<概略>
リヴァエレ←アルミン/アルミン視点のリヴァエレ/




 僕が教えてあげられたことは外の世界についての夢の話と頬杖の付き方だけだった。右利きなのに左手でも文字を書く方法はあの人がエレンに教えた。エレンが常に前だけを強く見据え、時にひとり、空を見上げるのはきっと、下を向くと涙が出るからなのだろうと僕はそう思っていたのだ。実際、いつだって彼はそこまで追い詰められていた。
 全部おまえのせいじゃあ無いか! その化物の身が人類の希望なら、どうしてあいつらを助けてくれなかった! 結局おまえは疫病神なんだ!
 浴びせられる罵声は、理不尽だけれどもそれは事実でもあって、エレンは何も言い返せなかった。言い返さなかった。ただ黙って佇んで、罵倒の言葉を馬鹿正直に受け止め続けていた。だって、初めから手遅れだったのだ。この世界は。僕だけが理解っていたと言いたいところではあるけれど、たぶん、エレンだって理解っていた。皆、理解っていながら、エレンを糾弾することで心のバランスを取ろうと躍起になっているだけだ。と云うことさえ、理解っていたのだ。けれどエレンだけはいつも、あまりに必死な彼らを前にして、見棄てることも、反論することも、何もせずに、然れど打てる最善の手立てを尽くした。時間の赦す限り、その力が続く限り。そしてエレンは闘いのなか、実験のなか、彼のすべてが停止してしまうまで幾度でも死地をさ迷うのだ。僕はそれをじっと見ながら、代わりに反論するだけの勇気が僕にもあれば良かったのだろうか、などと無駄なことを考えて、エレンを少し遠目に置いては見詰めるばかり。今日もエレンを罵倒している兵士の親友とやらはエレンを護って死んだ。命のこと切れる音がまたひとつ、ことん、胸に残る。死んでしまえば巨人のせいだ。集まる巨人をひとりでは捌き切れないエレンのせいだ。全部。全部。結果的に全部がエレンのせいとなる。僕はエレンに掛ける言葉を何ひとつとして持っていない。それは僕すらも無意識に、エレンひとりへとすべての責任を転嫁しているからなのだ。虚しかった。気付いたときには絶望した。ヒトにも、自分自身にも。エレンの信念にさえも。希望や情熱は消え失せていた。あの頃のきらきらした思いや強い意志は、いったいどこへ消え失せてしまったのだろう。この頼りない手のひらには、今やもう、何にも残っていない──そういう気がして、嘆息する。命で命は救えないのだ。そのことに気が付いたいつかの日、僕の、公に捧げた筈だった心臓は、まるで失われたかのように冷えいくばかりだ。正直に言おう。毎日が嫌で仕方が無いのだと。

「…どうした? アルミン」

 世界を救うのだとか、そんな大それたことを、僕は願ったことなぞ無い。ただの1度たりとも。僕は、僕がそういう人間では無いのだとよくよく知っている。ただ大切なものを護りたかった。いつも僕は護られるばかりだったから。それがとても悔しくて。でも同じだけ、嬉しくもあった。だからこんなふうになるだなんて誰に予測出来たろう。こんな筈では無かった。

「おい、アルミン?」
「……え?」
「聞いて無かったのか」
「ああうん、ごめん。何?」
「団長が呼んでる」

 エレンは不思議そうな顔で、でも、肩を落とし溜息をついた。昔はその表情に『また夢の話を考えてたのか?』と付け足して、だったら俺も混ぜろよ、と言わんばかりに僕だけをその双眸に映して、言葉の裏腹、きらきらした蜂蜜色をもっときらきら輝かせていたのに。なので僕はその蜂蜜色に映る自分が、いつもきれいであるようにと、それだけを願っていた。僕にだってそう、この心臓がやわらかかった頃があった。

「何かあったのか?」

 心配そうに僕の瞳を覗き込もうとする。僕は少し笑う。きみの受けた心身の傷に比べたら、僕なんか無傷に等しいよ。思ったそれだって事実だけれども、僕は言わない。言ってあげない。それでも彼のやさしい声で、最早無意味な緊張がほぐれ、唐突に疲れが全身を蝕む。もう放っておいて欲しい。そうで無いなら教えて欲しい。例えばあの色をつくるとき白は必要かどうか。例えば飛べないなりに羽根をつかうには、どうしたら良いか。

「何を遊んでやがる。エレン」
「あ、兵長」
「傍に居ろと言ったろうが。聞いて無かったのか愚図」
「…いえ。聞いてましたけれども」
「だったら早く来い」
「すみません、了解です」

 変わらない瞳に映すヒトが変わった。何年も時を経て。相変わらず丸くは無いし喧嘩っぱやくて大胆だけれど、リヴァイ兵長と共に過ごさざるを得なくなってから、徐々に、エレンも大人になった。また背が伸びて、ついさっきまで罵倒されていたとは思えない程に上手く笑う笑顔が増えた。おそらくリヴァイ兵長もそうなのだろう。恐ろしさより優しさが圧倒的に勝っているように僕には見える。エレン限定で──それは前からか。

「じゃ、俺行くな?」
「うん。ありがとうエレン」

 心配してくれて。
 言いながら反吐が出そうな台詞だと思った。

「別に。アルミンが何ともないんならそれでいいよ」
「ふふ。何それ」

 無理してちょっとだけ笑うと、エレンも安心したように笑った。たったそれだけのことなのにこの脆弱な躰の内側が癒されてゆく。駄目だよエレン。きみみたいに空を見上げてみたって涙が滲んでくる。リヴァイ兵長と並ぶ嬉しげな背中が遠ざかる。僕は疾っくに、そこまで好きになっているのだ。ねえ、教えて欲しくなんか無かったんだよ。僕では無い人だけを映した瞳の淵を色付けて階段の陰にそっと忍ん、で、何も語らないふたりの唇が、磁石より強く引き合うところを。







<概略>
リヴァエレ←ミカサ/ミカサ視点のリヴァエレ/




 好きな人が好きなものを好きになれない──それはとても哀しいことだ。自分なりに、ではあるけれど、好きになれれば良いと足掻いたこともあったが無駄だった。私はエレンの持つすべてを、理解し得ないのだ。
 ヒトに笑い掛けるエレンは常に美しかった。いつものように、いや、いつも以上に美しくて、私は不意に涙が零れ落ちるのを自覚し手のひらで己の視界を遮った。裏切られた、それ程までもの気持ちになった。家族とアルミン以外に、エレンにそんな顔をさせられるヒトたちが存在するということも赦せずに、相対的に、私たち以外にそんな顔を見せても良いと判断したエレンも赦せなかったし、エレンには私たち家族とアルミンさえ居れば良くてその逆もまた然りと思っていたから。私たちだけが知っていれば良いエレンの貴重な笑顔を盗んだのは104期生の仲間でもあって、だから、みんなふざけるな、そう小声で吐き棄てたあと直ぐに私は後悔した。自分の内心に思わずよろめく。仲間というものは友人だ。彼ら彼女らは友人であるのだ。エレンの友人を罵倒するということは、つまりはエレンを罵倒するも同じことでは無いか。自分がされて嫌なことはしてはいけない。例えば私が、エレンに対する雑言を聞けば憤慨するだろう絶対。憤慨のひと言では片付けられない程冷静さを欠くだろう。それと同じことでは無いか。
 ので。私は今は亡き父母に祈り──巨人に殺されてしまった第2の母である──エレンの母にも誓いを立てた。

(どうか欲深い私を赦して。どうか浅慮な私を赦して。どうか恥知らずな私を赦して。どうか無知な私を赦して)

 そうして、彼のすべてを愛する努力をしてみようと尽力に努めた。けれど結果は冒頭に述べた通りだ。無駄な頑張りは私を憔悴させるだけ憔悴させ、周囲を戸惑わせるだけだった。仲間内でも孤立気味のエレンではあったのだが、誰にでも愛を注ぐかのようなクリスタが微笑めば慣れない様子で微笑みを返し、それをユミルが揶揄えばムキになって、しかし笑う。サシャに食事を盗られそうになれば叱ってから1口だけだぞ、と笑ってパンをちぎって与え、なぜだか何だかんだでアニとは馬が合うようでさえあった。女子訓練生のなかでもそうなのだから、男子訓練生のなかに居るときは言うに及ばずにアルミン以外とも話し、その表情を変える。無防備な程だった。私とアルミンとエレン。の、3人だけでひた耐えた、開拓地が煌めいた思い出になってしまいそうだった。それでもこれはエレンを護るためなのだと己に言い聞かせ、3年間もの歳月を息を潜めるようにして過ごした、と、云う、のに。
 あの男が同じ部屋に居るだけで苛立つ。調査兵団の兵士長だ。いつでもエレンを傍らに置き、監視役だと謂う職権を乱用し片時も離れない。彼らが隣席する姿などもう胸が張り裂けそうになるから、会議も、食事時の時間すらも、私は気が気では無く、ゆえにアルミンのように有益且つ理知的な意見など出せたものでは無い。話を追うので精一杯で、エレンを気遣う素振りを見せながら、この目は確かにリヴァイ兵士長を睨み続けた。それなのにエレンは奴に笑顔を振り撒き心を晒すことをやめないのだ。私はこれ程必死な自分がまるで気付かれもしていないことに気付いた。その事実がまた私を困惑させる。なぜ気が付かないの。なぜこちらを見てくれないの。家族なのに。唯一無二の家族なのに? もしかしてエレンは私の心境を理解した上で敢えて無視を決め込んでいる? あのエレンが? そんな、まさか、有り得ない! そうだ、エレンに限ってそんなことは有り得る筈が無いのだ。妄想とも呼ぶべき疑惑に埋まる脳は、それでもエレンを慕うことをやめなかった。なぜなら初めての友人。唯一の家族。初めて、好きになった男の子。失えるわけが無かった、掛け替えの無い大切な人なのだから。

(気付いて気付いて気付いて気付いて気付いて──)

 決定的な事件が起きたのは、私が空回り始めて随分と経ってからだった。普段よりずっと早く、定刻前に目が覚めてしまい、食堂へ向かえば手を掛け開こうとした扉の向こうから声が聞こえた。

「、兵長」

 驚き過ぎて、咄嗟に手を引き戻した。その声は、確かに大好きなエレンのものだった。私がエレンの声を聞き間違えることなど有る筈も無いのだが、聞き間違いかも知れない、と深呼吸をしながら早鐘を打つ胸のあたりをぎゅうっと掴み目を閉じてみれば、再び声は筒抜ける。

「言いてえことがあるならさっさと言えよ、愚図」

 良かった。愛を語らっているようでは無い。私は少し安堵し、しかし躰は動かない。扉を押し開き何でもない顔を装って、ひと言『こんな早朝に何の話ですか』とでも適当なことを言えば良いのだろうに、それが出来ない。エレンの声が涙を含んだ、潤ったものであった、ので。

「エレンよ」

 愉悦的に急かすリヴァイ兵士長に促されるような形で、エレンは漸く口を開いたようだった。

「……すみません。すみません兵長…」

 謝罪。何に対して? 決まっている。相手の意に添えないことについてだ。

「おい。俺はそんなもんが聞きてえわけじゃねえぞ」
「…すみません、おれ、俺、が、」

 私はいつの間にか俯いていた顔を自然に上げていた。もうどのくらいかわからない程に久しく清々しい気分だった。ただ純粋に思ったのだ。エレンが変わらず私とアルミンだけを愛してくれているのだと。その幸福からくる胸の痛みを噛み締めていれば、がたんと何かが倒れる音がした。まさかまた躾と称した暴力を、と急速に腸が煮え繰り返り、でも、音を立てないようそっと扉を開き、なかを覗けば何ということだろうか。エレンは兵士長とキスをしていた。すみません、そう言ってエレンは男に口付けたのだ。

「ふ、…ぅんっ、んん、……、は、」
「神も居ねえこの世界で誰が俺たちを咎められる? 欲しいだけ持っていけよ。俺もそうする」
「へ、いちょう…っ」

何てことは無い、口下手な兵士長とエレンのただの逢瀬だった。
 あれからいろいろなことが有った。ほんとうに、いろいろなことが有ったのだ。そのうちにふたりは周知の仲となり、なのに私はエレンからキスをして貰ったことが未だ1度も無い。そして矢っ張り私は、祝福するどころか、好きな人が好きなものを、好きになれないままでいる──それはとても、寂しいことだ。







<概略>
リヴァ→←エレ←ジャン/ジャン視点の両片思い/




 こいつはほんとうに、お目出度い程に何にも知らない。
 エレン・イェーガーは鈍い。空気も読めないしヒトの気持ちも読めていない。いや、読もうとしていない、が正解か。駆逐脳だし死に急ぎ野郎だし天然気味だし、あァしかし、嘘が無い真っ直ぐ過ぎるそこも時々可愛かったりもする。正直見た目も良い。なんてことは、絶対言わねえけど──まあ言ってみたところで気付かないだろう。兎に角鈍いから。結局そこか。気付かねえかな、つうかいい加減気付け。気付いて、そして、

「…何じっと見てんだよ?」
「あ?」
「何か言いたいことでもあるのか。それとも俺の顔、何か付いてんの? さっきから凝視して……視線が気になるんだけど」
「…べ、つに!」

 俺はハッと我に返る。いつの間にか黙りこくって考え事をしてしまっていた。エレンは怪訝そうに俺を見詰めている。エレンからすれば、睨まれているように感じたかもしれない。訂正しようとすると、急にエレンは邪気の無い笑みを含めるように浮かべた。

「まさか好きな奴のことでも考えてたのか?」
「なっ…! 違、」
「わっかりやすい反応だな、ジャン」

 ほんとうにわかっていたのか冗談で言ったのかはわからないが、図星を指されて動揺した俺を揶揄うように、エレンは無防備な笑みを見せる。おまえは俺の保護者か、ざけんな。

「どうだって良いだろ。あっち行けよ馬鹿」
「んだとコラ。ミカサはやれねえがそれ以外なら協力してやろうって話じゃねえか」
「要らねえわ」
「ヒトの厚意を無碍にするなよ。で、誰だ? 教えろよ」
「………」

 どうしようも無く少し苛立つ。こいつは何も知らないのだ。だからこそ、こんな残酷なことを平気でやってのける。だけど俺は思う──『知らない』ことも罪だと。

「好きな相手は居るけど、女じゃねえ」
「え」
「それでも知りてえか?」

 罪にはそれ相応の罰が下って当たり前。俺はエレンの返事も待たずに仕方無く切り札を使った。

「……リヴァイ兵士長、」

 呟いて、エレンの様子を窺う。エレンは笑顔のまま動きを止めていて、呼吸も忘れているようだった。瞳が大きいと、きゅう、と瞳孔が縮んだのがよくわかる。あァもうほんとうに、エレンは正直過ぎる。

「──が、好きな奴」
「え」

 見ろよ、俺のときとの歴然の差。あんなに悪戯な笑顔だったのが、今は紙みたいに真っ白になっている。ホッと安堵させた瞬間に次の事実で突き落とす。意地悪だという意識はない。こんなもん恋愛の駆け引きのうちだし、何より何も知らないエレンが悪いんだ。だから、揺さぶられるエレンが憐れだとも全然思わない。俺だって自分に望みが無いことを再確認すると云う無駄で無意味で、なのに心臓を抉られるような絶望を同時に味わっているのだ。おあいこだ。それでもエレンは健気にもまた笑ってみせた。

「……あ、ええと……兵長にも好きなヒトが居るなんて、何でおまえが知ってんだか知らねえけど…前途多難だな。おまえじゃ太刀打ち出来そうに無いし」
「まァな」
「……そっか、そりゃそうだよな。兵長だって、恋くらいするんだよな……何か、想像つかねえけど」

 エレンの蜂蜜色が揺らいでいるのが大きく目視出来る。内心で思い切りショックに耐えているくせに、つくられた笑顔はほぼ完璧だと呼んで差し支え無い。俺には時折こういう、無理矢理にでも、頬を引き攣らせてでも、ただただリヴァイ兵士長の傍に居たいと願うエレンが痛々しく思える。醜態をさらけだす程には弱くも無く、傷付かない程もは強くも無い、中途半端なエレンは、でもひどく魅力的で、俺を惹きつけてやまない。泣かせて抱き締めたくなる。俺も大概やられているのだ。それもこれも何もかも、こいつが鈍いのが全部悪い。この駆逐馬鹿。鈍感。俺に好かれていることも、疾っくに兵士長と想いが通じていることも、俺がすべて知っていながら黙っていることも、こいつは知らない。ほんとうに、お目出度い程に何にも知らない。

「…バァカ」
「な、んだよ。いきなり」
「嘘だよ。兵士長の好きな相手なんか俺が知ってるわけねえだろ。なに騙されてんだよ」
「……っ、てっめえ」

 やっとエレンからこわばりがほどけて和らいだ。知ってるよ、エレンには馬鹿みてえに一途な表情が1番よく似合う。俺なんかが動揺させたって、何にもならねえんだ。確かにな。
 自分の汚れた部分ばかり見つけてしまう、こんなものが恋なら、しなけりゃ良かった。




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