<概略>
パロ/数学教師リヴァイさんと生徒エレン/
お互い別に好きじゃないけれどこのままではいけないと思っている感じの話です。ひと言で表すなら存在証明系。






   

 フェルマーの最終定理、否フェルマーが提言したその時点では単なる予想にしか過ぎなかったそれは、あまりに簡単な方程式で有りそれでいてとても美しく、結果、350年以上と云う歳月をかけ数多の優秀なる数学者たちを翻弄し焦がれさせておきながら、何れ程彼らが口説こうが──なかには生涯を賭してさえ躍起になった者も存在したと云うのに難攻不落にも──決して誰にも靡かぬままに、最終的にはイギリス国籍の数学者アンドリュー・ワイルズとの7年間もの密会を重ねた末、漸く陥落したのだった。即ち、アンドリュー・ワイルズはフェルマーの最終定理を、永遠に、自分だけのものにすることに成功したのである。そのときの彼の気持ちはどのようなものであったろうか。高揚し幸福と優越と達成感を感じたそのあとではどうだったろうか。失望し空虚し喪失感に包まれはしなかったのだろうか。確かにフェルマーの最終定理は美しかった、けれど証明してしまえば何てことの無い、ただ、3以上の自然数nについてxのn乗+yのn乗=zのn乗となる0でない自然数(x,y,z)の組が存在しない、と云うものだった。事実それは永遠にワイルズだけのものとなったが、いったいどうしてこんなにも簡単な方程式に己は7年間も、人類は350年以上も入れ込んで、無粋にも解いてしまったのだろうとは、微塵も思わなかったのだろうか。リヴァイには測れない。円周率が大好きな、リヴァイの教え子のひとりでしか無いエレン・イェーガーは、偏差値も並のこの公立高校においても特別聡明な生徒では無いけれど、3.14で済む円周率をこよなく愛し、3の先に小数点を挟んで続く
14159265358979323846
26433832795028841971
69399375105820974944
59230781640628620899
86280348253421170679
82148086513282306647
09384460955058223172
5359408128…──と延々並ぶ数字を1000000桁くらいまで白紙の答案用紙の裏に極少の数字を書き綴り真っ黒にして──ほんとうはもっと記憶しているが『余白が足りなかった』らしい──永遠なんか無い、と断じる。無いものは信じないのだと。ほら、先生、無限は永遠とは違うでしょう? と。言う。何かを誇るように。

「んん……、…っふあ、っ」

 つい先程リヴァイを相手に生意気を叩いた口は、ふれあわせた唇と唇の隙間から、動物的発情、という形容が実に肯綮に剴切たるものでくぐもった喘ぎが零れている。声変わりも終えた男のものであるその声、未だ少年の域を出ないそれはリヴァイのように低い声では無く、まして今は少し上擦った、明らかな色を含んだその声が、どうしようも無くリヴァイの支配欲を疼かせる。飽きること無く執拗に絡めた舌を舐り押し付け合い互いに、どちらのものとも知れずどちらのものでも有る唾液で唇はおろか顎のあたりまでびしょ濡れだ。穢い。

「は、ぁっ……、うぅ、っんん、ぁ、は…ァ」

 リヴァイが僅かに舌を引こうとすれば、それを嫌がりエレンの舌が追い掛ける。ぎゅ、と首にまわされた両手に力が篭った。催促するように舌を差し出す、咥内へ入り込んでくるそれを甘く噛んでやると、リヴァイの下半身を跨いだ子供の躰が、腰のあたりから連動するようにびくり、跳ねた。

「あぁふ、…っ、…先生、…リヴァ……っせん、せ…、」

 さわってください、と、離れた、ぬらぬらと濡れたエレンの唇が囁くように促す。先生、とリヴァイを呼ぶエレンは、紛れも無く今年からリヴァイが受け持っているクラスの生徒である。ふつうならば教師は、担任をしている教え子とこんなふうに口と口をくっつけ合ったり、よもやこのような密会なぞしない。そう、ふつうであれば。けれどエレンはふつうの生徒とは言い難かった。他はそうでも無いのに、リヴァイが担当する教科の、数学だけは壊滅的に成績が悪いのだ。理解していないから、では無い。定期テスト共々提出物は軒並みに白紙。課題も補習も意味を成さない。それがリヴァイには何がどう間違ってこうなっているのか、未だに証明出来ずにいるのである。但しこんな既成事実が誰かに素っ破抜かれ明るみに出たとしたら、己は確実に終わるな、とはリヴァイはわかっている。下手をすれば新聞や週刊誌にデカデカと、“公立高校の男性教諭(34)が、教え子の男子生徒(15)に淫行! 現代社会における教育現場の在り方を問う!”的な煽り見出しで実名で載った挙句、ネットには顔写真付きで個人情報のすべてが流出し、職を失うに違いない。教育委員会の査問にかけられ、悪ければ刑事事件とも成り得る、と行き先真っ暗な未来は想像に容易い。ゆえにこのような愚行は続けるべきでは無い。割に合わな過ぎる。そう思いながらも毎回ずるずると、今この瞬間でさえこうして鍵を掛けた数学準備室でリヴァイがエレンと躰を重ねてしまっているのは、あまりに気持ち悪い程、エレン・イェーガーという生徒を証明出来得そうに無いままであるからだった。

「ん、せ…、んせ、っ、……はや…く、さわって」

 エレンは焦れた声で強請ると汗ばんでいる子供の手で、リヴァイの手を掴みはだけた制服の下へと導く。自らズボンのファスナーを開け、勃起し始めているペニスをそのスリットから零し、上のカッターシャツの下に着ているTシャツをたくしあげたエレンに、溜息をつきリヴァイは乞われるがまま滑らかな素肌を撫でる。たったそれだけで白く薄い皮膚の下、横隔膜を引き攣らせエレンが期待に息を呑むのがわかりうんざりした。

「…あっ、…っひ、ぁ」

 無いに均しい小さな乳首をリヴァイの親指が押し潰す。途端、普段のエレンからは予測もつかぬ可愛らしい声が上がり、その上背ばかりで筋肉量の足りない背筋が、僅かにのけ反った。顕わになっている薄っぺらい腹になけなしの腹筋と、肋骨のへこみが浮き上がる。小柄なリヴァイより10cmも高い身長。の、わりに、どこもかしこも薄っぺらい。子供の躰だ。

「せ…先生、っあ…う、……ッし、下も、……」

 僅かに揺れる細い腰が、昂りきった股間の熱をリヴァイの躰に押し付けるようにして焦れている。その煽情的なエレンの仕草に、正直1番最初のときリヴァイは、こいつガキのくせして男を誘い慣れてやがる、としか思えなかった。し、実際に嫌悪と侮蔑の眼差しを投げてエレンを見た。だが、行為後に、先生ずっと顔を顰めてましたが気持ち悦く無かったですか、と申し訳無さそうにたどたどしく問うたエレンにそのことを話せばそこかしこに常備してある雑巾をリヴァイの顔目掛けて投げ付けられ──勿論リヴァイは避けたのでヒットしなかったが──屈辱を湛えた真っ赤な顔で、童貞だし先程までは処女だったとどうでも良い真実を吐露された。男のブレイクバックバージンつまりアナルセックスを、未開通であれば、処女、と呼んでも良いものであるのかは別として。そんなことより末恐ろしいのは、こういう手管さえエレンは完全に無意識でやってのけているのだから先天的にネコの資質があるのだろうと妙な邪推と納得をせざる得無かったことであった。
 焦らす理由も無いのでリヴァイはエレンの下衣にその下着ごと手をかける。そうやって脱がせようとするとエレンは自ら腰を上げ、剥ぎ取り易いよう片足ずつ脚を抜く。細く締まったしなやかな、陽に灼けていない脚の間では、脱衣にすら興奮しすっかり勃起したペニスの先端が、既に滲んだ先走りによって濡れているのが見て取れた。

「あ、っ……、っは、ッぁ、…うんん、…っせんせえ…っ」

 リヴァイの低体温な手のひらがゆるく握り込んだエレンのペニスを上下させると、切なげな声を途切れ途切れに上げ、リヴァイの膝に跨がった痩身が撓る。エレンの手がぎゅっと、リヴァイの肩のあたりを掴んで、弱々しいながらも縋るような力が篭る。リヴァイが見上げれば、耳まで赤く染まった幼さの残る顔に、涙の浮いた蜂蜜色の双眸。教室のなか、無難に友人たちと遣り過す時間と明らかに違って、数学の授業中にはろくに黒板も見ず退屈そうに窓の外ばかりを淡つかに眺めているエレンの、こういう顔は、こういうことをしなければ見ることも出来ない、反則に過ぎる危うさと色気を惜しみ無くさらしている。
 多少勝気な瞳でヒトを見るが全体的に見目の悪くない育ち盛りの少年に、こんな様子で誘われたならば、誰だって言われるがままにするしか無いのではあるまいか。リヴァイの疑問はまさにそれだった。なにゆえにエレンが求める男の躰が、リヴァイである必要が有るのか。別に俺で無くとも良いんじゃねえのか、と以前1度言ってみたとき、リヴァイ先生が数学教師である限りはリヴァイ先生じゃないと嫌です、とエレンは答えた。けれどもならば尚更リヴァイには理解出来ない。数学を憎んでいるのかと思わずにいられぬ程に数学嫌いなエレンが、数学教師をセックスの相手に選ぶ理由。エレンの解答はエレンにしか証明され得ないもので、それはリヴァイにとっての解答では無い。

「あっあ、あ…、…う、しろも……、…して、っ…先生ぃ……ッ」
「…今回も白紙提出した理由を述べろ、エレン・イェーガー。でなけりゃ今日はそっちは無しだ」
「やァっ…、嫌だ、先生、むりぃ、……あっふっ、ァ、あぅ…、ううっ、くっ、ンぅ」
「毎度毎度おまえはふざけてんのか」
「っ…ざけて、なッ……」
「そうか。なら問おう。
sin^-1(-12/13)=θ, sin^-1(3/5)=φ と、おく。但し、-π/2≦θ,φ≦π/2 だ。このとき
sinθ=-12/13, sinφ=3/5 ゆえにtan θ=-12/5, tanφ=3/4
ここまでは理解るな?
3:4:5及び5:12:13の直角三角形だ。イェーガー、続きを答えろ」
「んんッ…ひ、どい…ですせんせえ……」
「ひでえのはおまえの足りねえ脳みそだ」
「か、加法っ…定理より…
tan(sin^-1(-12/13) +sin^-1(3/5))=tan (θ+φ)=(tanθ+tanφ)/{1-tanθtanφ}
=(-12/5+3/4)/{1-(-12/5)(3/4)}
分母、分子に…20をかけ、て、
=(-48+15)/(20+36)=-33/56
 答えは…っ、-33/56で、す、」
「テストはこれより簡単な問題しか出してねえ筈だったんだが? どういうことだ。なァおい、イェーガー」
「ふ、ぅううっ…も、ゃ、先生っ…はや、くっ、……っ」

 欲しいですと泣きだす寸前の声で乞う姿に、喉が焼け付くような興奮が暈を増す。エレンの胸元に触れていた手をその口許へとリヴァイが近付ければ、何も言わずとも指をしゃぶる。人差し指と中指に赤く熟れ熱い舌を這わせ、ぬるりと咥内へ取り込んで、軽く吸うように唇を窄め顔を上下させて唾液を絡ませる。

「おい、がっつくな。穢えな」
「ふっあ…、…ぁ、だ、って、」
「だって、何だ?」
「先生、の…ゆ、び……きれいで、すき、です」

 それが俺のなかに挿入ってくるなんて、たまんない。熱に浮かされた舌足らずな声が告げる。リヴァイは充分に濡れた指を抜き出してエレンの尻の狭間に触れた。待ちきれない細腰がまた揺れている。そんなエレンの小さな穴の入口まわりにぬめりを擦り付けて撫でると、リヴァイはその窄まりの中心を内へ内へと押し進めていく。

「あ…っ、は、…ぁああっぁっ…ひっ!」

 つぷん、と入口の抵抗を抜けてしまえば後は楽々とリヴァイの指を呑み込んで、熱い体内に埋まり込む。泣いて強請ってエレンはリヴァイがこうやって指で弄る度に、気持ちい、もっと、と、有態な言葉で殊更に悦ぶのだ。いつだって。キスもセックスもしておきながらリヴァイにエレンが恋愛的な告白をしたことは無い。逆にリヴァイがエレンに思慕を寄せたことが無いのと同じく。出来るものならば生涯、永遠に数学を伴侶としていたいリヴァイはエレンを好きだと思ったことなぞ微塵も無いので、それは当然としても、エレンとて、どう見てもリヴァイを好いているようでは無いのだ。指をきれいだから好きだとか、ネイビーブルーの瞳の色が好きだとか、そういうことはセックス中のみに限り口にすれど、それらは所詮“セックス中であるので”好きだと口走るだけであり、取り立てて、別段リヴァイだから好きだというわけでは無い。

「せんせ、ッい、……い、れて、…いれてっ」
「俺は今現在進行形で、俺のテストを白紙で出しやがるくせに加法定理は口頭で解いたおまえが頗る腹立たしいんだが」
「も、ぅっ…、そんなの、いいっ、じゃ…ないです、か…ァ」

 寧ろ、解いたのだから褒美に挿れてくれたっていいでしょうと蕩けた蜂蜜色は欲望にだけ、どこまでも忠実で且つ饒舌だ。

「ぃやだ、いれ、挿れて…っくださ、…先生っ……がまん、出来な、ぅうう」
「なに泣きかけてんだ」

 愛撫はしても、挿入はしないリヴァイの、指を2本まとめて呑み込み、エレンは耐えきれず涙混じりの嬌声をあげている。リヴァイが指をエレンのなかでひろげてみれば、断続的な短い悲鳴を孕む婀娜めく声を共に背筋がぴんと反った。いれて、いれて、と半ば叫ぶような強請り方をする。

「うるせえな。黙って感じてられねえのかよ」
「先生こそ、なに、言ってん、…っですか、」

 拒絶する必要性が見当たらぬ程度には、確りとリヴァイだって勃起している。数学はかくも美しい、のに、どうして人間はこれ程までに醜いのか。性慾が有って、それは子孫繁栄のためと云うわかり易い答えが有って、けれどリヴァイとエレンは男同士ゆえにその、万物を支配する絶対的解答に当て嵌らない。せめて性別を越えた愛情が有ると証明出来るのであれば、リヴァイはこの生徒のわけのわからなさから何もかもをも、正答に導き出せるかも知れないのに。いつまでもたったそれだけのことが出来得無いのだった。

「ひんっ……んんっ、せんせ、…っ、すき…っすきです、すきぃっ…」

 ついぞ決壊したらしい涙腺からぼろぼろと穢れた涙を零しながら、顔を、リヴァイの肩口に埋ずめ、声を殺すように奥歯を噛み締めている、エレンは、厄介極まり無いことに、リヴァイ自身を好きだと言っているのではまったく無いのである。その証明として、リヴァイの耳元で囁くエレンの切実なる声は、先生のちんこすき、すき、ちんこ、と有識されず滑稽なる本音が零れてしまっている。リヴァイのもう片方の手のなかで、エレンの若いペニスがびくびくと脈打って、そろそろ限界なのだと訴えていた。

「別にケツにブチ込まなくとも、もうイキそうになってんじゃねえかよ。いっそこのまま出しちまえ。鬱陶しい」
「やぁっ…、欲しい…っ先生の、ちん、こ…っ、あっ……ふ、……だから! ま、だ、出したくっ…な、いぃ、ィ、……!」
「何がおまえをそこまでさせてんだ」

 リヴァイは殆ど呆れながら、ぐちゃぐちゃに濡れているエレンの先端を、つよく指の腹で押し付け擦り、後ろに埋めたままの指を反応の良い腹側に曲げて腸壁を小刻みに押し上げる。けれどエレンはリヴァイの肩口に歯を立て、押し殺した悲鳴を引き攣らせ縋りつく。細い肢体がぶるぶるとふるえていた。あァこいつ、馬鹿だ。とリヴァイは冷めた目でエレンの様子を観察し、結局今回も何ら証明出来得なかった無益さに辟易しつつ、エレンのなかから指を抜き、エレンのペニスの根元をややつよめに握る。またもや迷宮入りした問題は、次回に持ち越されるのであろう。数学者は解けぬ問題程燃えるタイプと苛立つタイプがいるがリヴァイは間違い無く後者であった。

「おい。自分でそのまま乗れ」
「いっ、いん…ですか…っ?」
「やめるなら降りろ。疲れた。俺はそのほうが助かる」
「ゃっ…や、です、……待って、ちゃんと、いれたいっ……、んっぅう、」
「…俺のちんぽにそこまで執着する理由は何だ」
「ぐ、たいてきにっ…言う、と、サイズも固さも太さも俺にぴったり、だから、ですけど…、1番はやっぱ、り、リヴァイせんせえが……ッ数学教師、だか、らっ……」
「俺にはまるで答えになってねえが…まァ、だったらもっと、真面目に授業も試験も受けて欲しいもんだな」
「んっ、んっ、ン、あぁっ! はい、っった…ぁあぁっ、」
「…………聞いてねえなこのクソガキ」

 最早溜息も出ないリヴァイの上で、息を乱しながら腰を振る。猫っ毛な黒髪が踊るように跳ねては、汗でエレンの額に張り付き蜂蜜色を隠すが、恍惚とし緩んだ口許をつうと垂れる唾液の筋と、薄くひらかれたまま閉じられなくなってしまっている唇から繰り出される荒い呼吸音、そこから覗く赤い舌、それぞれが、只管にセックスが好きだと主張している。

「はっ…あ、あ、っ…く、……っふ、ぅ、あっあ、あぁっ、あふっ、」
「ヨダレ垂らすなよ」
「え、あっ? ア゙ア゙ァア゙ア゙ア゙ア゙…!」

 下からずん、と突き上げれば、エレンの唇は更にひらかれた。嬌声はおおきくなり、リヴァイの危惧したことを無視してエレンは涎を垂らした。

「ひぃっ…あっ! あああっ!」
「ッ穢えな」
「はっぁ、ひ、きもちい……ッせんせ、あっ、あっ、ンン、もっとぉ…っ、」

 チ、と忌々しげに打たれたリヴァイの舌打ちは、痴態をさらすエレンの声に掻き消される。

「てめえはその緩んだ口許引き結んで、締め付け過ぎているケツ孔を緩めろ」
「っ無理で、すっ…よ、……ンぁ、はっ…あぁあっ」
「ケツ掘られて馬鹿面さらして、おまえはほんとうにそれで良いのか」
「んんっ…く、んぅう、……ア、っ…はっはう、…ッどーでも、いー、…です、っ……んな、の、…、はふ、」
「見事な馬鹿だな。びっくりする」
「ひっく、ぅ、ぅあっ、きもちい…っ、ゃぁっあ、も、すっげえ…ッ、すき、ちんこ、先生の、っきもちいィっ……」
「ちんぽより数学を好きになれよ、エロガキ。もうブチ込んでやんねえぞ」
「いやぁっ…、無理っ、もお無理っぃ…!」

 何がだ、と云うか、どっちがだ。とリヴァイが問う前に、突き上げられる律動に合わせては逆らって自らも思いきり腰を揺さぶるエレンが、ペニスを掴んでいるリヴァイの手を外しに掛かった。

「で、るっ! せんせ、リ、ヴァイ…せんせえっ……出る…ッ出さ、せて、っ、」

 ひィひィと泣きじゃくる子供の手に促され、リヴァイは手を離してやる。

「ぁ、はっ…んうううっ、ん、んーっ……ッ! ひっぃ、あっあっあー…っ!」

 エレン自身の腹に付きそうに起立しているペニスから、痙攣に合わせ、どろりとした生ぬるい粘液が先端の小さな孔から溢れ出て、咄嗟にリヴァイがそれを、飛び散らぬよう包み込み握った、指と指の隙間から伝い落ちていく。青臭く不衛生な匂いを放つ精液に、興奮冷めやらぬエレンが尻を窄めたせいで、咥え込まれているリヴァイのペニスからもびゅく、びゅく、とエレンのなかに絞り取られた。つい今し方までのうるささが嘘のように、一時的に静まり返る数学準備室には嗚咽混じりの荒い呼吸だけが、やけに大袈裟な程、響いて聞こえた。

「は…、…はぁ…っ…、はっ、はぁ、…………先生、手…が、」
「あァおまえのせいで汚れちまったな。穢え」

 ごめんなさい、と続けるつもりでリヴァイを見たエレンの謝罪を遮って、恨みがましげな、ささやかな罵倒が投げ掛けられる。ただでさえセックスは穢い。男女のそれですらそうであるのに、男同士のセックスは尚更だ。リヴァイは除菌用ウェットティッシュで、エレンの精液を受け止めた手のひらから、滴ったシャツ、先程までエレンのアナルのなかで粘膜を纏い抽挿していた己のペニスをも念入りに拭いつつ、ソファにぐったりとその躰を凭れさせ預けているエレンへとウェットティッシュの予備を投げ付ける。

「うっかり中出ししちまったからな。腹下す前に自分で掻き出して拭いとけ」
「………先生…俺、今、動けないんですが…」
「知るかよ」
「うう…」

 数学準備室はエアコンのクーラーがいつも、異様に効き過ぎていて、己のテリトリーに近付こうとする生徒を誰であろうと追い出そうとする、リヴァイの悪意が顕著だった。隅っこの小さなソファに背を預けきらねばまともに自力で座れそうにも無い状態になっている、エレンに対しても、この仕打ちである。デスクへと歩んだリヴァイはそんなことを気にもせずに、エレンには及ばぬが乱れた衣服を整えて、優雅に紅茶を煎れている。無論ひとり分だけである。セックス以外でエレンがリヴァイに懐くことが無いのと同様に、セックス以外でリヴァイがエレンのために何か親切を働くことなど無いのだった。エレンは脱力感にぐったりとしたままで、リヴァイの後ろ姿を眺める。腸内に残るリヴァイの精液が重力に従い少しずつ垂れ落ちてくる感触が気持ち悪い。それでもリヴァイとのセックスはエレンから誘おうともエレンにとって、しなければならぬものだった。エレンは自分以外のヒトが死ぬ夢をよく見る。それこそ家族や、幼馴染であるミカサやアルミンのそういう夢は幼い頃からなので数え切れない。クラスメイトの連中も教師たちさえも、他の学年で擦れ違ったことの有るような無いような顔もろくに覚えていない人間をも含めてそれぞれ、3巡、4巡、と順番に見ている。死因は交通事故であったり自殺であったり殺人事件に巻き込まれて、であったりと様々だが、いつも、凄く、鮮明であるのだ。大泣きしながら目覚めることも、自分の悲鳴に起こされることも、そんなものはもう日常茶飯事だと言えてしまう程に。それゆえにエレンにとって、永遠など無い、と証明する数学は嫌いなのだ。したくも無い想像をしてしまう。自分のものとは違う誰かの指先、ふと、それが、ふれあうとき。その指先がエレンの指先よりも冷たかったら。もしかしたら、あの狭くてあとは焼くだけの柩に納まる死体をさわったとき、その躰は夢と同じ体温をしているのかも知れない。眠る前に自身の手を組んで己が生きていることを実感する時間はいつだってエレンにとって、果てしなく恐怖だ。歩き方を忘れ呼吸の仕方を忘れる程。
 心底思う。エレンは、ヒトを含め生き物はすべて嫌いだ。どのような生き方をしていようとも、どうせ結局いつかは死ぬ。必ず死ぬ。それを例え単なる夢のなかで有ろうとも看取るのは悲し過ぎる。ので、エレンは目覚めると必然的に考えるのである。誰より先に死にたい、と。それを未だ踏みとどまっている理由は、死が怖いからだとかそういうことでは無く、だから、数学なのだ。リヴァイ曰くの数学は世紀を超えても永遠に続くのだと云うスタンスを決して崩さない。エレンは、リヴァイが死ぬ夢だけはなぜか未だに見たことが無い。有りもしない永遠を追求していく数学者たちの意志は何百年何千年と引き継がれてゆく。エレンよりずっと、驚く程に低い体温の持ち主は、エレンを幾度抱こうとも冷たい指先をしているのに、まだ1度もエレンの夢のなか、死なないのだ。だがその理由がエレンには理解出来ない。順当に、年功序列で考えるのであれば、きっとリヴァイはエレンより先に死ぬのだろうに、エレンはリヴァイが自分より先に死ぬことをまるで証明出来ずにいる。先に死なれるのか否かと云う怯えを抱え込んでエレンは毎日家でも教室でも必死にへらへらしているのに、リヴァイには通用しないのだ。全部。全部が──何もかもが。気付かれていることは知っていた。

「おい、こら。床を汚すな」
「…だから、動けない、ん、ですってば。そんなこと仰るならリヴァイ先生、後始末してください……」
「ほう? 俺に、おまえのケツんなかほじくって、掻き出した俺の精液の残骸を、拭えと? 俺に? 勇気と無謀は違うぞ。イェーガー。自棄になるな、てめえの命はもう少し大切にしたほうが良い」
「…教師が生徒を脅迫しちゃいけないと思います」
「悪いが俺が教師なのは17時までだ」
「淫行不良教師」
「淫乱愚()生徒」
「ぐがい、って何ですか」
「……おい俺は国語教師でもねえのにそんなもんまで態々おまえに教えてやらなきゃならねえのか」
「知恵が無く愚かしいこと、また、そのさま」
「知ってんじゃねえかよ、ふざけんなクソが」
「先生やさしいなァ」
「今すぐその口を閉じて失せろ」
「あはは、は」

 リヴァイの知る限り、正確にはおよそ入学式で見たときから既に、エレンはもうずっと前から、笑い方を忘れているふうだった。どれくらいの力加減で口元の筋肉を動かせば笑っているように見えるかを躰がただ覚えているだけに過ぎぬ、そういう笑い方だったのだ。元々そうであったのかはリヴァイは知らないし興味も無いが、初見からそうであった筈のエレンは今、それすら完全に失敗しており、上手く笑えていない。主に数学の授業中や、数学準備室にて、特にリヴァイとふたりきりであるときは。セックス中は勿論のこと事後も上手く笑えないくせに、それでもエレンの顔の筋肉はまるで本能のように笑おうと引き攣るので、リヴァイはエレンを視界に入れる度、死んだ飼い主を待ち続ける日本の忠犬による有名な映画の話を望まずしも聞いたときの、あの微妙に有耶無耶とした気分になる。日本のシブヤに在るらしい薄汚れた小さな銅像、を、思い出す度にエレンを思い浮かべて、ついでにその横っ面を殴りつけたくなる。街中の人々に健気な姿を見せ付け同情を引き、やがては銅像になってやろうと云う、あざとさが、ほんの少しでもあの犬にあったならば、あの話はもっと気持ちの良い物語となったに違いない。リヴァイは左手で頬杖をついてティカップに映る自身の歪んだ顔を見る。エレンのほうは極力見ないでいたかった。

「俺の輪郭が、曖昧になってくみたいだ。…少しずつ」

 漸く自身の躰の始末を始めたエレンはそう言った。独り言を呟くような細い声だった。

「先生…リヴァイ先生が、死んだら」
「またその話か」

 セックスをするようになってリヴァイはエレンからそういう億劫な話を聞かされない日が皆無と呼べる程に無かった。ほんとうに倦み疲れる。エレンは笑う。下手くそに、笑えてもいない引き攣った顔で笑う。なのでリヴァイはエレンを見ないよう意識的に気を付け続けねばならないのだ。煩雑この上無い。

「聞いてくださいよ」
「断る」
「リヴァイ先生が死んだらどうしようって、俺、いつも考えているんです」
「勝手に殺すな」
「先生、俺はどうしたら良いですか。教えてください。簡単なヒントでも何でも良いので。そしたら俺、次の数学のテストでは、満点取ってもいいですよ」
「てめえ、取れるんなら俺が何も言わなくても取れよ。おい、クソガキ」

 リヴァイは苛ついて、1分でも1秒でもはやくこのくだらない会話を終わらせ、エレンを数学準備室から追い出す手段を模索した。が、残念なことに有効な手段は閃かない。そもそも歩き方を忘れるとか呼吸の仕方を忘れるとか笑い方を忘れるとか、そんなことがこれ程自然に有り得るだろうかとリヴァイは思う。なのにエレンは笑い方を忘れ同情の引き方を忘れ、挙句の果てには自分の輪郭さえ忘れていくと言う。自分自身と云う存在がそこにいることをどうやって信じるか、証明出来ずに迷子になっている。ゆえに誰かを、この場合においてはリヴァイを、好きになろうとして、けれど、それにも失敗して、せめて躰を合わせるセックスで他人と己との境界線をまざまざと認識することで心の安寧を保とうと足掻いているのであるから、どうしようも無く無意味だ。そうしてリヴァイは仕方無く、制服を正そうとも蹲り動けなくなっているエレンに近寄ってやり、嫌々ながら、どうしようも無いのでエレンの手を取って、ここにおまえの手があるだろう、おまえはここにいるだろう、と気紛れに教えてやるしか無いのだ。定期的不定期的なテストの都度白紙の答案を提出するエレンはつまりそういうことなのだった。流石に教師として呼び出さないわけにはいかない、リヴァイのビジネス上の義務に縋って。
 なるべく痛くないよう繋いでいる手に、うっかり驚愕し何かを呑み込んでから上手く、何も見なかったことにする、そういう些細な反応をエレンが返した時期は疾うの昔に過ぎ去って、もう互いどうでも良かった。

「円周率が丸いのは、無限と永遠は違うっていう証明です。永遠なんてどこにも無いし無くていい」
「そこに至った方程式を述べろ」
「そのうち俺は円周率の丸いところに頭を突っ込んで、首を吊って死にます」
「答えか。イェーガー」
「答えです。先生。リヴァイ先生の言う、永遠に続く答えなんてそれこそ永遠に辿り着けない。だって、存在し得ないものなんですから」
「フェルマーの最終定理」
「たったの350年プラスαでワイルズに証明されたじゃないですか」
「だが美しいとは思わねえか?」
「3以上の自然数nについてxのn乗+yのn乗=zのn乗となる0でない自然数(x,y,z)の組が存在しない。それの、どこが」
「永遠にワイルズのものになった」
「そんなものが永遠なら俺は要りません」
「居るだろ」

 互いに顔を背けたまま繋ぐ手から目を離さない、それ以上は何を話そうと平行線であるのだと会話もしない。何と無駄で、退屈なふたりだろうか。そのくせ右手はずっと繋がれたままだ。

 エレン・イェーガーよ。おまえはここに居る。350年前どころか2000年以上前からだ。

 たかがその程度の言葉でエレンが満足し、明日からの日々を平穏に暮らせるのなら、そしてまた世界にさらわれかけた曖昧な不安にリヴァイの手を身勝手に、文字通り身を張って躰を、全身を遣ってでも名前を呼ぶのなら、リヴァイは、まだ。しかし、エレンはおそらく気付いていないのだろう。繋ぐ手は互いの熱の移動を疾っくに終えて、もう冷たくも暖かくも無く、リヴァイはどこまでが自分自身の手なのかがわからなくなっている。エレンを安心させるためにはセックスでも無く手でこんなに拙く掴むことでも無くて、ただ単純に大人が幼い子供にそうするようにぎゅう、と抱き締めるだけで良いのかも知れないけれど、仮にそんなことをしたら今度はリヴァイがリヴァイの輪郭を忘れてしまうのだろう。なのでしない。美しい予想を後世の優秀なる数学者たちに遺したフェルマーは、その下に短い手記を記した。

『私は驚くべき証明を見つけた。
──しかし、それを書き記すには、この余白は狭過ぎる』

 エレンを殺す円周率を1000000桁くらいまで白紙の答案用紙の裏に極少の数字を書き綴り真っ黒にして──ほんとうはもっと記憶しているが『余白が足りなかった』らしい──永遠なんか無い、と断じる虚無感とワイルズによって証明されたフェルマーの最終定理の喪失感ならば、いったいどちらが孤独であろうか。今から更に2000年後の、リヴァイもエレンもいなくなった未来の世界でそれは、証明され得るものであるのか。リヴァイには測れない。なぜならリヴァイが今この時点で証明出来得ることは、エレン・イェーガーという名の少年の存在では無く、ただ、エレン・イェーガーがここに居る、と云う狭過ぎる余白の、それだけでしか無いのだから。確かにあれはおそらく、エレンの出した解答にたがわずに、エレン・イェーガーのその細首を、通し、吊るすためにまるい。


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