<概略>
現パロ/歳の離れた幼馴染/隣人/ちょっとバカップルぽく/
永久の果て、片想いで願うのは』と同設定





   


 エレンはとても浮かれていた。バレンタインデーだと謂うのにミカサからしかチョコレートを貰えず──ミカサとしては本命チョコだったのだがそれは無惨にも毎年伝わっていない──今年も義理チョコひとつかと女の子から何も貰えずにただのんびりと暇を持て余していたところであったのだ。そこを大人で歳上のある意味憧れをも抱いている隣人でもあり友人でもあるリヴァイから、映画を観に行くが来るか? とお誘いを受けたのだ。否応も無し。エレンはリヴァイと居られることが好きであった。

「ねえ、ねえ、リヴァイさん、リヴァイさん。バレンタインに映画をいっしょに観に行くなんて、まるでデートみたいじゃないですか?」

 どんな反応が返って来るか、エレンは態とそういう言い方をしたのに、リヴァイが、そうかもな、と笑いもせず淡白に返したので、それは自動的にただの軽快なジョークとなった。バレンタインデー。今夜エレンは、リヴァイと共に、フランス映画を観に行く。

「バレンタインなのにいいんですか?」

 と、尋ねたら。

「家にいると面倒だからな」

 とリヴァイは相変わらずの鉄仮面で言った。
 例えば今日が日曜なんかで、そうしてエレンの場合なら、母親に手伝いを頼まれるとか、新聞の勧誘がしつこいとか、休日に家に居ると面倒なことはたくさんある。けれど今日は金曜だ。夜、仕事から帰宅したリヴァイならばどうしても、リヴァイがチョコレートを持って家まで押し掛けてくる女性たちを面倒がり適当にあしらう光景が目に浮かんで、エレンは訳知り顔をして、リヴァイさんはひどい男ですね、などと言ってみる。現在のリヴァイがエレンのことを知らないのと同じくらい、に、エレンだって現在のリヴァイのことを知らない。かなしいかなそれが現実と謂うものだ。リヴァイがまだ学生であった頃は、歳が離れ過ぎていることを無視し共にゲームなどもした仲であったのに。
 リヴァイが観たいと言った映画は、エレンには聞いたことも無い、だが、在り来りなタイトルの映画で、ふたりはメジャーな広い映画館では無く薄暗い路地裏の小さな映画館を目指した。

「アメリだって最初は単館上映だったんだ。あれもフランス映画だ」

 多少しょげかけていたエレンに、リヴァイは宥めるかのようにそう言った。例え全国ロードショーのハリウッド映画を観に行ったとしてもきっと今日のエレンはこんなふうにぼんやりしていたのだろうとは思われるが、リヴァイはあくまでも映画のせいにする。昨日までの春の兆しが嘘のように、今夜はやけに風が冷たい。
 小さな映画館は思いがけず混んでいた。この平凡なタイトルの映画はそれなりに有名だったのだと漸くエレンは知った。外観の佇まいから思った通り大人のカップルばかりで、エレンとリヴァイの組み合わせは少し、いや、かなり浮いていた。
 眉間にほんの少し力を込めて、唇をうっすら開いた幼い横顔が、じっと前を見詰めている。スクリーンに映る光景は何だか暗くて重苦しいのに、それを反射して光るエレンのハニーゴールドの眼球はひどく綺麗だった。エレンの睫毛が真っ直ぐに長く伸びており、頬に影を落とすことも、肌が綺麗なことも、こんなに無防備に何かに没頭することもリヴァイは疾うによく知っていた。リヴァイの距離から、それもこんなふうにじっと観察して漸く判る程度の微かさで、エレンの表情はころころ変わる。主人公の気持ちになっているのか、それとも女優のほうなのか。スクリーンを見たまま悲しい顔をしたり、微笑んだり、怒ったりするエレンは、きっとここが小さくとも映画館で、周りに観客がたくさん居ることも、隣にリヴァイが居ることも、おそらく忘れているのだろう。
 はやく気付け、クソガキ。肘置きに置かれていたエレンの手に、リヴァイは己の手を重ねた。突然のそれに驚き焦るかと思ったのに、エレンは変わらず前を見たまま動かない。寧ろエレンの手が予想していたよりも随分と熱くて、リヴァイのほうが驚いた程だった。一瞬でも映画から目を離すのが惜しいのか、周りの観客たちに迷惑を掛けるのが嫌なのか、それともほんとうに何も気付いていないのか。リヴァイはそんなエレンの邪魔をしないように、出来得る限り靜かに自身もスクリーンへと向き直る。するとエレンはゆっくりとリヴァイに顔を寄せ、音を立てずにキスをした。唇がふれる前のほんの僅か、リヴァイはエレンを、エレンはリヴァイを、見遣るのを見ていた。ふれるだけのキスをして、エレンは再び真っ直ぐ前に顔を向けた。横目でそっと見たリヴァイは、耳を赤らめるとか、口元をおさえるなぞということは勿論していなくて、ただゆっくり瞼を落とし、それから10カウント程、秒数を数えるくらいの間、黙って目を閉じていた。
 スクリーンでは妙に骨張った女優に、年齢不詳の禿げかかった男優が愛の言葉を囁いている。

『きみは僕のチョコレートだ』

 くちに放り込むと口内が甘ったるい味でいっぱいになる。簡単に割れる。簡単に溶ける。失うときは呆気ない。それでも。この先もしも──何らかの理由で、リヴァイのことを忘れたとしても、忘れなかったとしても、このフレーズだけはずっと覚えていようと、エレンは何となく思った。
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