ではなく、壁に背をつけたソファに座って紅茶を飲んでいたエルヴィンとリヴァイの姿に、エレンは促されるまま遠慮がちに入室したは良いがその先をどうすれば良いかわからない様子で、大切なお話し中でしたら出直してきますと敬礼する。当たり前である。だがそれを許可する団長と兵士長ではないのだ。ただでさえそうであるというに現在上官2人は下世話な話の真っ只中であるからして。

「良いっつったら良いんだよ愚図。馬鹿みてえに突っ立ってねえでさっさと座れ。エレン」
「えっ」

 どこに!?
 もしや兵団2トップの座っているソファに!?

 エレンは相変わらず戸惑っていて、その煮え切らなさに若干苛々し始めたらしいリヴァイがぽふぽふと自分の座っているすぐ隣を叩く。すると同時エルヴィンが待ったをかける。声はリヴァイより随分と穏やかではあるが台詞が穏やかではなくモブリットは胃がきりきりと痛みだすのを耐えながら己の不運を嘆いてはいるが、だが、まさかこのまま何も見なかった、聞かなかったふりをし、まだ齢15の少年を即時に見棄て逃げることが出来る程冷徹な人間でもなかった。
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