「もう多分、俺からは連絡しないよ」
そう男は呟いた。
くわえ煙草でジーンズを履き、ベルトのバックルを留めている。シャツを着る前にネックレスをつける。そのあとで服の上に引っ張り出すのだから、1番最後につければ良いものを、と──俺はいつも思っていた。
「いきなり何。どうかした?」
俺はまだ裸でちょっと動けば軋むベッドの上で、携帯をいじりながら横目で男を見る。男は唇の左端だけを上に吊り上げて、ソファに腰を下ろした。
「結婚すんだ」
紫煙と共に吐き出されたセリフは、どこか諦めの混じった呟きで、俺は、似合わねえなあとか、そんな単純なことしか浮かばなかった。
「なに? ケジメ? とかつけるんだ、一丁前に」
馬鹿にするように嗤ってスマホをスプリングへ放り投げると、起き上がって男の煙草を奪った。強いメンソールが喉に沁みる。
俺はベッドの傍に脱ぎ捨てていた下着に足を通して、男の隣に座る。
「あー……まァ、一応な」
イイ歳だし、なんて言い訳染みた言葉は聞かなかったことにする。
結局、おまえもふつうの人間だったってわけだ。
俺は、例えばふつうに恋人をつくったり家族計画とか、そういった誰でもするようなことには興味がないから──だから彼のように決断をして、伴侶とかいう相手に対して、ちゃんとしようとするのは尊敬する。と言っても別に全然、羨ましくは思えないのだけれど。
「まあ良いんじゃね? 幸せになれよ、ご愁傷さま」
心からの祝福も、言葉にしようとすれば、何だか厭味みたいになってしまう。捻くれているからか、と自分でも思う。自覚している。そんな俺を、いつものように笑って、彼はどこかほっとしたように見えた。こうやって別れを切り出されるのは慣れていない。大抵いつも、俺は自分と同じような、刹那的な付き合いの相手ばかりだから。
男が帰った部屋で、もう1度安物のベッドに寝転がった。彼のぬくもりも、匂いも、勿論残っていなくて、胸を締めつけるような──悲しみに似た感傷だけが横たわっている。
「…………ばいばーい」
結構好きだったよ、おまえのこと。
だから少しだけ泣きたくなっている。なんて思ってみても、簡単に泣いてしまう程、もう俺は子供じゃあないから泣かないだけだ。
せいぜい幸せになれば良いよ。
そんな小さな呪いをかけることしか、出来ない自分を自分で嗤った。馬鹿だなァあいつ、何も言わなけりゃ、自然に消滅して俺が先に、おまえを忘れてやれたのに。