<概略>
初書き/甘ほのぼの/ゲーム、世界観やキャラを把握するどころか、プレイしたこともないのにすみません/これぞs69時代にとったアンケにて『一筋縄ではいかないほのぼの』リクを昇華した話/





   

 雨が降り出した森では野営が出来ない。極めて霧雨に近い小雨のうちにカミュとイレブンは取り敢えず宿のある田舎町へと脚を踏み入れると、どこでも良い、雨風を凌げる宿の扉を叩く羽目となったのだった。だが咄嗟に入った如何にも古そうな宿は、外観のわりに中は清潔で綺麗にされており、ついでにとても安価であった。部屋もツインが空いていたし、飯も上々であった。ここは当たりだ。ふたりは女将に連れられ部屋のなかに入るなり、シャワーを浴び、途端にベッド上に飛び込む。想像より随分と柔らかかったベッドは、軋みもせずに疲れた躰をぼふん、と受け止めた。気持ちが良い。疲労と睡魔が一気に襲ってきて、ふたりはろくな会話も無く髪も乾かさず、すぐに寝入ってしまった。おそらくそれが悪かったのだ。


「どうした、イレブン。お前、声出ねえの? 風邪か?」

 翌朝、遅くまでぐだぐだとベッドでだらけていたイレブンを起こそうとしたカミュは、幾度か瞬きし、のそりと起き上がったイレブンを見詰めた。あァもう、絶対、絶対怒られる、とイレブンは身構える。このような言い方は馬鹿馬鹿しいが、しかし、絶対に怒られる。普段から、あまり自分の躰を顧みずに戦いを続けるイレブンに、きちんと休みを取るよう口をすっぱくして言ってくるのはいつもカミュのほうだ。自己管理だって勇者としての仕事のうち、という至極真っ当なその心遣いを、ろくに気に掛けずに今こうして喉をズキズキさせているイレブンに向かって、カミュには勝ち誇る権利がある。だが、だからいつも言っていただろう、と云う憤りの言葉を待っていたイレブンは、ぺたりと額に手のひらをくっつけられて、きょとんとしてカミュの顔を見上げてしまった。

「ゆうべ、飯の前にシャワー浴びとくべきだったな。…イレブン、熱は?」

 問われ、て、反射的にイレブンは首を横に振る。

「なら寝てなくても大丈夫か」

 未だぽかんとしているイレブンを放置し、カミュはクローゼットを開けるとごそごそと中を探った。それから、備え付けのバスローブと暖かい素材のスラックスを出してきて、イレブンに手渡しつつ、ベッドのすぐ横にスリッパまで放ってくれて、ちゃんと着ろよ、と命令する。
 どのみち声は掠れて出ないのだがイレブンは何も言えず、それこそ馬鹿のようにこくこく頷いたら、ちゅ、と音を立てて唇が奪われた。駄目だ、感染る! イレブンは慌てて振り払おうとしたが、カミュは殆ど呆れたような顔で、逆にイレブンの腕を押さえ込んでしまう。


「オレはお前と違ってちゃんと栄養も睡眠も充分取ってんだぞ。木陰で居眠りしたりな。こんな、お前に熱も出させらんねえ程度の風邪が、伝染るかよ」

 信じられない程に優しいばかりの言葉。に、イレブンは困り果ててしまって、結局カミュのキスを受け入れる。ゆるく舌を食むだけですぐに離れていく唇に、いろんな感情がごちゃ混ぜになった。イレブンは甘やかされるのが下手だ、とまるで非難するような口振りで、カミュは指摘することがあるのだが、でもイレブンは甘やかしてなんて来るほうが卑怯だと常々思っている。そんなことをされて受け入れる以外の選択肢を選ぶと云うのはどうにも非人道的すぎる行いで、なので、そんなものは逃げ道を潰しているだけだと思うからだ。しかしまァ、こんなことを考えている時点で、イレブンはカミュに非難されて当然だとは、解っているのだけれども。

 着替え終えたところを確認すると、寝室を出てロビーへ行ったカミュがじきに戻って来て、呆然としているイレブンに、飯食える? と尋ねてきた。イレブンが頷くと、座るよう促されながらマグカップを渡す。仄かにレモンの香りがする、薄い色のとろりとした液体を見てかくんとイレブンが小さく首を傾げれば、カミュはともかくイレブンをソファに座らせてから、口を開く。

「蜂蜜とレモンな。あとすりおろした大根もちょっと入ってる。女将さんが言うには喉に効くらしいぜ。丁度、薬草きらしてたから助かった」

 飯はこっち、それ全部飲んでから飯な、と、子供に言い聞かせるように言われて、イレブンは子供のようにカップに口を付けた。カミュが、イレブンと自分の椅子との前に食べ物の皿を並べてくれるのはいつも通りの光景なのだけれど、それがどうにも母親とか保護者めいて見えてきてイレブンの内心で若干の申し訳なさがちらちらと顔を出す。こんなに穏やかな時間を持て余すのも久し振りだった。それなのに風邪などひいて、かまわれて感謝のそぶりひとつ上手く見せられなくて、イレブンは自分という人間はつくづく相手のし甲斐の無いパートナーだと自身でもそう思う。カミュは、只管に、優しい。

「いただきます」

 湯で薄めたレモンと大根入りの蜂蜜をイレブンが飲み干してから、ふたりは、向かい合ってあたたかい食事を口に運ぶ。結局カミュはイレブンのことを怒らない。偶に叱ることは有れども。そのことに甘んじている時点で、僕は充分カミュに甘え切っているんだ、とイレブンは思うのだけれど、まァ、何と云うかあまり、カミュは納得も満足もしていない。

「食えるか?」

 問われて顔を上げて、もう1度訊かれたのできちんと頷く。せっせと食い続けて、9割方皿も空けかけているのだから、言うまでも無いような気がするのだが。

「痛むんじゃねえ? 喉」

 それはそうだけど──考えつつもイレブンは小さく首を振る。そうか、とだけ応えたカミュは、何だかイレブンの返事のせいだけで無い様子でにっこりと笑った。訝しんだイレブンが眉を顰めて首を傾げると、ますます笑顔を向けられる。

「イレブン、可愛い」
「…………っ」
「あァ、いや、そんな睨んでも全然駄目だ。可愛いから」

 ──別に睨んだりしていない。
 カミュに対しイレブンは、腹を立てるというより呆れている。イレブンは短く浅い溜め息をひとつ、ついてから、視線を落として遅い朝食を食べ終えて、スプーンとフォークを放り出した。そんなイレブンの行儀の悪さを見咎めることも無く、カミュはマイペースにごちそうさま、と言って、食器をまとめて食堂へ運ぼうとする。

「窓側のベッドよりソファのほうがあったけえからそこに居ろよ。そこなら足も冷えねえだろ」

 言い聞かせる、ように、言われて、イレブンはどうにも自分が子供になったかのような気がして仕方なくなる。言われて、言われた通りにソファを陣取り、カミュが投げて寄越した毛布を受け取りそれに蹲るわけで、そんなことだから、尚更。
 イレブンはソファの上で膝を抱え、食器を食堂へと戻しに行くのだろうカミュの背中を目で追う。ほんとうに全然弱くてガキだった頃から、ふたりはいっしょにいる。なのにどんどん自分が子供扱いされていくような気分になるのは、なぜなのだろう? 正直に風邪だって、ベホイミで体力を上げれば治りも早そうな気がするが今のイレブンでは声が出ないため唱えられない。がカミュは声が出るのにも関わらず詠唱する気が更々無いように見えて、イレブンにはその答えが解らない。

「イレブン。イーレーブンー」

 部屋に再び戻ってきたカミュは意味も無くイレブンの名前を呼びながら、くっつくようにイレブンの隣に座り込む。そのままイレブンの躰に腕を伸ばしてくるので、イレブンは咄嗟、身を捩ることでそれから逃れた。イレブンのこめかみに口付けようとしていたカミュは、少しばかり動きを止める。

「お前、冷たい」

 詰ってくる言葉に、イレブンは片眉を上げて応える。小さく口端も曲げて、しかし、ふい、と横を向いて、カミュとは反対方向のサイドテーブルに置いてある新聞に手を伸ばした。ちらりと、視界の端で、カミュが瞳の色をほんの少し変えたのが解る。

「イレブン、」

 カミュは今度こそ指先でイレブンに触れ、イレブンの頬を掴み、絶対的な穏やかさでイレブンが振り向くことを強いる。そう、こういう──瞬間だ。基本的にはイレブンの意思を尊重し何も拒まないカミュが、イレブンの意向を全部無視して、カミュの言い成りになることを強制する。呆れる程に甘やかした相手から、全部奪い去ってしまおうとする。イレブンは震えが走るような心持ちでカミュのシャツをぎこちなく握り締めながら、落とされる口付けを享受した。
 子供扱い──だなどと呼べるものでは無かったことくらいは当然イレブンも解っている。カミュがイレブンを甘やかすのは、ただ甘やかしたいと云う理由からだけでは決して無い、ことも。それならそんなことはせずに最初からすべての逃げ道を断ってしまって欲しいとイレブンは思うのだが、カミュは相変わらず、卑怯なやり方でばかりキスをしてくる。その卑怯さは時間を重ねる都度、巧みになっていく一方で、矢張りイレブンは、子供が言い聞かせられてそうするように、カミュに告げられて頷くしか無い。

(君が君だけのものならば──せめて君だけのものならば)

 霧に溶けない陽に蒸発しないそんな自分自身のことさえイレブンも今より少しは好きになれただろう。自分を卑しくして、漸く言える気がしていた。大切にしないて欲しい。おおきな生き物の影で栄養になりたい。カミュの支えになれないのならばその日の食事にでも。声が出たら言ってしまうかもしれない。

 ねえ、もういいかなァ? ──なんてくだらない台詞を。

 数字だけが浮上する。
 自分が1番大事な人間は自分のことを語りたがるものである。だからイレブンはそれを縁だと見誤る。ふたりして、それを幸せだと見誤る。イメージには常に際限なぞ無いのにだ。洗っても洗っても綺麗にはなれぬこびりついた血液で穢れた両の手。暴力が恋しい時すらある。勇者さま、だなどと英雄を讃えるように呼ばれていようとも、その実態はただの魔物殺しだ。ここでこうして醸成するのは、カミュとイレブンが共に、野蛮な気持ちを持って、それでもまだ、何度も人間として生まれるためなのだ。あと何度。あと何度なのだろうか。あと何度敵を殺し、あと何度生まれれば、ただのイレブンがただのカミュを愛し何もかもをこの躰ひとつで、受け入れられるようになるのか。イレブンはふと窓の外を見る。こんなにも傍に在るのにいつも寂しい。そこには新たな青空が広がっていた。
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