<概略>
パロ/マフィア組織所属のリヴァイさん/に、拾われて以来リヴァイさんと同じ生き物になりたいエレンくん/しかしリヴァイさんはずっと寝ているので戦闘シーンや流血シーン等々は有りません/殺伐両片想い/
命と想いが尊いなんて誰が決めたことですか的な話






   
     

 今にも泣きだしそうな曇天に遮られても、使い捨てで良い、俺はあの人の持つ武器のひとつになりたかったのだ。矛や盾みたいに。この思いが俺の、望まれてもいないただの身勝手で我儘な自己満足でしか無いことなら、最初から知っている、けれど。俺はリヴァイさんの気紛れによって助けられた命だから、ほんとうなら今こうして生きていることさえ、奇跡と呼べば綺麗で美しいかも知れないが、正確に言ってしまえば、無駄な命なのだ。命は命で出来ている。ゆえに俺は、自分の意思を持ちたくない。し、感情も思考も失くなれば良い。無感動に、空っぽに。しかしそう思うことだって俺の感情なので、人間をやめることはとても難しい。
 例えば、リヴァイさんと俺が、所謂“そういう関係”になってしまってからも、俺は、自分が女だったら良かっただなどとこれっぽっちも思ったことは無いし、無論リヴァイさんからもそんなことは1度足りとも、冗談としてすら、言われたことは無かった。別にそれが当然だとも有難いとも思っていなかったが、まァ何か考えることがあるとすれば、単純に小汚いストリートキッズだった俺が今よりずっとガキだった頃のことだ。ガキで、いつかこんなことになってしまうなんて、まるきり夢にも思っていなかった頃。
 それが、どうしたことか。ある時を境にしてそれらは一変した。未だガキの俺がそこそこに育ってきたからかも知れない。ある日、おまえが女だったらもっと楽だったろうな、としみじみ言われた夜が有った。ほんとうに、たぶん心から、しみじみと。しかしながらそのときの俺は、リヴァイさんに群がってくる女共に辟易しているリヴァイさんにとって、俺がうってつけな存在に思えるのは単に俺が男だからじゃ無いですかね、としか思っていなかったし、リヴァイさんもリヴァイさんで、俺が女だったら自分の求めるポジションをこなせるとは全然思っていなかった。それは何となく、同性で無けりゃ俺もリヴァイさんに惚れていたと思われているようで腹立たしく感じることも無いのだが、結局俺は、その性染色体的な障害さえ乗り越えてころっといってしまったので、何とも言えないものがあった。と云うわけで、取り敢えず、リヴァイさんと俺が男同士だってことで俺が考えるのはこの程度のことなのだ。
 なのに。なのに──だ。
 リヴァイさんを狙って撃たれたらしい銃弾が俺の腕を掠って肉を半分近く持っていった、と、云うどうでも良い1件以来、リヴァイさんは露骨に俺を避けるようになった。兎に角隙がない。完璧に近付くって云うのは、何て虚しいことだろう、夕陽の始まりに見下ろして思った。迫り来るアコウクロウ。俺より倍以上生きているこの人の寝顔が幼く感じるのは、いつも無表情にもどこかを睨んでいるからだ。

「無茶はしないでくださいとか俺なんかが言ったって、聞いてくれたことなんかねえもんなァ…当たり前なんだろうけどさ」

 独り言を呟くと自然、苦笑が漏れた。これまで見てきたたくさんの表情が浮かんでは消える──何から消えている? 順序よく消えている?

(それは、正しい?)

 触れれば目を覚ます。触れなければずっと遠ざかってしまう気がする。ふと寂しい匂いがする。こんなときに、どうしてだろう。俺には理解らない。こんなふうに俺は。切な過ぎる春の終わりの匂いのする、夕焼け空がひどく綺麗だった踊り場、あの場所で。初めてヒトを、殺したのだった。神秘の歯車を停止させるのなんて容易い。引き金を引く、ナイフを捻る、その他方法多数。ただ擦れ違うだけ。コンビニエンスストアの狭い通路で、信号待ちの雑踏で、遅れたバスを待つ列の最後尾で、不意に目が合うだけの他人、重なり合う時間を持たないのならそれは物と同じだ。看板、公園の空き缶、可燃ゴミの朝の収拾車、火薬の残り香。どれも全部同じだ。正当化するのは、でもまだ難しくて、どう解釈するかを眠りもせずに考えてきた。それが悪と出ても良い、善と出ても良い、辿り着く先については拘らないで、どんな位置にいるのかだけ考えた。俺が振り返った踊り場で、あの子は何を見ただろう。蝶も空も、どうしようも無く美しかったろう。叫びたくなる程に、美しかっただろう。恥も外聞も元々持っていない。だから哀しいからじゃあ無い。
 ──涙が出た。
 シンクロするようについぞ、降りだした、雨。一晩中打たれて、次の日の朝俺の躰が泥になって知らない誰かに踏まれるんだったら、まだ良いのになァ。狡いなァ、まだ俺は誰かの心配なんかしている。図々しく──人間の顔をしている。血なら取れる。洗えば取れる。堂々と歩ける。誰も俺たちを逮捕しない。護られている、巨大な組織に。怪物。みんな、秩序と云う名の鞭を持っている。反論出来る程の余地も、意味も疾うに無く、て──俺はずるずる引き摺られているのだろう。そのなかで、偶に、きらきらするものを見付けたり、する。
 リヴァイさんはいつも必ず一発で終わらせる。すごく真剣な横顔を、俺は間近で幾度も見てきた。瞬きもしない双眸。さわったら電流が疾るのだ。あの、ふとい血管の透けた手の甲にさえ。俺は死んでもこの人に何かを要求しない。貸し借りは俗的、可能な限り、例え不可能だとしても、所詮拾われた命なので忌避したかった。出来得る限り、そうしたかった。

『ねえ、リヴァイさん。厭になりますね、どいつもこいつもお幸せで』
『おまえだって相当だ。幸せな頭しやがって』
『意味は』
『意味なんざねえよ。ただおまえは不幸を望んでいるんだろ』
『望んだ通りになっているから、幸せだと?』
『逐一確認が必要とは、理解力ねえな』
『だって。俺、不幸じゃあありませんもん』
『あァそうかよ。やっぱ幸せな頭してやがる』

 たくさんの物が混じっている。異物。廃棄されるべきもの。どこへ行っても、顔の映る水面など見付からないのだ。自分の顔も判らないで、ただ、やみくもに歩いて行くしか無い。見えない取っ手に掴まれば取っ手は牙をむく。やわらかい絨毯だと思って裸足で乗れば空洞へ落ちる。そうしてあちこちに打ち付けた躰で無様に歩く。そんなとき、どんな相手にならばもう1度、心を開けるのだろう。まだ遠い。その深みに対して、俺はずっと──ずっと浅い。届かない距離がもどかしいのにこの人のどこかを1箇所足りとも傷付けず、に、は、引き寄せる術を、知らない。
 満たされると云うことがどういうことであるのかを、俺は知っていた。俺の親はふたり共もう疾っくにこの世に居ないが、母は父が経営する小さな病院に患者として来た。運命だから、ふたりはすぐ恋に落ちた。そして俺が生まれた。愛が何かを躰がちゃんと知っている。抱き締められたことのある子供は、抱き締められ方を知っている。抱き締められたことのない子どもは──だから。

「だいじょうぶですよ」

 貴方だって。
 泉から水を溢れさせて、乾いて窪んだ花の根本を潤す。1度にたくさんの水を与えれば、かえって枯らしてしまう。なので、少しずつ少しずつ、それからいつか、ありったけの水と光と、体温を。

「だいじょうぶなんです」

 腕の悪いスナイパーの弾で怪我をした俺を、案の定リヴァイさんはあっさりと手放した。ここに居るけれど居ない。そういう扱いになった。リヴァイさんは執着しない人なのだ。嘗てでも、何に対してもそうだったので、俺で無くともきっと、誰もこの人を引き留めることが出来ない。それはおそらく、常人の考え付く条件ではおよそ無理だ。愛では無い、お金の方が余程効力を持つくらいだが、それだって確実では無い。未来でも無い才能でも無い地位でも無い安らぎでも無い優しさでも無い何でも──無い。仮に有るとしたら、それこそ本物の奇跡だ。浮遊することで何とか呼吸をしているようなもので。リヴァイさんは俺を拒まない。それと同様に、いやきっとそれ以上無関心に、俺が去るとしても決して追わないだろう。
 別段、当然だとも有難いとも思わないが、しかし俺は、それゆえに別に言ってくれたって良いのになァ、と、思う。ダメージなんか受けない。そこまでヤワでは無い。何れにせよ、今更俺には、リヴァイさんが求めるポジションはこなせないのだ。求められるポジションが有れば、の話だけれど。半分は聖域だったのかも知れない。もう半分は、言わずとも真逆。侵すときに何も感じなかったのは、同じく侵されたとき。この人と俺の目がいったい何を見ていたのか、と云うことだけで。生まれつき清らかさも何もあったものでは無いこの手は、何も掴めないその代わり何を信じ、どんな音を脳内に流したかとかそういうことだ。この人とキスをして所謂“そういうこと”をするだけで枯渇しそうな程、勝手に涙が溢れて止まらないという夜があるのだ。そんなとき俺は誰より深く己の命を粗末にしていて、その上何も遂げられずに、心を無意味に傷つけたと気付き、鈍くなる切れ味に浸る。

『これ以上言葉にしてやらねえと、まだ理解出来ねえのか? エレン。おまえは、何も持ってねえんだよ。クソガキ。そのままだと死ぬぞ、おまえ』
『それならそれで』

 そう云えば、まだ、起きないな。眠りの浅いショートスリーパーのリヴァイさんらしく無い。と、漸く俺は気が付いた。少しずつ、ちゃんと、慣れている(貴方がすきです)。使い捨てられたい。
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