<概略>
リヴァエレ前提と呼んでも良いものか不明なリヴァイとエレン/転生現パロ/前世でエレンは処刑されています/両者前世記憶持ち/援交びっちエレン/殺伐/伝わっていない伝えたくない/
完全にタイトル詐欺。どっちも何も救われません。






   

 まったく高校生には似つかわしくない、同じく、同世代の人間にも学校関係者にも絶対にと言っても良い程度にはおそらく擦れ違うことの無いだろう、セレブリティなオフィス街から少し歩いた公園。を、抜けた先にはこれまたセレブリティな、敷居の高いホテルがある。俺がこの春から通い始めたばかりの男子校の制服は、そこに通う生徒として言うのも何なのだが正直、学力の伴った世間知らずなお坊ちゃんだけが通学しているという世間の見解により結構有名で、ある種のステータスやシンボル的な意味で目立つ。だから態々そこを選んで入学した俺はあくまで楽しく刹那的に愉快に、退屈で堪らない青春を謳歌しようとしている、の、だけれども。

「──おい」

 元々重低音に近い声が、必要以上にどすを効かせて俺と男を呼び止めた。と、いうか、俺の肩にふれようとしていたその男の腕をつよい握力で掴み、止めている。10cm下にある目線。

「…こんばんは。リヴァイさん」

 折角きちんと挨拶したのにリヴァイさんは俺をきれいに無視して、鋭利過ぎる視線を男へと向けている。稼ぎなどは普通では無いのかもしれないがただの会社員である筈のリヴァイさんは、どう見ても、百歩譲ってマフィアの幹部か殺し屋である。

「なっ…いきなり何だ、きみは。し、し、失礼じゃないか!」
「黙れ変態ホモ野郎。このまま警察に突き出してやろうか?」

 そんなことをされてしまえばこの男の人生は確実に終焉を迎える。痛がる男に更に凄んでリヴァイさんはその手にますます力を込めていく。ぎりぎりとでも音がしそうに激しく軋む男の腕の骨とその痛みは、彼の皺が寄ったスーツ越しにもわかる程だった。

「っはな、離せ! きみこそ、ぼ、暴行、いや、しょっ…傷害で…っ訴えるぞ!?」
「ほう、それは楽しみだな。やってみろ。事が公になって困るのは、このクソガキを今からひん剥こうとしてやがるてめえのほうだがな。わかってんだろうが下衆野郎、未成年者への淫行罪だ」
「きっ…きみは、この子の保護者か何かかね…っ?」
「保護者じゃねえよ、クズ。ただちょっとゆかりがあるもんでな」
「そんな、たかが知人には、む、無関係だろうっ?」
「無関係であれるのなら俺もそうでありたいところだが」
「だいたいっ…僕らは合意の上で──」
「あ、すみませんがそのときは、俺、脅されて無理矢理でしたって証言しますんで」

 こんなに目つきの悪いリヴァイさんへ立ち向かおうとしてみたその果敢さは買うけれど、面倒事は好きでは無いので俺は呆気無く男を裏切った。男は一瞬だけ瞠目したけれど、今度は直ぐに俺を批難する。

「何をッ…、何だこのっ、さ、誘ってきたのは、おまえのほうじゃないかあ!」
「はい、俺です。ごめんなさい。でも俺わりと得意なんです、嘘泣き。肩を震わせて声を詰まらせて泣いちゃいますよ。いやァ俺もね、困ってるんですけどねえ……この人に見付かっちゃったらもう、俺にはどうしようも無いんで。今日はもう諦めます。すみません」
「──だ、そうだ。強姦罪も追加されたな。残念だろうが、理解出来たか? 出来たならもう2度とこのクソガキに関わるんじゃねえ。今なら見逃してやる」

 リヴァイさんに掴み握られていた腕を放されると男は俺へと何かを(たぶん罵倒されたのだろうが聞いても意味が無いので耳を素通りした)ひと言だけ怒鳴って、でも最早振り返ること無く走り去って行った。うん。見事な逃げ足だ。
 などと逃走するその背を笑顔で見送っていたら、リヴァイさんから鋭い蹴りが太腿に飛んできて、俺はそのまま悲鳴もあげる暇無くその場に屈み込んでしまい尻餅をついた。びりびりと筋肉が痺れている。制服が公園の土で汚れるから立ち上がりたいのだが、全然立てない。すげえいってえ。

「ッちょっと、もう、蹴ること無いでしょう。痛いです。リヴァイさん」
「うるせえ。てめえのせいで手が汚れちまっただろうが。穢えな」

 そう言いながらリヴァイさんは男の腕を掴んでいた手を除菌用ウェットティッシュで念入りに拭っている。如何にも忌々しげに顔を顰めて。

「そんなに不潔だと思うなら、お願いですから俺のバイトの邪魔しないで頂きたいんですけれど。…今週に入って何度めだと思ってんですか。ほんとうにもう……商売あがったりですよ」

 未だ蹲ったまま痺れる脚が立たない俺に、リヴァイさんは拭き終えた使用済みウェットティッシュを侮蔑的に見下ろして投げ付けた。ひでえなこの人、いやまじで。

「4度めだな。そして今日は木曜だ」

 それはつまり月曜から毎日ということである。日曜はずっと寝ていたいので休業日だと決めている俺を、この人は律儀に毎日邪魔をしてくれている。俺は感心半分、深く嘆息した。

「ねえ、リヴァイさん。何で邪魔ばっかするんですか? さっきの人だって、相当、金持ってそうだったし、俺、楽しみにしてたんですよ?」
「……同じことを何度言わせる気だ。クソガキ。なァおい、こういうことをするのはやめろと、俺は言わなかったか? エレン」
「こういうことってどういうことですか。援交? 売春? 身売り? 立ちんぼ? 売り専? あと他に何か名称ありましたっけ」
「ふざけるな」
「俺は何もふざけていません。真剣ですよ。真剣に男を漁ってます。そのために超頑張ってこの制服の学校に受かったんですから」
「裏金の代わりに躰でか」
「失礼な。ちゃんと勉強して正規の受験生として受かりましたよ。これでも俺、成績は悪くないんで」

 それは真実である。だって内申点は担任とでもセックスしてみれば何とかなったのかもしれないけれど、校内でそんなことをしていたらミカサにバレ無いわけが無いので出来る筈が無く、正しく受験勉強に励むほうが確実で賢明だと判断した俺は、アルミンに泣き付いて死ぬ程勉強したのだ。これでも。ほんとうに。真剣に。真面目に。本気で。それはもう周りから、ついに狂ったのかエレン・イェーガー!? などとあまりにもあまりに失礼過ぎるだろう心配までされる程。必死に。俺はどうして必死という単語が必ず死ぬと書くのかを身を持って存分に理解した。持つべきものは聡明なる幼馴染みである。アルミンは天使のような顔で、慈愛に満ちた笑みでにっこりと、言った。

『エレンがそこまで本気なんだから、お父さんの跡を継ぐとか、医者不足の発展途上国でヒトを助けるために開業するとか、きっと凄く大義のある夢が出来たんだろう!? 凄いよエレン! だってきみの目標になった名門校は、大学で云う医学部と遜色無い学科がある唯一の高校だものね! だったら僕は親友として全力で応援するよ! 僕に出来る協力は、何があろうとも惜しまない!』

 アルミンはその美少女然とした外見とは完全に180度違い、素晴らしく男らしいのだ。ゆえに男同士その友情も素晴らしく、あ、俺、親友の出す課題で殺されるのかも知れん、と思わずにはいられぬ程、徹底的にスパルタな友情だった。志望校が男子校だなんて同じ高校に通えなくなるとミカサはとても不満顕わに猛反対、それを説得し続けながら、あ、俺、受験どころか心労で死ぬのかも知れん、と覚悟せざるを得ない程、多大なストレスが祟ってそっちのほうが大変だったが。
 そう。大変だったのだ。この上無く。そもそも俺たちが通っていた中学校は高校へも持ち上がりで、なので敢えて受験勉強をしなくとも、余程の素行不良の落ちこぼれでも無い限りエレベータ式に進学出来たのだ。そして俺は素行不良でも無く別段落ちこぼれでも無かった。そこそこ進学校でさえあったあの中学で特に何の問題も害も無い、平均的な一般生徒だったのである。だから俺だってよもや自分が数少ない外部校受験生になるだなどと思ってもいなかったし、エスカレータからは落ちないよう勉強する程度で、他は周囲とも上手く付き合い時々ジャンと口論しながらであろうとも、和気藹々と過ごしていたのだ。中二のあの日までは。
 それががらりと変わったのは、変化するしか無くなってしまったのは、何もかも全部、今まさに目の前で俺に説教しているリヴァイさんのせいなのだった。
 中二の残暑も厳しい夏休みもそろそろ終わるに近い頃だった。家族旅行から帰路につく途中の空港の、それもトイレという場所で、俺たちは出逢った。寧ろ再会した。途端。脳天に矢でも刺さったかのような衝撃に襲われて目眩を起こし咄嗟に壁に手をついた。そうでもしなければ耐えきれずに崩れ落ちてしまいそうだったのだ。脳内に溢れんばかり、様々な記憶が──所謂、前世、とでも呼べば良いのか兎に角、リヴァイさんが上官且つ目附役で俺はリヴァイさんの直属部下且つ巨人化する化け物で。人間を喰らう巨人が聳え立つ壁の外を闊歩し、けれどその壁も巨人も元々は人間で、一部の人類という巨悪と闘い生きた俺たち調査兵団は結果隠蔽されてきたものを暴き出し勝利した、なんてそれこそ頭が狂ったのかと思うバトル系推理ファンタジーのようないつぞやの記憶が一気に蘇り、互いに呆然と、目を見開き立ち尽くした。トイレで。
 にも関わらず、粗暴ではあったが冷静で合理主義で潔癖であるリヴァイさんは数分も経たず靜かに口火を切ったのだ。切りやがったのだ。

『エレン』

 部下だった俺の名前をふてぶてしい程当たり前のように呼んで。そんなことをされてしまえば元部下としての脊髄反射で俺も黙ってはいられないだろう。今なら黙っていれば良かったと心底思う。若しくは、どちらさまですか、と総スルーするべきだった。脳内を埋め尽くした、壮絶過ぎて笑い話にもならないそれらを成る程コレがかの有名な中二病なのかと、或いは漫画の読み過ぎかとでも結論づけて。きっとそうするべきだった。なのに俺は気付けばもう手遅れにも、返事をしていたのである。

『リヴァイ、兵長……』

 我ながら愚かしいにも程がある。時間を巻き戻せないことに絶望したくなる程に。だがすべては遅過ぎたのだった。目が合っただけで何もかもの記憶が蘇ったのだと、俺は知っているのだと、リヴァイさんに知られてしまったのだ。今でも俺は後悔している。どうしてあの日、あのタイミングでひとり、空港内のあのトイレに行ったのかと。望まずも通じてしまった、兵長、という呼び方ひとつで互いに起こった不可思議な現象をすべて察した頭の宜しいリヴァイさんは、そのまま俺を個室に押し込んで質問攻めにした。曰く何をどこまで思い出したのか。それらが互いに差異や記憶違いは無いのかを。愚かな俺は恐慌状態に陥って、悩乱し、狼狽しながら馬鹿正直に答え、逆に問いもして、わかったこと。俺たちが思い出したものは何ら差異も無く記憶違いも無かった。即ちは、頭が狂ったのかと思うバトル系推理ファンタジーのようなそれらは疑う余地も無く、只々、事実だったのだ。困ったことがあればいつでも連絡しろ、と、すべてを思い出した俺としては信じられない、信じたくも無い常識人ぶった善良的な大人のような厚顔無恥も甚だしい台詞を残し、去り際に渡された名刺。の裏に直筆で書かれたリヴァイさんのプライベート用の番号とアドレスを、俺は暫しぼんやりと淡つかな目で、何が起きたんだっけ、と思いつつ眺め、て、そのあとで沸き起こった嫌悪感と激しい怒りに名刺なぞぐしゃりと握り潰し、そのまま乱暴に破いてゴミ箱へ叩き入れて、から。過呼吸を起こし今度こそぶっ倒れた。トイレで。
 俺の戻りが遅いと心配した父さんが様子を見に来てくれて対処してくれたお陰で、手洗い用のシンクに頭をぶつけたらしい俺は無事に介抱されたわけだが、どうせならリヴァイさんとの再会も記憶も、頭をつよく打ったせいにしてしまいたかった。因みに夏休み明け、ミカサやアルミンを始めとする数人に、こういう悪夢を見た、という嘘を前提に少々探りを入れてみたのだが誰ひとりとして引っ掛かってはくれず、エグい夢見だと同情されただけだった。ゆえに。なぜに俺とリヴァイさんだけが前世の記憶を取り戻してしまう羽目になったのかは未だ持ってして理解らない。視線が合った、現実に起きた切っ掛けのようなものはそれだけであったのに、腹立たしい程不明なままだ。実に意味不明だ。最低最悪不気味でならぬ、シンプルに云って気持ちが悪い。

「金に困ってやがるというなら、不本意だが俺が小遣いくらい幾らでも貸してやる」
「ははは。太っ腹ですねえ。流石リヴァイ兵長です」
「茶化してんじゃねえよ。但しそれなりの正当な理由を聞かせて貰うが。幾ら必要なんだ」
「俺のパトロンにでもなってくれるんですか? その場合、俺はリヴァイさんの足にキスして舐めて、わん、と鳴いて、ご主人様とでもお呼びしたら良いんですかね? ふふ。何プレイですか、おっかしい。でも金に困ってなんていませんよ全然まったく。けれどどうせ俺を抱きたい男とセックスするんなら、相応の対価を支払って貰うほうが得だなァ、って。まさか好きでも無い奴にタダで若い躰を犯らせてやるなんて勿体無えよなァ、って。そう思うからそれなりに金を受け取っているだけですから」

 リヴァイさんの酔狂な申し出が可笑しくて俺は嗤う。リヴァイさんの顔は険しくなっていく一方だ。

「つまり、てめえはただ単に男漁りをしてえだけだと?」
「そういうことになりますね。リヴァイさんも買いますか。前世割引きしてあげますよ?」

 前世割引き。何だそれ。愉快な響きだなァ。自分で言っておいてその可笑しさに俺は腹を抱えた。

「国家予算以上の大金を積まれようが要らねえよ、穢え精液便器なんざ。今日は何本喰ったんだ? エロガキ」
「精液便器とか。ひでえ言われようですね。今日はまだ2本だけですよ。リヴァイさんが邪魔したせいで」
「淫乱変態野郎が。いい加減にしろよ、てめえ」

 精液便器の次は淫乱変態野郎ときたか。だけど。

「そんなこと貴方に言われたくありません。男のちんぽをケツで咥えて、気持ち悦いことをしてそれの何が悪いんです?」

 わざと尋ねた俺に、リヴァイさんは顔色こそ変えないがあからさまに嫌そうにする。そのせいで俺は今にも狂って嗤い死にしてしまいそうだった。

「てめえのやっていることがこの世界じゃあ犯罪だからだ」

 どうしてそこまできっぱり言い放てるのかまるで理解出来ない。俺は決して認めない。

「それを貴方が言いますか」
「てめえみたいなガキは、真っ当に恋でもして好きな相手とセックスするもんだ」

 今日のリヴァイさんの説教は無駄に長くてくどい。俺は段々と、強烈な吐き気のような気分の悪さが沸いてくる感覚に、呑まれぬよう意識をつよく持って、押し只管に唾液を呑み込んだ。信じられない。苛々する。この人、今、何て言った?

「ふざけてんのはどっちですか。ねえ、兵長。あの頃、俺たちしか居なくなった古城で。俺が何れ程嫌がっても、やめてくださいと懇願しても、躾だか罰だか今更知りたくも無いですが、痛がる俺を無理矢理、暴力で捩じ伏せて、上官命令だとか理不尽にも逆らうことさえ赦さずに、もう嫌ですって泣く俺を、痛いですって泣きじゃくっていた俺を、ひん剥いて、おさえつけて、躰を暴いて、時には失神する程めちゃくちゃに、乱暴に、毎晩毎晩、性的に暴行していたのはどこのどなたですか。…そりゃあね、当時の俺には人権なんかありませんでしたがそれでも、子供の頃からの俺の、こころから大切だった、英雄への憧れすら踏み躙っておいて──精液便器? 淫乱変態野郎? 何を仰っているんです。馬鹿なんですか? 俺をそうしたのは、そういう躰にしたのは、そういうふうに扱っていたのは、他でもない貴方でしょうが。リヴァイ兵長」

 化け物だからどのように扱おうが勝手なのだと。そう言って。冷たい双眸で見下して。惨めさに死にたくなることを、繰り返しておいて。

「犯罪──犯罪行為、ねえ? ふ、ははっ…嘗ては人類最強兵士とも呼ばれた貴方が。何が貴方をそこまで変えたんですか? つっまんねえ野郎に成り果てましたねえ。兵長」
「規律を護るのは当然だろう」
「はァ? 化け物の俺をぐっちゃぐっちゃに犯すのは、別に規律で禁じられていたわけじゃあ無かったから、良いって? そういうことですか? 何て勝手な持論なんでしょうね。──貴方の嫌う、俺を買う穢い男たちのほうがずっと優しく甘やかして、ひと夜限りでも充分に愛を持って抱いてくれますよ」

 そうされる、ためだけに。それだけ、を、明確なる目的、に。俺は死ぬ程勉強して外部受験をしてまで、今、この制服を着ているのだ。あの夏休みの終わる前に適当にそのへんの男を誑かしてみたが引っ掛かる男の質も悪ければ効率も悪かった。ので、ならばと考え付いたのが今の成功した状況なのだ。それなのに邪魔をする。構われたくも無い俺を止めに来る。リヴァイさんはいつでも勝手だ。でも俺が。俺がほんとうにリヴァイさんを赦せないのはそんなことでは無い。転生し出逢って思い出してしまってそれでもずっと憎いのは、断じてそんなことでは無いのである。

「エレン、」
「そんな声で俺の名前を呼ばないでくださいますか」

 愛してもいないばかりか憎んでもいないくせにそんなにも、軽々しく。
 いつからだったか、俺を破格の大金で買うようになった男がこんなことを言っていたなァと、俺は何となく、場違いにもその男の言を思い浮かべる。見覚えのあるその顔は忘れた。

『私はね、誰のなかにもその人だけのこころの部屋、のようなものが有ると思っているのだけれど。エレン、きみのこころのなかに有る部屋は、なぜだか、ついぞこちらが怖気付いてしまう程に強固にも、オープンで開けっ放しに見えるのに。ドアも窓もついていないから誰もそこへ入れないし、きみ自身も出て来れもしない。どうにもそんなふうに思えてならないんだよ』

 確か精神科医だか何だかだったろうか。俺は求められるまま脚をひらいて、笑って、面白いことを言うんですね、とか曖昧な感想で流して。そうだ、確かそんなことはどうだって良いから早くちんぽぶち込んでください、と思ったのだった。

「エレン、躰を売るのは自分で自分を傷付ける行為だ。だからそういう愚行はやめろつってんだよ。あの頃と違い巨人化なんぞ最早しなくても良いおまえが、そうやって自傷行為を続けて何の意味がある。実際ほんとうは理解してやがるんだろう、おまえは。やめろ。金輪際だ」
「命令ですか? 俺がそれを聞くとでも? お節介な上におめでたい思考ですね、それ。黙れ裏切り者。貴方に何をされても歯噛みし耐えて、どんな非人道的な行為を強いられても、それでも、貴方を厭えなかった、軽蔑しきれ無かった俺が、最後の最後まで信じたことさえ、貴方は裏切った。都合の良い言葉で無かったことにしてんじゃねえよ」

 あれ程までに決然として、俺を殺すのは必ず自分なのだと謂ったくせに。他の誰より容易く的確に、きれいに、巨人のうなじを削げる貴方だったから俺はそれを信じていたのに。ずっと信じていたのに。どうして。

「どうして逃げた。──俺から」

 俺を、殺すことから。
 海を見たいだ何だと思っていても俺は初めから理解っていたのだ。覚悟していた。平和な世界に俺は要らない。いつ化け物になり、もしかしたら人類の安寧を脅かす存在になるかも知れない俺には、新たな居場所など用意されることは無い。だからいつでも覚悟を決めて、けれどもこの人の手に掛かって死ねるならばそれで良い、そう思いながら何もかもを棄ててきた。なのに。

「断頭台は無機質で、とても冷たかった。それが俺にとってどういうことだったのか、理解りますか。ねえ貴方に、そのときの俺の失望感が理解りますか? 兵長」

 俺を処刑するために予め決められていた役目を放棄して、来たる決行のあの日、この人は現れなかったのだ。どこにも。誰にも姿を見せず。いなくなった。そのせいで急遽変更された俺の処刑方法は、血の通わない無機物によるもので、泣きたくなる程、俺は、迷子の幼い子供のように不安で怖くて、寂しくて、どうしようもない虚無感のなか、独りきり、罵られ投げ付けられる石礫や野次の声さえ摺り抜けて何も聞こえないままに何も感じないままに、無音で不可視の世界に独り消えていくように、死んだのだ。

「職務を放棄するなんて貴方らしくも無い」
「俺はあの日、」
「聞きたくないです」
「聞け」
「嫌です」

 ──だって。

「前日、俺は外へ、」
「知ってます。言われなくても。海を探しにでも行ったんでしょう? 大方そんなことだろうと思っていましたから。俺がそれに気付かない筈が無いでしょうが。そんなことで俺が喜ぶとでも? 結局貴方は自己欲を満足させる、ただそれだけのために、俺を裏切って、調査兵団もすべての人類も裏切って、俺から逃げたんじゃあ無いですか。笑えますね。貴方は英雄なんかじゃあ無い、ただの臆病者だった。その事実がほんとうの意味で、俺を、完膚無きまでに叩きのめし、そして、殺した」

 だって、そうだろうと思っていた。俺は子供ではあったけれども、そこまで馬鹿では無かった。

「赦しません。永遠に」

 憎くて、憎くて憎くて憎くてここまでくると最早いっそ愛なのでは無かろうか、と錯覚してしまう程に。あの頃も今現在もひたすらリヴァイさんのことばかりが俺を呼吸するのも嫌になる程埋め尽くしている。

「貴方が憎いですリヴァイ兵長……リヴァイさん。死んでください」

 俺がそうであったように。どうしようもない虚無感のなか、独りきり。

「死ねよ」

 謝罪や言い訳なんてそんな無意味な言葉は欲しくも無いのだ。忠告も何も要らない。
 だから死ね。死ねよ。俺の見ていないところで。たった独りで。死ね。

「なら訊くが。俺が死ねばおまえは、真っ当な幸せを選ぶのか? ふつうの──俺と再会した日より以前の、おまえに戻り、生きるのか」

 言われた瞬間俺は思わず、いつだったか誰かが云った、俺のこころに有るという部屋のなかとやらで、ついぞニヤリとした。それは結句要するに、俺の意図していたことは上手くいっているのだということだ。例えばそれすら、俺を形成する躰も中身も行為さえも、リヴァイさんが立てたシナリオに則っていたのだとしても。

「何が真っ当なんだか知りませんけれど。俺には理解出来得ませんけれど。やめませんよ。やめる理由が無いでしょう。貴方が死のうが生きようが、俺には何ら関係が無いのに。だって躰のなかで渦になった何かが暴れるんです。胸を疼かせ、俺をせっつく。ふはっ……ねえ? これって、兵長の躾の賜物ですか」

 喉を鳴らして俺は嗤う。只々嗤う。何もかもが馬鹿馬鹿しい。くだらない。それが今ここに生きている、俺のすべてであるのだ。

「俺を買ってもくれずに、犯してもくれないおっさんに用はありません。どっか行っちゃってください、リヴァイさん。俺も今日はもう店仕舞いですので、帰ります」
「待て。まだ話は終わってねえ」
「貴方と話すことなんて一切まったく全然ちっとも微塵も無いです」
「エレン」
「呼ぶな。って言ったでしょうが」
「だったらてめえも援交やめろクソガキ」
「無理です。あ、そう言やァ、泣きじゃくる俺に貴方はよく仰ってましたね。嫌がりながらも甘受する、俺にそういう素質があるんだろう、って。ほんとうは犯されたくて仕方の無い淫売なんだろう、って。あれだけは真実だったのかもしれませんね。だって俺は男に抱かれて躰中に愛撫をされて、男のちんぽを口のなかで美味しく舐ってしゃぶって、ケツの孔にちんぽハメられてアヘって悦がる、精液便器の淫乱変態野郎ですから」

 リヴァイさんは俺を引き起こそうと伸ばした手を、唖然として直ちに引っ込めた。だから──今更構うなと何度も言ったのに。馬鹿だなァ。

「エレン。俺はどうすればいい。おまえに何をしてやればいい。その目をぎらぎらさせて巨人と闘っていたおまえを、純粋に海を見たいと憧れていたおまえを、俺はもう失望したく無い」

 リヴァイさんはそれでもまだ、俺のこころのなかに有るらしき部屋を信じようとしていて、強張った表情のまま立ち竦んでいる。あの日の俺みたいに。そしてまた何度だって、引っ掛けた男とホテルへ向かう俺の楽しみを邪魔するのだろう。手を、差し伸べようと、するのだろう。くだらない。俺は自分から1度だけ、リヴァイさんのその剣だこの無いきれいで清潔な手に触れてみて、直ぐに離す。何度だって振り解く。独りで立って行ける。ほんとうに馬鹿馬鹿しくてくだらない、のは、俺のほうだと知り得ながら。これからもずっと。

「本気で貴方にして欲しいことも貴方が出来ることも、何ひとつ在りません。別に死ななくてもほんとうはどうでも良いんです。勝手に失望でも何でも好きにしてろよ、それだって貴方が貴方のためだけにしていることなんですから。ではおやすみなさい。良い夢を」

 なるべくリヴァイさんによく見えるよう、にこりと微笑んで踵を返した。さようなら、願わくばもう貴方になんか逢いたく無いんです。こころに有るという部屋のなかで呟いた。なぜなら何れ程、華奢で無力な手にさえも、ひとふり、貴方へとナイフを振り上げる理由なら、無数にあるのだから。
 だからどんなに馬鹿馬鹿しくとも、くだらなくとも。棄てて。棄てて。また、棄てて。棄てて。それでも俺は俺が俺であることを、棄てることなど出来ていないのだということに、ほんとうは疾うに気付きながらも気付かない振りをする。俺はあとまだ何を棄てれば、俺を棄てることが出来るのだろうか。おそらくリヴァイさんは教えてくれない。どうしようも無く足掻いても救われぬ自分を棄て続ける程、かなしくて、も。俺はもう、自分の躰を使って傷付き続けてゆくことでしか。そうやってリヴァイさんを傷付け続けてゆくことでしか。俺を咎める貴方を畏怖していた以上に──ただずっと独りきり、貴方を好きだったのだと伝えられ、無い。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -