夢の中で父親を殺した。憎かったからか、と尋ねられると困るくらいには、希薄に淡々と殺した。
 しかしまた次の夜も、殺されるとわかっていて父親は夢に出てくるのだ。
 殺し方はその夢の時々により違った。武器も、ナイフであったりピストルであったり決まりは無いようだったが、ピストルに限っては小型から大型まで様々なものが出てきた。一度など、相手は何も身を護る装備をしていないにも関わらず、対戦車用拳銃13mmで肉片にしたことすらある。跡には黒焦げの陰が遺る程度で、ミンチ肉にもならないな、と冷静に考えている自分がいた。
 そうして何度父親を殺しただろう(あくまでも夢の中で)、とうとう耐えかねたのは自分の方だった。精神の話だ。

「いい加減、学習してはくれないかな」

 夢の中の父親へ、初めて話しかけた言葉は問いとも呼べた。
 彼は黙る。黙って、じっと黙って、その夜もまた殺されるのをただ待っている。
 じっとこちらを見ながら。

「わかった。わかったよ。もう。殺すのも、飽きたんだよ。降参する。降参だ、意味はわかるだろう?」

 まるで言葉の通じない、よその国の人間にそうするような身振りで、降参のジェスチャーを取ると何だかもうほんとうに、すべてこちらが悪いかのように感じられ不快だった。自分はなんにも悪くなどないというのに、だ。
 不公平じゃないか、と、自分は思った。

「どうして毎晩殺されるために来る? どうして? どうして毎晩わざわざこの手で、殺してやらなけりゃならない? どうして?」

 問い続けると止まら無くなった。まくしたてるように疑問符を綴る。

「不公平じゃないか?」

 そう問うたとき、押し黙りじっとしていたはずの父親の漸く息を吸い込んだ音が聞こえた。
 そして、まるで、笑い出すかのように彼は話し始める。

「不公平じゃないか? 毎夜毎夜、殺されてやりに来ているのは誰だかわかっていて問うのか? 武装もしていない俺に? おまえの夢の中ならば痛みはないと言えるのか、現におまえは耐え兼ねて、ついに今日、降参のポーズをとることにしたんじゃないか。何度殺されてやったかもうわからないが、一番痛かったのは急所を外されたときのナイフだったな。そして一番グロテスクだったのは、俺より大きな鈍器が降ってきて押し潰されたときだった。ぐしゃりと潰れる音はしたか?」
「いや、しなかった。あのときは確か…」

 ドォン、という大きな音がして、父親の肉が潰れる音は掻き消されてしまったので、一番グロテスクだった、などと言われてもあまりピンとこなかった。鈍器が大きすぎる鉄で出来ていたので、残骸を見ることが出来なかったからかもしれない。自分にとってはあれが最も罪悪感が無かったように思う。

「おかしな父親だな。それでも懲りずに夢に現れるんだから」
「懲りないさ」
「言い切るのか」
「なぜならこれはおまえの夢の中だからな」
「ああ、そうか」

 成る程、と妙に納得をする。

「だからおかしいのはおまえだ」

 言い切られ、今度は納得ではなくむっとした。
 確かにその通りであるからだ。

「あんたの子供にしては上出来だと、自他共に思っているから、心外だ。訂正しろ」
「それは出来ない」
「どうして」
「どうしても出来ない」
「だから、どうして」
「どうしても、だと言っているだろう。わからないのか? その、お利口で、おかしな頭でも?」

 わかった。わかったよ。降参だ。否、本当は初めから自分は理解っていたのかもしれない。知っていたのかもしれない。充分に。
 なぜならこれは他の誰のものでもない、自分自身の夢の中だからだった。

「お利口でおかしな頭のおまえは、今のところ俺が夢の中でしか死なないことを知っている。そして、」
「言われたい言葉をきっと、絶対に言ってはくれないのだろうと」
「その通り」

 つまり自分は、いくら毎夜毎夜と夢の中に現れる父親をどんな殺し方で殺したとしても、その腕でただ抱きしめてもらうことも出来ないのだと。

「とんだファザコンだ。──死にたくなる」

 頭が痛いのでそう呟き、抱えた。
 そんな自分の姿を前に父親は

「おまえが懲りろ」

 とだけ言った。
 出来ない。懲りることも、本当に殺してしまうことさえも。もう、いっそ、

「諦めてしまいたい」

 自分の父親に纏わる、すべての何もかもを。
 パァン、という小気味よい音が響いて、それは自分がまたトリガーを引いたからだとわかった。父親へ向けて。
 今夜の父親は死んだ。殺したのは自分だ。夢の中の父親だ。

 それでも情けなさに泣きたくなったのは、自身の手が握るピストルが、眠る前に観たアニメに定番で登場する、時代錯誤も甚だしいワルサーP38だったからだった。ルパンは素晴らしい名作アニメだ。どうせなら次元の銃で撃ちたかった。
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