おおきく真っ赤にひろがる空の裂け目から、居ない筈の神さまが地上を覗いている。悪趣味な飼い主だ。あァ僕は、ずっと無神論者で在りたかったけれど、神頼みでもしなければ叶うことなど起こり得ない願いごとを持ってしまったので、たった今からあなたを信じる努力をするよ神さま。神さま。神さま。神さま。だから僕らの願いごとを叶えろよ。
 世界で1番愛しいきみの、世界で1番劣情を掻き立てるキスをする唇から、歌うように紡ぎ出された言葉は、世界で1番、非情なまでに残酷だった。

「おまえはさ、すごくきれいですごく優しいから。もしも女の子だったならきっと、世界で1番幸せな嫁さんになったかも知れないな」

 裂傷を負った空はゆっくりと閉じていくのだ。その落日の向こう側には新たなる世界が待っていた筈だった。それこそ最後の切っ掛けだったのだと、残酷なきみは僕に言った。僕はどの味の飴を舐めていたのか、途端わからなくなってしまった。

「何、それ」

 声が震えないように必死に、喉の奥に力を込めた僕の返答はまるで、不機嫌さだけを乗せたものであるようで。子供のいない朝と大人のいない夜を僕らは知っている。誰も存在しないのに街中を埋め尽くす程、溢れ返ったおおきなたくさんの人影が随分怖くて恐ろしくて。もうどこかへ逃げてしまいたいよ、何にも、わからなくなってしまいたい。

「褒めてやってんだよ? もし仮におまえが女の子で、誰かの嫁さんになって、子供でも出来たりしたらさ。厳しくて、優しくて、理想的で完璧に近しい家庭を持つ、良い人生を生きる母親になるんだろうよ。たぶん」

 そんなもの要らない、と言いたくて仕方が無かった僕の喉は、しかして、そんなことを言いだせばきみだってそうだろ、と心にも無い台詞を勝手に発していた。空気が塞がっている。密閉されたクリアケースのなかで、僕はそう、丁度貴重な生き物のサンプルとして、今この瞬間でさえも尚、飼い主の支配下にあるのだろう。閉じていく空のくすんだ端っこから、黄土色したうさぎが顔を出し述べた。僕があれを離れたのでは無く、あれが僕を離れたのだと。都合好く解釈し誤認してしまわないようにと念押しをしてくる。それは誰かと云う名のおそらく神さまからの言伝だったのだそうで、重要な暗号のようでくだらない悪戯のようで結局のところ優しさの茶番のようで狂ったほうがずっとましな残酷のようで、僕が詳細を尋ねようにも、うさぎは横たわったきり鳴かない。揶揄い混じりのきみの言葉だけが、ほんの少し僕を救う。

「だけどおまえ、時々わりとガサツだからなァ」

 裂傷を負った空はゆっくりと閉じていくのだ。

「落日の向こう側はさァ、どうだった?」

 問い掛けてくるきみに残された手段は無い。僕だってそうなのだ。僕は目を閉じて考える。何も残念では無いが僕は諜報員でも無ければ密偵者でも無いのでまったく見たことなんか無いのだけれど、それでも、

「落日の向こう側も同じだったよ。だから、このままで良いんだよ僕らは」

 そうさ、語り掛ける思い出が欲しくて僕はきみを創造した。世界の外になど興味は無いのだ。誰かがどうなったって別にどうでも良い。ただ儚く壊れやすい淡いものを、僕は、きみは、この手で護ってみたかっただけだった。だからもしも女の子だったなら、もし仮に、誰かの嫁さんになって子供が出来たりするのならば、その子宮に芽吹くもととなる精子はたったひとり、愛しいきみの体内で製造され廃棄されたもので無ければならない。そうで無ければ僕はそれを、そのすべてを、受け入れるつもりなぞ無いし、ましてや愛することなど、出来るわけが無いのだ。目を閉じて僕は考える。黄土色したうさぎが跳ねている。何て哀れで、何て憐れであろうか。僕の亡き骸の上を跳ねている。

「うん、でも。そうだな。もしも、おまえがほんとうに、女の子だったとしたら。俺は迷わずおまえに乱暴して犯すんだろうなァ。…その子宮に俺じゃあ無い誰か、どこかの男の穢え精液が注がれる、なんて、気持ち悪くて吐き気がする」

 口許が緩む。視線が合って堪らず嗤い声をあげた。神さま。たった今からあなたを信じることにするよ神さま。神さま。神さま。正装したホモサピエンスというヒトでしか無い、獣の本質で怯える僕らは懇願されたら躊躇なぞ出来ない。それらを知って。
 それはそれとして、在る有り方として、世界として、悪いことなど何ひとつとして、無い。嘆くばかりしか赦されぬ者など、誰ひとりとして居てはならない。ねえ、そうだろう? 覗き趣味の穢い神さま。なのでどうか僕に子宮を与えろよ。神さま。神さま。神さま。僕はあなたに暴君と名付け、黄土色したうさぎに残さず食べさせていく。あなたは何という人間の残飯的な悪党だった。
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