<概略>
キス/ホワイトデー用/暴力的な甘さ/エレンがいつもより生意気/





   


 エレンはキスが好きだ。尤も、リヴァイが明確にそれを本人に確認したわけでは無いので、それはどこまでもリヴァイの希望的観測であるのだが。口内に忍び込ませた舌を尖らせて、すべすべとした上顎をくすぐるようにすると、視界の端に投げ出されたエレンの脚が、びく、と明ら様に強張る。団服に包まれた、すらりと屈託なく伸びたエレンの脚をリヴァイはその特殊能力からだと知りつつ愛する。きれいにひきしまった腿や、傷跡ひとつ無い白い膝、くるぶし、足の甲、そのひとつひとつを頭のなかで再現する。出来れば布を剥いで見たい。直にさわりたい。しかし、この状況下でそれを実行するのは、かなり危険な冒険である。それはそれですごく興味をそそられるけれども、たぶん、エレンはめちゃくちゃ嫌がるだろう。どうしてくれようか──そんなことをリヴァイがぐるぐる考えていれば、キスに集中してないのがばれて、だん! だん! と問答無用に地団駄を踏まれる。上官に向かって良い度胸だ。リヴァイはそう思うが、死に急ぎの子供はつん、とそっぽを向く。当初はあんなに抵抗していたくせに、我儘な子供だ。だがこういうところが良い。堪らない。などと、己の甘やかし加減にリヴァイは密やかに苦笑を噛み締めて、つよくエレンの薄っぺらい肩を抱き締め、春の訪れの、あたたかな陽射しを逆光に、エレンの鎖骨の上に顔をうずめる。エレンはゆるゆると遠慮がちにリヴァイを抱き締める。ぱりっとアイロンのかかった清潔なシャツから、ごく薄く、糊の甘い匂いと、リヴァイの香りがした。いつもそうだ。いつも、そうだった。

 こんなふうに、まだ陽が落ちきる前にしのぶリヴァイの私室で、誰かに見られるかも知れなくて。そんな在り来りなシチュエーションの卑猥さと陳腐さに嗤えた。初めは、急に部屋のなかへと飛び込んで驚くリヴァイの顔が見たい、と思ってしたことだった。太陽が沈むときに世界が切り替わる。その一瞬だけでも。名前なんか関係ない。どんなふうに呼んだってきっと変わらなかった。水滴が幾つも滴り落ちて、何も要らなかったなァと後悔しただけだ。そうしたら何と云う幸運だろう。誰もいなかった執務室の、隣、私室として使われている部屋の窓際から、驚いたように外からエレンへと照準を合わせ見上げてきたのは、他でも無いリヴァイその人で。エレンには、リヴァイを大急ぎで掴まえキスをしないなぞという選択肢は無かった。

「業務はどうした、クソガキ」

 窓のサッシに肘を掛けていたリヴァイをエレンは抱き竦めて閉じ込めたままの、中腰の体勢がきつくなって、渋々諦めながら手を離した。リヴァイとしては、ほんとうは直ぐにでもエレンを脱がしてしまいたかったが、そうするとたぶんこの子供は烈火の如く怒るだろうし、この良好な流れを中断させたくないので、ボレロとシャツの下に滑らせた指先で肋骨を数えて、辿り着いた胸の先端をそうっと撫でる。エレンはそこを痛くされるより、やんわりと微妙な感じでふれられるほうが好きだ。これも別に、はっきりとリヴァイが確認したわけでは無いけれど、息の上がり方と、かすかに膝を揺らす仕草で判る。血のなかから誕生と破壊を繰り返す。誰もまだ正しくない。それなのに、そう見える。リヴァイはベッドにエレンを放り投げた。

「業務破棄とは良い身分だな」
「本日の業務は終わらせてきました」

 エレンはまさか押し倒されるとまでは考えていなかったので、いやらしい顰め面で快感をやり過ごそうとするけれど、何度も何度もしつこい程に手のひらを往復させてリヴァイが煽ると、いつも甘えたように、くふ、と喉を鳴らして唾液を飲み込み、気持ち良さそうに目を閉じる。下肢のボタンを外し内側に手を差し入れても、もう文句は返ってこなかった。こいつは駄目だ──こんなにも簡単に、リヴァイを信じるのは頂けぬ。リヴァイ自身そう思うが、なぜだろうか、急速に得体の知れない不安に駆られながら、特に抵抗もされないので結局エレンのズボンと下着を片足だけ剥ぎ取ってしまう。エレンのベルトがベッドの端にあたり、がちゃ、と如何にも余裕の無い音を立てて、思い切り熱くなっていく子供体温と胸を鷲掴みにしていく罪悪感──罪悪感?──を誤魔化すかのようにキスをして、まだろくに筋肉もついていない背中を撫でた。それだけでもうエレンの心臓は破裂しそうだった。リヴァイは折角じかにエレンの脚にさわれたのに、なぜだかもういろいろと考える暇はなくなっており、なかなか慣れてくれない、まだ男を引き込むだけの力を持たないエレンの孔を出来るだけ優しく──しているつもりで──ほぐし、て、その間に刻々と迫り来る限界と、めちゃくちゃにしたい気持ちと僅かばかりの理性とが、脳をぐちゃぐちゃにしていく感触を覚える。エレンが可愛い。リヴァイはいつだってやさしい嘘で近づいて、後ろ手に隠したぺらぺらのナイフで切りつけてやりたいと思っている。そこには謝罪の言葉も無い。エレンは大人を──リヴァイを、信じてはいけなかった。
 もしかしたら、声は出した方が良いのかも知れない。これまで只管、押し殺す方向でやってきたが、喘ぎ声、のようなものがあったほうが、気分的に盛り上がるのではなかろうか。しかしそこまで考えて、エレンはにわかに馬鹿馬鹿しくなった。だいたい、別段リヴァイへのサービスのつもりでセックスをしているわけでは無いのだ。上からのしかかられて、先程から背中が痛い。ベッド上での不安定な体勢のせいで、片腕の肘が今にも端から落ちそうになっているのが心許無く、仕方が無いので腕を持ち上げてリヴァイの背を掴む。リヴァイは団服を脱いでもおらず、に、丈夫な布地越しだと謂うのに、その背は夕焼けに晒されひどく熱かった。そう云えば、リヴァイは生気の見えぬ青白さと表情のわりにどこもかしこもエレン並には体温が高い。あの頃は──リヴァイと初めて言葉を交わしたときは、よもやリヴァイとエレンはこんなことになるなんて思いもよらなかった気がする。と言ってもまァまだ数える程しかしていないのだが。最初が丁度1ヵ月半前くらい、だっただろうか。それで、今日が3回めか、おそらく。否、4回めだったかも知れない。どちらでも良い。初めてのときなんてはっきり言ってエレンはこころの準備が整わず、泣き叫びながらひどく格好悪くて、まったく可愛くもなくて、今にして思えば相当ギャグに近かったが、それに応じたリヴァイも大概笑えるが──今だって。こんなにもお安いシチュエーションで、いつもの無邪気な笑顔はどこかに消えてしまい、エレンはリヴァイに必死になっていて、正直、愚か過ぎていっそ愛らしい。散々エレンの入り口を掻き回していたリヴァイの指が引き抜かれて、エレンは思わず不快感に顔を顰めた。そろそろ来る。片足を高く持ち上げられると、汗ばんだエレンの膝裏をリヴァイの手のひらがぬるりと滑り気持ちが悪い。その次の瞬間、予想していなかった程の奥まで、思いきり押し入ってこられた。

「っう、……あ!」

 エレンの唇から声が出た。たぶん、感じたせいでは無い。単純にびっくりしたのと、圧迫感が物凄かったせいだ。エレンが慌てて呼吸を整えている間に、リヴァイはエレンの左足を自分の右肩に荷物のように掛けて動き出した。乱暴にされるかと思いエレンは身構えた。が、リヴァイはそれまでの唐突さとは裏腹に、ひどくゆっくりと揺すってくる。自分だけが達するためでは無く、エレンの快感を引き出そうとするように、とても、注意深く。エレンは薄目をあけてリヴァイの顔を窺う。大人だからって何だ、余裕なんて無いくせに余裕ぶる。眉を寄せ、汗を浮かべて、そんなふうに荒く、肩で息をしているのに。と──正味エレンはまだ少年で、リヴァイは疾うに立派な大人だ。けれどだからと言って、子供扱いされることをエレンは腹立たしく思う。偶に目が合った。その度にリヴァイは苦しげに目を細めて、それを見るとなぜか柄にもなくエレンは胸をつかれる。エレンは思う、もしも俺が気持ちいいと言ったら、兵長はどんな顔をするだろう。真実を云うと、残念ながらエレンの躰は今のところ、アナルに大人のペニスを受け入れて感じられる程もは都合好く出来てはいないので、言えないけれど。熱いような、痛いような、押し戻すような気持ち悪さが勝っていて、お世辞にも快感など殆ど感じられない。脚の付け根が引き攣れて、強張り、震える太股が痛みを訴えてくる。達することが可能かどうかも、互いに実際、微妙だ。それなのに、リヴァイが喜ぶかも知れないと思ったら、嘘でも何でも、言ってみたくさえなった。しかしそうしてするセックスなぞ癪に障るし、勝ち誇るリヴァイなど見たくも無かった。それでも何かしてやりたくて、エレンは出来るだけ手を伸ばし、リヴァイの頭を引き寄せる。さらさらと流れるような黒髪が、うまくエレンの指を滑っていく。もどかしくて、兵長、と呼んでみたが聞こえていないようだった。その代わり、ひどくがむしゃらなキスが降ってくる。エレンは目を閉じてそれを受け止めて、舌を絡めた。キスは好きだからだ。たぶんリヴァイだってキスは好きだ。それだってエレンが明確にリヴァイ本人に確認したわけでは無いので、それはどこまでもエレンの希望的観測でしか無いのだが、仮に嫌いならば、この潔癖気味のリヴァイが、他人の口のなかを貪り合い粘膜を擦り付け合い舌で舐めまわし、互いの唾液でぐちゃぐちゃに汚れることに、没頭する筈も無い。なァ、エレンよ──リヴァイは教えてやる気など更々無いまま頭のなかで問い掛ける。キスをするとき、目を閉じる奴は支配されたい側で、逆に、目を開ける奴は相手を支配したい側だと云う話を、知っているか? エレンはきっと知らぬだろう。知っていたら、この負けず嫌いの子供は意地を張って何が何でも目を閉じることをしないだろうから。キスの途中、は、と息継ぎに唇を離したエレンの口内に、ころん、何かが落とされる。途端に感じたのは『痛い』だった。が、直ぐにそれは『苦い』でも『からい』でも無く喉が痛くなる程の『甘い』になった。エレンは思わずそれを噛み砕いて、何ですかこれ、とリヴァイへと問い掛ける。少しだけエレンから躰を離した体勢で、リヴァイは答えた。

「ブルーベリーの砂糖漬けを蜂蜜と水飴にくぐらせてコーティングしたものらしい」
「嘘でしょう。ブルーベリーの味なんかしませんでしたよ」
「まァ砂糖菓子だな。俺はそんなもん食わねえが、ガキなら喜ぶかと思って貰ってきたんだが」

 エレンのそのリアクションを見れば美味しいものでは決して無さそうだった。

「王都で流行っているからと」
「嘘でしょう。こんな暴力的な砂糖菓子が流行るわけ無い。俺への土産ならもうちょっと無難なものにしてください。クッキーとか、マシュマロとか」
「嘘、嘘、うるせえな。あとおまえ図々しいぞ」
「土産物でも要らないものは『いやげもの』って言うらしいですよ」
「もうおまえには何も買ってきてやらん」
「拗ねちゃったんですか? こんなことで」

 エレンが面白半分に云うとリヴァイは露骨に溜め息をついた。

「おまえのなかで、俺はどれだけ大人げねえんだ。エレン」
「えー…兵長に大人げなんてあったら俺たち今こんなことしてないと思うんですけど」
「解った。もうおまえは暫く喋るな」

 そう言って、エレンがぽかんと開けていた口内に砂糖菓子を入れる。

「噛むなよ」

 言うが早いか、がふ、と音がする程の獰猛さで、リヴァイはエレンにキスをした。確かにこれは甘過ぎる。甘い物をあまり嗜まぬリヴァイとしてはこんなものを突如口内に放り込まれたら相手の舌を噛み切るかも知れない。砂糖菓子など人類の敵だとすら思う。でも甘い物の好きなエレンにはほんとうに喜ぶかと思い買って来たのだ。嫌がらせの類いでは断じて無い。甘みに舌が染まる。リヴァイは自分だけ少しでもましにしようと器用にも舌の裏側で菓子をエレンの舌に擦り付ける。うぐ、とエレンは呻きつつ喉を痛める程の甘さと必要以上の快感にもう1度唇を離そうとするが、リヴァイはそれを赦さない。エレンの息が苦しいものになる。これは最早口内のテロだ。

「ん、ぐ、っ……んんっ、」

 リヴァイを引き離そうともがくが全然敵わないのは当然で、飲み込み切れなくなった唾液がつう、とエレンの口端から垂れて顎に到達する。リヴァイは心持ちエレンの顔を上げさせて、唇を離し、舌先で顎から唇までを辿り舐める。ベッドが汚れないように、存分に気をつけて。

「っ……けほっ、ごほ、ぅう…」

 唐突の自由に思わず咳き込む。それに合わせるようにリヴァイの大きな手がエレンの背を幾度もさすった。いつの間にか自然に開いていたエレンの瞼は、涙で濡れており、膜を張った双眸は何を訴え掛けているのかリヴァイを見上げている。砂糖菓子よりも、ずっと甘そうな、蜂蜜のような色をしていた。けれどこちらは舐めるとしょっぱい。あァこのくらいが丁度良いのか、とリヴァイは思い、べろん、とエレンの眼球を舐め、咄嗟に閉じられた瞼を舌でつつく。

「んんぅ…ッ」

 エレンはむずがるような声を漏らすが未だ慣れてはくれぬので、待っていられないリヴァイのほうが、焦れて、苦しい程だった。エレンのなかで怒張したままのリヴァイのペニスをほんの少し揺らせば、圧迫感を逃そうとエレンの両肩が上下する。エレンはセックスはあまり好きでは無い。判っていてもこのままではどうしようもなくて、リヴァイはエレンにキスを落とす。今度こそ喰われる、と恐怖さえ感じ目をぎゅっと閉じたエレンは、いつまで経っても優しいだけのキスに酔う。歯列をなぞられ、舌先がノックをし、開けてしまえば舌と舌が絡み合う。これは毒だ。先程までの甘さは徐々に失われて、だが、このキスはそれより甘いものなのだ。脳が溶けてしまう、とエレンは思った。互い、恋い慕うとは限り無く嘘に近い愚問である。だって、キスは、好きだから。
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