<概略>
エレンが自由(鳥)になって、兵長は生きている捏造/寂しいおっさんの独り言/
進撃の巨人、完結おめでとうございます。







   

 仰向けに見た夜空は満天の星で、外に憧れた子供の眼球のようでもあった。ハニーゴールドでちかちか儚くも、確り、発光し、とても美味そうだ。火葬する前に誰にも気づかれぬよう慎重且つ大胆にも、片側の眼球を抉り出しておいた。端的に美しかったからだ。それなのに俺は上手く気づかなかった──気づかなかったと云うより、正確には忘れていた。ともしびを消したい、この地上を照らし出すものを。俺たちはずっと醜い。なァおい、エレンよ、おまえも本音ではそう思っていたんだろう?

 見た目より平気そうだった。最期まで。あいつの瞳は傷つかない。時間は流れる──誰が何と言おうとも、誰が何をしようともだ。立ち止まる理由は無い。エレン・イェーガーは死んだ。それは特に俺の興味を引かない。ただ最後に会ったとき小さな口喧嘩をしたようだ。汚い字を羅列された手記を読んで、俺は思い出した。その程度のことだ。

『ひとの感情を覚えていられない、悲しみも絶望も自分のためだと思ってる。だから貴方は優しいことを免罪符に裁く。そういうところが、反吐が出そうなくらい、嫌いでした』

 まァ何とも生意気だ。自分も他人も否定せず生きる──傷つくのも傷つけられるのも嫌なくせして、いつまで柔らかなままだろう。如何に絶望しようが少しも大人になれぬ子供も存在するのだと知った。日が短くなる季節は寒い夜空。出来得る限り太陽をポケットに沈めて、明日の朝には墓標へ探しに行く。しかし多分、エレンは墓のなかなどで大人しくしていられるタマでは無い。墓標の下に遺体が有ろうと無かろうと、あの子供のことだ、既に鳥にでも成って、このおおきな、空を──果てしなき、世界を、飛び回っているに違いない。世界の明日を奪って往くが如く。
 首が寒かった。いや、冷たかったのだ。何かあてられている気配があった。ひゅうひゅうと風の当たりも厳しい。首にあてられる冷たいもの──と言ったらそれはもう、銃口かナイフだろう。ミカサは赤くてボロい、古いマフラーを今も大切にしているようだが、俺にはそんなもの無かったし、必要性も無かった。俺の生き方を知っているなら誰でも──俺の人生を生きるなら、誰でも。

「あァ。やっと、終わる」

 似合わぬ安堵と共に素直になってしまう。だって、もし、機嫌を損ねて、置いて行かれでもしたら大変だ。やっと終わる、と、云う所謂大人の『強がり』を、言った振りを、した。
 カタチをとらえることは思う以上に大変だった。少なくとも、俺には。なぜ皆、そんなにも上手に出来るのか、解らなかったのだが、最近漸く、この歳になって──解ってきた。気がした。
 要するに、下手だったのだ。
 ただただ俺だけが下手だから、皆が上手に見えていたのだ。
 俺の周りだけ酸素が薄い。だから笑えない。ここは、俺には適していない。ゆえに薄く消えたい。誰かを傷つけたりせずに。我儘だろうか。考えれば、にっこり咲って、何を今更、兵長は我儘ですよ──とあいつは言うかも知れない。だが、もしも自由に出来るものが、ひとつあるなら、こういうことだ。他に言い残したことなど俺には何も無い。今更残したいものも、何も無かった。

 誰でもいい──誰か引き金を引くと良い。

 単純作業だ。息を吸って吐くように、何かを拾って捨てるように、当たり前の習慣として、誰かがそれを引いて──間違って見えることのなかにも、正しさはきちんとあるのだ。2000年に1度の出来事を、『奇跡』と呼んでも良いのか、迷う。くちにして良いのか? 誰かに伝えて良いのか──真夜中から段々と淡く色を変えて、夜は必ず朝を連れてくる。ふたつ並んだ小さな星は、この距離で無いと判らないのだ。俺の血がまだ、俺のものでは無かった頃の出来事だった。平和に生きている人間は、きっと死ぬなんて思いもしなかった。俺だってそうだ。もう会うことも不可能な誰かへと血を送る。『軌跡』はこんなに日常にあって──迷うなんざちっぽけだった。殆ど隣同士に近い距離で、騙し合えもしない、そんなもののための嘘なんか、よせ、のひと言で済んだのに。ずっと護っていた筈が、護られているのは自分のほうだったのだと──認められずに血を流した、綺麗な赤ほど生臭く。

(目と鼻のどちらかが嘘を吐いた)

 俺とおまえの祖先が誑かした、愛とやらを告げてみせろよ──雛が羽ばたいて、歌を囀るより先に。目を瞑って。つむって。つむって。そのまま潰してしまいたかった、のだが──器官は嘘を吐きたがるものだから、繰り返すだけなのだ。呼吸、四季、生死、連綿と──繰り返すだけなのだ、同じように。仮に、鉄で出来たレールなら、うるさいお喋りを鬱陶しいと一蹴しながら、はみ出て往くのに、あの呑気なはなうたの合間に──。だがそれでも話題は生臭いものでしか成立しない繋がりだから、気がふれた振りで、ひらり、離脱を謀る孤独な子供は、どんなものより『奇跡』で、『軌跡』だった。自ら、自分自身に存在する傷を抉れば、おそらくは赦される。もう充分だと誰かに擁護して貰える。喪うものが足りないと、悲惨なまま、俺たちのような人間は居場所をも失う。今日も俺は世界の美しさを誰とも眺めなかった。他の贅沢を知らず、他人の事情に首を突っ込むような野暮はしない。そりゃあ勿論、金はあるだけ良いのかも知れないけれど言葉は控えめに悪どい。希望を、貰っていたのだ。無いほうがきっとましだったとすら思う希望を貰ってしまって、おまえの世界が輝いていることを知ってしまって、俺は2000回産まれ変わっても絶対そこへたどり着けない気がして──傷つけることでしかあいつに近付けないと信じてしまって、傷つけることの出来なかったあいつが沈みながら苦しむ様を酷薄な視線で眺めた。そこには何の意味も成立し得なかった。最初から起承転結まで知っている作家の長い物語をなぞる時間よりも無意味だ。しかし、意味を考えたものから落ちて死んでいく。真逆から見たら上って産まれ変わる。死んだ命が星になると聞いてから、俺はあいつに似た星空を見上げる度に蕁麻疹が出る。それを綺麗だと思うのか、それを美しいと信じるのか、自分でも理解が追いつかない。手記も言葉も誰かが何かを伝えたかった証だ──途切れたものも、繋がったものも、等しく『その先』を信じて1瞬足りとも満たされなかった。おまえは馬鹿だ。そういうふうに思考を拡大させ、何も大切に出来ない自分を大切に出来ないのだ。それらは代償、と呼ばれるもので──傾げた俺の首には赤いマフラーなんかは巻かれぬ。丘の上の木の下に掘られた穴のなか、灰となった喉仏は無防備に晒される。外気にも、俺にも。人目にも星空にも。誰かを疑うとき、1番に疑われているのは自分だった。誰かを責めるとき、1番責めたいのは自分だった。わかっている。わかっているから。だとか──エレン・イェーガーは詭弁ばかりで。それでも詭弁すら言えぬ恋人より余っ程いい。もうどうでもいい。顔のない犯人──姿の無い不特定多数。俺だってそうだ。あいつだけの所為じゃあ無い。俺たちだってきっと化け物だったのだ。

 明け方の光が眩しい──無力さを信じて前を向くより、眠っていても呼吸の出来る、色濃く青い、終わりみたいな暗闇が好きだった。へいちょう、と呼吸のような囁かさでそれでもきっぱりと始まり──どうした、エレン、で終わる、まるで、ただいまとおかえりのよう。そうして漸く俺は、生まれて死んで往くのだと理解をする。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -