<概略>
現パロ/致したあと/ちょっとだけホラー(?)/幻聴の話/
今日ははちみつの日らしいので、エレンの日かなァと。







   

 ぐるすけほうこう。ぐるすけほうこう。夢現に聞いた音は遠い場所で後頭部辺りから響いた。ふと去来する意識の目覚めに、まだまだ寝ていたいと脳内で睡魔が愚図ると、ぐるすけほうこう。ぐるすけほうこう──と響いては睡魔を消し去ろうとする。冬はどうにも目覚めが遠い。元来寒さが苦手なエレンは、もぞもぞと布団のなかで身じろぎをしながら──瞳を閉じたままで暖かい場所を探る。そうして探した暖かな場所でまた眠りの淵へ落ちて行くのが気持ち良いのでそうする。
 ぐるすけほうこう。
 一際おおきく鳴った音に、途端、ぶるり、躰が震えて──脳みそが覚醒へと導かれた。何ださっきから? うるせえな。呟く言葉は果たして声に出たのか、それとも胸の内側で音と鳴って頭に響いたのか、どちらかではあるが──エレンの腕は自然に頭上に伸ばされ定位置に置かれたケータイを探していた。布団から出した腕がひやり、冬の外気に包まれて、いよいよ脳内が覚めてきたが、幾ら手をランダムに動かしても目当ての物が掴めずにいる。んうむ、諦め半分で少しだけ、開いた瞼。見慣れたアパートの自室の壁は視界にぶつからずに真っ白い布団の影だけを不鮮明に映し出した。あァそういえば──泊まったんだっけ…? 朧気な脳内で思い出したエレンの部屋はひんやりと冷え切っており、布団のなかだけが暖かで、その他は冷たい。エレンの寝室にはコンセントがひとつきりしか無く、窓の下に備えられた机の下、ボックス棚の横側その奥に、1つだけおざなりで備えられている。コンセント──普段はノートパソコンやケータイなどのバッテリーを充電する以外には使用されていないコンセントは、リヴァイが泊まりに来るときだけ夜中、占領される。エレンのケータイは今、机の上だ。代わりに充電器でコンセントを牛耳っているものは、リヴァイのケータイのバッテリーで、後頭部付近で唸り出す不快なアラーム音を止めようと伸ばした腕は、空振りに終わってしまい、倦怠だけをこころに芽吹かせた。だから充電、寝る前に終わらせておいてくださいね、と、言ったのに──。チ、と、舌打ちをした音がぐるすけほうこうと唸る音に重なって、はた、と思考を停止した。
 ぐるすけほうこう。ぐるすけほうこう。何度も何度も鳴るその音は、アラーム音とはまったく違うものらしく、音源を奏でて、より鮮明に耳へと入り混んでくる。いよいよ何かがおかしいと気付くまで数秒かかったエレンの、クリアになってきた視界に、入り込むようにして何らかの──少なくともケータイでは無い──物体が、ゆらりゆらり、影を動かした。目前に、見慣れない何かがある。と、云うか、横向きに寝ていたエレンの真横、ベッドの端、フローリングと布団の境界線を破らないラインに影をつくる物体は、180度頭を回転させてエレンのはちみつ色の瞳を靜かに覗き込んでいた。見慣れないもの──否、映像や図鑑のなかでは見た事はあるが実物をこうして目前にしたのは初めてだった。真っ白く染まった凹みの目立つ顔面、その中心にある小さな瞳は真っ黒に塗り潰されている。よくよく見ればきっと、一瞬で認識が出来ただろうが、今のエレンの瞳には歪つな何かとしか判別が出来ない。エイリアンかと咄嗟に思った。アメリカ映画にでも出てくるデフォルメ化された未確認生物の全体像。おおきく膨れあがった頭、その顔面いっぱいに開かれた瞳。暗がりで見れば脳内に焼き付く不気味な姿。ぐるすけほうこう、ぐるすけほうこう。しつこい。更に喧しい。やっと覚醒したエレンの視線を察してか、フクロウはおはようとでも言うかのような気軽さで──鳴いてみせる。いったいぜんたい、このフクロウはどこから入り込んできたのだろうか。エレンが知るに、今現在において、この部屋は完全に密室だ。窓もドアも閉め切ってリヴァイの腕のなかで夜を共にする事に慣れ始めてきたエレンにとって、この部屋は言わば小さな檻とも呼べる。そんな部屋に、どうして? 暫しフクロウと目を合わせていたが、躰の自由を奪われていることに気付き、背筋を冷たい汗が伝う。ぐるすけほうこう。ぐるすけほうこう。愚弄助奉公──今度ははっきりと響く声。目前のフクロウのくちばしは開きもせず閉じているのに、脳内に響く音が次第におおきくなる。音がおおきくなるに連れてフクロウの影が伸びてきて──まるで、エレンをぱくりと食べようと、くちを開いた。

(あァ、影に、──)
(喰われてしまう)

 瞼を閉じたくとも、逃げ出したくとも、声を張り上げたくとも、目前のフクロウから顔を背けることも声を出すことも躰を動かすことも出来ぬエレンには、徐々に伸び始める影の驚異を見ているしか無かった。
 愚弄して奉公。
 影の先端が牙のように尖り、エレンの腕を刺したと同時に背後から流れる声が、ぴたりと影の進行を止めた。低い低い声、聞いたことの無い声がエレンの背後から流れ、そして慣れた腕の感触が躰を包み込む。仄かに漂うムスクと煙草の香りと同時、に 、エレンの視線は擦れた──フクロウから視線を反らし、戻ってきた腕の感覚と痛覚、刺さった影を引っこ抜いて、躰を反転させる。と。くるりと反転した視界、藍のシャツを着込んだリヴァイの胸元が視界に映り込んだ瞬間、彼の香りがつよくなった。ギュゥ──フクロウの声が影が届かぬように包み込まれ、つよい力で抱き締められて安堵する。愚弄して奉公。もう1度靜かに呟く、リヴァイの喉仏が、動く。今、背後でどうなっているのかなど想像もしたく無いのだが、うっすら寒気が背筋を責める。あのフクロウが睨んでいるようでほんとうに気持ちが悪い。180度の中途半端に回転した歪つな顔のまま、リヴァイは鋭い視線を、未だにエレンの背後へと投げ掛けている──それだけは確実に判る。のは、彼の声が怒気を含んで発せられているからだった。

『もう少しだったのに』

 今度は解りやすくもおおきくはっきりと聞こえた。男とも女とも区別が付かない気味の悪い濁声。老婆だろうか、老父だろうか? それとも赤ん坊? ──考えたく無いのに自然に思考がそこへと引き摺られて往く。

(ナニが、もう少し、だったのだろうか──)

 恐怖に支配された心臓は今頃になって漸く機能し始めた。ばくん、ばくん、爆発1歩手前のうるささで内側から唸り声をあげる。

「おい、息を、しろ」

 うって変わった優しい音色に、エレンは、自分が今の今まで呼吸をしていなかったことを知る。途端、躰が苦しいと悲鳴をあげ、喉から空気が漏れる音が響いた。ヒュ! 慌てて息を飲み込むと余計に苦しくなり、エレンはリヴァイの寝間着を、ぎゅ、と握り締める。手に手をかけて優しく包まれ、エレンの薄い背中を、とん、とん、とリズム良く叩く。

「大丈夫だ、ゆっくり、息をしろ。ゆっくりゆっくり…そうだ、えらいぞ。出来ている」

 は、は、は、はァ──整わなかった呼吸が、リヴァイが背中を叩くリズムによって整えられてきて、幾分かエレンは楽になった。ちゅ、と、こめかみ辺りにリヴァイのくちびるが音を立て、エレンは漸く落ち着けた。

「あ、れ…なん…です? …けほっ、」

 小さな咳払いが言葉と共に出てくる。久しく喋った感覚がしてから──やけに喉がひりひりと痛んだ。くちを開けてみせろと言われ、大人しく開けば喉が腫れているらしく、何か薬はねえのかよと言って、今度は瞼に口付けを落とされる。

「あれは、所謂、夢魔ってやつだ」
「…む、ま? って、何です、か…?」
「獏は知っているか?」
「ええと…ンンっ、…悪夢喰らいの?」
「そうだ。あれの反対だと考えれば良い」

 エレンの喉は、未だにいがいがして声が出しづらく、恐怖に負けてしまったこころが、今更、震え上がって手に震えを連動させた。そんなエレンの震えた手をリヴァイは握りながら、子供をあやすように軽いキスばかりを施していく。小さく鳴るくちびるの音が、徐々に羞恥心を植え付けるのでエレンは恐怖をようやっと拭う事が出来た。リヴァイはエレンの瞳を見詰めながら、ゆっくりと──話をする。

「あれは魔物だ。悪夢そのものを植え付けて喰らおうとする。おまえ、幻に取って喰われるところだったな?」

 リヴァイはエレンのはねた前髪を後ろへ流しながら、意地の悪い笑みを浮かべ、今度こそ、本格的なキスを施す。ゆえに、エレンはまたもや息が苦しくなって──今はキスのせいで──仕返しにリヴァイの存外おおきな手、の、甲に、爪を立て引っ掻いた。痛えな、こら、リヴァイは小声でそう言って嗤う。あたかも夜の影からふたり、隠れて内緒話でもしているかのようだった。幾度もキスを交わし、それから相手の耳許で話をする。それの繰り返しをしていたら、いつの間にか、物騒では無い夢のなかへと陥っていた。今は瞼に遮られてはいるが、エレンのはちみつ色の瞳はひどく雄弁で、素直だった。ぐるすけほうこう。愚弄して奉公。冬の闇夜に鳴く、名前も知らぬ幻鳥が明け方を知らせようとしても、ふたり分の体温で落ちていく意識は誰にも、何にも、止められなかった。
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