<概略>

19歳エレンとおっさん兵長/エレンがいつもより馬鹿/殺伐/エレンの優しさプライスレス/最初で最後の初夜/





   


 線路に図々しくも咲いている花は狡い。もしあんな花のように生まれて消えられたなら、散らばる憐れを拾い集める誰かの、悲しくて愛おしかった顔も、もうこの先では過去の産物である、と既知されている。おそらくは暫う2度として見えない、そんな陳腐なものに、ただ、悔しい。まだ正常な振りをして溶け込んでは中途半端で、もう雑音を聞かずに眠って良いのだと、胸のうちを打ち壊され、それはひりひり痛んだ。安らいで眠れそうだったからだ。これより先は2度と朝が欲しくないとすら思う。夕立が生き物の匂いを連れて漂わせ、エレンは幼い子供のように期待をした。己を殺したあとで、リヴァイが後悔で空から降ってくると良い、そんな、たった1つきりの我儘で、淡く、甘く、期待をしたかった。すべてが上手くいくよう、薄暗い空は何度も手本を見せるのに、置いていかれたと信じ込んだ子供の声が溶けている(置いていくのはいつも子供のほうだった筈だけれど)。空が延びて大人は子供に嘘を教える。いつの間にか風化した、懐かしいものを全部、集めた優しい指先で──無論、財産や金は有れば有るだけ良いのだけれど、言葉は控えめに悪どい。光を纏えばきっと、呪いも祈りに変わるだろう。遠くから聴こえる誰かの雄叫びの声も──動じ狂奔し、か弱き少女のヒステリックな裂帛の金切り声も。失われた妄想か現実か。ただし、ほんとうに、事実ではあったのだ。しかしそれすら赦されない、葛藤が 、激しく渦潮のように胸を劈いていて、頭はもう狂ってしまっているので奇声を発しては押し潰されてしまいそうで、寧ろ押し潰されたくて、だから、それきり、だ。この話は疾っくに、終い。終演だ。後にも先にも何にも続かない。何なら世界の、線路の花より狡く、都合好く改変された創作かも知れない。妄想と現実は事実を言いくるめて混在し、どこからがほんとうかが判らない、どこからが嘘かも、まだたったの15歳の子供が、何度も聞きたがるせいで──どうしようもないくらいの驕傲を、ずっと、張り裂けそうな心臓に匿っていた。今更弁明するのも言い訳臭くてどうかとは思うが、一応先述しておくと、リヴァイは、エレンの両親や、生い立ち、開拓地での生活や訓練兵時代の様子、調査兵団リヴァイ班預りの、巨人化し人類側として闘う、などといったことについては書類上及び記憶上の『情報』としてしか知らなかったし、あとは審議場の地下室で兎に角巨人を1匹でも多く殺したいとはっきり告げたときの熱い蜂蜜色の双眸くらいしか知らなかった。他には、何も、何1つとして、知らなかったのだ。リヴァイは知らずに、それでもそれだけがエレンのすべてだと思って──勝手に思い込んでいたのだ。だから『エレン・イェーガー』と謂う子供の存在はリヴァイにとって、巨人化する少年兵で顔の出来と持て余す程の殺意がとても良く、ついでに慣れると向日葵のように咲う無防備に過ぎる子供で、しかし実際のところは年中無休で反抗期なため面倒で扱いづらく、兵団内だけでなく一般市民にまで有名な、それでも、イチ部下に過ぎなかった。ゆえに、リヴァイの命令外で負傷兵の振りなどして身を隠していたと知ったときは、はらわたが煮えくり返る程度には腹立たしく、取り戻して即、幾度も蹴りつけても腹の虫は治まらなかった。そこでやっと気付いたのだ。ほんとうは──エレンは、リヴァイの思うエレンとは違うのかも知れぬと謂うことを。だから個室の野営テントに誘い込み、2人だけで居て、伸びた髪と顎髭が清潔感を欠いていても驚く程ものすごく美人に育っている事実に、そのときのリヴァイが多少血迷っていた場合、傍に近寄っていって、唇を押し付けても何の抵抗もみられなかったとすれば、押し倒すこと自体に罪悪感を覚えなかったのである。と、これは自身のせいではないとリヴァイは思うわけだ。勿論、リヴァイのほうは置いておくとしても、どうしてエレンがすんなり流されてしまったのか、少なからず不思議に思わなくはなかった。常日頃から敵への罵声を惜しまないのがエレンだったのだ。なれど美しく成長したエレンの蜂蜜色にはどうにも15の頃のような温度はなく、ただ、リヴァイはもう単純に、反抗期の脱却後となればこんなものかと思い、その疑問をぐしゃっと丸めてゴミ箱に棄ててしまった。何しろリヴァイが変わらぬものだと誤認していたエレンというものは、幼さを残す光そのもののような、化け物にならずとも細い体内では化け物を飼っている、そういう子供であったからだ。一般人においても、すさまじいイメージがあり、言葉伝てや新聞、あらゆる方法で認知されている。3つの兵団のなかでも、最も死者の多い調査兵団において、まず生き残ることさえ厳しく、あまり新兵が生き延びることは難しいのが実態で、それが歯痒くどんなに悔しくとも新人が新人のまま死なないことは稀だった。そんな生き地獄のような兵団のなかで、顔出しをされ本名も公開中、そして巨人化する少年兵、とくれば、どんな奴だって、世間の注目度だけで言えば人類最強よりをも上回る。し、リヴァイの知るエレンは進撃する努力を怠らない性格だった。なのでエレンにプライベートがないに等しいことは誰でも想像に難くないし、道ゆく人間みながエレンの顔を知っているのだから、まともな交際も望めないだろう。更に、エレンの持つ能力設定から言えば、スキャンダルは御法度で、無闇に近付く者なぞミカサ・アッカーマンが防壁となり近寄りたくとも近寄れなかった筈だ。例えば、ちょっとそのへんの女をつまみ食いしてポイ棄てする、なんてことをしたら大変なことになる。つまり、エレンにはなかなか滅多に相手が居ないのだろう、と──リヴァイは勝手に納得し、ついで、まさか駆逐駆逐とうるさかったエレンは、そういう意図だけでこれ幸いとリヴァイの行動に乗っかってきたのではあるまいかと余計な心配までしてしまうくらいには、リヴァイはその自分の予想を信頼していたのだが、しかしそんな考えは杞憂に終わった。いっそ、杞憂ではなく、そちらの展開だったほうがまだましだったのかも知れない。
 軽く触れただけのキスに抵抗されないことを確認し、て、から、リヴァイはそのまま、簡易ベッドに座らされているエレンに覆い被さるようにして、もう1度唇を寄せた。何度も唇を舐めてやってから、ようやっと薄く開いた隙間から舌を差し込む。変じゃねえのか、とリヴァイが感じ始めたのはこのあたりからだ。片手間にエレンのベルトを外してやりながら、互いに舌を絡ませ──ようとして、エレンがまったくそれに合わせないことに気が付く。暫しの間、頬の内側や、上顎のあたりを舐めていたが、ついぞとうとう耐えかねて、そっと唇を離してリヴァイはエレンと視線を合わせた。

「なぜ舌を出さねえんだ、出せよエレン」
「え……、あぁ、…はい……、」

 リヴァイが予想していたよりもずっと素直に返事が返ってきて、ここでも若干違和感はあったが、兎に角よく判らぬままに唇を重ねる。と、エレンは直ぐに、おずおずと舌を伸ばしてきて、どういうことだと思いながらリヴァイが自分の舌を絡ませると、ひどく有り得ない程たどたどしく応じてきた。リヴァイが舌を動かす度に判り易く反応し、角度を変えれば肩が跳ねる程であったから、途中からはエレンの細い体躯をベッドに押さえ込むかたちになりかけて、深く口付ける。

「……んっ……ぅ、んん……んうぅっ…」

 びく、とエレンの指の先がこわばり、シーツに軽く爪を立てた。その様子に、なんだよそれは? なかなか口を開けなかったということもあるし、もしかして、そんなに嫌なのだろうか? だがそれ程までのことならば、そもそもエレンは最初からこんな行為を赦さないタイプだと思い、さっぱりわけが解らなくなって、内心、首を捻りながらリヴァイは唇を離した。ら。

「あ……っ、ふ、はぁ……っはっ…あ……ッ」

 ちいさく口を開いたまま、少しばかり苦しそうに息を吐いて、から、エレンはゆっくりと──閉じていた双眸を瞠目した。その瞳の中心は何だか少し焦点の合っていない感じで、躰の力を抜ききりベッドに預けきっている。そんなエレンの姿に、リヴァイのなかにあった違和感が最高点に達する。てっきり、嫌がっているからの反応だとばかり思っていたが、しかし、嫌な相手にここまで油断しきった表情は見せないだろう、と──。と云うかこの状態は、油断と呼んで良いのか、どうか。リヴァイはなるべく相応しい表し方を、脳内で模索するが、これだ、とぴったりくる言葉は未だ持てず保留することにした。そんなものよりも、心配ごとが先立つ。

「……おい、エレンおまえ、今の、嫌だったわけじゃあ、ねえんだよな?」
「は……ぁ? な、んれ…です、か……、っ、」

 ぼんやりとリヴァイの言葉に応えたエレンは、その瞬間、ほんとうに一瞬で、はっと意識が明確に戻って、慌てて片手で口許を抑えた。そのまま、まだ本人も動揺している様子でそろそろとリヴァイの顔色を伺うが、でも、動揺なんて、ぶっちゃけ、リヴァイのほうがしたかった。
 だって。まさか。まさ──か。

「……なあエレンよ、おまえ…その反応は何なんだ? もしかしておまえ初め……いや何でもねえ」
「?」

 エレンがきょとんとした顔でリヴァイを見詰めるので、リヴァイは首を振って自分から口を閉ざした。否、ない。有り得ない。そうだろう。だって、この出来の良すぎる顔で、巨人さえ絡まなければ無害且つあれだけ無邪気な性格なのだ。今ここで決まった相手が居ないことがどうにも不思議な程に、それは、つまり、当然これまでにそれなりの数の女と経験をしてきているだろうし、開拓地時代にでも、実際地下街で娼婦を相手にしたリヴァイより、早く、童貞を卒業していて何ら不思議はない、と謂うことだ。当然に。そうではない可能性を考えるほうがおかしいくらいの話だった。ましてやキスなど、可能性と謂うか──だが、ならば、なぜ、キス程度で呂律が回らなくなるのか──否、なれども、一応、万が一に備えてはおくべきなのではないか。いったい何がどういうことなのかリヴァイが自分でもよく判らなくなりかけながら、意味不明な結論を出し、注意深く、エレンに提案した。

「……取り敢えず、全部脱げ。エレンよ」

 ──結論、エレンは──。
 初物だった。ほんとうに、もう、すごく初物で、リヴァイは年甲斐もなく本気でびっくりしてしまった。どういう意味かと問われればそのままの意味で、それはもう清々しい程に、エレンは初めてだった。何が? などと野暮なこと、あれやこれやひっくるめて何もかも、全部、である。脱がせて、触って、舐めて、と、そのあたりまでこなしたところで、それがもう揺るぎのない真実であることは、エレンが逐一見せる率直にまごついた反応で充分理解していたが、念のため本人確認も取って、リヴァイは、殆ど溜め息をつきたい気分に陥った。それは何も、初めてだと言うエレンに対して、ではなく、今、まさに、エレンがシャツを捲り上げられスラックスを脱がされて、そしていつもの生意気な様が、なりをひそめていた、ここまでの過程を経て、リヴァイの目の前で脚を開き勃起しているというこの状況を、このまま押し進めようとしているリヴァイ自身に対してだ。待て、初めてだ、幾ら何でも、嘗て人類の希望だった綺麗な獣のような生き物が、初めての性行為において相手が男で、つまり同性であり直属の上官であるリヴァイに、美味しく頂かれてしまうと云うことは、世辞にも良くはないのでは、と、リヴァイとて思ってはいるのだ。いるのだけれど、リヴァイがそろりと内腿を撫で上げてやると、たったそれだけで、エレンがちいさく顔をしかめ、息を詰めたりするものだから、最早、溜め息をつくくらいしか──他には何も出来なくなってしまうのだ。ガチャガチャと己のベルトを外しながら、リヴァイは、エレンの顔をじっくり眺めてみる。

「……ほんとうに良いのか、おまえは」
「? なぜそんなこと訊くんですか」
「なぜって、そりゃあ…今、訊いておかねえと、ここでやめてやれねえじゃあねえかよ」
「何をですか…?」

 エレンはそのおおきな蜂蜜色の目をぱちぱちと瞬かせ、どこか不思議そうな表情を浮かべた。リヴァイとしては、そんな、そう言えばエレンは自分より随分若く、事実的に、ひと回り以上も歳が離れている、なんてことを思い出させるような、歳相応の顔をして欲しくはないのだが。

「……挿れるぞ」

 リヴァイはもう何も考えないことにして、エレンの膝裏に片手を押し当て、抱え上げる。たったそれだけでびくつき表情を曇らせたりされると、早速いろいろと考えずにいられなくなるので遠慮して欲しかったが、寛げたスラックスから取り出した自分のペニスを宛がい、リヴァイはじわじわとエレンの尻穴へと押し挿れていく。指で軽く解しただけなので当然ではあるが、途端にひどくつらそうな顔をして、エレンがきつく唇を噛み締めた。

「……ッ、ぅ、うんんっ!」
「こら、エレン。力を抜け」
「…え……? ええと…、」
「力んだままじゃあ挿らねえし、おまえだって、痛えだけだろう」

 リヴァイの言葉を聞いて、エレンは解り易く顔をしかめた。エレンの態度は、リヴァイに言われたからそれに従ったまで、というふうではあったけれど、だがしかし、がちがちにこわばった表情をして、指先が白くなる程シーツを握り締めているのを見れば、相当苦しい思いをしているのは一目瞭然だった。

「ん……っぅ、く……、んぅう!」

 歯を食いしばると力が入るから、とリヴァイに言われ、うっすら開いたままの口許も、小刻みに震え続けている。ずるずると半分程、エレンのなかに含ませたところでリヴァイが動きを止めると、どうして、と訴えるかのようにエレンがのろのろとリヴァイに顔を向けた。

「……平気か? エレンよ」
「なに、が……?」
「痛えんじゃねえのか?」
「っべ、つに! へぃ、き、です……っこんなのっ…!」

 なにゆえそこで、意地を張ろうとするのだろう──リヴァイにはさっぱり理解が出来ぬ。ので、リヴァイはその言葉は無視して、挿れたペニスをちょっとだけ引き抜いた。

「っ、うあっ…! ああ!」

 反射的に声を上げたエレンの、頬を手のひらで包むようにして掴まえ、体躯を倒して唇を寄せる。驚愕し開いたままの口をリヴァイが塞いで、擦り合わせるように舌を入れると、先程の口付けから学んだのか今度はエレン自ら舌を差し出してきた。

「……ぅ、んん……っ、んんう……ふ、っ」

 下ではリヴァイのペニスの、先端だけが挿った状態のまま、リヴァイは自分でも、しつこいと思うくらいまでキスをする。途中、エレンが苦しげに呻き、顔を逸らそうとしたときにも、手のひらで頭を固定しながら、口腔を舐めて、舌を吸って、震えている下唇を甘く噛んだ。

「……尻はきつくとも、こっちは気持ち悦いんだろう?」

 暫く振りに唇を離して、エレンの流れるような長い髪を撫でながらそう言ってみる。と、とろんとした蜂蜜色がとても緩慢に、リヴァイのほうへと向けられた。

「ぁ……、は、い……」

 やたら素直にそう言った唇に、リヴァイはまた唇を重ねて、そろそろと腰を動かした。エレンが体躯をこわばらせる度に、ぐちゅぐちゅと水音が立つ程、舌のほうを激しく動かし、力を抜いてしまうとまた後ろを突き挿れる。そうして漸く、全部飲み込ませてから顔を離せば、『あの、エレン・イェーガー』が半分泣きそうな顔で、耳まで赤くして視点をぼやけさせていて、それは、今、自分の腕の下で起こっているのでなければ到底信じられないような光景だった。

「……良いか? 動くぞ」
「んく、…はぃッ、……っ」

 出来得ることなら今すぐノーとでも叫びだしそうな顔で応えられて、リヴァイは何とか出来る限り自重せねばと謂う思いを新たにする。とは言えこうなっている時点で、自重と呼ぶなら既に手遅れなわけだが、こんなに、痛みに耐えつつ必死でそれを押し隠そうとする表情を見せられたらそこはもう自己満足のレベルでも考えずにはいられない。

「……ん、んんんっ、……っ、ふ、……ぁああッ!」

 ことあるごとに口付けながら、そろりとエレンの片手へ腕を伸ばす。握り込んだシーツごと、手を痛めてしまうのではないかと気になってしまう程に固く閉じられている指を、撫でて、握り締めてやって、釣られて指がほどけたところで、リヴァイは自身の背中へ誘導する。次は、反対側の腕も同じように。よもや爪を立てられるかも知れないと覚悟していたのだが、いつまで経ってもリヴァイの背中に掻き傷がつけられることはなかった。だから少し調子に乗って、思うままにおおきく腰を動かすと、エレンが肩を震わせ元々おおきな目を更におおきく見開く。

「ぁう、っちょ……ッ、ゃめ、っぅ、ぃ、いや、だっぁ……ああ!」

 びくびく痙攣するように震えるエレンが、足をばたつかせるので、強引になり過ぎぬようリヴァイは注意して両膝を抑え込む。エレンは嫌がっているように、顔を背けて、ひ、と喉の奥だけで声を漏らした。

「こら、暴れるな。面倒臭え」
「だ、って……っそこ、……ぅ、……ぞわって…、なん、か、…気持ち、悪っ……、くぅ、ア、ッ」

 エレンは縦皺が寄る程眉をひそめ、いつ零れてもおかしくない涙の波を目にいっぱい溜めている。まだ、気持ちが悦いと謂う感覚にまでは、辿り着いていないらしい。リヴァイとしても、エレンを思うならばここでやめてやりたい気持ちは山々なのだが、生憎、欲求のほうはそうそうまともに話をつけられる相手でもなく──他には仕方なく、罪悪感に蓋をして、エレンの額を撫でた。

「もう少し、我慢しろ」

 唇に音を立てて触れるだけのキスを繰り返しながら、それまでよりは幾分か荒っぽく、ぎりぎり抜けてしまうかしまわないかまで引き、一気に奥へ穿つ抽挿を繰り返す。すると、んん、とか、うぅ、とか呻いて、エレンがぎゅうっと目を瞑るので、リヴァイはそれを宥めるように水のようにさらりと落ちるエレンの髪を梳く。

「……おまえは、見る限り全然悦くねえみてえだな。エレン」

 要はリヴァイのほうは気持ち悦いと云うことである、うっかりとぽろり、呟いてしまえば、びくん! と、エレンの体躯が震えた。けれどそろりと目を開けて、伺うようにリヴァイの顔を覗き込んでくるエレンに──何だそれは、敢えてか? 敢えて俺の罪悪感を煽ってやがるのか? このクソガキは? と思わずリヴァイは問い質したくなった。ふう、と息を吐いてから、リヴァイが上体を起こす。ここまで来ると矢張り、少々、名残惜しい気がしなくもない。

「悪ィな、俺ばかり。だが、悪ィがもう、やめてやれん」
「えっ…? あ、っあ、ちょ、……ゃ、め、やめて、くださ……っ!」

 驚いたような顔をして、手を伸ばし阻止しようとするエレンを一蹴して、リヴァイは握り込んだエレンのペニスを扱く。混乱に頭が追い付かないのか、外からと中からと同時に刺激されるのが気持ちが悦いのか悪いのか、兎に角エレンは妙に懸命な表情で、リヴァイの腕に縋り付いていた。

「も、ぅ、やめ……、ぁ……っあああ! いや、だっ…て、……言、って、ッ…!」
「嫌だと? 嘘だろ」
「うぅぅう…っは、はぁ……ああああっ!」
「イッていいぞ、苦しいんだろう」
「あ、ん……ッんんぅ、あぁっ…う!」

 そんなにあまりにもいっぱいいっぱいな顔をこうも見せられると、こちらのほうが余裕を保てなくなってしまいそうな気がして、リヴァイは、一端手を止め、挿入していた自身を引き抜くと、息を止めて排泄感に耐えたエレンが冷静さを取り戻す前に、熱くて汗をかいて尚、先走りでずるずるになっている、ペニス同士を擦り合わせて、両方いっしょに扱き上げた。

「っは、んぅ、……んんっく、……あぁあッ…!」

 ぎち、と、少し痛いくらいに腕を掴まれ、リヴァイもつい痛みに顔をしかめかけたのだが、エレンが必死に声を殺して吐精しているのを見て、考えを改め我慢した。リヴァイも共にエレンの真っ白な腹に出させて貰いつつ、もう1回だけ、ちゅ、と唇にキスをしてみる。互いの温度が熱くて、まるで力を込めないリボンのように境界線がほどけていく。するするとかすかな音にもならず誰にも届かぬ、悲鳴が、エレンの胸を衝く。甘い夢から隔たりを奪っていくなら、そうなら良かった、のに。どうせならば──とエレンは思う。どうせ、変わりゆき終焉まで秒読みの、こんな世界ならば、肌を合わせあうだけのことがこれ程までに熱いのならば、ここでどちらかが──或いは2人共が、蕩けて混じり合い消えられたら良いのに。今更リヴァイにとっての自分の存在が、何であるのか、なんて、そんなことはエレンには解らないし、解りたくもないのに。思う、以上に、それは切なかった。それからゆっくり、リヴァイが体躯を離すと、エレンは乱れた呼吸を整えようとしながら、半ば自棄糞ですらある、だらだらとした動きでリヴァイの姿を目で追った。視線を合わせて、軽く首を傾げてみる。

「大丈夫か?」
「……は?」

 リヴァイが箱に入っていた紙を手にしてエレンの横に座り込み、腹の汚れを拭ってやりつつ注意深く言う。

「痛かったんだろ? 慣れるまではまだまだ時間が必要そうだな」
「あー…いいえ……。気持ちは、悦かったですけ、ど……?」
「…………」

 いやいやいやおまえそれは、取り敢えず最後には辛うじて射精出来たからであって、おまえはそもそも男相手どころか女すら知らないわけだから、ほんとうに、ただの取り敢えずでそう判断しているだけだろうが。馬鹿だとは知っていたがこんなにも無知であるとは──判然、リヴァイはそう思ったのだが、けれどそんなことをどのような言葉で説明すれば良いものか、さっぱりだったので言いかけて止めた。そうしてリヴァイが思い悩んでいることなどおかまいなしに、ぼんやりとした顔のままリヴァイを見詰めているエレンを見ていると、リヴァイは何とも言えぬ気分になってきて、我知らず本人としてただ只管、深々と溜め息をついていた。

「……何つうかすごく…俺はすごく悪いことをしちまった気がしてならねえ……まるで犯罪者だ」
「…はァ?」
「言いづらいが、こう、奴隷として売られてきた憐れな幼女でも誑かして、いろいろ教え込んじまった、みてえな……」
「お…っれは、奴隷でも幼女でもありません! あと、俺はまだ青二才かとは自覚してますが! 疾うに歳はガキ扱いされるような子供でも、ないです!」
「うるせえクソガキ、喚かずともちゃんと聞こえている」
「だから! ガキじゃありません!」

 なぜそういうところではちゃんとキレるんだよ、と思いつつ、ならばここまでの一連の流れのなかでいったいどこでキレて欲しかったのかも解らず、リヴァイは耐えかね正直に言う。

「だから困ってんじゃあねえかよ」

 エレンは、意味がわからないと云ったように小首を傾げた。

「だから…、もしもおまえが人身売買の被害者幼女とかなら、俺はこのあと出頭すれば逮捕して貰えるんだがな。だけどおまえは売られてきた身でもねえし幼女でもねえし、つまり犯罪じゃあねえんだよこれは。この意味が解るか?」
「は?」
「おまえが早いところ『何だよ、この変態オヤジ!』とか、そういう感じで俺をぶん殴ってくれねえとなると、何かもう、すごく困ったことになるだろうが。俺の理性の問題として」
「……」
「まだ未成年のおまえにあんなことやこんなことを仕込んで、気絶する程気持ちの悦い思いでもさせて、最終的には『兵長とじゃないと駄目なんですゥ』とか言わせるように……」
「うへあ、すげえ気持ち悪いですよ。兵長、すみませんけど」
「ああ、それくらいの常識は持ってやがるんだな。良かった」
「あんなことやこんなことって何ですか?」
「いやまァ、思い付かねえんなら、知らんままで良いと思う。老婆心ながら」

 うんうんとリヴァイがそれはもうちいさく頷いていると、エレンはものすごく微妙な顔でリヴァイを見詰めた。さてこれからどうするか、とリヴァイが思っていると、けれどエレンは起き上がったりはしないままで、ぽつりと呟く。

「……ぶん殴ったほうがいいんですか?」
「あ?」
「兵長、俺は貴方をぶん殴ったほうがいいんですか。俺は……別に、そういうつもりで、こういうことをしたわけでは、全然ない、んです、が……」

 考え込みながらも懸命に喋り続けるエレンに、何だか、どんな返事もしてやれないまま、リヴァイが斯ばかり呆然としてその言葉を聞いていると、エレンはまた少しだけ逡巡して、それからぼそりと言う。

「……兵長、が…今回だけだと言うなら、勿論、俺なんかに、は…どうにも出来ないですけれど……」
「…………」

 リヴァイは暫く、よりももっと長く時間を費やし、黙り込んで、一応いろいろと考えていた。例えば、最中に疑問にとか心配にとか思ったりしたことについてだが、しかし、事後にそんなことを考えて上手いこと結論が出る筈もなく──結局、悩んだ末に、黙ったままエレンの顔を見詰め返す。ついでそのとき、エレンが素っ裸のままだと云うことにも気付いたので、取り敢えず毛布を掛けてやる。エレンはもぞもぞしつつも大人しくされるがまま、リヴァイは、このものすごく美人に育った部下に掛けるべき言葉を最後まで思い付かぬままで、けれど口を開いた。

「……ガキのくせして俺を次にも誘うつもりか? 生意気に」
「……なぜそんなこと兵長が俺に訊くんですか。…あと、」

 何だよ、とリヴァイは思わず身構えたが、エレンはわりとどうでもよさそうに、だがはっきりとした声で付け足した。

「俺はもうガキって歳じゃあ、ありません!」
「何でそれにはちゃんとキレるんだ」

 そんなことよりもっと大事なことがあるだろうよ、とリヴァイは思うのだが、ぐったりして眠たげな相手にそんなことを説教して──みても仕方がない、絶対聞き逃すから、無意味なことはなるべくなら回避したいと云う感覚が先にきて、いまいち強く言うことが出来ない。畢竟、リヴァイはエレンについて何も知らなかったのだし、そういうわけで、寝てしまったエレンの顔を眺めながら考えたのは、次の物資補給では、嗜好品として紅茶と他に円滑剤の香油を買ってやらねえとな、とかそんな感じのことだった。そんなもの、顔バレしているあの『エレン・イェーガー』には、調達出来はしまい。そこまで考えて、不意に馬鹿馬鹿しくなった。次? 次があると思うか? リヴァイは言い掛けて、言葉を噤んだ。エレンはいつ死ぬかも、いつ、調査兵団を、リヴァイを、裏切るのかさえ解らぬのに。エレンの目的はまだ解らない。が、きっとエレンは然るべきときに然るべき方法で然るべき行動をとるだろう。リヴァイは、例え己が何度生まれ変わっても、そこへは辿り着けない気がして、傷付けることでしかエレンに近付けないのだと信じてしまって、傷付けることも出来なかった、エレンの寝顔を眺めていた。それきり──それきり、だ。この話は疾っくに、終い。終演だ。後にも先にも何にも続かない。何ならリヴァイの世界の、線路の花より狡く、都合好く改変された創作かも知れない。妄想と現実は事実を言いくるめて混在し、どこからがほんとうかが判らない、どこからが嘘かも、まだたったの15歳の子供が、何度も聞きたがるせいで。1度きりだった。実感出来ぬことを語るとき、嘘吐き、と空から言葉が降るようだ。その声は記憶していた。今日1度きり、今この瞬間は、1度きり。その一瞬一瞬を繋げても、リヴァイがよく知っていたエレンはもう疾うに、リヴァイの預かり知らぬところで、光なき、蜂蜜色の両目を閉じて、どこか、身勝手に大人になった。言葉にして言われなくともリヴァイはつい今さっきに知った。シナリオは描かれた通りに進んでいる。時間通りに、寸分の狂いもない。ほんとうのエレンにとって、裏切りも死も然して変わらないのだろう。エレンはやさしい、それだけは過去も今も未来も、誰にも変えられなかったのだ。エレンは変わったのではなかった。変われなかったのだ。それをリヴァイはただ、知らないままだった。それだけだ。どうせ、変わりゆき終焉まで秒読みな、こんな世界ならばと。たった、それだけ。それで、終い。
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