<概略>
パロ/リヴァエレと呼ぶより、リヴァイ+ぺドショタエレン/お隣さん/プレゼント/約束/『永久の果て、片想いで願うのは』と同設定過去編/
12月25日の誕生日に寄せて。りばいさん幸せ計画。子エレが子エレンジェル過ぎてキャラ崩壊注意。





  

 リヴァイは自身の両親の顔を知らない。ただ、物心のつく頃には当然のように、母方のほうの伯父と名乗る男がひとり。その伯父でさえ、別に子供好きだとかそういうわけでも無かったし、リヴァイが中学に入学した途端、よく理解らないが旅に出たきり未だ戻らない。そんなふうに身近な人間すらろくでもないものであるので、付き合いが無いどころか居るのか居ないのかもよくわからない親類縁者との縁遠さは推して知るべし。但し本来ならば施設行きになるのだろうところを、伯父は旅立つ前に勝手にリヴァイを養子にしておいてくれた上、遺伝子上の父親はリヴァイが生まれたときから養育費だけは必ず振り込み続けていた。それが見たことも無い父親による、せめてもの親心からのものであったのかどうかは知らないが。ろくでなしの見本のような伯父は定職に就くことを厭い休日は只管酒浸りであったわりに『幼い頃から家事を任せきりにしてきた礼だ』と存外律儀でもあった。実際リヴァイは家事スキルに長けていて、掃除、洗濯、炊事のなかでも掃除と洗濯は子供とは思えない、世間の主婦顔負けのスピードでマスターしたものだ。生きるために。けれどそれはリヴァイ自身の潔癖さと拘りの強さによる完璧主義な気質によるものだろう。伯父は兎に角リヴァイの居る家では、ほんとうに何もしないのだ。酒瓶を煽って煙を吸って吐くだけで──つまりゴミを増やすだけであったのだ。もしも放置していたならばリヴァイの住むマンションの1室は、きっと瞬く間にゴミ屋敷と化しただろうし、そしてリヴァイはその性分からそのことに耐えかねたに違いない。そういうわけで、リヴァイは大人が傍におらずとも完全に独り暮らしが出来る程度には、生活に困ることなどほんとうに無かったので、他人から同情される謂れも無いと断言出来、寧ろ誰にも気を遣わずに自分のことだけをしていれば良い環境は快適で、独り暮らしにさえ1年も経たずに順応していた。そんなある日だった。リヴァイがまだ中学2年に上がろうかという頃である。ずっと空き家だった隣に越してきたイェーガー夫妻の夫人は身重で、もうじき男の子が生まれるの、と挨拶に来たついでににこやかにそう言った。無事に生まれたらきっと仲良くしてね、などと言われても、社交辞令を返すにも困ると云うものだ。だって幾ら何でも歳が離れ過ぎている。それに、自身の出生に関してさえ興味が無く、探ろうと思ったことも無い程、尠くも、靜かな生活を送っていたいリヴァイとしては、赤ん坊が生まれたら夜泣きやら何やらの騒音被害に悩まされるのだろうと、そう思えば厄介だとしか感じられなかった。リヴァイとて多感な時期でもあったのだ。それについては致し方無いことであった。だがこのときのリヴァイの予想は尽く覆される羽目に成る。誰が予測しただろうか。産婦人科から退院してきたイェーガー夫人──カルラ・イェーガーの腕に抱かれたエレンは、泣く子を更に泣かせる強面と評判のリヴァイを見ても、泣きもせず、とびきりの笑顔を見せたのである。どこもかしこも小さくて、柔らかく、何だかふわふわしている、おおきな瞳は蜂蜜のような美しい金色をしており長い睫毛がそれを縁取る、これには流石にリヴァイもまいった。何だこの生き物は。天使か。率直な感想はそれだった。だがどうしても、他人と馴れ合うには抵抗があった。だのにイェーガー夫人は、そのうちリヴァイに『母さん』とでも呼ばせるのではあるまいかとうっかり危惧する程に、ただの隣人であるリヴァイの世話を焼いた。『イェーガー夫人』や『カルラさん』と呼ぶと他人行儀だと云ってはリヴァイを我が子のように叱るのである。『カルラ』呼びで漸く返事をしてくれるのだがそれさえ妥協点のようで、冗談か本気か時折悪戯っ子な少女のように、いったいいつになればリヴァイくんは甘えてくれるんだろうねえ、とリヴァイを非難し困らせた。他人行儀も何も、正真正銘他人であるのにだ。とことんリヴァイをどこにでも居るふつうの子供扱いしたいらしい。
 例えば学校から帰宅すれば抜き打ちのように突然、態々ドアを開けて出て来ては、

「おかえり、リヴァイくん! おやつにビスコッティを焼いたんだよ。ほら早く上がって、手を洗いなさい」
「……いや、俺は課題があるから遠慮す」
「るつもりかい? 何言ってるの。おやつと課題のどっちが大切かなんてわかりきっていることでしょうが」

 15になり受験を控えた男子中学生相手におやつのほうが大切だとは何だろうか。しかしリヴァイの心カルラ知らず。彼女は頬を膨らませた。

「丁度焼きたてで美味しいんだから食べて行きなさい」
「…………」

 こういうとき、大人と云うものは反対のことを言い、課題を優先させるべきであると促すものでは無いのか、とリヴァイは思うが──ましてやリヴァイはイェーガー家にゆかりある人間では無くまったくの他人なのである──迫力に圧され頷くしか無かった。邪魔をする、と自分の家では無い隣家へ上がると、カルラは満足げに満面の笑みでリヴァイを迎え入れ、キッチンへと戻ってゆくのだからリヴァイは言われた通り勝手に洗面所で手を洗う他に無い。こういうことは日常茶飯事とまではいかないけれど頻繁に有ることだった。リヴァイは柄にも無く、呆気に取られて、困惑するばかりである。更にイェーガー家には赤ん坊が居る筈なのだが声は聞こえない。日々エレンは殆どの時間を、寝ているか泣いているかなので、声の聞こえないときは寝ているのだろうとリヴァイは思っていた。のだが。次の瞬間、エレン! と叫ぶカルラの悲鳴が聞こえリヴァイは咄嗟に立ち上がり、何事かと声のした部屋へ駆け付ける。と、だ。

「あぶ?」

 床に座り込んで嘆くカルラと、小首を傾げきょとんと双眸をおおきくしたエレンが居た。そのエレンの周りには、箱から取り出されたらしきティッシュペーパーが散乱しており、床を真っ白にしていた。どうやらティッシュを引き抜くという行為が楽しいらしく、エレンの1番気に入りの遊びだ。と云うか隙間という隙間が気になるようで、先日なんかはTVボードと床の隙間にシャボン玉液の入ったプラスチック容器を詰められるだけ詰めた挙句手が抜けなくなり仔猫のようにみゃあみゃあ泣いていた。し、その前はどんな魔法を使えばそんなことが可能であるのか、1枚ずつしか入らないように出来ているDVDデッキに無理矢理ディスクを数枚詰めて、デッキを破壊しディスクを傷だらけにして、父親であるグリシャを泣かせていた。与えられているたくさんの玩具には見向きもせず、只管そういった悪戯の機会を狙っている。

「“あぶ?”じゃあ無いよまったくもォー…またやっちゃってこの子ったらー!」

 めッ! と言いつつカルラはまだ僅かに残った箱をエレンから取り上げ、散らばっているティッシュを回収した。と、エレンは叱られている現状もその理由も未だ理解出来ずに、じィとリヴァイを見上げてきた。小さすぎて潰してしまいそうで怖くて、実はまだ抱っこさえしたことの無いリヴァイは反射的に身構えてしまう、のだが。

「うひ、い、ひゃ」

 エレンの小さな手がリヴァイに向かって伸ばされた。まだひとりでは立てないのに一生懸命に伸ばしていることが見ればよく理解った。

「あう、…ひー」

 どうやら何かを言葉にしているようではあったが何を言いたいのかさっぱり予測しかねる。

「カルラ、エレンが」
「んー? 何だい?」
「エレンが何か言っているんだが」

 気の無い返事のカルラに焦れる。リヴァイは、カルラへの接し方以上に、エレンにどう接すれば良いのかわからなかった。何しろ弟ですら無い、他所の、それも赤ん坊だ。可愛いとは思っている。それはもう、壁越しに聴こえる夜泣きの声さえも、騒音被害どころか心地好く思える程に。しかし怖い。リヴァイは自分より幼い者に耐性が無いばかりか、同年代の人間に比べ小柄であっても異様に力が強いと自覚していた。

「カルラ」
「うん?」
「エレンが」
「エレンがどうかしたのかい? すっごくご機嫌みたいだけれど」

 そう言いながらカルラが近付けば、

「うーた、…ひー、しゃ?」
「何か話そうとしているようだが何を言ってんだか全然わからねえ」
「あら。ふふっ、あはははは」
「笑える言葉を言ってんのか?」
「ふふふ、そうだね。これ、リヴァイくんを呼んでいるつもりみたい。“お兄ちゃん”って」
「……は、?」

 思い至らず面食らってしまったリヴァイがまじまじとエレンの蜂蜜色を見詰めれば、エレンはにっこりと、母親そっくりの満面の笑みで破顔しリヴァイの制服の袖を掴んだ。その小さな手。その小さな指。その小さな爪。

「エレン。“お、に、い、ちゃ、ん”」
「あうー? ……うにー、た?」
「そうそう! エレンはお利口さんだねえ」
「おい、まったく違うだろカルラ。兄ちゃんじゃねえだろ、否定してやれよ」
「ううに、い、たー」

 四つん這いの片手でリヴァイをしっかり掴みエレンはまた、リヴァイに向けてキャッキャと笑う。

「にー…、にーた!」
「そうねー? 折角エレンが呼んでるのに否定しろなんて意地悪なお兄ちゃんね?」
「うー、かあた、も!」
「はいはい、みんなでおやつにしよう」
「……っ」

 クソ可愛い。
 確かにクソ可愛い、が、リヴァイはなぜ己が責められねばならぬのかとどうすれば良いかわからず、取り敢えず、意地悪を言ったのでは無いことをエレンに伝えたくておそるおそる小さな頭を撫でてみた。すると、笑い過ぎてそのもちもちと見るからにやわらかな頬が、落っこちてしまうのではと心配になる程にエレンは更に笑顔を見せ、歓声のような声を上げ喜んだ。リヴァイと同じ黒髪は、けれどリヴァイよりずっとふわふわしていてまさしく天使である。そんな生き物がこうしてリヴァイを兄と認識し懐き慕ってくるのだ。文句など、例え言いたくとも、何も言えるわけが無かった。乳幼児が食べても大丈夫な材料だけでつくられたビスコッティはリヴァイには少し味気無かったが、少々行儀は悪いが床に座ったままで3人で食べた。エレンは自分も口いっぱいに頬張りつつも、

「にいたー、にいた、あい、あー!」

 と次から次へとリヴァイの口に必死な程ビスコッティを運んでくる。これは嫌でも理解る。エレンはリヴァイに『はい、あーん』と、言っているのだ。その愛くるしさと、独り占めをしない優しさに、誰であれば拒否出来ようか。結局リヴァイは食べ慣れぬ菓子をエレンと共にたんまりと食べたあと、『ついでに夕飯も食べて行きなさいよ“お兄ちゃん”』と云うカルラに気圧され相伴に預かることとなったのだった。ダイニングテーブルに備え付けた乳児用の小さな椅子にちょこんと腰掛けたエレンの隣に座り、まだミルクと離乳食を併用しているエレンを見て、離乳食といえどよく食うな、と思いながらリヴァイは用意された彩もバランスも良い夕飯を頂く。それをエレンは、カルラ曰く、どうして自分とメニューが違うのかと抗議した。

「エレン、駄々捏ねないの。にいたはエレンより大きいからエレンと同じごはんじゃ駄目なのよ」
「? “にいた”とは何のことだい?」

 珍しく早く帰宅したグリシャが不思議そうに訊き返せば、カルラは軽快に笑った。

「そうなの。エレンはリヴァイくんをお兄ちゃんだと思ってるみたいで。にいた、にいた、って、もう可愛いったら!」
「ははは、それはそれは」

 うちの子1番! 知ってたけど! と親バカ全開のカルラはどうすることも出来ないので、ここでこそグリシャに父親らしく、エレンの誤解を解いて貰いたいところだったのだが。如何せん、どうやらイェーガー家には親バカしか居なかった。子供は子供が好きなんだよ、とグリシャは言い、リヴァイくんのようなしっかりしたお兄ちゃんが居てくれてエレンは幸せだ、これからもうちの天使を頼むよ、ときた。どういうことだ。そしてカルラはエレンに離乳食をスプーンで食べさせながら笑う。

「エレンは父さんより、お兄ちゃんが好きなのよねー? ふふふっ。ねえ、エレン? にいたが居てくれたらそれだけで嬉しいね」
「にっ、にいた、こっこ…? にいた?」

 きゃあっと喜びおおきな双眸をきらきらさせるエレンと、カルラの台詞にグリシャが判り易く落ち込んでいた。冗談にしても勝手なことを言うものだとリヴァイは思ったが、いつの間にかイェーガー家に馴染んでいる事実は否定出来ない。まだエレンは満足に立ち上がることすらままならぬと謂うにリヴァイの顔を見れば嬉しそうに寄って来る。エレンが眠っているときならリヴァイはこの小さな生き物に困らせられることも無いのに寝顔を見ているだけではつまらなくて、ふくふくとした頬を起こさない程度につついてみたりした。そっと握った手のひらを開けば、ぎゅうと指を握られ離して貰えなくなる。可愛い。可愛いが困る。けれど困るが嬉しい。だがこんな姿をカルラに見付かりでもすれば笑って揶揄われるに相違無いためこっそり実行しては勝手にスリルを感じ、でもこのもちもちと柔くまろい頬を見ていると触りたくて仕方が無いのだ。クソ可愛い。
 そんな感じでリヴァイはエレンの愛らしさと、カルラの強引さによって、他人との極めて近過ぎる親密さを育んだ。それはリヴァイにとって身内とは打って変わった初めてのことであった。

 光陰矢の如し。とは謂えども。

 子供の成長は早過ぎる程に早い。それが他人の子供であれば尚の事。気付けばリヴァイは大学生という似合わぬ身分証明に、エレンは保育園に通う立派な悪たれ幼児となっていた。次は小学校に通うようになるのか。と、そう考えればエレンの両親とリヴァイ自身も歳を重ねてしまうことにも納得であった。当人たるエレンと言えば健やかに、時には元気過ぎる程に元気に、そして日に日にわんぱくになってゆく。一般的な、周りの同年代に比べ運動神経が良いことは誰もが認めるところだが、大人から見ても子供から見ても些か度が過ぎた、無茶な遊びばかりを思い付くのだ。例えるならばブランコの乗り方ひとつを取っても、立ち漕ぎでギュンギュンとハイスピードで楽しんだあとに、ブランコを支えている鉄製の囲いのうち1番上の、横棒と平行になるくらいまで漕いだと思ったら、そこから何の躊躇も無くリヴァイに向かって飛び降りてくる。当然リヴァイがエレンを無事に受け止められぬようなことは有り得ないし、エレン自身きっとそれを理解っているのでリヴァイが居るときはそういうことを嬉々としてするのだが、見ている人間からすれば他人事とは云え肝を冷やすどころの騒ぎでは無い。保育園に通うようになり仲良くなったらしいアルミンなんてもう、エレンのすること成すことに顔を青ざめさせて涙目だ。が、全力のエレンを抱き止め受け入れられるリヴァイに対し、エレンより運動神経が長けているらしきミカサという女児は、いつもリヴァイに反抗的且つ恨めしげな目で睨む。

「えれんがあぶないことをするのはおまえがわるい」

 即座についリヴァイは小さく笑ってしまった。ガキが一丁前にヤキモチ妬いてやがる、という話だからだ。しかしエレンが逸脱して危険な遊びを好むことは、リヴァイが直接見ていなくとも、一向に途切れる様子の無い生傷から明白である。常にどこかしらに擦り傷や打撲痕をつくっている。膝小僧など万年バンソーコ状態だ。園でもケンカが多いとカルラから聞く。けれども、保育園や幼稚園には通わず小学校さえまともに行かず周囲に合わせるなど友人らしき友人もろくにつくらずに、それでも吹っかけられるケンカには火の粉を払うつもりで応じはしてきた世辞にも真っ当とは言いかねる幼少期から思春期を過ごしてきたリヴァイには、別に悪さをしているわけでも無い、ただ遊んでいるだけのエレンを叱るべきか否か、ケンカも相手から吹っかけられるパターンばかりと聞けば尚更、その線引きがいまいち理解らないのだった。その上エレンは自分と違い優しい子に育っている、とリヴァイは思う。独りっ子特有の我儘さは無く、何でもヒトに分け与えることが出来る。現にリヴァイはエレンが生きているそれだけで救われていることなぞたくさんあった。数え切れぬ程だ。ゆえに心配する程の悪たれでは無いと熟知しているのだ。可愛がる理由ならそれこそ山のように有れど、叱る理由が無い。

 この1年もまた終わろうとしている。三百幾日の12月はよく冷える。その日、リヴァイはカルラの代わりにエレンを迎えに行くため保育園へ向かっていた。気質は闊達且つ豪気なところすらある気さくな女性ではあったが、カルラは元々躰が弱く、よく熱を出した。その度にエレンは決してカルラには見付からないところで小さく膝を抱えては声を殺し堪えきれない吃逆を零していた。そうして、家では母親の氷枕を取り替えタオルで背汗を拭い明るく振る舞うのだ。外で蹲っているエレンを見かける都度、リヴァイが、エレン、と名を呼び声を掛けるとおおきな瞳にいっぱい溜めた涙をぽろりと落とし、抱き上げたリヴァイの腕のなかで胸に顔をうずめ、漸く泣き言を口にする。

「りばいさん……どうしよう、かあさんがくるしそうなんです、りばいさ、」
「大丈夫だ。エレン」

 呟く小さな声はひどく健気でいじらしく、リヴァイはエレンを抱き上げながら、この子供は自分が守らねばならないと思った。

 華やいだ季節にはあまりに暗い。カルラは肺炎に罹り入院することとなった。グリシャは仕事とその付き添いで毎日遅く帰宅する。──なのでリヴァイは自ら買って出たのだった。エレンを預かることを。朝は朝食と弁当を用意し、保育園バスに乗せ送り出すだけで済むのだが、帰宅時はそうはいかない。リヴァイにはリヴァイの大学生活があるからだ。本人としては、そんなものバックレてエレンの帰宅時バスの時間には家に居てやりたかったが、そこまでするとなると夫妻が嫌がる。ただでさえ学生に幼児を預けているのだ。これ以上の負担をかけるのならばシッターを雇う、と。ただそうなればまた問題がある。エレンは今より幼い頃から未だ、幾らヒトを替えて貰おうとシッターには全然懐かない。ばかりか、にわかには信じ難いが、何も、泣いて喚いて暴れてシッターを困らせるのでは無い。寧ろそうであればまだ良いと思える。だがエレンは、園より帰宅してからベッドに入っておかねばならない時間までにも、飲まず食わずで冷たい玄関に膝を抱え蹲り、うんともすんとも言わないのだ。泣き言も、弱音も。唇を引き結び、ただただドアのほうをぼんやりと見ている。家族が帰って来るまでそうしているのだ。だから、合鍵まで預かったリヴァイが顔を見せるともうそれだけで足許に飛び付いてくる。寂しい、とも言わない。リヴァイはそんなエレンを抱き上げ、大丈夫だと繰り返し小さな背をさすってやる。実際、エレンは入園を果たす頃まで、リヴァイを実の兄であると本気で思っていた程である。その安心感たるや如何程か。リヴァイの腕のなかで漸く深く息をするのだ。現にリヴァイが兄でも何でも無いと謂う真実を知ったときなど、エレンはショックで熱が出そうなくらいに大泣きしたものだ。それでも結局エレンの態度は変わらなかった。同時、リヴァイもだ。ここまで懐かれ、慕われて、可愛がらずにおれぬ筈が無かった。ゆえに母親ばかりのお迎えの渦中に身を置くことも何らリヴァイにとっては苦痛では無いのである。それぞれが自分の子を保育士から引き渡され三々五々に集まっては帰っていく。その間リヴァイは、父としては若過ぎ、兄としては歳上に過ぎ、ついでにその人相であるがために好奇の視線に晒される羽目になるのだが、周囲への無頓着さによって、他の保護者たちにどう思われているのかなぞ気にしたことは1度として無く、教室の硝子に白く塗られた、サンタクロースを乗せ雪車を引くトナカイや雪の結晶を象った飾り絵を見、もうそんな時期か、と思う程度だ。

「エレン?」

 そうこうしているうちに目的地に到着し、リヴァイは真っ直ぐに教室へと向かったがそこにエレンは居なかった。ロッカーには鞄も無い。担任の保育士も、いつの間に出たのかしらと暢気なことを言うが、リヴァイが迎えに来る日に、勝手に園の敷地内より外へ出たりは絶対にしないので、リヴァイはエレンを探した。仲の良いアルミンやミカサと遊んでいるのかも知れない。しかし、遊具の間を通り抜けても姿が見えぬ。おかしい。何やってんだあいつはと、念のため建物の外側をぐるりとまわってみようとしたときだった。裏庭のほうから子供の言い争う声が聞こえた。

「うるせー、だまれ! うそつきやろー!」
「うそなんかついてねーよばか! さんたくろーすなんているわけねーだろ! まくらもとのぷれぜんとはな、みーんな、とうさんがおいてんだよ!」
「そんなわけないだろ!? あやまれ! あやまれよ、うそつき!」

 聞こえたエレンの、こころからの怒鳴り声に、リヴァイは足を止めた。

「じゃあえれんはみたことあるのかよ、さんたくろーす!」
「そっ……それは、ない、けど…っ!」
「ほらな! おれはおまえらよりえらいからしってるんだ! ぷれぜんとは、おれたちがねてるあいだにとうさんがこっそりおいていくだけだって!」
「ちがう!」
「だからあるみんはぷれぜんとなんかもらえないし、えれんだって、ことしはもらえねーんだよ!」
「くそやろーてめえいいかげんにっ…、」
「だったらなんでえれんはにいちゃんがむかえにくるんだよ!? かあさんが“びょーき”で“にゅーいん”してて、とうさんもいそがしいからだろ!? しかもそのにいちゃんだって、ほんとうのにいちゃんじゃねーんだろ!?」
「っ…それのなにがわるいんだよ!」
「だっておれのかあさんがいってたんだからな! おかしいっていってたんだ! おかしいってわるいことだろ!」

 リヴァイの位置からエレンの表情は見えなかったが、エレンが珍しく、この上無く怒っていることは、その後姿からも見て取れた。そのすぐ傍で、座り込み泣いている金髪の幼児も目に入る。アルミンだった。成る程、とリヴァイは思う。けれどもまた、それにしても、あまりの容姿の違いから、リヴァイとエレンを本物の、血の繋がった兄弟だと思う人間は、それはいないだろうが。だが赤の他人に意味不明な邪推をされる謂れも無ければ、逐一そんなことを懇切丁寧に説明してまわってやる必要も無い(勿論セキュリティの問題上ではグリシャと園の教員皆に話がついているのだが、当事者たちがそれで納得済みであるのだから構わない)。だってエレンはもうリヴァイを実兄では無いと知っているのだし、理解してからは『にいた』呼びを辞め『りばしゃ』を経て『りばいさん』と、歳上への敬意を持って呼んでいる。目の前のクソガキよりずっと、遥かに素直で良い子だ。理解力も有る。

「おい、エレン。帰るぞ」

 突然リヴァイに声を掛けられ、振り返ったエレンは驚いて硬直し、直後、泣きそうに顔を歪めた。エレンは自分のことのためだけにはケンカをしない。気付いているリヴァイは内心苦笑したが、優しいエレンの気持ちを思うと大人げ無くも目前のクソガキを蹴り飛ばしたくなった。が耐えた。

「ちが…っ! ごめんなさいっりばいさん!」
「ほら! にいちゃんじゃねーからあやまってんだろおまえだって! あはは、おれがただしいんじゃん!」
「だまれよ、このっ……!!」

 思わず殴り掛かろうとしたエレンのこぶしを、リヴァイはぎりぎりで止めると、小さな躰をそっと抱き上げる。

「そこまでだ。はやく帰ってメシにしよう、エレン。手伝ってくれるだろう?」
「……っ、…はい」

 収まらぬ怒りを無理矢理奥歯で噛み締めて、それでもエレンは頷いた。気付けば足許に目を真っ赤に腫らせたアルミンが居て、リヴァイは腰を中途半端に屈める。

「あのっ…あの!」
「何だ?」
「りばいさん、えれんはわるくないんです…っ! だから、あの、しからないでくださいっ!」
「ああ。叱らねえよ。こんなにもおまえらは偉いんだ。アルミン、おまえも、エレンもな。大丈夫だ。サンタは良い子のところへ来ると決まっている。心配するな」
「えっ…、はいっ!」

 ホッとしたようにアルミンは安堵の表情を見せ、教室の方向へと駆けて行った。エレンより大人びてはいてもアルミンとて副交感神経は出来上がっていない。今泣いた烏がもう笑う、である。エレンは鞄を下げているが彼は手ぶらであったので、きっと荷物を取りに急ぐのだろう。それから、教室前で待ち侘びているだろう祖父の元へと。リヴァイは、よしよしとエレンを抱え直し、いつものようにその背をさすった。そうして、なぜだかエレンでは無くリヴァイを睨む男児、の、頭に手を置く。

「エレンたちと遊びてえんなら、意地の悪ィことは言わねえほうがいいぞ」
「べ、べつにおれは…!!」
「あと、サンタクロースは居るし、親が居ようが居まいが、悪ガキにはプレゼント来ねえかもな。実際俺は両親が生きていてもクリスマスプレゼントを貰えなかった悪ガキを知っている。おまえも気を付けろよ。じゃあな」
「っ…!!」

 背後から聞こえる自分への罵詈雑言を聞きながらリヴァイは、再び園庭を抜けて行った。正門を出て家路につく。そこで畢竟にしてエレンは嗚咽を漏らした。リヴァイの肩口が涙で濡れてゆく。懸命に堪えていた涙は一旦流れ始めると止まらなくなったようだった。リヴァイは無言で、歩きながら、エレンの背をさすり続けた。涙声で時折聞こえてくる声は小さな小さな『ごめんなさい』ばかりだ。それも欷歔しつつであるので聞き取りにくいだけで無くひどく胸が詰まる。その度にリヴァイは、やっぱあのガキ蹴っときゃ良かったと不穏な考えを浮かべては払拭した。エレンは何も悪くない。しかし謝罪を述べているエレンはきっと、事の発端を問うたところで答えはしないだろう。基本的にリヴァイには素直であるがこういうときのエレンは呆れるくらい頑固なのだ。ケンカをしても怪我をしても、滅多に泣くことが無い。そのエレンが怒りの余り泣く程であるのだから何でもないわけが無いのだが、余計につらそうな顔をするであろうエレンと敢えて根比べをすることもあるまい。そんなもの、リヴァイのほうが耐えられぬ。大体、先刻の会話から、既に察しは充分ついている。アルミンには両親がいない。家族旅行の途中、事故に巻き込まれ、助かったアルミンだけが生き延び、祖父に引き取られたらしいとカルラからは聞いていた。アルミンは聡い子供だ。リヴァイからしても、別にサンタクロースの有無自体はその家庭の教育方針によりけりで構わないと思っている。大抵の家の父親がサンタクロースであるのは違いないのだから。だがそこへヒトの家庭の事情を持ち出すことは卑怯なことだ。ましてや両親を喪っている子供相手に『プレゼントは来ない』だなどと。子供は残酷さで出来ている。エレンも今年はプレゼントが無いなどと言われていたが、多分、エレンは、自分のことなぞどうだって良かったのだ。単純に、ほんとうに、親友を卑劣な言い分から護りたかったのだろう。泣いているアルミンへ、本心から、謝らせてやりたかったのだ。でもそれが出来なくて、エレンは今、泣いている。呼気を詰まらせ、しゃくりあげながら、リヴァイの肩口を濡らしている。子供らしく声を上げ、わんわんと泣きじゃくっても良いのに──エレンはそうしない。それが手に取るように理解ってしまうので、リヴァイは何も言わなかった。背を撫ぜる手はやめないで。
 泣き疲れ、予定していた夕餉のチーズハンバーグも食べること無く、エレンはいつの間にか眠ってしまった。リヴァイは勝手知ったるイェーガー家で、エレンの部屋のベッドにエレンを寝かせると、その場の床に座り寝顔を見ていた。腫れた瞼。長い睫毛に引っ掛かったままの涙の粒。頬を流れ、乾いたドロップロードの痕跡。顔くらい拭いてやりたいが、眠りながらもリヴァイのコートから手を離さない固く握られた幼い指先が、リヴァイの身動きひとつ、とどめていた。取っ組み合いのケンカは防げたが、それで良かったのかどうかはリヴァイには判らない。いっそエレンの激高のままに、思うままさせてやれば良かったかも知れない。こういうことに関して、リヴァイはどうすべきであったろう。だがまァ、まずはグリシャに報告しねえとな。と思いつつ、リヴァイの手は自然、随分長い時間、エレンの頭を優しく撫でてはやわらかな猫っ毛を梳いていた。

「…んぅ……ん、」

 何時間経っただろう。エレンがむずがるような声を出したので慌てリヴァイは早急にエレンの頭からその手を離したが、時すでに遅し、エレンは起きてしまった。

「……りばいさん…?」
「悪い。起こしちまったな」
「ううん……ずっといっしょにいてくれたんですね」

 だからよく眠れたのだと開いた瞼を少し擦りながら、申し訳無さそうに、しかして嬉しそうにエレンはリヴァイのコートから手を離して半身を起こした。

「いまなんじですか?」
「丁度0時をまわった頃だな。日付けが変わった」
「…………ひづけ?」
「23日だったのが、24日になったってことだ」

 まだそういう概念は理解んねえか、とリヴァイはコートのポケットから取り出したモバイルフォンを見ながら呟くがそれについても、エレンは眠そうにしつつも不思議そうにしている。

「…りばいさん、おへやがまっくらです」
「電気点けてねえからな」
「? でんきつけなきゃまっくらですか?」
「ああ。それが夜中だからってことだ」
「よなか」

 理解したのか、まだしていないのか、リヴァイの言葉を鸚鵡返しするエレンが可愛くて、リヴァイは再びエレンの頭を撫でた。

「エレンよ、腹減ってねえか? それとも今からまた眠るか?」
「おなか……」

 そう言いながら、エレンは自分の上着をスモックごと捲り、腹を見て何かを確認して見せる。その仕草が可愛らしい。

「おれ、おなかすきました」
「わかった。夜中だから大したもんは作れねえが、腹塞ぎくらいにはなるだろう。夜食作ってやるから、それ食ったらシャワー浴びてまた寝ろよ。朝寝坊しちまったら元も子もねえからな」
「? はい」
「よし。じゃあ俺は先にキッチンで待っているから、おまえは部屋着に着替えて、しっかり手を洗ってから来い」
「はいっ」

 良かった。エレンの声は元気だ。夕餉一食と云えど、園児に断食はつらかろう。リヴァイは立ち上がり、部屋の灯りを点けると、子供用サイズのキャビネットからエレンの着替えを取り出し、手渡す。あれだけ怒鳴り、それから泣いたのだ。汗もかいた筈である。風呂に入れてやりたいところではあるが時間が時間だ。はやく夜食を摂らせて一応シャワーだけは一緒に浴び、さっさともう1度寝付かせるべきだと判断する。リヴァイは、ひとり、もたもたと着替え始めたエレンを尻目に、キッチンへと向かった。
 今からハンバーグなぞ作るわけにはいかないので、白いロールパンをふたつ、用意する。それらを軽くトースターで焼いて、入れた切れ目に少量のバターを落とし、片方には、レタスとハム、プロセスチーズを挟み、もう片方には火を通したキャベツの千切りと、スクランブルエッグを挟む。そしてエレンが食べやすいよう、両方共半分にカットして、予め朝から用意していたスープをカップに注ぎレンジで温めた。猫舌のエレンが火傷せぬようぬるめに。ついでに軽く茹でたヴァイスヴルストに縦にナイフを入れると、皮を押さえてフォークで中身を外し腸を剥いて、ストックしてあるカーシャの実の入ったそば粉のクレープに粒マスタードと共に包む。こちらは自分用である。リヴァイは一食抜くくらいどうと云うことも無いが、一緒に食べねばエレンが『おれだけなんてたべられません』と嫌がるのだから仕方が無い。寝酒にシュバルツ(黒)ビールを用意し、出来立ての夜食をテーブルに置いた、頃に、エレンがとてとて歩きやってきた。

「うわあ! すっごくいいにおいがします、りばいさん」

 匂いに触発され余計に腹が減ったのか子供の腹はぐううと鳴る。

「く、エレン。夜中はもっと靜かにな」
「えへへ。はぁい」

 若干小声で恥ずかしげにしながら、エレンは席に付く。向かいに座るリヴァイを待ち、ふたりで、いただきますをした。カルラの教育の賜物だ。エレンはとても行儀が良い。だがその、まったく手の掛から無さに、リヴァイは時々心配にもなるのである。充分過ぎる程に、エレンは我慢している、けれどそれがエレンの情緒教育において、良いものであるのか、と言えばリヴァイより両親が深く危惧していることだろう。夕刻も、エレンがまだ眠っている間にグリシャから連絡が来たのだ。余所の病院から難しい手術の要請を受け、至急、近場ではあるが出張の仕事が入ったと。1、2日になるだろう出向であれど、それではクリスマスに間に合わない。ばかりか、エレンの寂しい気持ちを思えば、グリシャもリヴァイも、本音のところでエレンを憐れんでしまう。その憐れみが大人の勝手な都合と押し付けがましい同情心から来るものであったとしてもだ。しかしそれでも、告げねばならぬことは告げねばならない。もぐもぐと存分に夜食を美味そうに頬張りにこにこと幸せそうにしているエレンをリヴァイは見詰めた。

「こんなじかんにごはんなんて、なんだかふしぎでたのしいですね」
「そうだな」
「りばいさんもたのしいですか?」
「あァお前が居て楽しく無かったことなんぞねえよ」
「おれもです! りばいさん!」

 勢い余って身を乗り出したエレンが愛おしい。

「あっ…! よなかだから、しィーでした……ごめんなさい」
「それよりよく噛めよ?」
「はいっ」

 無垢な瞳で楽しそうにしている。だがリヴァイは幾らエレンを泣かせたく無いとは思っていても、それ以上に、嘘や誤魔化しだけは口にしたく無かった。パンを口に入れ空いた小さな手をぎゅ、と握る。

「エレン、」
「? ふぁい」
「グリシャがな、急遽出張になったそうだ」
「……しゅっちょう? ってなんですか?」
「仕事で帰って来られない、ってことだ。でもな、おまえにとても謝っていた。今すぐにでも帰りたいってな」

 帰って、エレンを思い切り抱き締めたいのだと──。
 エレンは一瞬だけ、元々おおきな両目を、グウッと見開いたが、口のなかのものをきちんと飲み込み、スープをひと口啜ってから、ごくん、飲み下すと同時頷いた。

「とうさん、しゅっちょうだいじょうぶかなあ……いつもとってもいそがしいから、かぜひいたりしてないかしんぱいです」
「そうか」
「はい」
「なら、それを本人に言ってやればいい。きっと喜ぶ」

 良い子だ。だが良い子過ぎるのも問題では無いのか、と云う気もする。決して寂しいと言わないエレンに、寂しくない筈が無いだろうにとリヴァイは思った。

「悪いが俺は、カルラみてえに料理上手じゃねえからな…昨年のような立派なクリスマスは送らせてやれねえ」

 ターキーの詰物も、ブッシュ・ド・ノエルもリヴァイにはつくれない。そういうことでさえエレンの寂寥感を救ってやれぬ事実に息をつく。けれどエレンは咲って、

「おれ、くりすますなんてなくっていいです。りばいさんがずっといっしょにいてくれたら。あと、たーきーはこわいです。ちーずはんばーぐのほうがすき」
「はっ、──確かに」

 初めてターキーを認識した時分、テーブルを見て『とりしゃん、はだかでおしりだしてる!』と慄き泣いたエレンの今より幼い姿を思い出し笑いが込み上げる。おまけに、それだけで無くあらゆるぬくもりも。当時エレンは邪気も悪気も無くリヴァイに尋ねたのだ。

「りばしゃは、さんたさんから、ぷれぜんと、なに、もらったんですか?」

 と。そしてその問いに何ら考えも無く、邪気も悪気も無くリヴァイは馬鹿正直に答えてしまった。

「俺は良い子じゃあ無かったからな。サンタからのプレゼントは貰ったことが無いな。それに今はもう、そういう歳でもねえ」

 と。言ってからリヴァイは自身の無神経さに気が付いた。そんな答えを聞いて、エレンが何も思わぬ筈が無いのにと。案の定エレンはひどく怒った。サンタクロースへと。丁度、今日、園のクラスメイトへ怒っていたように。

「りばしゃはよいこだもー! おれ、もうさんたさんなんかきらいです! だいっきらいー!」

 それこそわんわんと泣きじゃくって。それを宥め、納得させるにおいて、あれ程までに骨が折れたのはそう言えば他に無い。結局リヴァイはクリスマスは自分の誕生日であるのでと白状せざるを得なく、だからサンタクロースからも貰うとプレゼントがふたつになってしまって云々とそういうオチにしたのであった。以来エレンは折紙で箱をつくるようになった。中身は河原で拾った綺麗な小石であったり、手作りの小さな粘土オブジェであったりと、本来の潔癖気味なリヴァイであれば貰ってもまるで嬉しくないものばかりであったが、エレンがそれをくれる、と云うだけでそれらはほんとうに、何にも勝る宝物となり、リヴァイの部屋のクロゼットに毎年大切に仕舞われている。最初は箱にも見えぬぐちゃぐちゃの紙だったものも、エレンの、いったい幾度重ねられた練習の末か、貰う度にプレゼント型の箱はそれらしくなっており、今年もその箱が届くのかと思えば、リヴァイは、貰ったことも無いクリスマスプレゼントよりずっと、自分の誕生日が大切な日になった。エレンが居なかった頃は、誕生日すら楽しみにした記憶も、特別な日だと思ったことも皆無であったのに。そんなリヴァイの心内を知ってか知らずか、夜食を食べ終えたエレンはごちそうさまをして、から、にっこりと花が咲くように満面の笑みでリヴァイに笑い掛けるのだ。

「りばいさん、りばいさん。ことしはねー、すっごいぷれぜんとします」
「ほう。そりゃあ楽しみだ。なら、俺もいつもより美味しいチーズハンバーグをつくると約束しよう」
「えっ」

 いつもより? いつもより? いつもおいしいのにもっとおいしいんですか!? 相変わらずすぐきらきらさせる蜂蜜色が愛らしい。リヴァイは目を細め、リビングの窓からエレンの肩越しに見える夜空の、白く小さな雪が降っているのを発見する。

「ほら。食ったらシャワーだ。もう遅い。はやく寝るぞ、エレン」
「はいっ」

 空いた皿を片付け、ふたりで浴室へと向かい簡単に湯浴みを済ませるとエレンのベッドでくっつき合った。湯浴み直後にベッドに入ったことを差し引いても子供体温のエレンは湯たんぽのようにあたたかで、弱く抱き締めるとエレンのほうからリヴァイの胸に頬を寄せて来る。独り寝が出来ないわけでは無いエレンが、唯一甘えてくるこの時間はリヴァイにとっても、至福と呼べる程、幸せだった。

「…………りばいさん。もうねちゃいましたか…?」

 じっとしているぬくもりに抗えず、うつらうつらとしてしまっていたリヴァイのすぐ傍で、囁くようなエレンの声がした。

「おれね、ほんとに、くりすますなんてどうだっていいんです。むりなんかしてないですよ。だってね、だって……じゅうにがつのにじゅうごにちは、だいすきなりばいさんの、おたんじょうびだから──」

 だから、それだけでいいんです。さんたさんがいても、いなくてもいい。ぷれぜんとをもらうのはうれしいけど、だけどそれより、あげるほうがたのしい。ほんとなんです。ほんとですよ、りばいさん。おれ、りばいさんが、だいすき。

「ああ。俺もだ。エレン、」

 おまえの幸せだけが俺の望みだ。と、夢現に告げた言葉は、互い、相手に届いたかどうか、それきり途切れぬ寝息によって判らなかった。

 24日。ふたりして少しだけ、寝坊をしてしまう。

「りばいさん! ゆきです!」

 けれども子供は元気だ。エレンは寝過ごしたリヴァイの腹にどん、と乗り上げそう叫ぶが早いか、パジャマ姿で、外へ飛びだす。それをダウンジャケット片手に慌て追い掛けて、リヴァイは、子供というやつはどうしてあんなに不安定に走るのだろうと考えた。いつものことだが、まったくエレンの突拍子の無さにはハラハラさせられる。

「待てエレン、せめて上着を着ろ」

 リヴァイも外に出た。が、エレンのジャケットに気を取られ自分も上着を着ていないことに気付いた。

「クソさっびィ…」
「りばいさん! りばいさん、これもっとつもりますか!? いっぱい! いーっぱいっ、つもりますか!?」

 今にもエレベータのほうへと駆けてゆきそうなエレンに苦笑し、白い息を思いきり吐いて瞬く間に頬を真っ赤にしているエレンを捕まえジャケットを羽織らせる。子供の元気には敵わない。興奮しているエレンの様子が微笑ましい。だが風邪を引かせてはいけないので、リヴァイはこめかみを掻き、引き寄せたエレンを抱き上げた。

「寒いからな、風邪引いちまう前に戻ろう」
「……はぁい」

 肯定の返事をしながらもどこか不服そうだ。

「おまえが保育園に行っている間に、もっといっぱい、積もるかも知れねえなァ」
「じゃあはやくほいくえんいかなきゃ!」

 現金なものである。ふたりして白い息を吐きながら、笑い合った。

 そんなイブの始まりだ。

 昨夜に夜食を摂っているので朝はカットフルーツの入った市販ゼリーだけで充分だった。リヴァイは手早く弁当をつくり、エレンのバッグに入れる。園から出ている送迎バスの時刻には間に合わなかったため、雪のなか、傘を差して手を繋ぎゆっくり歩いた。途中、エレンが身震いしたのでリヴァイはダウンジャケットの下にマフラーを巻いている筈のエレンの首に、更に自分のマフラーを巻いてやる。たかが1本、然れど1本だ。大人用のそれはエレンの顔の下半分を覆い、ぐるぐると巻かれた。するとエレンがリヴァイを見上げ、言うのだ。

「りばいさんのにおいがします」

 鼻をマフラーにくっつけてくんくん嗅いでいるその仕草は可愛いが、何だ、まさか臭いのか、リヴァイは気が気では無くなった。どんな匂いだ、煙草臭いって意味か? と思いつつ、自分の服を嗅ぐ。しかし自分では全然わからない。

「うん、でもこっちのほうがいいです!」

 悩むリヴァイなど放置して、エレンは信号待ちで止まると、リヴァイに抱き付いた。

「…どういうことだ?」

 尋ねてみようともエレンは笑顔で、

「りばいさんにはひみつ!」

 とのことだった。よく理解らない。だがリヴァイにはエレンの笑顔というものは不思議なもので、些細なことを抜きにさせて何もかもをその笑顔に集約させる。リヴァイはエレンを腕に抱きかかえて、信号の色が変わるのを見届けてからまた、歩きだす。エレンのやわらかな、子供らしい頬が、リヴァイの頬に押し付けられる。くすぐったいですね、と笑いながらも、でもあったかい、とまた抱き付いてくる。送り届けたあとは担任の保育士に、今日の帰宅時は家に居るのでと、バスでの送りを申し出た。保育士はにっこりと二つ返事で、イェーガーさんたちには内緒にしときますね、だなぞとお見通しのご様子だ。リヴァイがこれから大学をサボり、四苦八苦してエレンのために出来る限りのご馳走を用意することを、言わずとも知られているのであった。その通りでしか無いのだが。
 帰りがけ、リヴァイは本屋とデパートメントに立ち寄り、数々の材料と指南書と謂う名の武器を揃える。チーズハンバーグ程度ならばまだしも、クリスマスイブのディナーなぞつくったことが無い。ブッシュ・ド・ノエルはケーキ屋に届けて貰えるよう頼んだが、流石に当日予約、それもこの時期の当日予約は断られた。シュバルツ・バルダー・トルテならブッシュ・ド・ノエル程では無いがクリスマスぽいだろうかとあたりをつけ、でもケーキなどつくったことも無いので不安は多いに残る。やれるだけやってやるつもりでいるが、けれども気分は、戦場へ戦さに向かう兵士のようだ。幾ら仕方の無い事情が有りエレン自身が子供なりに納得していると云えど、ただでさえ家族の揃わぬ寂しい晩餐なのだ。せめて卓上くらいは馳走で賑やかにしてやりたかった。エレンが帰宅するまでに、リヴァイは料理本を片手に出来得る限り闘ってみせる所存であった。


 ──世間の母親すげえ──。

 数時間の奮闘の末リヴァイの口から勝手に出てきた台詞はそれだった。端的に謂って、そう、ただ、『疲れた』だ。
 ネットで調べたところ、シュバルツ・バルダー・トルテの上に掛ける針状のチョコレイトも、本来はマーブル台でテンパリングし刻んでいかねばならぬのだが、キュウリなどを薄い輪切りにするときに使用する家庭用野菜カッターで板チョコを削ることによって代用可能である、だとか。料理本は無論、文明の利器も相当役立った。お陰で、つくったことも無いケーキをつくれたようなものだ。現在それは冷蔵庫で保存してあるが、テーブルには、キュウリとアボカドと小エビのコンカッセサラダや、オリーブオイルにパルメザンチーズを浸したソース、ハーブソルトと市販のドライトマトのペーストでつくったソース、レバーペーストが、それぞれ硝子の器を満たしている。グリッシーニは、プレーンと、胡麻を練り込み焼いた2種だが、バターブレッドには半分、ホウレン草を練り込んでいるのでその切り口は白色と緑色が斜めに入っており綺麗だ。それぞれ、好きなソースやペーストに付けて食べられるようにした。が、まだレバーの苦手なエレンはきっと、レバーペーストの器にはおそらく手を付けないのだろう。サーモンのマリネは写真を見様見真似で薔薇仕立てにした。メインは、ターキーがちょっと怖いエレンでも食えるよう、鶏肉のコンフィと、約束したチーズハンバーグだ。いつもはハンバーグの上に乗せて蕩けさせるだけのチーズを、今日は特別にグリュイエールとアッペンツェラーとエメンタールのナチュラルチーズ3種に加え、ゴルゴンゾーラを少々と、シェーブルチーズの計5種を、ハンバーグのなかからとろりと出てくるようにする。付け合せに皮ごと蒸した芋。人参とエリンギはデミグラスソースで、ハンバーグと共に食べられるようにしておく。この時点で最早既に、エレンには食いきれないであろうが、ムール貝の代わりにハマグリを使い、鯛と烏賊を使ったパエリア。と、カブを煮込んだホワイトソースのミラノ風グラタンを用意した。食いきれなければ明日に持ち越せば良いのだ。兎に角これらで食卓は大変賑やかになった。つくるのが最も大変ではあったが。それでも、エレンの喜ぶ顔を見られるのであれば報われると云うものだ。
 階下でインターフォンが鳴る。
 さて、可愛いエレンは、どんな顔をするだろうか──そう考えると自然、リヴァイの口端は弧を描いた。


「うっわああああああっ!!!」

 マンションの前までエレンを迎えに行き、戻って来てから一先ず洗面台の前で抱えたエレンに念入りに手洗いとうがいをさせたのち、雪のなかでも変わらずに目一杯遊んできたのであろうエレンの防寒具を脱がせると、予想通り、スモックもズボンも靴下も洋服も、果ては下着にまで沁みた雪解け水の残骸でずぶ濡れだ。これで風邪を引かぬのだから子供の元気は凄いが、このままには出来ない。ので、リヴァイは朝からためておいた風呂にエレンと共に入った。昨夜がシャワーだけだったので丁度良い。リヴァイもはやく湯船に浸かりたかった。そうしてふたりでほこほこになるまで入浴を堪能し、着替えたあと、手を繋いでリビングに入った途端目に映る、テーブル上の料理を見るなりエレンがあげた声が、声に色があれば間違い無く黄色だろうと思わせるおおきな喜びの、喝采であった。

「これ! これ! りばいさんがつくってくれたんですか!? これ、ぜーんぶ!??」
「そうだ。カルラにはとても及ばねえがな」
「そんなことない! です! うっわあっ、どれもすっごくおいしそう!」

 それ以上瞠目していると目玉がぽろっと落ちるのではと思う程、エレンの双眸は興奮と共に見開かれ、きらきらと輝く。

「ごちそう! いっぱいです! うわあああああっ!」

 最早歓声しかあげていない、エレンに、リヴァイは笑った。

「そりゃ良かった。じゃあレバーペーストも食べてくれるな? なァ、エレンよ」
「……………り、りばいさんがいじわるです…」
「くっ、冗談だ。食える分だけでいい」
「あれ…?」
「どうした」

 いそいそと席に着きながら、目前に広がるたくさんの料理をひとつずつじっくりと確認し、エレンが首を傾げていた。

「何か他に必要だったか?」
「ううん、そうじゃなくって……」

 言いにくそうにしているエレンに、リヴァイは、あァ成る程、とまた笑みが込み上げてくるのを呑み込んだ。時間は6時前。リヴァイには早くとも、園児には丁度良い時刻だ。おまけに今日はクリスマスイブ──いつもより早い就寝の日。残り物のスープを温め直し終えリヴァイも席に着く。

「良いから“いただきます”して、ハンバーグを割ってみろ」
「? はい。いただきます!」

 そう、いつもよりも豪華で有る筈のチーズハンバーグが、見た目、ふつうのハンバーグだったのでエレンは戸惑ったのである。しかしリヴァイの言うように、いただきますの直後、フォークでハンバーグを割ってみれば──、

「わあああああああっ! りばいさん! りばいさん!」

 とろォり、と中からチーズが蕩け出る。もうエレンはどうしていいかわからずに大興奮しつつ叫ぶ、叫ぶ。

「なんですかこれ!? りばいさんは、まほうつかいさんだったんですか!??」

 叫んでねえで食ってみろ、と促すが。

「すっごくおいしい!! ちーずはんばーぐはいつでもおいしいのに、まほうつかったら、こんなに、もっともーっとおいしくなっちゃうんですね!!」

 食べても叫んだ。

「ほら、エレン。腹いっぱいにしねえ程度にちゃんと食えよ」
「いっぱいはだめ、ですか?」
「一応、デザートが有るからな」
「でざーとまで!? くりすますけーきですか!? りばいさんがつくったの!??」
「まァ、ブッシュ・ド・ノエルじゃねえがな」
「!! やっぱりりばいさんはまほうつかいさんだったんだ…っ!!」

 どうしよう、しらなかった! とまた歓喜するエレンに、魔法使いでは無いが、自分自身、ケーキなぞつくれるとは思ったことの無かったリヴァイは、俺も知らなかった、と、胸宇にて呟いた。賑やかな、ふたりきりであるにも拘わらず些か賑やか過ぎるかも知れない晩餐に、そうか、とリヴァイは思わずにいられない。そうか、だからカルラは毎年、どころか、熱で動けぬ日以外は常に毎日あんなにも、幸せそうな顔で料理をしていたのだ。エレンの居る場所はそれだけで、どんなに豪奢で煌びやかな何処かにも無い、あたたかで幸せな場所に成る。これもおいしい、それもおいしい、と小さな口いっぱいにがっつくエレンを窘めながらもリヴァイ自身、顔に出ないだけで高揚していた。だってエレンがこんなにも幸せそうなのだ。その笑顔に勝る幸せなど在るものか。

「おれ、あした、はやおきします!」

 最後に出した、シュバルツ・バルダー・トルテまで食べて腹をいっぱいにしたエレンが、長かった食事を終え、リヴァイと並んで就寝前の歯磨きをするために幼児用の足場に乗ってそう言った。早起きの苦手な子供がそう言うときというのは、得てして翌朝に楽しみが有るからである。

「よし、じゃあきっちり歯磨きして、早く寝ろ」
「はいっ!」

 昨夜と同じくベッドに入ったエレンをゆっくりと、ぽん、ぽん、とその小さく華奢な背を心音のように優しく叩きリヴァイは上手く寝付かせる。けれど朝起きたエレンにクリスマスプレゼントが無いなんてまだ経験させたくは無いので、昨夜のように、エレンのぬくもりに任せ自身まですぐに眠りこけるわけにはいかぬ。規則正しい寝息がエレンの少しあいた唇から漏れるのを聴きながら、念を押し確認する。

「……寝たか?」

 返事は無い。代わり寝言で何かをむにゃむにゃ言っている。その様子さえ可愛らしくて堪らない。が、リヴァイは1度、部屋を出て、別室に隠しておいたプレゼントを、エレンの枕元へとそっと置く。今朝の買い出しのとき、デパートメントで買ったものだった。中身はエレンがTVのCMを観てからずっと欲しがっていた携帯ゲーム機だ。クリスマスプレゼントらしくラッピングをして貰ったそれはきっと、明朝、目覚めたエレンを喜ばせるだろう。そうだと良い。リヴァイはエレンの寝顔を見ながら、その、額を隠す前髪を掬って、顕わになるそこへと短くくちづけた。

「おやすみ。エレン」

 小声で囁き、こころで思う。エレン、出会ってくれて、生まれてきてくれて、ありがとう──と。忙しかったイブはあっという間に終わった。でもリヴァイは今までで1番幸せだった。


 クリスマス当日。

 その日は休みなく降り続けていた雪で、窓の外は真っ白に塗り潰されていた。その分、寒い。その寒さのせいでぶるりと背筋を震わせリヴァイが目を覚ましかけた、そのときだ。

「りばいさん! たいへんです! おっきしてください!」

 耳元で天使が叫んでいる。明らかに狼狽している声だ。リヴァイは一気に覚醒した。

「どうした、エレン」
「みてください! なんでかぷれぜんとがふたつあるんです!!」
「…………そうか」

 ではエレンが起床する前に、いつの間にか、グリシャが帰って来たのだろう。エレンのために無理をしてでも。そしておそらくは今、自室で泥のように眠っていることだろう。

「良かったじゃねえか。開けてみろよエレン」
「でも……くりすますぷれぜんとはひとりひとつってきまってます…」

 さんたさんがまちがえて、もらえていないこがいるのかも……。だったらどうしよう、と不安げに、エレンは遠慮がちにラッピングを解いた。

「あっ、げーむだ!」
「…………」

 まずい。かぶった。

 ついぞリヴァイは頭を抱えた。グリシャの買ってきたプレゼントの中身が、リヴァイの買ってきたプレゼントと同じものであったのだ。どうフォローしたものかと考えたが、しかしエレンはにこにこと嬉しそうだった。

「これ、ひとつはりばいさんのですよ! さんたさん、やっと、りばいさんにぷれぜんともってきた!」

 はい! と、エレンはリヴァイが用意したほうのゲーム機を押し付けて、たいせんできますね! などとほんとうに無邪気に咲っている。そんな幸せそうに嬉しげにされると、流石にリヴァイも、ゲーム機を受け取らざるを得ない。

「これであめのひもかんけいなく、おれ、りばいさんといっぱいあそべる! うれしいです!」
「…そうか……そうだな」

 そうなのだ。エレンがこんなにも幸せそうなのだ。ならばもうそれで充分ではないか。リヴァイは初めてのクリスマスプレゼントに、く、と笑った。イェーガー家のサンタクロースも、偶然だろうと随分、粋なことをしてくれる。なのにふと見遣れば、エレンが微妙な表情をしていた。

「どうした?」
「りばいさん、げーむ、そんなにうれしいですか?」
「は?」

 判り易く機嫌を損ねた、エレンが、ムゥ、と口を尖らせて拗ねている。そうして、

「さんたさんよりおれのぷれぜんとのほうがぜったい、ぜったい、りばいさんのとくべつなんですー!」

 さんたさんにはまけませんー! 急に叫んだと思ったら、エレンはベッドの下から、プレゼントの箱を取り出し、リヴァイへと両手でずい、と渡した。誕生日プレゼントだ。エレンはサンタクロースにヤキモチを妬いたらしい。リヴァイはそれを受け取りながら、笑う。エレンからのプレゼント以上に嬉しいプレゼントなぞ有る筈が無いのだ。

「りばいさん、おたんじょうび、おめでとう! です!」
「開けても?」
「あけてくださいっ」

 手作りのボール紙で出来た箱のなかから出てきたものは、白いマグカップだった。シルバーグレーで、何かの絵が描かれている。

「これは? エレンが描いてくれたのか」
「はい。まえに、ほいくえんでしゃかいかけんがくにいったとき、まぐかっぷにじゆうにえをかいて、えっと“やきいれ”? したら、えがつくんです」
「成る程。よく出来てるな」

 要は焼入れ前のカップに子供が絵を描き、焼入れによって色素を定着させるアレである。よく出来ている。リヴァイは感心し、まじまじとカップを360°見回して、エレンの描いた絵を確かめた。

「俺はゲーム機よりこっちのほうが嬉しいぞ。ありがとう、エレン。頑張ってつくってくれたんだな」

 だが何の絵かは判らない。ので、下手なことは言えないし、何よりリヴァイ自身、自分に絵心が壊滅的に無いことはよくよく理解っているため──エレンを抱き寄せ膝に乗せる。そうすれば子供は勝手に喋ってくれるものなのだ。

「えへへ、あのね。このえは、おれと、りばいさんです」
「ほう。どっちがどっちだ?」

 ソファらしきものに座っている小さな人間がエレンで、ティカップぽいものを運んでいる背の高い人間がリヴァイだろうか。しかしエレンの指はこっちがりばいさん、と小さなほうを指している。

「なぜおまえより俺のほうが小せえんだ? エレンよ」
「だって。おれがいま、りばいさんにおちゃをいれてあげられないのは、おれがまだちいさいからでしょう? じゃあ、おれがりばいさんよりおっきくなったら、おれがりばいさんにおちゃをいれてあげられるじゃないですか。それでね、ふたりでいっしょにのむんです」

 何だか腑に落ちぬ部分は拭えないところではあるけれど、そういう発想に至ったエレンが愛しくて、リヴァイはぎゅう、とエレンを抱き締めた。

「ありがとう。嬉しい」
「りばいさんよろこんでくれた!」
「確かにすっげえプレゼントだ」
「ほんと!? やったー! あのね、それでね、このいろはね、りばいさんのいろ!」
「俺の色? ああ、瞳の色か」
「ひとみ……?」
「違うのか?」
「うんとね、よるにふってるゆきのいろです! きれいなの! きらきらって! あと、やさしいにおいがするんです! りばいさんのにおい!」

 まいった。いつも以上に、だ。エレンが愛おしくてならない。可愛くて、可愛くて仕方が無い。見ているだけで幸せな気持ちになれる程きらきらしているのも、優しい匂いで満ちているのも、他の誰でも無くエレンだけだとリヴァイは思った。

「りばいさん、あさごはんたべたら、ゆきだるまいっしょにつくってくれますか?」
「勿論」

 保育園も休日の、クリスマスはまだ始まったばかりだ。

 きっとその小さな手にいっぱい雪を掴み転がして、雪だるまをつくっては咲うのだろうエレンに、特別な誕生日を迎えたリヴァイはこころのなかで約束をした。エレンが望んでくれる限り、死んでも傍らに、一生を掛けて、この小さな天使を護り愛そうと。それは誓いだ。この先に何が有ろうとも、自分に出来ることはすべてしたい。与えられるものがあるのならばすべて与えたい。永久に──不変に。神にも予測不可能な、やがて惹かれ合う、必然に。
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