<概略>
元教師現在作家×子供/頭のおかしいふたり/でも至って幸せそう/ある種のプラトニックセックス/
りばいさんの指が欠損しているので、苦手な方はご注意を。







   

 どうかしている。
 エレンは率直に謂って頭がおかしい。否、頭が悪いだけなのかも知れない。もしやその辺に螺子のひとつでも落ちていやしないかといつもリヴァイは考えているのだが、見付からないのでこれは矢張り、どうかしているのだ。

「リヴァイ先生、俺にはわかっているんです。感じているとでも言いましょうか」

 そう言って、ひとり用のソファに腰掛けているリヴァイの上に跨り、ずり下ろしたハーフパンツを踵に引っ掛けてエレンは笑った。とてもきれいに。尖りを帯びた未だ少年らしい両膝は腿に立てられ、下着の切れ目からはペニスが覗く。

「先生も感じるでしょう? ねえ、俺のなかは、気持ち良いでしょう?」

 水色のシャツの裾を唇に咥え、代わりにその指は臍を通り過ぎて、下着にかかった。浮き出る貧相な腰骨を滑り降り、下着も、エレンの膝辺りまで引き下ろされる。頼りない下生えを顕わにして見せてまた──エレンは笑う。

「俺は、先生が、好き」

 区切るように告げられる気の振れた愛にリヴァイは、背凭れに預けていた上半身を調整し、エレンに寄り掛からせた。リヴァイが目の前の、エレンの皮膚を押し上げる鎖骨に頬を擦り付ければ、黒くふわふわとした猫っ毛が瞼を擽る。下着から移動したエレンの指先が、リヴァイの髪をかきあげるように差し込まれた。白い指は生あたたかく、リヴァイの髪のなかで、冷たい、と云う。

「リヴァイ先生が、気持ち良いんですよ」

 仔犬が懐くようにエレンの鼻が、リヴァイの髪に埋められる。リヴァイの首筋に当たる平らな胸が上下し、エレンが深く呼吸したのが判った。躰の脇に投げだしていた両腕を持ち上げ、指に髪を絡める。右手の親指と薬指の間から、殊更おおきな流れが生まれた。そこへ、リヴァイも鼻を埋める。エレンの髪からは、石鹸と僅かな汗の匂いがした。甘い。それを深く吸い込んだ。リヴァイは目の前の黒い流れのなかに、自身の乾いた指を見た。親指と薬指の間のおおきな流れのなかには、だが有るべき指を見付けることは出来ない。そこにはただ、露出し、黄ばんだまるい骨が有るばかりだった。リヴァイには、右手の人差し指と中指が、欠損していた。





 以前、リヴァイは私立中学で教鞭を取っていた。科目は技術大学を目指す生徒に実習をさせるロボット工学だった。別段、教師に成りたかったわけでも無いが、成りたく無かったわけでも無い。自身の進学のままに流されていたらいつの間にか、と云うものだった。市街地から離れたその中学に通う者は田舎ゆえか近隣の子供ばかりで、そこにはある種の閉塞感が有る。それはリヴァイにとって居心地の好いものとは言い難く、乱暴な言葉遣いを自覚してはいたが、可笑しいことに既にそんなリヴァイは若くして学校の名物と化していたらしい。なのでリヴァイにしてみれば初めて出会う存在である新入生すら、リヴァイと謂う存在を実際に出会うより前から、多少、大袈裟な噂を織り交ぜながらも“知っていた”らしいのだ。ゆえに新入生は毎年決まって、リヴァイに纏わる噂のひとつひとつを検分するかのように、リヴァイにまとわり付いてきた。好奇心だけに捕らわれた子供と謂う生き物は状況なぞお構い無しに群がり、精密な作業をしている最中でさえ、時にはリヴァイの腕を掴むような仕草をしてみせた。そんな時は子供相手と云えど口汚く罵倒してやるのだが、まったく気にしたふうでも無く、教室の隅まで走って逃げてはあちらこちらで、噂はほんとうだった! と、どこか満足げなのだった。最早溜息しか出てこない。だが、リヴァイはそれなりに、リヴァイなりに、阿呆な生徒たちをも可愛くは思ってはいたのだと──当時は邪魔をするなと蹴り倒してやりたかったのだけれども──今は思う。
 右手の人差し指と中指を失ったのは、今から2年前。
 外部受験をする数少ない生徒以外はエスカレータ式に高等部へと持ち上がるだけの、形ばかりの卒業式をすぐそこへ控えた、2月の末のことだった。
 その日は卒業生が中学に寄贈する伝統だとかで、クラスが一丸となりCG設計をしたものを敢えて木工細工として展開させる、と謂う普段は滅多に触れぬ機材での授業をしていた。木に触れることも珍しいので、1cm厚の木片を電動鋸で切断すると謂う工程で、作業上の注意と説明をするリヴァイの周りには生徒たちが鈴なりになっていた。整然と並んだ机を占拠するパソコンから開放されることといつもの金属製品とはまるで違った扱い方が余程新鮮であったのか、人垣に連なる顔はみな血色が良く、隠しきれていない子供らしさと興奮が浮かび上がっていた。軍手を嵌めたリヴァイが木片をスライドさせながら、

『おまえらの指なんざ痛ェと思う前に切り落とされるからな、馬鹿みてえに巫山戯んなよ。何度も言うが、』

 絶対に鋸の刃にはさわんじゃねえぞ、と、続けようとした時だった。きゃあッ! と云う甲高い声と共に、幾重にも重なっていた人垣が突然崩れたのだ。もっとよく見たいあまりだったのか後ろから背を押されたらしく、子供が、2〜3人程勢いよく倒れ込んできた。リヴァイの背にも、誰かのまるい頭がごつんと当たった。一瞬、何が起きたのかと、理解出来なかった。しかし支えを求めて反射的に伸ばされた教え子の腕が電動鋸に向かっていった、瞬間、リヴァイは咄嗟、木片を放り投げ、まだ振動を続ける鋸の刃に向かって手を伸ばしていた。ただ、寸前のところで子供の手を叩き落とし安堵したのも束の間──リヴァイは、自らの右手の人差し指と中指が、燃え盛る炎のなかにでも突っ込んだかの如く、熱く、赤くなるのを感じて舌を打った。次に、木片と似た色合いのくすんだ物体が、ころんと床に転がり落ちて、しくじった、リヴァイはぼんやりと、床に転がる木屑にまみれたそれを眺めた。まるきり他人事のようだった。左手でスイッチを切った鋸の刃には千切れた軍手の残骸がこびりついており、真っ赤に染まっていた、が、不思議と痛みは感じず、只管に、熱かった。

 結局、2本の指は、元には戻らなかった。

 拾い上げた指は病院で縫合手術をして貰ったのだが、鋸によって爛れ、軍手の繊維や木屑が入り込んだ切断面は、異物をきれいに取り除こうとも縫合して間も無く、徐々に壊死し始めたのだった。そのことを告げられた時、リヴァイは、この時期で良かった、と思った。ガキ共のせいでこんなことになった、とは思わなかったし、かと云って教師らしく、庇った生徒の腕が無事で良かった、とも別に思わなかった。理解ったことは、己が案外鈍いことと、教師には向いていないと何となく感じてきた違和感が、実際にそうであった、と云う事実だけだった。だから、退職届けを出す時も、感慨深さなど微塵足りとも無く、寧ろ今後同僚や生徒から腫れ物扱いされることが無くなるのだと思えばいっそ清々したし、ゆえに、間も無く卒業を迎え中等部から去る生徒のほうも、罪悪感に苛まれ続けながら同じ教室に通うことも無いだろう。リヴァイはそう考えていた。否──それは嘘である。リヴァイは生徒のことは勿論だが、自身がどのような目で見られるのか、何にも興味など無かったのだから。それゆえ医師には、ああ、そうですか、とだけ答えた。治らない。ああ、そうですか。そして、辞表が受理されたらどこか遠くへ引っ越そうと、そればかりを考えていたのだった。腐った指がそれからどうなったのかは知らぬ。おそらく病院で、正しく処理されたのであろう。
 この国では、若者は田舎から都市へ、或いは、都市から田舎へと越すことは少なからずあっても、田舎から更に遠くの田舎へと越すことはあまり無い。だからこそ、そこそこの田舎から真逆に位置するこの土地へ、リヴァイは越してきた。卒業式を終えて直ぐのことだった。誰も自分を知らぬと云うのはどうしてだろうか、気分が良い。試しに少しやってみて、結果、何でも出来てしまうのは昔からだった。リヴァイの書いた小説は、リヴァイが読んだことも無い文芸雑誌の佳作に引っ掛かり、彼はベストセラー作家では無いがなぜだか玄人受けする作品を書く人間として、呆気なく小説家となった。そうしてその頃から、リヴァイの右手に異変が起き始めた。疾うに有る筈の無い2本の指が、時折、熱く疼くのだ。最初はタイピングのせいで右手が痺れているだけかと思っていたのだが、残った指をさすってみたところで何ら変化は無い。そこで漸くにして、リヴァイは、これが“幻肢痛”だと思うに至った。“幻肢痛”であるのであれば特別珍しい症状でも無い。似たような症状も含め、いつだったか目を通した書籍やメディア、ネットで得たものも含まれているため、医師のように確実なことは判らないが、例えば病気や事故、戦争その他で脚や腕などを失くした者に見受けられる症状。今はもう無い、欠損した躰の1部が、見知らぬどこかで痛み、存ぜぬいつかで疼くのだと。本人の意識を無視して。
 そのような状態を前にしてもリヴァイは冷静だった。強烈な痛みは無く、慢性的な疼きでも無く、普段生活する分には然して気にならない程度だと云うことも無論あったのだが、素人の浅知恵とは云え“幻肢痛”なぞと誰でも識っているような、そんなもののために態々病院に罹る必要性を感じていなかったのだ。リヴァイが識りたかったのは、時折疼く、この感触の正体だった。ほんとうにどこかで、千切れた指のふたつが痛みに襲われているとは思っていないし、医学上説明の可能なことだと云うことも理解していた。その上で、それらの諸説、学説とは無関係に、リヴァイは、リヴァイ自身が納得出来る理由が欲しかったのである。天気が崩れる前兆から雨の日は症状がつよく出るので、そういう日には必ず寂れた公園へ足を運んだ。納得出来る理由を探し、想像して、想像して、そうやってリヴァイは過ごしていた。晴れの日はクソの役にも立たないと知りつつ、小さな図書館へ幾度も通った。指の欠けた右手でページを撫でながら文字を目で追い、理由なぞ見付けられる筈も無かったが、だからこそリヴァイは平穏に退屈な日々を過ごせたのだ。
 エレンと出逢ったのは、リヴァイ自身どうでも良い理由探しを始めて、暫く経った頃である。
 いつものように、雨の降り出した公園のベンチに背を凭れ座り、いつものように、理由探しと云う名の想像をしていた、リヴァイの隣に、猫っ毛の髪を揺らす小綺麗な少年が、小雨など降っていないかのようにくすくすと笑いながら腰掛けたのだ。

『ねえ、おじさんは、何をなさっているんですか』
『無礼なガキだな。おまえこそ何してんだ。雨降ってんだろ、風引く前に帰れガキ』
『雨? 俺は雨なんかじゃあ濡れません。だから平気です』

 太陽の無い空は暗く、少年の瞳孔はおおきくひらいていた。

『意味が理解らん。幾つだ? おまえ』
『ひとつですよ、俺は俺しか居ないので』
『ンなこと訊いてねえ。年齢だ、年齢。何歳だ』
『じゅーご』
『15』
『はい』
『…そりゃ15から見れば俺なんぞおっさんか』
『で、何をなさっている人なんですか?』

 訝しむような視線では無かった。雨脚はつよくなる一方だった。

『……少し前までは、中学教師だったんだがな』

 映り込む光が眩しい。蜂蜜のような色をした子供の双眸は、雨だか涙だかでぬめり、ぎらぎらしていた。リヴァイは、エレンから、目を逸らせないままだった。

『今は、売れねえ小説を書きながら、千切れちまった指を探してんだよ』

 敢えてエレンの目前で右手をひらいてやる、と、エレンは何度か瞬きをした。そしてリヴァイの手を両手で包むように掴み、心底楽しげに、その唇をリヴァイの耳に寄せ、囁いたのである。

『俺が、知っています。先生の探しもの。きっと、俺だけが、知っているんだ』

 それがリヴァイとエレンの出逢いだった。
 それからは済し崩しだ。充分に頭も躰も冷えたと家路についたリヴァイの後ろをエレンはそのままけらけらと笑いながらついてきた挙句、勝手に玄関に駆け込み、以来、1度も家の外には出ないでいる。帰る素振りも見せないで、毎日をリヴァイのこの狭い一軒家のなかだけで過ごしている。リヴァイとて、エレンの名を訊いたそのあとで、親が心配しているだろうと諭し、自宅に帰るよう促しもしたが、その台詞に返ってくる言葉はいつも同じだ。

『知らない』

 家出か、迷子か、親を知らぬのか、それとも親が心配していることを知らぬのか、帰り道がわからなくなったのか、それすらリヴァイには判らない答え方を態とする、エレンに、リヴァイはわりとすんなり、はやく、いろいろと諦めた。もし誘拐と間違えられたら迷惑を被っているのはこちらのほうだとでも言おう、それらは真実であるのだから。そうこうしているうちに、エレンとの生活は1年を過ぎた。行方不明の子供としてエレンの捜索願は未だ出されていないようだし、エレンは偶にサンルームまで出て昼寝などしているが、狭い敷地の外へは出て行くつもりは一切無いようだ。時々、垣根の向こう側から、憐憫と侮蔑を含んだ目線を投げ掛けられることが有った。誰も彼も、リヴァイがここへ越してくるよりずっと先、昔からこの土地に根付き住んでいる人間だ。聞き耳を立てるわけでは無いが、それでも聞こえよがしに紡がれる声はこちらに響く。

 ──何が小説家先生だい。怪しいもんさ──

 歪んだ口許。

 ──越して早々、稚児を引っ張り込んだ──

 顰められた眉。

 ──それも気の振れたガキなんだろう?──

 嗤いを孕む声。

 ──どうかしてるよ、どっちもね。関わるもんじゃあ無いね──

 こめかみを意味ありげに叩く、指。





 せんせい、せんせい、リヴァイを呼ぶエレンの声がする。

「先生。ねえ、はやく探してください」

 細く白い子供の指が、髪に絡んだリヴァイの右手を剥ぎ取る。遠慮も何も無い、少年らしい乱暴な仕草だった。リヴァイはそこで、あの時の中学生を思い出した。名前も顔も最早覚えていない。だが絶対的に、エレンとは似ても似つかぬ子供だった筈だ。それだけは間違い無い。

「先生の失くしたものです、よ」

 エレンはにんまりと笑って、リヴァイの右手を、互いの下腹の間に導いた。その先へ。
 リヴァイの右手の露出した骨を、エレンの薄い下生えが擽る。

「はやく。…はやく、俺のなかを探して」

 リヴァイは粘る唾液を嚥下し、て、エレンの茂みを掻き分け、やわらかな肉に右手を這わせた。

「先生……」

 薄桃色の溝の表面に、まるい骨を滑らせる。欠損した指の名残。リヴァイの腿の上で、エレンの細身ががくんと揺れた。

「ほら。ここに、有るんです」

 エレンの震える指先が、なだらかな曲線を描く臍の下辺りを撫でた。女では無いので包まれる子宮など無い。しかし、やわらかく薄い、皮膚。リヴァイの露出した骨は、エレンと出逢ったあの日のように、濡れてぎらぎらと光っていた。それを下方へ滑らせると、やがて狭い入口に辿り着く。リヴァイはそこに骨を宛てがい、ぐ、とつよく押した。まるくて先の無い骨は、それ以上はエレンの肉を押し広げても、なかまでは挿入っていかぬ。だがエレンはリヴァイの上で、痙攣したように、もどかしくも色めいた息を吐き、腰を揺らした。

「あ、あァ…ふ、ぅ…先生の、ゆび、が……」

 エレンの喘ぎと共にリヴァイも確かに、無い筈の人差し指と中指にまとわりつく、熱い粘膜の感触を、感じ取っていた。狭い内部で蠢かせた指に絡み付くような熱さを、確かに。そして思うのだ。エレンには無い筈の子宮が有り、リヴァイの2本の指が見付からないのは、エレンの子宮に埋め込まれているからなのだと。思い出したようにリヴァイを襲うあの疼きは、エレンの子宮の熱なのだと。リヴァイはふと、あの不躾な囁き合う声を脳裏に浮かべた。

 ──どうかしてるよ──

 その通りであるので何も言えない。リヴァイとエレンはどうかしている。有る筈も無い指の在り処を有る筈も無い子宮に同じく感じ取り合って、きっと、そうだ、同化している。
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