心臓の音が聞こえる。
 死ねよ、
 死ねよ、
 死ねよ、
 って僕に言うみたいに。
 零れ落ちていく血液は別段尊くも無く、簡単にさよならを告げる。

「生きろ」
「生きろ」
「死ぬな」

 どいつもこいつもうるせえ事この上無い。
 優しい声で時には厳しい声で、言われなくても伝わっているのに。何かよくわからないけれど愛情とやらで伝わっているのに。
 そんなにしつこくも『生きろ』ばかり言われていると逆にもう、

「死ね」

 に、聞こえる。

 別に何にも特別なんかでは無い。だからきれいで無くても構わない。躰だけで構わないのだ。躊躇う理由なんか探したってどこにも無いぜ。嗤える。おまえの躰は容易いね。言葉がどんなでも、おまえの肉は好きだ。

(だから何もわからなくて良いんだよ、良いんだよ)

 気付かれたってやめない。
 僕の見ていないところで態々勝手に涙するくらいなら、嘲笑していろよ。呼吸を続ける事はとても難しいのだ。ただ話だけ聞いてくれていれば良い。忠告なら要らない。絶対に何がどうあろうと信じたりしないから、嘘をついても良いよ。約束も護らないから、指切ってあげるよ。

 愛しているよ。
 愛しているよ。
 嘘だけれどね。

「アホだなあ。俺がいるのにさァ」

 いつも独りきり、みたいな顔してさァ、と、おまえが言う。そのせいで僕は気でも狂ったように笑えて笑えて、仕方が無かった。

「アホは、」

 おまえのほうだろ。どう考えても。
 だから話だけ聞いていろよ。誰のことも愛してなどいないので、愛しているよ、とか、誰かが誰かに言っちまおうともどうでも良いんだよ。
 なのにおまえを見て涙が零れるのはどうして。もうどこへも行けない、と、言った、行けないなんて事は無かったのに。

「生きろ」
「生きろ」
「死ぬな」

 どいつもこいつもうるせえ事この上無い。
 言われなくても、誰に望まれなくてもいつだって、死ねるのだヒトは。何度もしつこく贅沢な悩みかも知れないが、だから、

「死ね」

 と、言うのはやめろ。

 きつく両眼を縛るネクタイを取り払う、屋上ゆらゆら。覚束ない足許のすぐ下へと落下するかも知れない。
 コンクリート。
 アスファルト。
 車のボンネット。
 けれど、もしかしたら、どこか遠くのとても素敵な場所へ繋がる入り口かも知れないだろう。

「いいねえ、それ」
「いいだろう」
「でも別にネクタイ外さなくても良くない?」
「そうかな」
「うん」
「どこへ落ちていくか見たいけどなあ」
「そういうの変態っていうの」

 ガソリンのかおり。
 心地良い揺れ方。
 風に煽られている。
 それでも、曖昧さに心の底から安堵することは、無数にある。

「変態」
「どっちが」
「決まってる」

 趣向とか病名とか第3者が勝手に名付けた名称ならどうだって良いのだが、僕とおまえを繋ぐ世界と謂う名の忌ま忌ましい境界線が、現実問題として互いに存在証明を成せているのである。

「無駄だねえ」
「呼吸している」
「食べることも」
「だから、まァ生きてんだけど」

 まだ。

 僕らは生きている。いつかは死ねる。だからこそ、僕はまだ大丈夫だと思っていたのだ。まだ行くべき先があるのだと。まだこのままでは終われないのだと。

(とんだ勘違いだったらしい。笑えないほうの、だ)

「生きろ」
「生きろ」
「死ぬな」

 どいつもこいつもうるせえ事この上無い。
 結局のところ僕は独りになれないし、きっと独りで先に死ぬ。簡単にあっさりと窮屈な体を投げ出し、つまり、

「死ね」

 と、言うのはやめろ。

 言われなくても僕は生きていく。丈夫な命を自ら絶つことなどしないし、深く深く、深く、呼吸と共に愛情とやらを欲しがり続ける。

 心臓の音が聞こえる。
 死ねよ、
 死ねよ、
 死ねよ、
 どうせ要らねえ人間じゃん、
 って僕に言うみたいに。

(あァ僕の心臓は賢いやつだなあ)

 生きていくためにはこれくらいの図太さが無いとやってらんねえのよ。

 心臓の音が聞こえる。
 生きろ、
 生きろ、
 生きろ、
 って僕に言うなよ悪い冗談だろ。

 なァほら、見ろよあの水たまりを。乱反射して、きらきらして。通り過ぎていく子供の自転車を映し、響く誰かの名前。あの頃埋めた種は、毎年きちんと花を咲かせているんだぜ。

 鮮やかな。
 ひとつも妄想の産物などでは無かったのだ。

 おまえを見て涙が零れた。狂い死にそうだ、と言って、ほんとうには狂う度胸も理由も無い僕より先に、発狂してくれだなぞといったい誰が頼んだと云うのだ。ゆえに僕はおまえを聡明と呼ばない。世界の何がどう変わろうとも。絶対に呼ばない。



雑記でラクガキした、プライベートサイトでの短文の切り貼り加筆修正版過去雑文サルベージ。
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