<概略>
リヴァエレ前提モブエレ/びっち化したくないのにそうせざるを得ずびっち化しちゃったエレン/潔癖症でエレンをどうしても抱けない兵長と兵長好き過ぎるエレンの不幸せCP/愛情の示し方/目隠しプレイで自慰/
お互いがお互いを思い遣った結果。どっちも可哀想な状況下にあるプラトニックリヴァエレ。この話での兵長は革手袋をしているのがデフォ状態です。エレンはヤリマンですがあくまでこれはリヴァエレである、と言い張ります。






   

 貴方だって(おまえだって)初めから、無謀なことだと知っていた。
 ──エレン・イェーガーの躰は最高である──と、云うのは決して、“兵士として”だとか“男として”だとか、そう言った意味で完成度が高い、と謂うものでは無い。寧ろそういう意味を当て嵌めるならば、彼は未だ伸び盛りの15歳である新兵だと云う事実と巨人化すると云う畏怖すべき点を差し引いても、訓練兵時の成績に実績、低くは無い身長その他諸々のわりに冷静さを含む兵士としての素質も率直な筋肉量も技術も経験も圧倒的に足りない。更には、どこもかしこも薄っぺらく、そして未発達だ。しかして男性兵士のなかに限るその評価は、あくまでも秘密裏に、だが、まことしやかに囁かれており、まったくの“根も葉もない噂”とも愈々違う。なぜならば大抵の男は己の肉体で実際に真偽を知っているのである。エレンのほうは、相手のことなどどうでも良いため顔馴染みでさえ無ければ誰も彼もただの有象無象、顔と名前が一致しないことさえまま有るのだが、つまり“エレン・イェーガーの躰は最高である”と云うことの真相はそのまま“エレン・イェーガーとの性行為は娼館で女を買うより手軽な上に頼めば大体の奉仕はしてくれる(それも、いじらしい程とても懸命に)ので、最高である”と云うことであった。エレンは1対1であれば誰が相手でも股をひらく。金も必要無く、なのに献身的に過ぎる程に、相手に躰をあけ渡し、男なら誰でもうっかり可愛く思ってしまうくらいに尽くすのだ。その理由まで知っている者は非常に限られているので殆どの兵士は、彼を好きものの少年だと誤認している。が。そんなことはエレンにとって何ら自身の自尊心を傷付けるものでは無く、誰にどう思われているのかなどまるで興味の対象にはならない。ただひとりを除いて。

「ところでイェーガー。前から疑問なんだが、訊いても良いか?」
「俺に理解ることでしたら」
「あー…と、な。言い方が気に触ったら謝るが……おまえは女を抱くより、こうした、男に掘られるセックスが…好き、なんだ、よな?」
「はあ。そうですね。好きじゃなきゃしません」
「だよな。で、だ。だったらおまえはどうして、乱交なんかの申し出をする奴らに対しては、頑なに却下なんだ? あ、無論、俺がそうしたいとかでは無いんだが」

 どろどろに絡み合ったセックスのあと、緩んでしまった目隠しを男の太い指が外す。腕枕の体勢で抱き寄せると眠そうにおとなしく頬を擦り寄せる気紛れな猫のような仕草で、逞しいその腕におさまっているエレンの滑らかな肌を撫でまわしながら如何にも屈強そうな兵士が問うた。それに答えるにあたりエレンは正直さを何も思わず棄てられる。だって──なぜならリヴァイ・アッカーマンは2人も3人も存在しないのだ。ならば3Pやら乱交やらなど無意味で無駄で、只管疲れるだけだろうとエレンは隠して少し嗤う。
 エレンとリヴァイはこころを通わせ合っていようとも未だ肌を重ねたことが無い。実際に、エレンとリヴァイとでは圧倒的にエレンがセックスをしたがっており、可能であるなら今直ぐにでも目の前の兵士を拒絶して、リヴァイひとりだけと性慾に溺れたい。だがエレンが何れだけ強請っても駄々を捏ねても誘っても、リヴァイはエレンにセックスどころか、ふれるだけの軽いくちづけひとつとして、してくれたことが無いのである。ただの1度も。そしてそれはおそらく今後も、性的な意図を持って何かをされる可能性はまったくのゼロであるのだ。

「ええと…輪姦された経験なら有りますが、良い思い出では無いので、すみません、出来るならもう2度と体験したく無いんで」
「ま、輪姦され……?」
「はい。11になる前でした」
「…………そう、か。いや、すまない。無神経なことを軽はずみに…」
「あ、いえ。気にしないでください。繰り返しますがセックスは好きですから」

 憐れまれるのは嫌いだ。そんなつまらぬことで今更同情を買い、もう抱けない、などと言われると困る。誰が困るなぞ当然ながらエレンが困る。
 エレンの躰は、好きもの、と認識されていることのすべてが誤りというわけでは無かった。同性に抱かれることに嫌悪感は無いし人肌は心地好く、痛いだけの行為や汚物的行為は流石に御免被るが、特殊さを求めぬ平和な性行為、気持ち悦いことであれば好きなのだ。元々そうであったわけでは無いけれど。

 刷り込み──そう、それだ。

 始まりは開拓地に居た頃のことだ。もう4年は昔のことになる。最初はアルミンが狙われた。開拓地に常駐する兵士は女や子供をも馬車馬のように働かせるくせに、当人らは酒瓶を片手に容赦無く鞭をふるった。老人や病人、労働者にそぐわぬ者は口減らしのため殺される。現にアルミンの祖父は殺され、そんなふうに呆気無く命を踏み躙られ散らされていく人々をエレンたちは嫌と言う程見て育った。過酷な世界のなか、2年間も見てきたそこは弱者は生き延びることすら赦されぬ、まさにそんな場所であった。痩せた土地を開拓し、朝から晩まで奴隷のように働かされ続ける毎日で、小柄で体力の無いアルミンは何れ程歯を食い縛りひた耐えていようとも、エレンとミカサが少しずつ仕事量を補いアルミンの負担を軽減させようと努めようとも、労働力、と云う観点からすると彼は同年代の少年のなかで2段も3段も劣った。そういう少年がそれでも生かされる理由──それはおぞましいことに、暇を持て余した兵士の目にとまり彼らの暇潰し役として生存理由を与えて貰う他に無い。暇潰し──率直に言って、性処理を担うことであったのだった。アルミンは幼い頃から少女と間違えられる程、見目が良い。背が低く華奢で反抗出来る程の強い力も持たず、おまけに外見まで美少女然としているとなればそれだけで格好の餌食だ。なるべく目立たぬように本人は無論、エレンもミカサも常に下卑た視線を警戒しアルミンをそういったものから遠ざけようと尽力していたが、1度でも目を付けられてしまえば、あとの段取りは驚く程はやかった。別に殺されてしまうわけでは無い。寧ろ気に入られれば限られた貧相な食事に色が付く場合も有る。ゆえに目を付けられた少年は大抵にして諦める。そうされることが自分の生きる極限の運命であるのだと心を殺す。赦せなかった。そのような悪習そのものにも、そんなものに親友が身を投じなければならないことも、何もかもすべて。エレンにはとてもでは無いが赦せる現実では無かったのだった。だから割って入った。今夜あたりアルミン・アルレルトを呼び付けよう、と、にやにやと笑う兵士らの前に、エレンは立ちはだかっていた。どうせ奴らは害獣だ。相手が誰であろうと大して違いなぞ無いのだ。女は孕ませてしまったときに面倒なので、年端もいかぬ子供を選別しているだけなのだ。勿論初めは鼻で笑い飛ばされた。エレンはアルミンのように少女と間違えられたことも無い。だが屑のなかにも物好きは居るものだ。へえ、良いじゃねえか。男は言った。エレンにでは無く仲間の兵士たちへと。

『良いじゃねえか。よく見りゃあこいつも良い面してやがる。それにこの反抗的な目を見ろよ。シガンシナの死に損ないの分際で、俺たちに楯突いて来たんだぜ。余程の馬鹿だ。下手に頭の良いガキよりも、仕込み甲斐も有るってもんだ。誰のおかげで生かして貰っているのか躰に叩き込んでやろうぜ』
『ハハッ、そんなこと言って、おまえこいつが嫌いなだけだろ。確かに自分の立場を理解してねえ、生意気なガキだもんな。そういうのが自分から、屈辱に耐えて屈服するっつってんだから無碍にするのも悪ィ話だ』
『何だよ。てめえも目ェ付けてたのかよ』
『そりゃあな。怯える奴隷共に混じってこいつはいつも、俺たちを侮蔑してえのか糾弾してえのか、火のついた目ン玉ぎらぎらさせて、奥歯鳴らして今にも噛み付きそうな面で睨み上げてやがったじゃねえか。目立つだろ、そりゃ。えー、あァ……エレン・イェーガー? だったか? 名前』
『はァ? “イェーガー”だと? あの、名医のか?』
『そうそう。腕が良いと有名で、内地にもよく呼ばれていた医者だ。こいつはそれのひとり息子ってやつだ。大方、甘やかされて我儘放題で、温室育ちのぼんぼんだったんだろうよ。例の馬鹿でっけえ巨人が壁をぶっ壊すまでは、世間の厳しさも何も知らずに護られて我を通すのが、当たり前だったんだろ。合点もいくぜ。なァおい、エレン・イェーガー。こんな薄汚え開拓地なんかで奴隷共の見張りをさせられてる俺たちなんかに、てめえは従ってらんねえんだろ? 馬鹿にしやがって』

 捲し立てられる言葉にエレンは何も言わなかった。馬鹿になどしていない。開拓地自体を、であるなら、薄汚いとも、思わない。ただこの開拓地で、ヒトをヒトとも思わず命や尊厳さえ土足で踏み荒らす、おまえらが薄汚えんだよ、正しく有るべき兵士に有るまじきその行いのすべてに、そんなことさえ理解らないなんて大の大人が揃いも揃って馬鹿ばっかかよ死ねよ、と思わぬ日は1日も無かっただけである。口を開けば罵倒せずにおれぬ自信が無い。エレンは唇をきつく引き結ぶことに終始していた。殴り掛かろうとせん奮えるこぶしを握り締めたまま後ろ手に必死で隠した。兎に角、アルミンからこちらへ興味を引かなければ。出来るならアルミンにもミカサにもバレないうちに。可及的速やかに。エレンは黙って頭をずっと下げていた。しかしてその程度では兵士共のお気には召さなかったようで、がつ、と胸倉を掴まれたと思ったらその一瞬後には蹴られて地べたに這い蹲わされていた。誰かの靴が後頭部を踏む。

『おい、おまえは自分から進んで、俺たちに“お願い事”をしに来たんだよな? だったらよォ、それなりの誠意を込めた頼み方ってのが、あんじゃねえのかァ』
『おっまえこんなガキ相手にも容赦ねえのな、ハハハ!』
『それともこんな惨めさには耐えらんねえかよ? 別に俺たちはおまえでもアルレルトでも、どっちでも構わねえんだぜ』

 グ、とエレンは更に強く奥歯を噛み締めた。こんな痛み、目の前で巨人に母を喰い殺された痛みに比べればどうということは無い。言葉を紡ごうと唇を開けると、砂がざらりと口内に入ってきた。それを無理矢理に飲み込んで、額を深く地に付ける。

『…お、願い、します。俺を、俺を選んでください。俺はまだ、そういった知識は有りません…が、ご指導頂ければ必ず覚えます。それがどんなことだって、俺は、何でもします』

 それが契約の合意となった。
 兵士たちは嗤いながらエレンを監視兵として駐在するにあたり簡易に造られた宿舎へと引っ張り込むと、ドアに鍵を掛け窓のカーテンを閉めた。錆びた金属の軋んだ音にエレンの背筋がびくりとすれば、それすら嗤いの対象にした。薄暗く、けれどヒトの顔くらいならば皆互いはっきりと見える程度のそこはどうやら食堂兼談話室のような使い方をされているらしく、部屋中にアルコールと煙草と埃の不衛生な臭いが充満していた。服を脱がされテーブルの上に抱え上げられたら、愛撫など無く合図など無く、いきなり口のなかへ、収まりきる筈の無い大人の男のペニスを通し喉奥まで叩き入れられエレンは嘔吐いた。もし吐けばその吐瀉物もおまえが自分で舐め取ってきれいにしろよな、とまで言われれば、生理的に滲む涙を零さぬよう頷くしか無かった。不衛生な部屋で不衛生な兵士の、不衛生なペニスを口に入れている。変な臭いがして気持ちが悪く、吐き出したい程の形容し難い味がエレンの鼻を突き抜けて、かと思えば何ら労りも無しに乾いている肛門に指を突き入れられ尻臀を平手で打たれた。死ぬかと思った。命じられるがまま喉奥と唇で、奉仕し、手に握らされる汚物を扱く、円滑剤も何も無く引き裂かれたアナルからは予想以上の出血をし、そこをまだ11にも満たぬエレンの小さな躰には大き過ぎるペニスが行き来する度内壁がこそげ、捲くり上げられて激痛が体中を疾った。代わる代わる乱暴に犯されながら殴られ踏み躙られてはただただ耐えた。何を言われたかも曖昧だ。罵られ命令され馬鹿にされて嘲笑われて。どれもこれも怒号に過ぎず、今は亡き母がよく、嘘をついても耳が赤くなるから直ぐわかる、とエレンの耳朶を軽く引っ張ってはしょうがない子ねとでも言いたげに微笑む、そればかりが脳裏に浮かんでは強制的に消され、浮かんでは強制的に消されていた。あの優しく清らかな指先が幾度もふれた、耳が、内側から壊れたようだった。霞む意識のなか必死にしがみつく先に有るものは生存理由だ。まだ死ねないと思った。どろどろとした生臭い精にどこまで穢されようとも。訓練兵に志願出来る年齢になり調査兵団に入り、この世から巨人を1匹残らず駆逐するそのときまでは、エレンは何が有ろうとも死ねない。死ぬわけにはいかないのだ。ミカサとアルミンも無事にここから──この開拓地から出てゆけるようにと。すぐ傍で、近い筈なのにどこか遠く、下卑た笑い声がこだまする。何れ程時間が経ったのかも把握出来ない。漸く終わったのか、と気付いた頃にはエレンの躰はめちゃくちゃで、嫌でもそこに付随する感想はやはり、死ぬかと思った、だったが。
 思った──重要なのはそれだけだった。死ぬ程不快で、死ぬ程痛くて、死ぬ程穢らわしくはあったけれど、ほんとうに、死にはしなかったのだ。これなら誤魔化せる。この程度のことで済むのなら、耐えてゆける。そう思うエレンの顔に搾られていない水浸しの、濡れたタオルがべしゃりと投げ付けられた。唖然とするエレンに兵士たちは言った。

『今ので目が覚めたろ。それでそのキッタネエ躰拭けよ』
『エレン。おまえの躰、悦かったぜ。何しろ煩く泣きも喚きも叫びもしねえ、鬱陶しく助けも請わねえ。ただ黙って従順に命令を実行しようとして。その目が潤んで見上げてくるところなんかはなかなかクるもんが有ったしな。俺は気に入った』
『俺だってそうだ。ガキは根性ねえからな。簡単にめそめそしやがってそこが面倒臭えとこだったんだよな』
『その点おまえは泣き言も文句も言わねえし、命乞いもしねえ。辿々しいが教えりゃ一生懸命に従ってよォ。カワイイとこあんじゃねえか』
『…………はあ、』

 まったく微塵も嬉しくない褒め言葉に物凄く微妙な気分になった。気の抜けた声で頷くより何が出来ようか。取り敢えず自分の躰はこいつらの好みにおいて合格らしい、そのことにほっと息をつきつつエレンは躰を清めた。アルミンには手を出さないとまだ安心は出来なかったが、また明日も来い、と云う言葉と共に缶詰をひとつ持たされた。躰の外側のみと言わず内側のみと言わず、あらゆる皮膚が内臓が骨が痛んだがエレンはそれで良かったのだ。血や精液は拭っても残る打撲には、ミカサからもアルミンからも、何があったの!? と驚愕され心配もされたけれど、兵舎での仕事をさせられることになり今日は初日だったため失敗し軽い暴行を受けただけだと嘘をついた。それでふたりが騙されてくれたのかどうかはこの時点ではわからなかったが、エレンにはどうでも良かった。未知の行為への恐怖など巨人の足許にも及ばぬ程に小さなものだと。取るに足らない些細なことだったのだ、と──そう思えたエレンはまだ幸せだったのだ。毎夜繰り広げられる狂宴に、安心が、確信、に、変わったとき──あまりにも巨大な恐怖に、エレンの全身は慄いた。痛みだけだった感覚に慣れ、大き過ぎる嫌悪感へと移行したときはまだましだった。痛くないなら耐えることはもっと簡単になるのだと思った。しかしその嫌悪感がある日突然、快感に変わったとき、エレンはわけがわからず総毛立つ自身の肉に翻弄され、ついぞ耐えきれず泣いた。泣きながら、自身を犯す男の腕に縋り付いた。信じられなかった。
 何だこれ。何だこれ。何だこれ! 何で!
 そう叫びたいのにとめどなく出てくるものは言葉になっていない、媚びるような声と呼吸。声帯を震わせ間延びした声を断続的に零しエレンは自分自身に何が起きているのかも理解出来ぬまま喘ぎに喘いだ。違う、こんなのは俺の声じゃ無い、俺じゃあ無いと、意識下ではずっとそう思っているのに、躰はそうでは無くなったのだ。溺惑と自己嫌悪。もしも躰が天体なら、冥い屑が下腹のあたりを渦巻いていた。覚え込まされた性技ばかりがエレンを突き動かし、て、雌犬のように自ら腰を振り雄を求めた。

『、ふ…ぁっ、あ、あ、あ、っ……』
『随分悦さそうじゃねえか』
『育てる快感ってのも堪んねえなァ』
『はっ、あぁ、あ゙あ゙、く、…っう、ゥ』

 出来上がったエレンを嗤う、その声も下卑た言葉も聞こえない。エレンは兵士たちの思うがままに、調教され、逆にアナルに何も挿れらぬ夜のほうがつらくなり夜毎自ら懇願した。して欲しい、もっとめちゃくちゃにされたいと、そう思う思考が血溜まりのように沈澱しては抜け出せぬ。これ以上の恐ろしさは無いと思った。そんなエレンの変化に、聡明なるアルミンが気付かぬ筈も無く、ミカサには内緒でエレンの所業は暴かれた。ごめんねエレン、僕にもっと力が有れば、と泣き続けたアルミンにエレンは何でもないふうに平気を装った。

『別に。俺セックスすきだし。おまえのせいじゃねえよ。寧ろ気持ちいことして食料に色つけて貰えて、ラッキーだと思ってるよ俺は』

 そうは言っても──そうは言っても、ミカサと出逢うより以前からの親友だ。エレンが嘘をついていることなどアルミンには手に取るように解る。しかし最早男のもので無ければ満足に至らなくなったエレンを、じゃあおまえが俺を抱いてみるか? と問われれば、アルミンはただ黙るしか無かった。そうしてエレンは開拓地を出る前に兵士同士の喧嘩に見せ掛け、首を刎ねて歩きながら調律して。それでやっと終わったと思ったのに。何者にも穢されずに済むようになると思ったのに──そうはならなかった。

 その名残が、今日(こんにち)のエレンをつくりあげたのだと謂っても過言では無い。──エレン・イェーガーの躰は最高である──その真相はまだ子供であったエレンへと刷り込まれた経験の物種だ。

 テントのジッパーを開けられて、途端に眩しくなる視界に思わず目を細める。

「エレン、リヴァイ兵長が呼んでるよ」
「ああ、アルミン。解った。ありがとう」

 調査兵団に身を置いても、エレンの性癖は変わることは無かった。代わりに、他の兵士に抱かれたエレンをアルミンが迎えに来るのだ。もうそんな時間かと、エレンは脱ぎ捨てた下着と団服をきっちりと着直す。そしてテントに男を独り残して、愛しいただひとりの男の元へとひた走るのだ。勿論、途中で湯浴みをし清潔を保つマナーも忘れない。

「兵長、エレンです」

 リヴァイの執務室、では無く、エレンは地下の自室前でノックをする。

「入れ」

 と声がなかからすればエレンは恥じ入ること無く入室する。ふつうは恥じ入るべきところなのだろう。エレンはリヴァイが居ながらつい先刻まで別の男にその身を預けていたのだから。けれどもエレンのそれは浮気では無く、本気でももっと無いのだ。何しろエレンはもう殆ど四六時中、リヴァイに抱かれたいわけで、だがリヴァイはそれを叶えてやることが出来ないのだ。

「来い」

 夜の底はしんと水をうったように靜かだ。リヴァイはエレンの頭を撫でる。よく鞣した革手袋越しに。そのままエレンの耳裏あたりの匂いをすんすんと嗅いで、よし、ちゃんと風呂入って来たな、と今更な確認をする。今日はどうだった? なぞと無粋なことをリヴァイは訊かない。答えなど理解り切っていることだ。エレンは自身が穢れているからとでも誤解しているかも知れないが、リヴァイが直接ふれられないものは何もエレンに限ったものでは無い。リヴァイの手袋が外されるのは精々就寝時くらいのもので、幾ら清潔を第一に暮らしたところで、例えば磨いたばかりの壁に直接手をふれることさえ出来ないのだ。

「兵長…」
「どうした」
「…せめて、キスだけでもして欲しいです」
「無理だ」

 駄目元で願った言葉は間髪入れずに却下された。いえ、理解ってましたけれどね、エレンは諦めを疾うに超えた声音で呟く。壁にすら素手ではふれられぬリヴァイが、ヒトにふれられるわけが無い。理解っていても寂しくて、ふれて欲しくてエレンはいつも泣きたいような気持ちになる。リヴァイを困らせることは本意では無いので押しとどめるが。だからせめてリヴァイに抱かれているシーンを夢想するためにセックスは目隠し有りきでするのだが、匂いが違う、体格が違う、この人はリヴァイでは無いのだと殊更顕著に浮かび上がっては躰が震えた。いつ誰としていても、だ。リヴァイ自身、好いた特別な子供に、ふれられるならばふれてみたい。だが駄目なのだ。生きている限り何処も彼処も雑菌だらけ。人肌になぞふれようものなら不潔さに卒倒する自信がある。

「じゃあ今日もいつもの、ですか?」
「あァ。おまえが嫌で無いのなら」

 どこか脳天気な声でエレンが問う。実際には脳天気なわけでは無いのだが、少なくとも、深くうんざりしてはいないようだった。常識的に考えて、これから、セックスもしない相手にうんざりしながら目隠しを要求することはリヴァイとて難しい。

「俺、アブノーマルなことはわりと嫌なんですけど…」
「俺の代用品とは必ずするらしいじゃねえか。目隠し。光を遮断されたときのおまえがどんなツラで蕩けるのか、くらい見せろよ」
「まァ…それが兵長の愛情表現であるなら俺に否応は無いです」

 気のない返事を延々と口に上らせながら、エレンはかなり懸命に、その気的なものを呼び起こさせられるように努力していた。自慰。それが観たいとリヴァイは云う。さわれない代わりに、いつも。

「どうしても嫌なら──仕方が無いが?」

 リヴァイの問いに何と答えたものかとエレンが考えていると、同じく何やら考えているらしいリヴァイが、ゆっくりと言う。

「俺のシュミじゃねえが、縛られるほうが良いか?」

 縛ってから目隠しすると云う意味だが、と付け足すリヴァイがあまりに真面目な顔をしているので、それが冗談だと理解するまでにエレンは暫くかかった。まったくそういうわけでは無い、と告げて、エレンは、リヴァイが用意していたらしい幅広で濃い色の細長い布で金色の目を覆ってしまうのに任せる。リヴァイの指先が頬を撫でた瞬間、ちゃんと胸が期待に高鳴ったので、エレンは心底、安堵した。ただ、続けてリヴァイが、エレンがひとりでしているところを観るのが当然のように言うので物凄く困惑してしまうわけだが。

「どうしていつも観たがるんですか? 兵長は」
「さわれねえからな。おまえも毎晩、野郎を咥え込んでんじゃねえんだ、ひとりでだってするだろ」

 と言うリヴァイが何を今更と首を傾げているのが気配で解る。ひとりで、いつもしているみたいに。そう言ってリヴァイは手袋越し、エレンの首筋を撫でたけれど、だがその指先は、直ぐにするりとどこかへいってしまった。真っ暗な視界のなかで、エレンは途方に暮れながらジャケットを脱ぎ捨て、ベルトを外し下位を露わにする。その間のエレンはほぼ息を詰めていたので、どこに居るのやら見当も付かぬリヴァイが、エレンの服を逐一拾っては掛けておいてくれているらしいことは判った。けれど、それだけだ。

「………っ、」

 ほんとうに何も見えないなかでペニスを握るのは何だかとても虚無的な気分だった。別に普段さんさんと明かりの降りそそぐ時間に自慰をしているわけでは無いけれども、しかし、何も見えないと謂うのは奇妙な感覚だ。だが今はそんなことを考えている場合では無くて、エレンは自身のペニスが萎えてしまわぬように努めて手を動かすしかない。ぎしり、と微かにベッドが軋み、端にリヴァイが腰掛けたことが知れた。

「んう……んっん、は……っ」

 エレンはリヴァイが態々こんなことをさせて、何が良いのだかさっぱり理解らない。自分がリヴァイだったなら全然、他人の自慰行為なんぞ面白くも何ともない。でも、そんなことを考えていると背骨に信じられない程の怖気が走って、エレンは只管、擦って達くことだけを考える。

「おい、」
「……っふ、ぇ……?」
「おまえはこういうとき、俺のことを考えながらやってんのか?」

 囁くような声の、言っている意味が一瞬エレンには理解らなかった。リヴァイの声だと云うことすらかろうじて理解したようなものだ。
 兵長のこと? 何だそれ、そんなの、そんなことしてたら俺と寝てもくれない現状でオカズどうすんだよ。兵長が俺と寝てもくれない上にろくな材料も無く達けないなんて、

「っ……、俺が、可哀想過ぎる、でしょうが…!」

 エレンは手を止め、でもそれ以上は黙った。唇を薄く開き、自分で服を乱してベッドの上で呆けている自分はどんなにどうしようもなく見えるかを考えていたのだが、不意にリヴァイがエレンの背中を強く押して、なのでエレンは慌てて腕を躰の前に持ってきて、何とか無事に頬をシーツに押し付ける。

「へいちょう……?」

 腕の伸びてきた方向に向かって小さく呼んでみる。直ぐには返事は返ってこず、代わりに緩く、背骨を首のところから腰の下まで撫でられて、エレンはびくびくと背筋を反らした。

「ひ、ぁあっ!」

 リヴァイが興味深げにしているのが解ったけれども、でもエレンだって信じられない。自分で好きなところを慰めるよりも、リヴァイが気紛れにほんの少し指先で背中を撫でる方が何十倍、何百倍も感じるのだから。

「あ……っ、ぁ、や、」
「おまえ、ひとりでするとき後ろは使わねえのか?」

 大人らしい大きな手のひらに何度も腰を往復されて、悶えながらリヴァイの声を聞きエレンは必死に考える。後ろ? って、男とセックスをするために慣らしておくときとかじゃ無く? エレン自身は今ひとつよく理解っていないのだが、しかし訊かれたと云うことはきっとそうするべきなのだ。と、云うことくらいには見当がついた。うまくやれる気はいまいちしないまま、手を伸ばして片脚をひらく。手袋越しにでもふれていたリヴァイの手が離れてしまったので少しばかり不安を感じた。さわられずに達くところまで、辿り着ける自信があまり無かった。

「ん、…………んんう、 くっ、」

 自分の指に舌で唾液をこすり付けてから、下肢にふれる。ほぐすようにするので良いのだろうかと不安に思いながら、窄まりを撫で、息を吐いて咥え込ませた。ぞくりと背筋に鳥肌が立って、リヴァイが観ていると云うことだけを考える。問題は、そのことにそこまで燃え上がり切れないエレン自身なのだが。せわしなく息を継ぎながら、たどたどしく指を動かし続けた。自分の気持ち悦いところなんてほんとうに解らなくていっそ不思議な程だった。

「……エレン、」

 聞こえた声が、明らかに興奮していてエレンの心臓が跳ねた。へいちょう、とそろそろと呼んでみる。注意深く。何の返事も返ってこないのを確かめてから、エレンは好き勝手やり始める。

「……ゃ、へ、いちょ……っぁ、ひ、んぅ、 あっ、兵長、…っ」

 頭でもどこでも良い、手袋越しで構わない、さわって欲しい、と言うのを寸でのところで堪える。常ならそのくらいは別段、構わないラインだとは思ったけれど、今、甘えた声を出さずにねだれる自信が無かった。ついさっきした自分の決意など、きれいさっぱり忘れてしまって、エレンは、脳内に克明にリヴァイの姿かたちを思い浮かべられるように尽力する。手袋越しにふれる指先を、愛を語ってもふれてくれぬくちびるを、自分に向けられるリヴァイの何気無い表情を。くだらないことを心配している必要は無かったな、とエレンはぼんやり考える。幾ら想像なんてしたって全然達けない。

「おい、エレン」
「ぅ、あ……?」
「俺に見られているのに、達けねえのか?」

 そう言われても、何が何だか、よく解らなかった。だけれども、リヴァイがエレンと同じ結論を見たのだと云うことだけ理解する。至る過程も、結論のその先も、よく解らないけれど。ああ、兵長はほんとうに俺のことただの変態だと思ってんだなァ、とエレンはそれだけ思った。それは実に笑える事実で、そして実際、笑いそうにもなったけれど、代わりに出てきたのは涙だった。

「……も、……いゃ、 だ……」
「は、?」
「……ッく」
「…何を泣くんだ」

 単純に驚いた声でリヴァイが訊いてくるので、エレンは激しく首を振る。泣いているのか泣いていないのかで言われれば、当然リヴァイの見立ては合っているのだが、それ以外のすべてが一致しないと知っているからエレンは否定するしか無かった。だってこの男には解らないのだ。

 理解らないんでしょう? 貴方は、何も悲しかったり、つらかったりもしないのに、ただ純粋にふれられたいとだけ切望するせいで泣いたりする思考回路なんて、理解らないんでしょう? ──だから平気でこんなことが出来るのだ。

「エレン」

 伺うような声と共に伸びてくる冷たい手から逃げようと、腕をつき躰を起こすが即ベッドに沈んでしまう。それでも避けられていることには気付いたリヴァイは、エレンの顔色を見計らいながら、尋ねた。賢明な判断だった。

「調子でも悪ィのか?」
「……なん、で」

 泣き声に聞こえないよう、細心の注意を払ってそう返したが、でもリヴァイは特に気にするふうでも無くて、ただの質問に対して回答した。それは有り難いのだけれど、それでもリヴァイが口を開く度、エレンはいちいち首をひねってしまいそうだった。もう駄目だ。そう思う。いつだって相互理解は言葉にすれば届きそうに近く、恨めしい程に遠かった。誰かの救いになるような、心にはそんな持ち合わせもない。し、互いに五体は満足で、それが余計に言い訳にならない。躰の傷みならば怖くない。皮膚が裂けること、その治癒に大した時間は要らないことや、どれかの臓器が損傷することも。だがこころは違う。治ったつもりでも治る云々のものでは無いのだ。結局エレンは達けなかった。半勃ちにも満たぬままで萎れた。瞭然たる事実として、もう無理なのだから仕方が無い。それでいて成りたいものがまだ判らない、決定を極端に恐れている。それは他の選択肢の放棄だ。だからきれいに成りたいと思いながら、一方で自己を蹴落とす方法を考えている。
 やがて泣き疲れベッドに、仰向けに横たわるエレンは目を閉じている。地下室は真っ暗だが、じい、と目をこらしていると、エレンの輪郭が、ぼうっと暗闇に浮かび上がるように見えてくる。リヴァイは体躯をひねり、左手で頬杖をついて、至近距離でエレンを眺めていた。そっと、人差し指を伸ばす。ぎりぎりエレンの肌にふれない程度に、指を浮かして、エレンの額から鼻筋にかけての形の良いラインをなぞる。指先2ミリの距離に、きれいなエレンが居る。閉じたままの薄い瞼。人形のような長いまつげの先。そこに付着した涙の粒さえ。そうっとそうっと、ふれないように。白い頬、ゆるやかなカーブを、辿って。くちびるにたどり着く。少しだけ開いたくちびるから、規則的にもれるあたたかい息を、指先で感じようにも手袋越しでは解らない。少し湿っているだろう体温も伝わらぬ現状に切なくて堪らなくなる。抱き締めるどころか軽いハグすら出来ない。起きているときより、今このときのほうが、ちょっとだけエレンに近いような気がして、そんなふうに思う自分が歯痒い。それでもさわれないのだ。外側にも内側にも、まるで薄いベールが掛かっているかの如く。だがほんとうは、エレンをくるんでいるこの膜など錯覚で、リヴァイが潔癖に過ぎるせいであることを理解している。出来るのなら──それが出来るのならば、エレンの直の心臓にリヴァイはさわりたいのだ。エレンの全部を、撫でてやりたい。そしたらもう、エレンを泣かせずに済むのに。そう考えて。食事さえ自分がつくったもの以外は食べられず胃が受け付けること無く吐き出してしまうのだ。そんな自分に、エレンに愛される資格なぞ有りはしない。
 おまえだって(貴方だって)初めから、無謀なことだと知っていた。
 今ふたりが必死にしがみつこうとしているものが、たったひとつの幸せの在り方だなどと1ミクロンも思っちゃいない。
 ただ傍らで寄り添って生きてゆきたいだけなのだ。巨人に成る子供でも痛いものは痛いと感じるし、美味しいものは美味しいと感じるし、悲しいものは悲しいと感じる──なんて当然のことを考えていたのは数ヶ月前のリヴァイだが、今となってはそれも懐かしい話だ。けれど、そうであれば良い、とは、今も思っている。巨人を憎むためだけの気丈なエレンに、リヴァイを乞うて涙を流す、と謂った感情が生まれてきたように見える人類の希望に、例えばそういった人間味が尚更に増えれば、と。ゆえにリヴァイは正直、少しだけ喜んでもいるのだ。リヴァイの目前でまるで人形のように眠っているエレンは、いつものように無防備でまったくいつも通りだった。本音を言うなら誰にもエレンを抱かせたくない。だけれどそれはリヴァイの我儘だ。エレンに強要するばかりか徴発することさえ酷であると既知している。すべての生命の根源は、海と呼ばれる同じものから生まれたらしい。だから2度と溶け合わないに限る。願って死ねないなんてな、なぜか治癒しない刃の自傷痕に何れ程愛を囁こうとそこに信憑性は根付かない。ふたつの色を重ねて陽に透かせばそれはきっと誰かにきれいな涙を零させるだろうが、同時に、エレンとリヴァイのなかを牛耳る、大事な何かを殺すのだ。それが臆病さで有るのなら、弥が上にも。
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