<概略>
意地悪兵長とうんざり新兵/3月30日に寄せて/場所は古城(のシャワールーム)/
リハビリ掌編なので短いです。
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俺の足音にあの人が顔を上げ振り返るのが、視界の端に映った。俺を見て兵長は眉を寄せる。そんなふうにしかならないなら、見ざる聞かざる言わざるでいれば良いものを、仕切り越しに並んでシャワーを浴びていると、隣り合わせた兵長が俺に声を掛けてきた。
「上がりか? 今日も泥だらけだな、汚え。訓練で何度投げ飛ばされてきたんだ」
あまりに普段通りの声音だった。無視するわけにもいかないので、仕方なしに俺は兵長に返事をする。
「はい。リヴァイ班の先輩方はみんなお強いので、対人格闘して頂く度に学ぶことがたくさんあります」
わざわざ波風を立てる必要もあるまいと、俺は俺に言い聞かせた。今日も何度投げ飛ばされたか、なんて数えていない。し、数え切れない。
「俺はまだ書類が残っているから、執務室に戻らねえとなんねえ。役職無しの新人は気楽だろうがな」
だったらこんなところで油を売っていないで先に執務を片付けてから湯浴みすればいいのにと、先程の会話内容を知らなければ、嫌味のひとつでも言ったかも知れない。
「そうですか。ではお先に失礼します」
「ああ。書類の前に、おまえの部屋に鍵をかけに行く」
「はい」
がしがし洗い終えながら俺の部屋って、部屋じゃなくって地下牢じゃねえかとは思ったがそんなことは敢えて言わない。
シャワーを止めてバスタオルで下半身だけ巻き俺は会釈した。いつも通り、自然に。だが兵長の隣を抜けようとしたとき、
「と思ったが、今晩0時、行こう」
短く言われて足を止める。何だか今、とても勝手なことを言われたような。理解した瞬間俺は声を上げていた。
「勘弁してください!」
そんな俺を眺めて感心したように言う。
「おまえ、作り笑いヘタクソだな。エレンよ」
「作り笑いどころか愛想笑いも出来ない貴方に、言われたくないです!」
俺の声を聞いた兵長は頬を吊り上げるだけの笑みを深めた。まるで呆れたふうな笑顔だった。
あ。
しまった。
見事な誘導尋問だったと気付くまでに、暫く時間が必要だった。盗み聞きの証拠を手に入れた兵長は、それ以上の追求をやめる。その呆気なさに俺は拍子抜けする。
咎められることを期待していた自分を見付けて──俺は、ぞっとした。
わざとらしく首を傾げて上官は言う。
「で、どうする。エレン。今夜」
「絶対に来ないでくださいね」
「その本心はちょっと来て欲しい、か?」
「そんなわけがないでしょう!」
有り得ない。でも知っていた。俺と同じように、彼もまた誰かに断罪して欲しいのだと。俺は理性を振り絞って兵長の誘惑を潰しにかかる。なだれ込んだら、すべてが終わる。この人はきっと、ぎりぎりまで俺を赦して、最期のところで拒絶する。
頼むから。どうか貴方の罪悪感の埋め合わせに、逐一俺を使うのはやめて欲しい。
俺とて被害者であることに、貴方は気付いている筈なのに。
今だってそう叫んでしまいたい程だというのに、こんなお誂え向きのタイミングで、ふたりぼっちになるわけにはいかなかった。おまえ誕生日だったんだろう? 明日。だなんて、書類上に書かれているただの情報でしかない日付けを、今更、祝われても困る上、祝う気など更々ない兵長といっしょに、日付け変更線を共にするなんてとんだ悪夢だと思う。
あァ明日、俺はもう生きていないかも知れねえな。半分は恐怖で、もう半分は、とてもではないが認められない。この世界は、どうしてだろうと簡単な疑問にもならない程に、ひたすら悪意に満ち過ぎている。何ら意味を成さない感情ならば、寝言は寝て死ね。そしたらきっと、俺だって(いい気味だって)。