西条に謝りたいことはいっぱいあった。数え切れない程いっぱいあった。例えばメール無視してごめん、自転車借りパクしたままでごめん、毎回テスト前にノート丸写しさせて貰ってごめん、しかも借り物なのに失くしたりしてごめん、小さいものから大きなものまで当然みたく嘘ついてごめん、そのわり滅多に無いおまえからの頼みごとにはまったく非協力的でごめん、いい加減にしろよって目が合う度に言わせてしまうテキトーさで生きている俺でごめん。挙げだせばキリが無い。どうしてこんなに謝るべきことが溜まってしまったのだろうか。俺は別段、謝罪すると謂う行為には、意地も抵抗も無いタイプである、筈、なのだが。寧ろ、悪いことをしたら謝る、そういう、ふつうの人間として、決して疎かにしてはならないのだろうことを蔑ろにしているほうが、余程、俺にとってもストレスで、そもそも俺のなかに根付く常識に反している。

「ごめん」

 なので、今日から少しずつ、俺はおまえに謝っていこうと思う。

「? は、何だよ?」

 西条は訝しげに首を傾げた。綺麗な西条。眉間に皺を寄せさせてしまってごめん。そうだな、ちょっと説明不足だった。俺は反省し、ずい、とそれを西条に差し出した。土日を費やし、必死に探しだした課題のプリント。随分以前のものであるせいも有って、ところどころ破れていたり煤けたような汚れがついていたりするけれども、まァ、もう過ぎたことだ。気にしないで欲しい。


「……てめえ…富永これって……つうか、今頃返されても…」

 嫌がらせかよ。と呟いた、西条の顔にはあァやっぱおまえが持ってやがったんだな、と書いてある。最早呆れ切った西条の唇からは諦めの溜め息しか出てこないようだった。

「だァからごめんってば」

 俺が真顔で突き返すと、何だかんだで優しい西条は情けなさげに笑って、どうせキッタネェ机にでも放置して埋れさせてたんだろ、と察し、プリントを受け取ると、とても丁寧に端と端、角と角をくっつけて四つ折りにし鞄に仕舞い込んだ。そんなふうに丁寧に扱おうとも、あとは棄てるだけしか無いものなのに。とても──丁寧に。俺は半ば感心しながら西条のその指の動きを眺めていた。取り敢えずは、これでひとつクリアだ。この調子でどんどん謝ってゆこう。
 そうやって、俺は、次の日は自転車を返し、その次の日からもなるべく真っ当に過ごすよう努め、西条に俺のせいで手を煩わせたり迷惑顔をさせたりしないように気を付けて、自分のことは出来得る限り自分だけでするように死ぬ気で努力をした。素っ気ない文章のみの西条からのメールにだって、絵文字とデコレーションたっぷりで、10分以内に返信するようにした。し、すぐバレる程度の無意味な嘘をつくことをやめた。のに。俺がこんなにも誠実な対応をしていると云うのに、だ。どうやら西条はそんな俺を不審がっているかのようだった。何だよ俺がおまえが居なくともまともに生活を送れるようにしていることがそんなにおかしいか。

「おかしい、って言うか、気持ち悪ィ」

 即答された。その上気持ち悪がられた。ひどい。西条にとっての俺は今までどれだけ不誠実だと思われていたのだろう。少しばかり傷付く。まァけれども安心して良いよ西条。長かった俺の謝りリストももうじき終わりを迎える。

「ってことは、まだあるのかよ? 俺に謝んなきゃいけないようなことが?」

 西条は若干怯えた様子でその頬を引き攣らせ、じっくり思考を巡らせながら俺を見る。プリントも自転車も犯人が俺だなんて態々言わずもがなわかっていたらしき西条は、ついぞ予想も尽きたのか、次は何なんだよ、と身構える。意を決し、俺は、大きく息を吸い込んだ。

「西条、ごめん!」

 いきなり土下座するくらいの勢いで謝った俺に、西条は綺麗な目を丸くする。そして硬直した。

「実は西条の悪口言いまくってた」
「──悪口」
「女子に、てか、彩香チャンに」

 途端、西条は慌てて、てめえ彩香に何言いやがったんだよふざけんなよまじで教えろクソてめえが彩香に言ったことを一言一句アウトかセーフかアウトかアウトか判断するから俺が、

「ホモだって」
「あ!?」
「西条はほんとうはホモで──」
「ぶ、ッ殺すぞてめえ!」
「なんて云うのは冗談だ。彩香ちゃんには話し掛けたことも無いよ。ごめんね」

 西条の取り乱し方が尋常では無かったので早々に謝った。ごめんまさかそこまでとは思わなくて。すると西条は脱力し、その場にへにゃり、座り込んだ。それから落ち着くと情けない姿を俺に見せたことを恥じるように、照れ臭そうに少し笑って、

「冷静に考えればそんな嘘、もし言いふらされてたって誰も信じねえだろうな」

 などと──反則にも過ぎることを言った。ふざけんなよまじでクソてめえ、は俺の台詞だと俺は思った。その顔が、俺だけのためだったなら、どんなに良いか。西条はずっと綾香とかいう隣のクラスの女子のことが好き、なのだ。ずっと。ずっとだ。それなのに。そんなことは充分過ぎる程知っていたのに。ごめん。ごめんなさい。何度言っても足りないけれども、だから、だからこそ、何度でも言う。ごめん、西条。ごめん。

「で、ならほんとうは何なんだ。ほら吐け、俺に謝りたいこと」
「今こころのなかで謝った」
「こころのなか!?」

 とうとう西条はぶはっと吹きだしてしまって、じゃあもうそれが何だろうと許してやるよ、と言って笑った。その笑みにまた、喉まで出掛かったほんとうのごめんを俺は無理矢理飲み込む。胸まで降りていかない喉の奥で詰まって痛い。西条は俺に手を差し出した。立たせろということだった。そっと手を重ねたときもっと痛んで、俺は涙が出そうになった。ごめん、西条。1番謝りたいことは結局ほんの僅かも明かせそうに無かった。
 西条、西条、西条。おまえがすきだ、さいじょう。
 ごめん。
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