檜山はどこでも寝てしまう。あんな場所やそんな場所でも関係なくそれはもうぐっすりと。教室部室電車の中は当たり前。屋上、中庭、他人の家も、まあ…当たり前。お風呂は危険なので流石にちょっとアレですが、でも、何とか許せる範囲。ギリギリ。ただ今回の駅のホームだけはさすがに俺の堪忍袋も限界だった。幾ら何でも外は勘弁しろよ外は。
「今日という今日はもう許さん!」
俺は目くじらを立てて怒った。今日は檜山が反省して、もう外では寝ないと誓約を交わすまでは、絶対に許さないつもりだ。心を鬼にして固く誓う。俺のピリピリした態度を感じたのか、檜山も少しは反省しているようだ。よしよし。丸めた背中もしゅんとしている。
「ごーめーんなーさーい」
………しかし直す気は更々ないようだ。それがありありとわかる間延びした声。これには俺もカチンときた。どうやら干されたいらしい。
「許してよ。超反省してる」
「じゃあもうしないって約束出来るな?」
念を押すと、彼はうーんと唸る素振りを見せた。あと、にこやかに、わかんない! とシラを切る。いや絶対またする気だろ。というか反省している言葉からでさえ反省すら感じられない。ぎろりと目線だけで諌めてみる。
「別にさあ……、別にいいじゃん? 俺がどこで寝たって」
ほら、出た。結局これがおまえの本音なんだろう。檜山はひとつ伸びをして頭をがしがしと掻いた。もう不機嫌そうな様子を隠す気配もない。面白くなさそうに爪を噛んでいる。
「良いわけねえだろうが」
危ないじゃねえかよ、と諭してみても、檜山にはまったく効き目がない。終いには話の途中でふらふらと歩き回る始末。子供じゃねえんだからじっとしてろよ。聞いてねえだろ!
「うー……あーもーうるさいなー! 眠くなるんだから仕方ないじゃん!」
全然仕方なくない。そんな理由が罷り通ったらこの世は破滅するぞ破滅。
「じゃあどこで寝ろっての?」
「自分の家で寝ればいいだけのことだろう」
「えー、無理」
「無理って何が!」
「だってそこまでもたないもん」
いやそんなケラケラ笑われても。もたせてくれよ頑張って!
「無理無理無理無理」
無理無理じゃねえだろうよ…。檜山のにっこり顔に思わず項垂れてしまう。ああ躰から力が抜けていく。俺がこれだけ言っているのに。全部おまえのためなんだぜ?
「……だって眠気って、どうしようもないじゃん……」
檜山がぽつりと呟いた言葉。尖らせた唇が子供っぽくて、何て言うか、愛らしい。じゃなくて。どうやら良くないことだという自覚はあるらしい。ただそれを貫く意志の強さがない。常識くらい貫いて欲しいところだ。
しかし俺も鬼ではない。
「じゃあこうしよう」
檜山は表情で、なに、と問い掛けてくる。その瞳が俺の発言にまったく期待していないことを表している気がするが、そこは置いといて。まァ取り敢えず聞けよ。
「おまえが眠っちまったとき、」
俺が隣で見張ってやってもいい。
これなら安心だろ? すごく革新的なアイデアだと思う、我ながら。やったね! 万事解決!
「いやそこは真面目に言えよ」
しかし檜山はお気に召さなかったのか急に真顔になった。え? 駄目?
「だめって言うかあ……」
おまえ、馬鹿だろ。
は? 何で! いつの間にそんな話になったんだよ! 今はおまえがそこら中で眠ってしまうのを、俺が咎めていたんだよ!
俺がこらと一喝すると檜山は漸くちゃんと反省したのか、急に押し黙った。よしよし、それでいいんだよそれで。檜山の遠くを見詰めるような目が気になったが、まあ良い。
「じゃあ、そういうことで」
「いやどういうことだよ!」
「じゃあ、そういうことで」
「いやどういうことだよ!」
だーかーらー、俺が隣にいるときなら寝てもOKってことだよ。それなら俺も安心檜山も安心、一石二鳥。
俺が自信たっぷりに微笑みかけると、檜山は怪訝そうな顔をしかけて、それでも最終的には諦めたようにひとつ、溜め息を吐いた。
「……ひとつだけ言っとくけどさ」
「何だよ?」
「俺は、ほんっとにどこででも寝るんだからな!」
檜山はフンッと鼻息を荒くした。
「……知ってるよバーカ」
俺がそう言うと、檜山は俯いたまま少し笑った。のが見えた。
あくびをひとつして横になった檜山。ふざけて隣に寝転んだ俺におやすみと言ってくれた。これじゃあ俺のほうが先に寝てしまいそうだと思った。