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<概略>
切甘/『個』=『孤独』の『孤』/しかし『個(孤)』で無ければ大切なヒトの手すら掴めない/ひとりぼっちがふたり居る話/何かふわっとしている/
糖分高めですよー(金平糖1粒分くらい)。





   

 裾の無い黒いマントに増えてくる。要らない忘れ物を持っている。それが月と星であったのだと云うことを、きっと誰もが知っていた。つまりは夜空が光ったのだと、安寧を求めた人々は嘲笑うがリヴァイは違う、と思った。肯定も否定も中立も無意味な世界だ。もう帰る場所さえ無いのに、進むべき道がどこにも無くなってしまったのだと、迷子の子供がしゃくりあげている夢を見る。夜更けの廊下、ひとり、佇んで。少し揺らせば今にも吹き消えそうに頼りないランプの代わりに月灯りが照らしているが、それも別段、晴れているわけでは無い。裂けた空に漂う雲のひび割れに月が浮かび上がっているだけの、ありふれた肌寒い夜だった。足許も覚束ぬ薄暗がりに、そんなところに居たら危ねえだろうがと子供の手を引けば、尚、泣きながら謝罪する。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、だって自分がどこに居るのか見失ってしまったんですと、迷子のエレンが泣いていた。 
 別に出世など望まなかったが兵士長に就任したとき、リヴァイは金や嗜好品の類いを求欲するより、大きなベッドを作らせた。その焦げ茶色のキングサイズのベッドは未だに変わらず木材の香ばしくも懐かしい香りがして、ベッドカバーは白で枕も白。夏用のシーツはシルクのような肌触りの上等な麻で縫われ見目のみならず涼しい。オーダーメイドで、名の知れた職人本人も唸った出来の、一級品のベッドで寝るこの心地好さと言ったら無い。にも拘わらず寝不足が続くのだからそれはもう己が悪いとしか自他共に認める外に無いのだが、広々として見栄え良いリヴァイの寝室のこのキングサイズのベッドを、エレンは甚く気に入っていた。態々丁重に古城へ運ばせたリヴァイは言わずもがなである。ごく稀に共に眠る夜、ふたりはあたかも恋人同士でもあるかの如く、いつもベッドの中心で抱き合って眠る。躰の芯から底冷えする、エレンに宛てがわれている地下室程では無かろうと、全裸でじっと汗が冷えていく過程はやや肌寒いが、そのなかでシーツに包まれ、ぬくぬくと怠惰に眠るのが1番良い。尚且つエレンはリヴァイに比べ体温が高いので、リヴァイは冷え切った肌をくっつけて如何にか眠りに落ちるのだ。ガキの利点はあったけえところだけだ、そう呟くリヴァイの低音の声を聴きながら、エレンも眠りにつく。こうして性懲りも無く繰り返されるベッド上での物語は、全部が全部、甘いものでは当然無い。いつも同じく抱き合って眠るのに、大き過ぎるベッドの中心には大きな穴が空いたように感じるときが有る。互いに殺伐とした空気は幾度躰を重ねようとも変わらずふたりを包み込む。おおよそ本能がそれを理解っているから眠るのだ。体感温度のあたたかな眠りすら柔らかくなどならない。それゆえこの大きなベッドで就寝を共にするのだ。
 ごそ、と。眠りの浅瀬で響いた音に耳が反応しエレンは重たい瞼を上げた。脳はまだ眠いと駄々を捏ね躰はそれに従うが、まるで警鐘の如く響いた音が、エレンに起きろと告げていた。何だろうか──ゆっくりと瞬きを繰り返せば、徐々に暗闇に慣れた視界はサイドテーブルの上にあるガラス製の水差しが青白い光を捉え仄かな光を浮かび上がらせていた。まだ夜明けは遠くに在る。

「……チ、」

 舌を打つのはリヴァイの専売特許だがまだまだ眠りを貪っていたいエレンとて舌打ちくらい漏らしたくもなる。なるべく靜かに寝返りをうった。窓の外はまだ黒々しい夜が続いていて、エレンの目に映る世界のすべては就寝中だ。そんななかで、ひとり、目を覚ましてしまえば急激に襲い来る寂寞を感じてしまう。だから嫌だ。夜中に目を覚ますことが最も孤独に身を包まれる、ので、エレンは寝返りをうつ。僅かな脆弱さがこうして1度でも、胸のうち、持ち合わせているのだとそこへ、その空白感へとふれてしまえば、自己嫌悪は忽ち苛立ちに変わり、ほんの些細な塵が積もったかのように積み重なってしまった負の感情が、極限にまで達せば意味も無く爆発する。多分。
 自分以外はみな他人で無ければ世界は成立しない。それが家族であれ親友であれ敬愛する唯一のヒトであれ、自分のことは自分で始末をつけるべきが人間であるのだから、自分自身相手にでさえ赦せる範囲と赦せぬ範囲が在る。未だ冷ややかな空気を含んだシーツは冷たく寝起きの肌を刺し心を冷やした。疾うに闇に慣れた双眸が先に捉えるのは天井と、カーテンを引き忘れたままの窓、そこから薄らと射し込みガラスを反射させている青白い闇。絵具も光も混じり合えるのにヒトは混じり合えない。Strix rufipes(アカアシモリフクロウ)がそこまで迫って来ている。途端に深沈と震えた空洞の心が連動し、て、躰を震わせたのでエレンは壁側に寝返りをうった。薄いブランケットのその向こう側にリヴァイが寝入っている。寝る前まではこちらに顔を向けてエレンを抱き締めていた筈であるのに、いつの間にか壁側へ躰ごと向いて寝返りをうっていた。エレンが眠りの浅瀬に聴いた邪魔な音は、リヴァイが寝返りを打った音だったに相違ない。呼吸は簡単か。スゥ。浅く。息を吸い、出来るだけ細く、息を吐く。生きているのだ、と云う、ただひとつ、それだけの簡単さに伴うのは、いつだって、不自然と苦痛。奥歯を噛み締め意地を張って無理でもしないと、笑えぬ日はエレンにだって在る。それを、無理して笑うな、とリヴァイは不愉快げに言うが、泣けば泣いたで、兵士のくせに女子供みてえに泣くな、と鬱陶しがられるのだから。枕下に手を入れて眠ることは平和呆けの証だ。着込んだシャツの丸い襟首、そこから覗いた鎖骨に乗っかる、瓦解した実家の地下室の鍵は、エレンにとって、エレンが部下として信用されていることを主張していた。本来で有れば幾らでも理由を付けて、上官たるリヴァイが取り上げていても何らおかしくは無い。まるで免罪符のようだ。エレンはその鍵爪部分をじっくりと眺める度、ごめんなさいと謝る。誰に告げるわけでも無いが、そっと心中にて呟く。リヴァイと躰を重ねれば重ねただけその慙愧と自己嫌悪は膨らみ、未だそう思わずにはいられない。神さまなど信じない、道徳も倫理も紙屑以下だ。心のどこかで自分は特別なのだと思っていた。異形のこの身を忌み嫌いながらも、エレンは自分を選ばれた人間であるのだと思っていた。でも違った。思い込んでいたもののすべては誤りであった。何も持てなくなったこの心が、リヴァイの特別になれる筈も無い。なぜならエレンが、エレンを認めていないのに──悲観的妄想に陥るのは夜の特権で、エレンの十八番でもある。これを言えばきっと苦い無表情のなか、嗤うに違いないリヴァイの寝顔を暗闇のなかで見た。寝息自体は健やかそうであるのに就寝時にさえ寄せられている眉間、寝顔の険しさ。だが珍しくも寝入ってるリヴァイを見て、エレンは、今にも壊れそうな何かを指先でなぞるように手を伸ばした。キングサイズのベッドはふたり寝にも大きい。あまりにも空き過ぎた距離に、子供の手は届かなかった。靜かな夜の世界にただひとつの鼓動がエレンをひっそりと責める。責めて、責めて、そうして優しく包み込む。理解らない他人の躰と心。遠ざかる子供の錯覚に、思わず呼吸を確かめる、寂しいエレンを、リヴァイは知らない。これだから嫌なのだ、夜に目を覚ますのは。再度思っては中央を占めている枕を取って腕に抱き、体躯を寄せる。ぎっ。ずる。ぎっ。閑寂を壊す僅かな音を代償に、近付いた距離がリヴァイの鼓動をより鮮明に感じさせる。寝る前に浴びた湯浴み時、の、同じ石鹸の香り。甘い香りがエレンの涙腺を刺激して意味も無く涙が出そうだ。指を這わす。恐る恐る頬にふれ、この感触は本物だと、当たり前の事実にエレンの心が歓喜した。ずっと、なんて言わない。今だけで構わない。ずっと傍に居たいだなどと愚かなことは望まない。そうやって、常に終わりを見てしまうエレンの悪癖を、リヴァイは好まない。それでも必ずいつかは終わるのだ。それを知らずに生きるふたりでは初めから、無い。

『は、待っててなんざやらねえよ。俺はいつでもおまえを置き去りに出来る』
『俺、は、置いてかれるんですか』
『あァ置いていくと云うより“斬り捨てる”だな』

 言外に滲む──“ガキは嫌いだ。でか過ぎるデメリットに比べてメリットが足りねえ”

 時折鮮やかさに、眩暈を起こして滲む、眼球がうざい。

『それが嫌なら、精々はぐれねえよう着いてくるんだな。眠れねえときは眠らなくて良いだろ。勝手に黙って出て行けよ、エレンよ。おまえに名を呼ばれると、どうしようも無く苛立っちまう』

 冷酷。恥知らず。その手を伸ばすなら死んでも離さぬ素振りで掴まえておいて、安易にあっさり離すのだ。滑稽だ、と、言った。

『嗤えるのは、そうだ、自由の翼を掲げても、俺たちヒトは羽根ひとつ、背に生えもしねえ』

 ついぞエレンの瞳がうるりと潤んだ。蜂蜜色を覆う涙の膜が視界をぼやけさせ、再び嘆く。その距離に。リヴァイは決して認めぬであろうが、結局のところ、ふたりしてただ怖かったのだ。今更ひとりに戻れる筈が無い関係性に来る、揺るがぬ終わりを、望まずに拒んだ結果がこれなのだ。エレンは這わせた指先の腹に、冷ややかな温度が刺してはちょっとだけ笑った。リヴァイ兵長。と、口だけを動かし、わけも無く、腹立たしいので、おまえは呼ぶなと言われているファストネームを無音で呼んだ。リヴァイ兵長、リヴァイ──さん。闇の奥で声が反映し夜と共鳴する。途端に苦しくなったのは胸だった。左心房にある心臓のどこかに存在する心が、うんと泣いて心臓を萎縮させる。どこか呼吸困難にも似た圧迫感に耐え切れなくなり零れた涙は、冷めた温度に触れて瞬く間に冷たくなった。エレンは抱きかかえていた枕を後方へ投げ捨て最後の距離を縮めた。リヴァイの背に頭を寄せ、すん、と鼻を鳴らす。より一層濃くなった香りに大きく息を吐き出して、ゆったりと上下する胸の鼓動に合わせて呼吸をするも、溢れ出た涙は止め処なく零れて頬を濡らす。

「……これだから、…──」

 泣き声を漏らさぬよう耐えていようが構わずに、普段から眠りが浅いリヴァイはこういうときに限って起きてしまう。タイミングが良いと云うか悪いと云うか。ひとりきりで泣かせてなぞやらない。そう言われているふうにも聞こえた。小癪なくらいのタイミングがそう呟いていた。実際、これだから、に続く年季の入った舌打ちは大きく鋭く、言われたいつかの如くリヴァイは子供が嫌いだ。煩くて、無責任で、厄介な理想ばかりを見るのだと。何にでもふれる不衛生さまでも持ち合わせては、続かぬ世界の終わりを無神経にただ待っている。

「煩えな、泣き虫野郎。鬱陶しい」

 しかし嫌いな筈の子供を咎める声色はリヴァイに似つかわしくない程に柔らかで、エレンはその優しさに涙腺を壊される。これだから、の先を濁して言わぬ危うい感覚が、更にエレンの男としての矜持を固める。屈強に、壊れることが無いこれは壁だ。

「……些か、タイミングが良過ぎですよ……兵長…」

 うつ伏せ、涙を隠そうとシーツに顔を埋めても涙声は隠せない。瞬時にエレンを包み込む空気の震えに溜息を漏らすリヴァイは、片腕でエレンの肩を抱き、エレンをつよく引き寄せ互いの躰を密着させる。ぐんと近付いたゼロに近しい距離。ほんとうのゼロになれたら良かったのに。思いながら息を吐く。エレンを襲い覆う惨めさは、そんなふうに漏れ出ては尚更己を惨めにする。

「夜にひとりきりで泣くなんざ、どうかしてんじゃねえのか」

 掠れた寝起きの声は情事中の声に似て、ぞわり、エレンの背筋が凍る。旋毛に感じた軽めのキスは少しばかりエレンを責めていた。

「怖え夢でも見たかよ、クソガキ」
「……いいえ」
「だったら何だ」
「…別に。……そう、ですね…どうかしてたんですよ」

 エレンの胸元に光る秘密の地下室の鍵。リヴァイの指がそこにふれ錆びた感触を確かめて、キスを贈る。

「また、世界の終わりはどんな感じかとでも考えてやがったか」
「…え?」
「何でもねえよ。面倒臭えな」

 髪の毛にキスを、耳にキスを、顎を指先で上げられて、目尻にキス。しょっぱい。エレンの涙を唇に含んで舐め取ったリヴァイはそれらを嚥下する。目尻から流れた涙を辿り、頬に唇を滑らせた。ふれる唇も指も吐息も声も、どうしてか、ひどく久しく感じる。同じベッドで寝て同じ夜を過ごしていたのにも拘らず、こんなにも、久しい。焦らすような幼い口付けのあとで、互い、望んでいた深い口付けを交わした。最初はやはり啄むだけで。リヴァイに下唇と上唇を甘く噛まれ、期待に震えながら、はァと吐いた息。開いたエレンのその隙間を狙って侵入してくる舌先を、慣れた仕草で受け入れて互いに堪能する。合わさった舌先からは僅かな涙の味がまだ残っていた。まさかと思うが、しょっぱさがエレンの舌先に乗っかり甘さをより濃く演出する。密着した唇と唇に隙間などまるで無く、息苦しさを味わった瞬間にほんの少しだけ、リヴァイが与える隙、呼吸を荒く貪る。口付けが深くなるごとに増していくのは劣情の空気で、キスの合間にリヴァイの指先は耳の裏を擽り、エレンの弱い部分でもあるうなじをツと撫でる。時折軽く引っ掻く爪先は甘やかな痛みをエレンに与えその薄い背を震わせた。あっと云う間に誘われる快楽の渦にエレンはいつも翻弄される。口論中に仕掛けられるキスも厄介だが気乗りしない夜更けのキスは、もっと、ずっと厄介だった。いやだいやだと突っ撥ねようとも最終的に子供の両腕はリヴァイに縋り付いている。動揺した相手を黙らせるのはキスが1番で、特にそれが泣きやまぬ子供相手であるならば尚更であるのだと、新兵であれど兵士は兵士に変わりない、ゆえにもう子供では無いと考えている、睨むエレンを、そして最後にはそうやって拗ねさせる。

「ふ、…もう…苦し、い……」

 長い長いキスの嵐にエレンの熱は煽りに煽られる。大人げ無くも悪戯な指先がシャツのなかに侵入しては脇腹を撫でて際どい部分、骨盤あたりを上下するから堪らない。擽ったいのに含まれている劣情の色を濃く刻み付けるリヴァイに、エレンは耐え切れず声を漏らした。

「っ…ん、はっぁ」
「おい、」
「は、い…?」

 既に充分蕩けたエレンの蜂蜜色はリヴァイを上目に見詰める。飲み下せなかった唾液が口端から垂れているのを見て眉を顰めながら舌先を這わし舐め取る。夜の秘め事に染めた躰には僅かな接触さえも刺激となって、エレンはふるりと痩身を震わせつつ温度を上げた吐息を逃がそうとしていた。

「もう良いのか」

 泣くのは。と、ネイビーブルーの双眸が語る。不思議なのはその色彩で、昼間に見ると薄ら灰茶色のようにも発光するのに、暗闇で見れば光を多く含みはっきりとネイビーブルーだけが光ることだった。問い質すのと返答を一緒くたにしエレンはリヴァイの目尻に小さなキスを贈った。ねえ兵長、ほんとうの、世界の終わりには──小さな声でエレンが声を成したと共に、リヴァイは嗤いもせず再度、濃厚なキスを仕掛ける。ここでリヴァイが、エレンのくだらない思考をまるごと全部、引っ繰り返して跳ね返してやれるくらいに言葉を識っていれば、エレンはひとりきり泣いたりしなくなるのかも知れないとしても。例えばエレンの1番傍に在る大人が、ハンジやエルヴィンのような、口のよくまわる人間であったのなら。そうであれば少なくともエレンは、今のように、明後日の方向なぞを見たりはしないだろうに。リヴァイはふと視界に入った、すぐ傍の金色の水溜まりに映る月が、エレンそのもののようだと思った。力任せ、自分本位で、捕まえることも踏み躙ることも容易いが、そうしたところで、もうそれは欲しかった月では無い。ぱしゃん、と1度でも水面を揺らせば終わる、なかの月はぐしゃぐしゃに形を変え歪んでいく。結局は手に入らないのだ。殺戮しか知らぬこの手などでは到底。こんなにすぐ、歯痒い程、近くにあるのにだ。

「…俺、と、兵長が、こうして出逢って、今日までお互いがお互いとしてまだ存在することは、例えば俺が仮に、化け物でさえ無ければ…きっと、天文学的数値よりもすごい確率だったんでしょう、ね」

 言わば、あの夜空のどれかひとつの星が壊れたところで、納得出来る程度には。

 どう見ても適当に窓のほうへと向かって伸ばされたエレンの人差し指。では、無く。幼さの抜け切れぬその横顔をリヴァイは見詰めてみる。あのうちのどれか、たったひとつにすら、ヒトが生きていられる寿命分、一生をかけて必死に走ったところで届かない。金色の瞳をきれいだと思う。途方も無い程に遠いところに在ると云う星の輝きと比べても、エレンのそれは劣らない。リヴァイはいつでもエレンの生命を本気で狙い、監視しているのである。これは遊びでは無いのだ。なのでリヴァイはエレンの独り言に相槌は打たなかった。嘘みたいに真っ白な喉がゆっくりと上下するのを、目を細め見続けている。その都度リヴァイは思うのだ。あァ良かったと。まだエレンは生きている。俺はまだ今日も、エレンを削ぎ殺すこと無くこの腕に抱いている。そう思う。

「え、へいちょっ…うっ、んんっ」

 前触れなど無く唐突にリヴァイがエレンの唇を一息に塞ぎ、シャツを捲って摘んだ乳首を引っ張った。リヴァイのものしか知らないエレンにとっては毒でしか無いどこまでも暴力的な愛撫。心の準備も与えずに伸し掛るそれらはあまりの殺伐さで何のリアクションも出来ぬ程だった。エレンの至近距離で深いネイビーブルーの瞳が細められる。血の気のない肌に映えるその瞳に、月より眩いエレンの金色が映り込んで、そこだけがおかしい程に安穏と混じり合い、いっそ死神のようでさえあった。ず、ず、ず。リヴァイはエレンを抱くときに長々しい前戯をしない。甘く溶かされてゆくことにエレンが嫌がるからだ。

「っひ、…ぃ、痛……」

 無骨な指でほぐされた孔をゆっくり埋められては、喉が震える程の焦燥を味わう。正常位で交わるときは腰下に枕を敷く。少しだけ浮いた細腰、内股を撫でられながらの挿入は、それでもエレンの瞳を潤わせるのに充分過ぎる威力を持っている。痛い、だなどと泣きながら、それでいて痛みが無ければ不安いっぱいの表情でリヴァイを見上げその雄弁な双眸で咎めるくせに。情事中のエレンはいやらしくリヴァイを誘い、熟れてぐずついた果実のように躰をくねらせる。すん、と、エレンが泣きながら鼻を啜った。

「…ひっ、ひぅ、うー……、うぅ」

 幼い子供のようだ。なかにすべて収まったところで非難にも似た泣き声を上げながら、顔横に置かれたリヴァイの腕を掴む。手が、縋るように震えて。

「何だおまえは。エレン。まだ何がつれえんだ」

 言葉とは裏腹に優しくエレンの頬を撫でる指先は熱を含んでいる。見下ろす先の、エレンの額に浮き出た汗は、子供の体温の高さを表していた。仄かな石鹸の香りとリヴァイの無機質な香りと──自らの少しの汗の匂いが、エレンのすべてを包み込んで心臓を掴んだ。なかで感じる熱と外側から感じる熱に我慢が出来なくなってしまう。理性が剥がれ、崩れて、元から何も無かったかのように、なる。

「ぁ、あぁ…へいちょう………、兵長…」
「何だ? 言いてえことがあるんなら言えよ。赦す」

 絡めた指と指。きゅっと握り締めては泣き顔をさらすエレンにリヴァイは幻滅と同じだけ昂揚と靜かなる歓喜の吐息を漏らす。

『調査兵団に入って、とにかく巨人をぶっ殺したいです』

 出逢いのあのときに見た憎悪の塊のような、ぎらつく金色とは最早随分と遠くなった。だがあの頃から変わらず甘え下手だったエレンを見下ろし頬に舌を這わせ、涙を舐め取る。やはり、しょっぱい。幼児が駄々を捏ねるように泣き出しては先を強請るエレンの腰は自然に振るわれ、リヴァイを締め付けては熱を煽る。きつい締め付けに目を細め、は、と短く息を吐き出して、グンと腰を動かした。夜伽のみと云えどエレンを弱くしたのは自分だ。その自覚がリヴァイにはあった。けれどそれだけだ。どうしたら、どうすればエレンが己だけを見るのかリヴァイには判らない。

「ふ…、ゃ、……っぅうん…っ」

 勝手に上擦り跳ねた鼻声にベッドの上等な木材の撓る音が重なる。一気に奥を貫いて態と動きを止める。こうして白い首筋の下で脈打つ鼓動にキスを落とすとそれだけで、こんなにも己のものになった気がするのに。なぜですか。そう尋ねるもどかしげな蜂蜜色を見てから瞼に唇を軽く落とし、再度、思いきり奥を貫く。

「ぃあっ!」
「…ク、」

 粘膜と腸液を巻き込みぎりぎりまで抜く。

「ひッぁああ゙っ」

 それをまた、最奥へと叩き込む。

「あっ、ぁ、ふっう…!」

 そんなグラインドを暫し繰り返した。

「もっ、はっ……、へ、いちょう…っ」
「だから、何だ? 俺は“赦す”と言っただろうが」

 汗で額についた前髪を後ろへ梳かし、顕わになる、形のきれいな額に口付け宥めてやればエレンはいやいやをする子供のように首を横に振り、震えた声で呟いた。

「……っいじわ、る…」
「意地悪じゃねえだろ。こんなに優しく抱いてやってんだ」
「ぃ、じ…わるっ! それ、がっ…意地悪だって、言って…ん、です!」
「嫌なのか?」
「あ、あ、あっ! や、いや、だ! やァ…っ!」
「何が嫌なのか言えよ」
「うーっ、うーっ! ふっ……はっ、あっ!」
「は。嫌じゃ無くて悦いんだろうが、…なァ?」

 乱暴に動いては動きを止め、動いては止めを繰り返す。前立腺を押し潰され刺激しては射精の感覚を味あわせて損なわせる。ふれられてもいないのに後ろだけの刺激だけでそそり勃つエレンのペニスは今か今かと射精の機を伺っていた。

「さわってもねえのにおまえのちんぽ、ぬるぬるでガン勃ちじゃねえか」
「……っひ、ぅ、」
「おまえは、俺を想って、泣け」

 それをリヴァイは何度だって裏切り続ける。何故なれば、それが、エレン自身の望みであるのだ。それをリヴァイは知っている。知っているのだ。

「エレン、」

 掠れた声で呼ばれた名の響きがとても熱くて、鼓膜を直に刺激した。ので、エレンはぎゅうっと目を瞑った。涙がぼろぼろとまたもや頬を穢してゆく。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を汚えと言いながらもブランケットで拭いきれいにさせて、リヴァイは体勢を整えた。エレンの左足を肩に掛けて一気に、何度も腰を動かす。
 ギシッ、ギシッ、ギシッ、ギシッ、ギシッ、
 忙しなく、且つ煩く単調なリズムを刻んで唸るベッドの軋む音。

「ふぁ…っ! あっ! あっ! ひっ! ぁあっ! あぁあっ!」

 最初から、声を出さずに押し殺すようなつまらぬセックスをリヴァイはエレンに教えていない。悦楽には抗わず素直に流されて、甘く泣く未だ齢15の少年兵の痴態は、決して悪くは無いと、エレンの泣き顔を見ればいつも思うが、ひとりきり、リヴァイが見ていないと知りつつ泣いては欲しくない。泣きたいのならばセックス中に好きなだけ存分に泣くが良い。傍で、こうしてふたりでどろどろに混じり合うかの如くまぐわいながら。

「へいちょう、へ…い、ちょう……っあ、あぁっ、…ふ、」

 溺れた人間が必死に息継ぎをするようにエレンの上半身がもがいて、その顔をリヴァイに一瞬にも満たぬ時間寄せてふに、と触れて離れていった、唇が意外で呆然と見送る。そんなことくらいで誰かの運命など微塵たりとも変わりさえしない。

「──天文学的数値がどうこうだったか? クソガキ」

 確率が何だって。なァそれは。言いたいのか、口にもしたくないのか、自己判別すら出来ずに、リヴァイは苛々と歯噛みした。どこの誰とも知れぬ誰かでは無く、今ここに存在している自分たちふたりだけに限った話ではいけないのだろうかと。不様にベッドに転がりひんひん泣きじゃくりながら、それでもぐちゃぐちゃに蕩けている未だ発展途上の子供の体躯。これだけ壊しても壊しても壊しても、壊しても一向に何も変わらない。変わらないままで、時間だけが淡々と積み重なり、無情に過ぎていく。そのことについて今までリヴァイはほんの朝露程も、果敢無さに類似した何らかの感情を持ったことなぞ思い当たりもしないのに、今は無性に腹立たしく苦しいとすら思った。どれだけ手酷く乱暴に扱ってみようとも、こうしてベッド上の快楽の深淵に沈めても、ヒトとしての男としての尊厳を根刮ぎ奪っても、捕まえて踏み躙ってみても、何をどうしようが結局は手に入らない。別にリヴァイはエレンを己の所有物にしたいわけでは無い。エレンが己をリヴァイの所有物だとはどうしても思い付きさえしないことと同じく。ただどうしたら勘違って気付かずに寄り添えるのか、いつも朝になれば互いが──若しくはどちらか片方が、物理的に溶けて失われているのではあるまいかと不穏な想像をする、その解だけが、互いに欲しいのだ。それらは果たしてこれから先に在るのか、を。出逢いから今この刹那までの、その確率が途方も無い数字だと云うのであれば、抱えたくて抱えたわけでは無いこの苛立ちと焦燥と億劫なまでの引き合う狂喜が、丁度天秤が釣り合い続ける確率は数字にすればいったいどのくらいなのかを計算する聡明さが有れば良い。それならば解がゼロでもマイナスでも難無く受け入れられるだろう。運命だとか永遠だとか愛だとか恋だとか、そんなちっぽけで軽薄極まりない虚言はふたりにとって不必要であるので、代わり、頬の隣で脈打つ確かな鼓動が欲しいと願う。避けないと解りきっている、エレンの右耳の横、ぎりぎりに、敢えてリヴァイはこぶしを突き立てた。エレンは無邪気に咲いそのままリヴァイへ縋り付くようにして、細い手首を伸ばしリヴァイの頬に熱を帯びた指先を擦り付けた。リヴァイの下で金色の水溜まりのなか、映る月が、無惨に、無茶苦茶に揺れている。月も星もエレンと同じだった。きれいで、いつでもずっとすぐ傍に在る振りをして、その崇高さだけは正気で近寄れぬ。悪趣味な程だ。エレンはリヴァイを壊すかも知れない。リヴァイはエレンを壊すかも知れない。それより先に、すべて失くなってしまうほうが早いかも知れない。ならばもういっそ、エレンの零す戯れ言通り世界など終わってしまえば良いのである。

「へいちょう…へいちょう、……へいちょう、」
「そうだ。そうやって泣いてやがれ」

 この上無く無意味で不毛で無駄で愚かと理解っていても、他に言うべき言葉は喉に閊え結果言えないままになる。発したリヴァイの声を徐々に薄れゆく意識のなかでエレンは聞いた。たった1言2言の肯定が、子守唄のようだった。

「…もっと泣けよ」

 射精を終え肩の力が抜けたエレンをリヴァイは腕のなかにすっぽりとおさめ、憐れむように柔らかな髪を撫でる。普段なら、ガキ扱いしないでください、だ何だとリヴァイ相手にも臆さず噛み付くエレンも、果てたあとにやってくる倦怠感と睡魔の心地好さには勝てずに、落ちる前に何かを小さく呟いて、エレンは漸く深い眠りに付く。ことん、と小首を傾げるようにフェードアウトしたエレンの頭を撫ぜながら、リヴァイも何かを囁いてその耳元へと小さくキスをした。何を口にしたのか、は、互い、追求するべきでは無いのだ。擦れ違いですら無い。ハッピーエンドでなどある筈が無い。それでもまだ誰も不幸では無く、後悔しない選択をしている。
 元々エレンは誰に導かれることも無く、巨人化の有無云々を差し引いても、憎悪に焼かれた化け物だった。

『俺は人間です』

 そう言って人類を巻き込んだ、化け物は化け物である自覚さえ無いらしい。それともほんとうにただのふつうの子供が遊びで鬼の役をするだけの、目隠し鬼だったのかも知れない。手の鳴るほうへ進んだ道が、今になってわからないと泣きじゃくる。無我夢中で進める限り進み続け、迷子になった。理解り易いゴールすらも見えなくなるところまで。もう帰る場所さえ無いのに、進むべき道がどこにも無くなってしまったのだと。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、だって自分がどこに居るのか見失ってしまったんですと。どうしようと途方に暮れる子供のあやし方など識らぬリヴァイはその様子を面白がるでも無く淡つかに眺めていた。率直に面倒臭かった。しかしだからと謂って唾棄も出来ずに、いつまで待っても泣きやまぬエレンを、エレンが自力で立ち上がることを期待した。が無駄だった。兵長は、と、矛先と視線がやっとリヴァイに向いたと思えば、

『俺は特別なんかじゃ無かった』

 と、興醒める程ほんとうに、今更で、どうでもよいことを言った。化け物だと信じた子供から零れ落ちたものは、たかがそんなものだった。

『……だから、ガキは嫌いだ』

 聳え立つ壁をリヴァイは指差した。エレンが化け物で有ろうが無かろうが、ゴールはその向こう側とこの内側にしか存在しないのだ。それだけのことだった。抱き締めると逃げるエレンが、冷たくすると自分勝手な程に判り易く安堵する。

『誰に、何に詫びてんだか知らねえが、おまえが幾ら謝ろうと引き返せねえところまで来てんじゃねえのか』

 呆れる程だ。エレンは頷く。進むしか無いんですと、力づよくすらあった。

『なら、もう、泣こうが立ち往生しようが、どうしようもねえだろう』

 いつまで待とうと泣きやまず潸潸とたる涙で月と星を映す蜂蜜色の双眸で振り返った虹のように瞬く道は、疾うに夜更けを越えた白ばむ空に呑み込まれ、新たな1日を目指し進撃するのみであった。それは断じて振り返ることを悪しきとしているわけでは無い。寧ろリヴァイは調査兵団のみならず、エレンを化け物扱いしながらも“人類の希望”だのと口にする人々を不思議な気持ちで達観していた。過剰評価するにも程があろうと醒めたような気でさえいた。少年兵の姿をした化け物に、何を背負わせておけば未来は護られるのだろうかと苦々しく、重苦しく、そんな無責任さを持て余したこともある。化け物が如何なる手柄をたてようと称賛には値しないだろうと。
 馬鹿馬鹿しい。

『……これだから、…──』

 エレンを抱えたまま、エレンからは絶対に見えぬよう少し、笑ってみた。どっちもこっちも知ったこっちゃ無い。リヴァイの知る道はもう、この先真っ直ぐしか無いのだ。夢のなか歳の離れた子供はくるくると表情を変える。殺意なぞ持たなくとも引き裂きたい夜。ずっと、なんて言わない。今だけで構わない。ずっと傍に居たいだなどと愚かなことは望まない。浮き彫りになる、ヒト、と謂う矮小な生き物。それはそれとして。
 もしも。もしも、もしも互いが──若しくはどちらか片方が願いを行えば、2度と繋がることが出来ずとも。2度と、千切れることも無いのだろう。だからどうか。どうか。どうか。どうか──もしも願いが叶うのならば、月にも星にも、死神にさえも膝を折り祈る、無力なだけの互いに成れたかも知れない。それが何であるのかは解らなくとも、何かを成し遂げられたかも、知れない。ふたりきり、キスからセックスに縺れ込む夜では無くて。

 


 ずっと、なんて言わない。今だけで構わない。ずっと傍に居たいだなどと愚かなことは望まない。空がまばたきをする隙に欲しいものは決まっている。全部、だなんて言わない。ひとつだけで構わない。愚かな望みだと嘲笑されても。ふたりぼっちの世界を、




「……これだから、…──」と言いながら、だからガキは嫌いだとはとても続けられない兵長wうんざり顔で惚れた弱味。それにしても拙宅エレンはよく泣きます(泣かせている張本人佐藤が何を云う)。

(Stirb und werde)…死して成れ
(de Die meisten denken so.)…大抵のヒトがそう考える。
(Fliegen die Motten in das Licht)…蛾が光に向かって飛んでゆく


大好きでは言い尽くせないリヴァエレの宝庫『よもぎ餅』のあすみさんのお誕生日に捧げさせて頂きました。あすみさん、いつも悶える程の萌えをありがとうございます!これからもずっと応援+stkし続けるので、どうか、宜しくです(*´ω`*)あすみさんへの溢れまくった愛を込めて。お誕生日おめでとうございます!(なのに相変わらずな内容すみませんティへッ☆彡)
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