<概略>
疑似愛憎/猟奇的+狂気的な変態性癖/快楽殺戮オナニスト新兵/不謹慎/女型捕縛直後/
アニメ1期最終話あたりの設定(を思い出しながら)(しかしDVD等々を観直しつつ書いたわけでは無いため、曖昧さや間違い、記憶違いは許してください)







   

 今まさに、エレンは、どこの誰よりも軽蔑されたく無かった相手から幾度めになるだろう侮蔑の眼差しで見下されている。以前1度、信頼したわけじゃねえ、とはっきりと告げられながらも、ならばいつの日か信頼を勝ち得たくて、痴がましく不相応な願いかも知れなくとも、厳しさに内包された優しさや包容力や合理的な理性を理解したくて、叶うならばそこへ踏み込ませて貰いたくもあり、ついでに云えば心のどこかで理解されたくもあった、盲目的に憧れ、尊敬していた、その人に。

「普段はただのクソガキ面で澄ましてやがるくせして実際はとんだ変態野郎だってのは、心底嗤えるくらいに愉快で仕様がねえよ。気色悪ィ」

 容赦無く吐き棄てられる、如何にも穢らわしいとでも嘲笑う罵倒が、リヴァイの声であるというだけで、鼓膜が犯されてゆく程に、ここまで耳障りが好いなんて。いっそ死んでしまえと命じられているかのような快感に迸る浅ましさがどうしたって不理解の壁として、乗り越えられそうに無い巨大さでエレンの前には常に高く聳え立派な出で立ちでもって立ち塞がっている。今更恥じ入る意味も無い。遺憾無く理解りきっていたことでは無いか。だからエレンはずっと隠し続けて生きてきた。ヒトにヒトが理解出来得る筈が無い、同等に、ならば自身も他者から理解される筈が無い。そんなことは当然であるのだ。だが自己を呪うように蔑んだ、色めいた荒々しい吐息にさえ途方無く興奮する。これはすべて自分のものだ。エレンは閉じられもしない唇から熱い吐息を垂れ流す。高鳴りを抑えられぬ胸へと、今にも涎が垂れ落ちてしまいそうだった。きっと性的興奮の針が振りきれたとき、生きている証である生命の源を吐き出して、爛れた悦びに死ぬのかも知れない。



 快楽、と謂うものにおいて、自身の異常性にエレンは疾うの昔から気が付いていた。ただ自ら進んでは認めたいものでは決して、無かっただけだった。今でも出来ることなら認めたくなぞ無い。だって、どうしようも無く“そう”なのだ。よもや己に、快楽殺人に酷似した気がある、などと。マゾヒストでは無いつもりだが悲鳴さえ上げられぬ程の痛みに精神が弛感する程、ぐずぐずに蕩ける甘やかな安らぎすら感じてしまう。鉄の匂いに背筋が、躰中が、内側から打ち震えて、鮮血の飛沫を見るとぞくりと大袈裟に肌が粟立ち、それを浴びると自分でも信じられ無い程にひどく凶暴で、且つ目を背けることも出来ずどうすることも出来無い、恍惚とした気分に襲われ、自我を失いそうになる。そうしてそれから冴え勝る之繞を掛け、エレン・イェーガーで在ることをも見失ってしまいそうになる程に。
 訓練兵時代の同期であり対人格闘の訓練では随分と世話にもなった。ただ闇雲に、力任せに突っ込んでゆくばかりの格闘スタイルだったエレンに、自分より大きな体格と力の有る相手を簡単に地に転がしてしまう、独特な戦い方を指南した。率直に云えば深く感謝すらしていた。ゆえにエレンはぎりぎりまで信じたく無かったのだった。あの憎き女型の巨人の正体がアニである可能性を。だからこそ1歩どころか数歩出遅れ、捕縛作戦の足をも引っ張る結果となってしまった。公に心臓を捧げた筈の調査兵団兵士として、失態甚だしいことである。
 しかしてエレンの躰を突き刺し貫いた鉄柱と、瓦礫の重みを、ずくり、思い出せばもう、あの安堵感はあまりに心地好く、悦過ぎて立ち上がる気力や理由すら意識の外へと追いやられるかのよう、血の、否──“死の匂い”に、目的も意志も自分という存在の意義も何もかも、削ぐように奪われてしまいそうで、あのままでいられたならばどうなっていたのだろうと夢想せずにはいられ無い。事実エレンはあのとき異常な快楽から自我を取り戻すまでに、1分1秒をも争うべき切迫していた時間もチャンスさえも無駄にしたのだ。それは言い訳も出来ぬレベルで、兵士にあるまじき醜態であった。けれどほんとうは、本音のところから、あのままでいたくて堪ら無かった。もしも赦されるものならばずっと、永久に、不変に、あのままで。思考無く物言わぬただの肉片と化し、ゆっくりと土に還るまで。
 エレン・イェーガーという名の少年を第3者目線で語るとするなら、彼は本人の預かり知らぬうちに、強大で人々から恐れられる巨人化能力を持つようになるよりもずっと前、シガンシナが陥落する以前の幼き子供の頃から、他者から当然のように馬鹿にされる程、壮大で、果て無き夢を持ち続け、貪欲に生きてきた。超大型巨人により壁を突破される、殆どの住人たちだけで無く駐屯兵団の誰もが予測すらしていなかったあの日から、自身の脆弱さや無力さに、幾度も打ちのめされては言葉にならぬ苦渋を味わい、耐えきれず流れる涙も憤怒も止められ無い、だからこそ心身を削りながらその度に鍛練に打ち興じ続ける、異端の少年兵。巨人を世界から駆逐し尽くすのだと。母の、エレンを信頼しようと努力してくれた人たちの、エレンが信頼した人たちの、無惨にも喪われたすべての生命の、仇をとるのだと。罪無き誰かが目の前で殺されていくことも、何かを奪われ傷つけられていくことも、何も出来ずに見ているだけの役立たずとして甘んじることなどもう2度と嫌なのだと。そう、エレンは誰がどこから見てもそのように使命感と正義感に溢れ真っ直ぐに突き進む、怒りと憎悪と悲しい優しさを孕んだ、残酷なる世界を劈く咆哮そのもののような、まだまだ未熟ではあるが確かに獣染みた化け物らしく激しくもぎらついた、調査兵団には御誂え向きとも呼べる新兵であった──どころか、元々その予兆はシガンシナに在住していた頃から充分に垣間見えていたと云えた。だがそれは同時、常識的な範囲内をゆうに飛び越え、あまりにも度が過ぎていると危惧されるしか無いものでも、あった。例えば、幼少の歳の頃から、友人であるアルミン・アルレルトを虐める無知恥な少年たちを赦せず、対話と説得を試みるよりも先に、歩み寄る道を探すより先に、この家畜共めと暴力で切って棄ててきたように。例えば、2桁にも満たぬ歳にして、ミカサ・アッカーマンの両親を惨殺しまだ幼くも儚い少女であったミカサを誘拐した賊に立ち向かい、相手が凶悪な犯罪者であることなど関係無く躊躇いもせずに、その小さな手で殺めたように。エレン自身ですら覚えている限りにて物心のついた頃には、最早“そう”で在ったのである。それらを暴虐に過ぎると捉えるか寧ろ勇敢と捉えるかは第3者の性質や思想によるのかも知れないが、兎に角エレンという子供は、わかりやすく単純明快に、感情に素直過ぎる程素直で実直な人となりをしている裏腹、本人の手にも余る程の、酷遇に偏った獰猛さを包含していた。
 ただ──明朗快活な直向きさは断じて意識的に仄冥さを隠蔽した、よく出来た仮面などでは無く、真実本物の正しくエレン・イェーガーの人格でもあったのだが、しかし、誰にも吐露出来ぬ焦燥感を、異常性を、エレンは自分自身を内側から喰い荒らしていく狂暴な欲情を、まともでは無い性癖として知っていた。はやく助けてやりたかった、とミカサを誘拐した悪党たちが潜んでいた山小屋へとひとり突入したあとでエレンを叱った父親へ、くちにした言葉は断じて微塵も嘘では無かった。本心からそう思いながらの言葉であった。だが。眠りについた夢のなか何度も執拗にリピートされる、山小屋での無我夢中な凶行の記憶は廃退と躁状態にも似たオーガズムハイを確かにエレンへと感じさせ、その幼いペニスを疼かせた。翌早朝の違和感に、起こされずとも目覚めたエレンは、動擾し狂奔し、か弱き少女の悲鳴にも似た裂帛の金切り声を上げ掛けた。その目が見たものは、就寝時に着ていた下衣をあっさり通り越しシーツにまで染みをつくり広がる、寝小便とはまるきり違う、真っ当で単純な精通にしては異様に外ならぬ大量の白濁した精液。その夢精が事実、揺るぎ無き証明となったのだった。初めにエレンを襲った感情は自分自身への恐怖。なぜ。どうして。あんな血生臭い殺戮の何がどうなりいったいどのような化学反応を起こせば、こんなことになるのかと。まだ9年しか生きていないエレンは怯えた。それこそ前夜に殺人を犯した無謀な子供と同一人物とは思えぬ程に、臆病さが今になって襲いきたかの如くがくがくと。けれどその奮えは恐怖だけに非ず、一夜明けて尚も冷め遣らぬ昂りによるものからであるのだということも、幼いながら、それでも雄としての本能が理解してしまったからである。鼻の奥にこびりつき、念入りに顔と両手を洗いすすいでもすすいでも取れずに、鮮明さいや増すものは、逆にエレンの躰内へと滲みどんどん浸透し、奥へと入り込んでしまったかのような、前夜の湯あみで確りと洗い流した筈の、全神経が痺れる程の血の匂い。手のなかに残る悪人たちの、けれどもれっきとした人間の、人躰の、生きた肉に刃が沈む感触。そして、どうしようも無く、痛い程に勃起した、まだ小さなペニスから漏れた生臭い──死とは遠い生命の源たる匂い。善人も悪人も、性は、血肉は、等しく“生の匂い”だ。
 あァ成る程、死と生は同じものなのだと、余程自分は原始的な快楽に支配されている異常者であるのだと──落ち着きを取り戻したエレンはそれらをすんなりと矛盾無く理解し、それからその穢らわしさを受け入れる外に無かったのである。但し受け入れたからと云って、そのような自身に嫌悪を抱かぬわけも無く恐怖を感じぬわけも無く、無論、途方に暮れる程度には恥じ入った。こんなのはおかしいと泣きじゃくりたくすらあった。
 しかしエレンの恐れや興奮も含め、まさかそんな心境など思いもよらぬ母親──カルラは、単なる思春期の入り口における、エレンの躰の成長のひとつとして穿つことなく認識しただけであるらしかった。だから今更何を咎められることも窘められることも無いままで、けれど先述の通りエレンは気が付いてしまっていたのである。気が付いている上で快楽を否定し、自己肯定に徹していたい気持ちも棄て切れずに、それゆえ時々は叫びだしたくもあった。何かの間違いであったのだと信じ込めたならば何れ程、無責任に逃がれられ楽になれるのだろうか、などという無意味さをも実感しつつ必死に考え、結局受け入れざるを得ないまま、ひた隠し、諦め、翻弄され、溺惑し──それ、でも。
 自らを欺ききることは不可能であり、目眩がする程の快感に抗うことなど更に不可能であるのだと、嫌になる程、神など不在の世界で、この際誰だって良いので悔悛し縋り付きたい程度にはもう充分にたくさんで、痛切に思い知る。そんなものだけが正常で、至極真っ当だった。



 巨大樹の森ならまだしものところを一般の人々も暮らす街なかにて女型巨人と化したアニ・レオンハートとの戦闘で、傷を負わされながら追い詰めたときには満身創痍であったエレンはもう、どのように誤魔化すかなどと取り繕う思考が一切合切失われていた。うまく立ち上がれ無い、女型の攻撃を避けきれ無い、逃亡する後ろ姿を追い掛ける、それをエレンも巨人化した姿でだ。エレンは建ち並ぶ家々をあちらこちら破壊しながら──勿論意図的なものでは決して無く不可抗力では有ったが、破壊行為という意味ではアニとの違いなどおそらくあるまい──けれど地下道内にてアニを捕らえるという1番安全な作戦は失敗し、街なかであれ程のことが起こり、人払いはされていても大々的に避難勧告を出すわけにはいかなかった壁内の地上戦で、巨人化した者同士の戦闘は何の罪も無い一般の人々をも数えきれず踏み潰した。何もかも最悪で滅多無性に戦闘専心であったあの状況で任務遂行に必要不可欠なこと以外はすべて避けろというのはそれこそ、無茶な話だが、思い返せば足の裏に残る感触は、あたかも、残酷な遊びに耽る子供が虫や蛙を踏み潰し、殺し、愉しむように、償えぬ罪悪感と共にずっと、あの幼き日の早朝を、嫌でも思わせる生々しく異常で穢らわしい性的快楽をエレンに与えていた。


 目を覚ましたエレンが聞かされた話によれば、アニは現在も尚、少なくとも鉄では傷ひとつ負わせられもしない強度の、今のところ解明不可能な物質であるとしか云えぬ透明で美しい不可思議な水晶体のなか、引きこもってしまった姫君宜しく眠りについているのだと云う。無知性巨人とも、奇行種巨人とも違う、巨人化しながらも余程知性的に自らの巨体を──巨人化時のエレンよりずっと確実に──意思通り操り凶悪なる様々な殺し方を駆使し、兵団の仲間を次々と嬲り殺しにした脅威の女型巨人。その中身であったのは訓練兵時代の共同生活のなかでも無駄口と馴れ合いを嫌った、だが実は面倒見良くエレンに体術を指南してくれもして、とても悪人とは思えなかった小柄な少女は今や何ひとつ語ることも無い。が、闘いのさなか聡い彼女には気付かれてしまったかも知れないとエレンは嘆息をひとつ吐いた。ときには嫌になる程に繰り返し見続け、仕掛けられてきた独特の体術を、エレンに教える度に、アンタはほんとうに覚えが悪いね、とうんざりとした冷ややかな表情を向けていても、向けられたエレンはアニとの訓練に純粋な楽しさを感じていたことを忘れることは容易に出来そうには無い。エレンはアニを好きだった。色恋の話では勿論無いがあの無口さも強さも含め好ましくは思っていた。ゆえに今もまだこれ程現実味を掴めずもしかしたら、彼女には彼女なりの大儀があったのかも知れない、ともその甘い考えを払拭し切れぬのだろうか。人類を殺す、大儀、など。考えるにも馬鹿馬鹿しい。エレンにはそんなもの予想もつか無い、が、けれども彼女は最早人類の敵であり、赦せる筈も無い仇であり、それはエレンにとっても同様に憎しみの対象となる害獣の1匹に過ぎ無いそんなところまで彼女は成り下がった。
 裏切り者、と詰め寄りどんな拷問に掛けてでも巨人に関する秘密と情報を吐かせ、そして他の誰でも無いこの手で殺したい。エレンは思う。殺したい。殺したい。殺したい。女型の巨体から引き擦り出された、小柄な少女のあの躰の肉を、ひと欠片も余すところ無く引き裂いてやりたい。呪詛を吐くような気持ちの悪さ、と、アニを、女型の巨人を、どのような方法でも良い、殺め細かく裂いてから跡形も遺さず喰い尽くしてやることが出来たなら──何れ程満たされることだろう。そう考えてしまえばもうそれだけで駄目だった。それは既に仇討ちや正義感などを超越した、あくまでも一方的で身勝手な欲情に過ぎ無い。消えて失くなりたい。脳裏をよぎるものはそんなもので、エレンは己を恥じる。噛み締め過ぎた奥歯が軋む。握り締めたこぶしが白過ぎる程に色を変える。背筋をぞくぞくとしたものが這い上がるのが理解る。どうしようも無い。どうしようも無いのだ。
 もう少しだけ眠りたい、暫くひとりにして欲しい、と、エレンを心配するあまりベッドの傍を決して離れまいとするミカサを部屋から出して、思い出す。ぶる、とエレンの躰が震え、込み上げてくる、如何ともし難い爛れた欲望。躰にかけられたままの毛布のなか、下衣を圧迫する、半勃ちどころか完全に勃ち上がっているペニスが、情け無いことに紛れも無き証拠である。ミカサが離れ難そうな視線を送りながらもエレンの願いを尊重し部屋を出て、ドアを閉めてから数秒から数分、時間を計る余裕も無く、投げ出したままの躰を起こし、何かを諦めるようにぼうと扉のほうを見詰める。出来損無いの鳥の巣のように若干絡んでいる後ろ髪を1度だけ撫で付けてみてから、エレンは複雑そのものの面持ちで自ら毛布を剥いだ。渦巻く気持ちは複雑さなど追い抜ききって、ささくれ、めちゃくちゃに絡まり合いほどけもしない、髪の毛よりもずっと細く今にも千切れそうな廃棄されるべき屑糸のようであった。
 アルミンは団長たちとの話し合いに同行していると聞いていたし、ジャンは辛気臭いと部屋を出て行ったらしい。ミカサが居ないならばここに戻る理由もあるまい。何よりミカサのことだ、おそらく、エレンは眠っているのでひとりにしておいて、とでも言って他者の来訪に釘を刺してくれるだろう。漸く解放される、代わりにまた自己嫌悪に呑み込まれるのだ。理解っていてエレンはその双眸を軽く閉じ、ベッドヘッドに寄り掛かるようにして座り直した。そっと右手を差し入れた下衣の内側、指先が先んじて奮える。それでも焦らずに慎重に下着ごと布を下ろしていけば、ガチガチに勃起し腹に付きそうな程天井を仰いだペニスが、はしたなくも先走りの雫を先端より滲ませている現実を知る。自身の躰の一部であることさえ嘘のように痛くて、苦しい。痛くて、苦しくて、そこから殺意のかたまりが溢れ出しそうで仕方が無い。しかしそれよりも、肺から込み上げる吐息は熱く興奮しきっており、もう疾うに我慢なら無かったのだと認めれば惨めさに泣きたくなった。だのにこの躰は知っているのだ。生と死を、血と肉を。そこから沸き上がる覆ら無い悦楽を。エレンはペニスに手を添えきつく握り締めると、初めは緩く、徐々に力を込め欲情に逆らう術無く上下に扱く。エレンは他に方法を知らない。この、心身を焼ききるような衝動を射精以外で解消させる方法を。

「…ッア、…う、っく、……はぁ……」

 物理的な所謂おかずはエレンには必要が無い。思い出せ、思い出せ、と繰り返し脳裏に浮かぶ惨く潰れいく血肉の感触さえあれば。しかしこんな浅ましい姿を、エレンの異常性癖なぞ一縷も想像だにしないだろう仲間の誰かに見つかってしまえば言い訳の仕様も──、

「は。鍵もかけずにマスカキかよ。随分不用心だな、エレン。相変わらず馬鹿で何よりだ」

 喉から反射的に出掛かった驚嘆の悲鳴を呑み込み瞬時にペニスから手を離したが、すべては後の祭りだった。心臓が止まるかと思う程驚いたエレンは部屋へと入ってくる気配すら無いままドアの内側に立つリヴァイに瞬く。
 何だこの人何でこんなところに居るんだ。停止した思考を動かしたのはリヴァイが侮蔑の笑みを僅かに浮かべたからだ。

「あ? それともアレか、おまえはそういうスリルを愉しむ性癖すらあんのか。おい、エレンよ」
「っ……ちょっ…、ノック、くらいして、くださいよ…! か、鍵は単に、かけ忘れただけです…」
「どうせまた発情してやがる頃だろうとあたりをつけて来てみりゃあ、既に人払いも済ませてお愉しみ中とはな。もっと慎重に行動しろと何度忠告してやろうが、クソガキにゃあ聞く耳すらもねえようだ」
「……以後、気をつけます」

 リヴァイに立ち去って貰いたくて立ち上がろうとしてもエレンの傍へと足早に寄られてはどうすることも出来無い。更には内鍵を閉められてしまったらしく、女型と死闘を繰り広げていたつい数時間前がまるで虚構のようだと軽く頭を抱えたくもなる。あの緊迫感はいったい何だったのか、と。だが当然のようにエレンのペニスは勃起したままであるし今更リヴァイ相手に隠そうとも無意味であるし、勝手にずかずかと入り込んできたリヴァイはと云えば義務ですら有るかのような顔をして、エレンのすぐ傍らにある椅子に腰を下ろし脚を組み、居座る気満々の様子であるのだ。理解したく無い。理解したく無い状況は理解するべきでは無いのだと半分以上自暴自棄になりつつあるエレンの、下半身を見下ろし、鋭い双眸のネイビーブルーはそこをじっと見詰めているのだから。

「どうした。続きはしねえのか?」
「つ、づきって……兵長は俺のオナニー見るために態々来たんですか! というか今は重要な会議中なのでは!?」
「煩え、騒ぐな。ヒトが来ても知らねえぞ……って、あァ、てめえはそういうシュミだから良いのか」
「……別段、他人に見られたい願望はありませんよ…」
「そのわりにゃあ萎えてねえじゃねえか、エロガキ」

 ク、と、さも馬鹿にしているようにリヴァイが喉を鳴らした。否、事実リヴァイはエレンを嘲笑しているのである。クソ、とリヴァイの口癖を脳内のみで借りてついでにエレンは開き直りだす。この状況のすべてが漏れ無くつらいのだ。身体的にも精神的にも。

「おら、しろよ続きを。ちんぽ充血してつれえんだろうが」
「……兵長が出て行ってくださればします。見られながら悦くなる性癖は無いので」
「何言ってんだ馬鹿が。てめえ今まで俺の前で何回出したかわかってんのか、何なら数えて言ってやろうか?」
「そんなものまで逐一覚えられているとか、すげえ怖いんですが。……もう、見ないで…くださいよ」
「その目の前で最高にむかつく程、気持ち悦くなっていたのはどこのガキだったか。まァ心配しなくとも出てってやるよ。俺が出ていきたくなれば」
「…ですから……ヒトが見ていると、」
「この期に及んで気取ってんじゃねえ」
「んな、つもりでは、無い、ですが」

 どうしても素直に出て行く気は無いらしいリヴァイが、口許だけを歪め嗤いを仄めかしてはいるが、明らかに侮蔑の眼差しを向けエレンを見下している。そのことがエレンの心を一際深く抉った。羞恥心などよりずっと内懐を傷付けにかかるように、鋭利に。なぜならば今まさに、エレンは、どこの誰よりも軽蔑されたく無かった相手から幾度めになるだろう侮蔑の眼差しで、見下されているのだ。以前1度、信頼したわけじゃねえ、とはっきりと告げられながらも、ならばいつの日か信頼を勝ち得たくて、痴がましく不相応な願いかも知れなくとも、厳しさに内包された優しさや包容力や合理的な理性を理解したくて、叶うならばそこへ踏み込ませて貰いたくもあり、ついでに云えば心のどこかで理解されたくもあった、盲目的に憧れ、尊敬していた、その人に。
 こんな最低最悪な状況をただ維持していようとも仕方が無い。エレンはなるべくリヴァイから見えぬよう躰を捩り、可能な限り視界からリヴァイを追い出す体勢で壁に頭を押しつけた。続きを始めさっさと終えてしまえばリヴァイも満足するだろう、或いは呆れ果て、差した嫌気に更なる軽蔑をくれるだろう。最早存分に、今までに数えきれぬ程に幾度も軽蔑され尽くしてきているのだから今この瞬間にさえまだ軽蔑されるだけの余白が有ったのかと逆にそれこそ不思議でならぬ程である。

「いつもと同じく、てめえのおかずは妄想か。あァ、今日は現実的なほうか」
「……あの…、もう、ほんとうにお願いですから、話しかけないで頂けませんか」

 後生です兵長。エレンが乞えば、リヴァイは、“そう”なんだろうが、と低く告げた。

「普段はただのクソガキ面で澄ましてやがるくせして実際はとんだ変態野郎だってのは、心底嗤えるくらいに愉快で仕様がねえよ。おまえを護るために死んでいった兵士たちも母親も、よもやこんな倒錯した快楽殺人に耽る性癖異常者を護って逝ったとは思ってもみなかったろうが、てめえは罪悪感の欠片もなく、とことん恥知らずに生を謳歌してやがる。さぞ幸せだろうな、エレンよ」

 容赦無く吐き棄てられる、如何にも穢らわしいとでも嘲笑う罵倒が、リヴァイの声であるというだけで、鼓膜が犯されてゆく程に、ここまで耳障りが好いなんて。いっそ死んでしまえと命じられているかのような快感に迸る浅ましさがどうしたって不理解の壁として、乗り越えられそうに無い巨大さでエレンの前には常に高く聳え立派な出で立ちでもって立ち塞がっている。今更恥じ入る意味も無い。遺憾無く理解りきっていたことでは無いか。だからエレンはずっと隠し続けて生きてきた。ヒトにヒトが理解出来得る筈が無い、同等に、ならば自身も他者から理解される筈が無い。そんなこと。なのにおかしい。リヴァイはエレンが“そう”であることを知っていて、口端を歪め嘲笑いながら、だがそれでいて、いつもエレンを突き放さ無い。許容もしないが見棄てもしない。だけであるばかりか気乗りさえすれば、たちの悪いことに便乗までしてくるのだ。

「っ…へいちょ、う……今回は……何人、亡くなりました、か……?」

 不謹慎な問いを吐けば、隠しもせずに思いきりリヴァイが眉を顰め嫌悪を顕わにする。それだけで。自己を呪うように蔑んだ、色めいた荒々しい吐息にさえ途方無く興奮する。これはすべて自分のものだ。エレンは閉じられもしない唇から熱い吐息を垂れ流す。高鳴りを抑えられぬ胸へと、今にも涎が垂れ落ちてしまいそうだった。



『成る程。血肉で性的に興奮すんのかクソガキ。随分な変態だな。巨人化時てめえは何体殺したんだったか──確か20体程だったか。良かったな、巨人化したおまえにも、他の巨人同様に生殖器が無くて。巨人共をぶっ潰して、引き裂き、噛み千切り、無茶苦茶に殺しまくるのはエレン、おまえのちんぽがガン勃ちしちまうくらいに、そんなにも気持ち悦かったんだろ。確かに調査兵団にはぴったりの性癖異常者だ。てめえが死なねえ限りは、これから幾らでも巨人共を惨殺出来る。嬉しいだろう』

 確認でも無く尋問でも無く断言されたのは、審議所の地下牢でのことだった。ほぼ初対面と変わり無く対峙したあのあとで、エルヴィンが去りリヴァイと初めて2人きりになった僅かな時間だ。枷を嵌められ自由を奪われていたエレンの躰はひどく熱く、これは巨人への憎しみからだけでは無い、化け物扱いされている現状への憤りだけでは無いと、リヴァイはエレンの乱れた呼吸と着衣越しにもわかる勃起した性器からそう察し結論付けた。実際、あのときエレンは、自らの生命の進退が掛かっている筈の審議開廷を待たされている身で在りながら、自身の躰の傷口による痛みと共に怒張したペニスの痛みをも感じていて、だがそんな場合では無いことも理解しており不安感に押し潰されてしまいそうであった。英雄であると信じ、盲目的に憧れ、尊敬していたその人類最強の男は、面と向かってエレンに告げた。

『顔色を変えるな。何を動揺してやがる。……兵士、それも調査兵団所属兵なんざ血肉の泥沼で生きて死ぬ。その前に1匹でも多く殺してから死ぬのが理想だ。隠し通せるつもりででもいたのか? おまえは。だとしたら本物の馬鹿だな、愚鈍過ぎで虫酸が走る。おまえについての資料を読んだが──仮に、眩しく正義感に溢れ真っ直ぐに突き進む強さだ何だとお綺麗なだけの奴が、胡散臭いがほんとうに存在するとして、“そう”で無ければなぜ、名医と評判だった医者である父親と、息子たちを巨人から逃がすために死ねる女親の間に産まれ、地下街でも無いふつうの、恵まれた暖かな家で、おそらく充分に愛されて育ったガキがたった9歳で躊躇無く殺人を犯せる? なァおい、今でも覚えているんだろう。忘れることなんざ出来ねえ筈だ。エレン、おまえの手に残る、人間の肉に刃が食い込んでいく感触、溢れた殺意への自己陶酔、それから、』

 この人には何もかもを見透かされているのだと知った。その上で軽蔑されているのだと。すべてを覆い隠し、誰にも見られたくなど無い筈なのに、いつしかエレンは躰中を奮わせていた。だめだ、だめだ、だめだ。けれ、ど。

『…既に自認、して……います。そ…んなことは、』

 巨人を削ぎ殺し自由に翔ぶ鷹のような英雄だと思っていた。憧れていた。羨望と嫉妬の入り雑じった子供の瞳で心から尊敬していた。それらがまるで虚像のようにがらがらと崩れ落ちる錯覚がエレンを襲った。違う。がらがらと音を立て崩れ落ちていったものは、死ぬまで隠し通すべきだと思っていたエレン自身の、その、あまりに頼り無く不安定な足場であったのだ。それでもリヴァイを信じた。信じることしか出来無かったからだ。しかしそれらが誤りであったのだということを、審議を終え旧本部の古城の地下室へと身柄を移され、エレンは躰に叩き込まれるように覚えた。元より自覚していたことであろうとも、他人に自身の底に隠したものを踏み躙られ、ねぶられていく日々は、耐え難い程の苦痛と共に異常な快感を助長させエレンを呆気無く丸呑みにし屈辱的な甘い蜜に屈服させようとするものであったと云っても、きっと、過言では無かった。



 あとで街の惨状を見てみれば良い、とリヴァイは言った。今回の女型捕縛におけるものが何れ程の犠牲の上に成り立ったのかを。その目で見ろ、と。

「凄えぞ。建築物やらだけならまだしも、巨人化した女型とエレンおまえの出した被害は──おまえには覚えはねえか? まるで小さなガキが蛙でも踏み潰した靴裏みてえに、無害な市民や貴重な兵士らをも踏み潰したおまえら化け物2匹の、足の裏や手のひらにへばりつく血肉と、夥しい程の死体のことだ。怪我人の数もだが、何人死んだかなんざわからねえ。それでもおまえはその事実に慚羞や追悼をしながら、結局は、後悔すると理解っていようが、おさまらねえ穢え精液ぶっかけるような真似を平気でするんだろう?」
「っ……!」

 死者を冒涜する外道な行為だ。態々言われずともエレンは充分そのことを理解していて、それでも自らのペニスを握る手に力が込められていくことに抗えず、に、擦り立てる手を止められ無い。快楽に呑まれた心身が、もうやめろ、こんなことはふつうでは無い、赦され無い、と泣き喚きたい気分で命ずるエレン自身の心を尽く裏切り続けていく。リヴァイは続ける。

「そう言やァ女型は指輪に仕込んだ針で軽く自傷しただけで巨人化したらしいが、当たり前みてえにてめえの手を噛み千切るエレンおまえは、巨人化するときの自傷ですら快楽を得ているということか。歯が皮膚を突き刺す痛み、てめえの肉に沈んでいく歯先。口内に広がる鉄の味も、おまえにとっては美味えのか。どうなんだ? そこらへんを考えりゃあ、おまえの自傷痕がなかなか治らねえのも、そこに理由があるのかも知れねえな?」
「…、ッ……はっ、はぁ…あっ」

 何を言われようとも気持ちが悦い。胃液のように競り上がる性的興奮がエレンの未熟な躰を駆け巡る。興奮を存分に孕んだ荒く熱い吐息に、今ここに存在する自身は未だ生きているのだということを全身で理解して、だから人間は血肉で出来た強くも脆い生物であると実感する。

 殺した、俺が殺した、善人も悪人も、巨人も、殺した、殺して殺して壊した──あらゆる感触がまざまざと、生々しくも甦る。

「くっ…ゥ、うう…っ、ア、ア、はあ、はぁ……あっ……は、ぁ…、はッ」

 自慰行為は悦楽を得る1番単純で簡単な方法である。けれどそれをする度に、エレンは自己嫌悪に苛まれ、これ程までに死者を冒涜するばかりなら自分が代わりに死に失せ消え入りたい程の気持ちになる。達したく無い、と思った。憧れて、羨望して、理解したくて、叶うならばそこへ踏み込ませて貰いたくもあり、ついでに云えば心のどこかで理解されたくもあった、尊敬していたリヴァイの目の前で。何れ程の覚悟で、乗り越えられそうに無い巨大さでエレンの前には常に高く聳え立派な出で立ちでもって立ち塞がっている不理解の壁を飛び越えようと努めたところで理解出来得る筈が無い、同等に、理解して貰える筈が無いと、そう諦めることで、自身の異常性を自覚しながらも目を背けていようとすることで、折り合いをつけてここまで生きてきたのに、生きて、こられた──のに。いっそ死んでしまえ、とあたかも命ずるかの如く、片手間に、曰く言い難いものなど皆無であると、冷淡に、暴くばかりでは無く、て、非領域の扉さえ破壊しに掛かってくるのだ。エレンにとってどこの誰よりも軽蔑されたく無かった、筈の、リヴァイの気紛れな手によって。

「おい、その穢え鼻血拭いて、脱げ。エレン」
「……っは、…な、ん、? っ…嫌、です」

 思わずくちをついて出た拒絶の台詞に、椅子から立ち上がったリヴァイのブーツが思いきり、エレンの下半身に向けて降り下ろされる。エレンは急所への激痛に哭泣する間も無く身を折り悶絶した。呼吸が詰まる。

「っ…! ひ、ゥぐ……ッ」
「誰にもの言ってんだてめえは…削ぎ殺すぞ。その足りねえ脳みそは、ぶち犯すにもいちいち説明してやんねえと理解出来ねえのか? なァおい、いつになりゃ終わるんだよ、てめえの反抗期は」
「ッ……そ、ちらこそ、り……かい、してい、ま、すか…、ここはっ、古城じゃ、あ、りませ…んっ…!」
「あァ? それこそ今更だろうが。馬鹿にしてんのかてめえ。おら、早く脱げよ、変態野郎」
「ここ、でっ…、お、れが、犯されなきゃならない、意味、が、わかりッ…ませんっ! ここどこだとっ……思ってん、ですか…っつ!」

 息も絶え絶え反論すれば、明らかに苛立ったリヴァイが溜息をついた。察しの悪い奴は嫌いだと。リヴァイは棚に無造作に置かれていた、清潔か否かも不明な布切れでエレンの顔の下半分をがしがしと乱暴に拭った。拭うというより、やっつけに叩き付けるぞんざいさだった。そのせいで、興奮のし過ぎで垂れていたエレンの涎と鼻血が混じり合い伸びてしまい、その顔を更に汚す。

「穢えな……てめえが愚図愚図してやがるからだ。まどろっこしいんだよ。てめえのその筋肉の薄い貧相な躰なんぞ見飽きてんだ。俺が脱げと言ったら素直に脱げ。倫理観どころか記憶力もねえ。何度同じことを言わせりゃあ気が済むんだてめえ、エレンよ」
「だから、……ッえ、待っ、兵長っ」

 強引に腕を引かれベッドから引き摺り下ろされる。倒れまいと必死に踏ん張ったことで下半身を丸出しで立ち上がる羽目になったエレンのペニスに、一気に冷たい空気が触れた。狼狽えながらもハッと下を見ると、くるぶしのあたりで下着とスラックスが引っ掛かりまるまっていた。そんな間の抜けた格好となってしまっているエレンになど全然構わずに、即ち労る気なぞまったく無くも、リヴァイは引き裂く程の粗暴さでエレンの上半身を包むシャツを頭上へと引き抜き、床に放り棄てた。

「ぃちょうっ! やめ、てくだ、」

 さい! と続けようとしたエレンの声はそこで止まった。止めざるを得無かった。背後にぴたり、くっついた他人の躰の温度を感じたからである。

「何だエレン。処女でもねえのに顔から首から耳まで真っ赤にしやがって。クソうざってえな」

 チ。とエレンの耳元で響く低い舌打ちが僅かな吐息を伴い擽ったい。リヴァイがベルトを外し下衣を脱ぐ音がして、ついでとばかりに呼吸音がエレンの首筋を這い、エレンは俯けた顔を上げられ無くなる。

「崩れ落ちねえよう空いている手ェ確りついとけよ、愚図。さっきまでちんぽ握ってやがった右手は、殺した人間の肉の感触やら血の匂いでも思い出しながらオナッてろ、エロガキ」

 リヴァイはそう言うと咄嗟に離されていたエレンの右手を取り勃起したまま先端から大量の先走り汁を滲ませている子供のペニスを握らせて、根元から扱くよう促すと、次はエレン細腰の左右を痛む程の力で掴んだ。

「…っふ、……ぁ…ッ……!」

 尻だけを高く上げた無理な体勢はひどく窮屈で、リヴァイの掴む力は強く痛い。し、シーツに擦り付けるように押しつけられた額も痛い。なのに肌寒かった筈の外気は、暑くて堪ら無く感じる程にエレンの躰を内側からも外側からも、熱く灼いていく。握らされたペニスを擦る指の腹が先端を掻いて、エレンは漏れ出る声をただ堪えようと努めた。血肉に性的興奮を覚え自慰をするエレンに、リヴァイが無体を働くこと自体は別段初めてのことでは無い。と云うか、庸俗なまでに感慨も無い、性的な意味で肌を合わせることは数えきれぬ程今までにもしてきた。しかしそれは断じてセックスや営みと呼ぶようなものでは無く、エレンの孔をつかうリヴァイの自慰行為に外なら無い。

「おい。あまり声を出すなよ。おまえの喘ぎ声なんぞ聞かれちまえば逸材女あたりが飛んでくる」

 それは頗る面倒臭い。リヴァイが、である。随分と勝手な物言いに、抗議をしたくとも、より近くで囁くような、リヴァイの唇がエレンの耳朶に少しだけ触れ、それだけのことであるにも拘らず、成長期の幼い躰は意に反し勝手に昂りを増し始めていた。

「エレンおまえ、耳も弱えのかよ…とことん気色悪ィな」
「っ! じゃあ、離して、ください…っ!」
「静かにしろ。変態野郎」
「そっ、の、変態野郎に変態的な行為を強いているのはいったいどなたです、かッ……」

 幼い頃に何気無くした父やアルミンとの無邪気なだけのいたずらのような耳打ちを除けば、リヴァイ以外の同性に耳元で囁かれたことは勿論、こんなふうに後ろから密着されたことすら家族と幼馴染みを除けば無く、リヴァイが初めての相手だった。確かにエレンは自身の異常性を幼き日から自覚しているが、だからと言って自慰しか経験も無かったある日、無情にも、正確に謂えば審議所から旧本部に移動した夜中に。宛てがわれた地下室にて、エレンの手首に手枷を嵌め直し鍵を掛けたのち唐突に、つまらん、と呟いたリヴァイによって、こんなふうに完璧に蔑まれながら玩具のように弄ばれた。裂かれた尻の孔から血が滴り、無理矢理に押し拡げられた入口から直腸を傷付けられ、内壁の肉を巻き込む拷問のような行為。そんなものをリヴァイに教え込まれねばならぬ覚えなど、エレンには無かったのだ。
 俺が変態野郎ならアンタはサディスト鬼畜野郎じゃねえのか! パフォーマンス以上の躾を覚悟で当初は余程言ってやろうかと思ったが、その前に、円滑剤などの用意どころか括約筋を丁寧にほぐすような優しさも一切無くいきなりそのまま突っ込まれ尻孔の裂けた痛みと呼吸すらままならぬ程の圧迫感で、何を言うことも出来ずに止まる呼吸を必死に繰り返し唇をはくはくとさせ酸素を求めるだけで精一杯であった。そして困ったことに、巨人化の影響か異様に高い治癒力のせいでエレンの孔は、裂傷すらすぐに治してしまい、恨むより厭うより先に、快楽のほうを覚えてしまった。それは常々いつも、幾度回数を重ねようとも、一向に変化してはくれないのだ。それは今も。何も。
 みちみち、音を立て無遠慮にリヴァイのペニスがエレンの内臓を押しやって、なかへと挿る。その圧迫感に溺れたように呼気が詰まった。

「か、ハッ、は…ぁああア゙ア゙ァっ!」

 狭い尻穴に亀頭を突き刺しそのまま腰を押し進めるがエレンのそこは毎度のことでは有るけれど狭くきつくて、全体でペニスを締め付け熱く絡み痛い程だ。リヴァイはつい先程放り棄てた筈の血塗れの布切れを、エレンのくちのなか、噛ませるよう捩じ込んだ。

「は、…んむ、ン…っ?」

 痛えな緩めろクソガキ、という文句と共にぎちぎちとやわらかな肉を裂き、リヴァイのペニスがエレンの躰内を無理矢理侵食し続ける。痛い、痛い、貴方より俺のほうがずっと痛い、ふざけんな、と言い返したくて、だがそれさえ気持ち悦過ぎて出来無い。例に漏れずまたもや裂き切られたのであろう肛門が血液独特のぬめりをエレンに知らせながら生命の音を立てている。内側へと巻き込まれていく、沈む裂傷の肉。これらは他の誰のものでも無い、エレン自身の血肉だ。エレンの“生きた肉”だ。

「んんー…っ、ゥ、ン──っ」

 喚き立て非難することどころか嗚咽も上げられず唸るくらいが精々であった。少しでも圧迫感を逃がそうと必死に息をすれば、エレンの口内を塞ぐ血の匂いが増してカンフル剤のようにより一層エレンを倒錯させる。反則だ。狡い、とエレンは憎々しく思う。いつだってそうなのだ。リヴァイに犯されている現状にすら昂って、どうしようともエレンの右手の動きは徐々に速くなっていく。気持ち悦くて痛い。痛くて痛くて苦しくて、けれども死ぬ程気持ちが悦い。そんなものを無視して捩じ込まれ侵入を果たしたリヴァイのペニスは、そのうちにエレンの尻の孔のなかへと呑み込まれるかの如く、エレンの血液により滑りいる。溢れる血の匂い。裂傷の痛み。馴染むまで待ってもくれぬ暴行の、荒い啀みのような威烈さばかりの抽挿と相俟って、手の動きがもう冗雑に過ぎて、どうにも制御が出来無い。

「俺ももう慣れちまったことだが、やはり今回も処女孔は処女孔かよ。…なァ? エレン。面倒臭えが入り口さえ突破しちまえば、あとは女とそう変わらねえ。締まりは断然おまえのほうが良いが」
「ぐっ…んん──っ! ふ、ゥ、んゔぅっ…──!」
「何だ? 血の匂いと生きた肉の感触で、てめえも愉しんでんだろう? 俺も、まァ、おまえのなかは悪くねえよ」
「っふ…、ふぅう…、ふっー……──ン゙ッン゙ン゙!」

 ぬちゃぬちゃと、流れながら押し込まれてもいる血潮が熱くて堪ら無い。鼻孔を支配する鉄臭さが堪ら無い。押し上げられ抉られ穿たれる、躰の内側にある肉をエレンの尊厳なぞ軽視どころか無いものと、部下やヒトばかりか化け物と呼ぶ生物ですら無い単なる孔であるかのように扱われていることが、堪ら無い。のが、エレンはひどく嫌だった。なのにそれらの持ち主であるべくエレンの思考を大いに裏切る躰はこの上無く興奮し浅い息を繰り返す。薄い筋肉で覆われた肉躰はどこもかしこも、リヴァイの言う通り、昂っていく一方で止まることも無く抑えられもし無い。くちに詰められ噛まされている布切れが、これ以上は保水不可能とばかりにだらだらと、はしたなく垂れ続けている涎を吸い重くなり、水滴を滴らせる。どうして今なのだと叫びたくて、しかし、叫ぶことさえ赦され無かった。

「…イッてもねえのにべっとべとだな、おまえの右手。先走りが小便みてえに垂れてやがる」

 軽蔑だけでは飽き足らず嗤いをふんだんに含んだ、リヴァイの声に促されて、視界に入れぬよう避けていた双眸を向けると、エレンのペニスの先端から垂れている先走り汁はほんとうにシーツに水溜まりをつくっており、その過剰分泌量に己のことながらエレンは恐慌し、直視するのも胸には苦痛で、目をぎゅっと閉じる。が、それは愚行である。視界を遮断してしまえば、上下に擦る度に濁音を帯びてぐちゃりぐちゃり鳴る水音が必然、誇張されて殊更大きく聞こえる。自分の躰から鳴り響く音に煽られエレンの興奮はどこまでも高く深くなっていく。

「ん゙っ…、ふ、っ…──っんんんんっ、」

 疾うに思考回路なぞ腸壁と同じく掻きまわされて、脳の大半を占めていた本能が隅々まで支配する程に広がり、繋がれた鎖をひきちぎろうとする巨大な猛獣のような情欲がこれでもかと暴れていた。自らをきつく握り擦り立てていた、手に、力が入ら無くなって、自然と外れたエレンの片手はシーツを掴み、小便を漏らした水溜りにも匹敵しそうな程そこを濡らし広がっている先走りの冷たさを感じていた。汗ばむ全身に叩き付けられる衝撃は、リヴァイが動く度にエレンの脳髄を揺さぶり、奮わせ、規則正しくぶつかる筋肉と、アナルで泡立つ艶かしい血の音さえ煩くて敵わ無い。

「ンンっ、ん゙ー……っ、…ふ、っん゙ん゙──っ」

 噛まされている布切れが邪魔で、いつものように声を上げ女のように喘いでしまえぬ苦しさを持て余す自分を、客観視して自嘲することすら今のエレンには出来無い。ただ、もうただ、リヴァイに裂かれた内部をそのペニスで擦られ前立腺を抉られている現状に躰中が熱くて、気持ち悦くて、何も考えられ無かった。考えたく無い、脳は人間的思考を放棄していた。

「ふっ、……ゔゔっ、──んっんっ、ン゙ゔぅ゙ゔゔーっ」
「っ…そろそろか?」

 抽挿をやめず尻孔を見るとヒクヒクと収縮するそこは赤く染まりきっていて、リヴァイは思わず舌舐めずりしてしまった。粘膜をペニスが擦れる度に互い火傷したような熱さが躰を疾り昂り吐きそうになる、その感覚すら気持ち悦い。訳がわからぬ程の暴力的な悦楽に、ただ一心不乱に腰を動かしていた。熟知しているくせに耳に唇が付くか付かぬかのぎりぎりに寄せて、話しかけてくる。

「く、俺の声でも反応してんのか。また締まったぞ」

 リヴァイの言葉通り擽ったさだけでは説明出来ぬ本能で、反射的にキュウと締まって窄まるエレンのアナルは無意識にもリヴァイのペニスに食い付き絡め取る。エレンの濡れた右手は再び自らの裏筋を扱き上げ、爪の先で尿道口を引っ掻くように抉り、ぐちゅ、ぐちゅ、と、また素早い動きで上下に擦る。噛まされていた布切れが閉じられ無くなった唇からぼとと落下し水溜まりの表面で小さく撥ねた。正直疾うに限界だったが、生意気な子供の声は従順さの無い強がりを口走る。

「っや、ァく、はやく、イっちゃってっ、ん…くださいよ…ッ! も、ォ…、しつこっ、ぃ、ぁ、っあ、あぁっ、」
「色気のねえお強請りだな。塞き止めてやろうか」

 また、耳元で嗤う。

「ふっぅあ、…ううっ、どー…せっ、ン、なことしない、くせ、にっ……! ひ、あぁあ、あっ、あ、あ、あ、んぁっ!」

 ぐち、と嫌な音を立て弄り過ぎた尿道口がついに裂ける、だがエレンはそれも構わずに、正確にはそれすら快感として受け入れ小指の爪の先をそこへ出し入れし残りの指はすべて届く限り擦り上げては自慰を繰り返し続ける。

「ひっ、ひ、ィあっぁあっ、くふっ…、ンン、」
「前も後ろも顔も血塗れで、それでよく萎えねえもんだ」

 混じり合い響き渡り既にいろいろ卑猥な行為がエレンの躰など乗っ取っており気絶しそうになるが、過ぎる快感がそれを許さ無い。

「ひぁ、あああっ、あっ、あっ、あぁっあ、あーっ、あッ、ぁああ!」

 あ、の形で開いたままのエレンの唇からは際限無く嬌声が出ては止まらずに、リヴァイはまたもや舌打ちをするとエレンの首を自分のほうへ強引に向かせ、噛み付くように口付けで塞ぐ。そうやって声を押し殺されてもどうでも良い、漸くにしてエレンは果てた。血と混じった精液が純粋な白濁では無い穢くもくすんだ桃茶色の絵具のように色を変えて溢れ出す。リヴァイの命令から、かろうじてずっと壁についていたほうの左手がずる、と下がった、エレンは力無く崩れ落ちる。その拍子に突き入れていた角度が突如大きく変わり、リヴァイのペニスを擦り搾る。

「っ、く」
「あっ、も、…へ、いちょうっ!」

 薄い胸筋を上下させ呼吸を整える余地も無く孔の最奥に生あたたかい精液を注がれ、エレンはついぞ抗議を込めた声でリヴァイを呼んだ。然らぬだに、シーツも床も、ぐしょぐしょに濡れていて、その上に血と精液が滴っているのだ。中出しされたリヴァイの精液もエレンの血と混じり、リヴァイがペニスを抜いてしまえばもう、ごぷごぷと滴り落ちてエレンの下半身と床を汚していくだけである。

「も、ぅ、…………どーするん、ですか兵長…これ」

 後始末が大変と云うどころの問題では無い。見るに穢らわしい、これはただの惨状だ。

「……煩えな。ついさっきまでどこもかしこも真っ赤にしてあんあん言ってやがった変態野郎が」
「……」
「どけクソガキ。そんでシーツを床に広げろ。そのついでに床と、あとはおまえのケツのなかも掻き出して拭けよ」
「…はあ、」

 リヴァイの意図がまるで理解らず──否、エレンにリヴァイの意図を理解出来た試しなど嘗て1度も無い──取り敢えずエレンは言われた通りにする。断じて女型との戦闘だけが原因では無い、疲弊し過ぎた怠い躰に鞭打って、ふらふらと働かぬ脳と痛む全身をつかい何とか剥がしたシーツを床に広げる。床を拭き終えたシーツの、エレンはその上に座り自ら開脚した中心にあるアナルに指を突っ込み、リヴァイが吐精した残骸を掻き出して小さく呻いた。

「っ……ふ、ぅ、」

 悦いからでは無い。現状、己が如何に惨めでみっとも無いかを思うと溜息すら出ると云うものだ。両手で尻孔を左右に引くとそこからこぽ、と漏れてくる精液と血液の入り混じる汚物。それでも奥のほうまでは出せず腹筋に力を込めるが上手くいか無い。見かねたリヴァイが舌打ちと共に汚れた布切れを指に纏い、エレンに四つん這いを命じた。

「手間かけさせんじゃねえよ」
「っ…ん、!」

 そもそもエレンのなかで射精したのはリヴァイであり、何より、面倒事であるならば犯さなければ良いのだが、布越しとは云え奥まで指を挿入され掻き出されている今更に何も言えずに止まってしまう息を深々と吐いた。どろどろと出てきたそれはシーツを尚も汚したが、エレンの躰はかなり楽になった。清潔とまではいかずともこれで腹を下すことは無いだろう。

「立て。あとは自分でしろ」

 非常に理不尽なことを言われているがリヴァイがエレンに対し理不尽で無かったことなど最初から無いため、今更どうとも思わ無い。エレンは残る腿あたりの血を拭い、そのまま這い蹲り床を再度念入りに綺麗に拭くと、ベッドサイドにミカサが用意してくれていたと思われる洗面器の水で顔を洗って、さてこのあとはどうするんですか、と首を傾げてリヴァイを見る。リヴァイは布切れをシーツの上に丸め棄てると、その手をハンカチで丹念に拭って、から、

「下がっとけよ、面倒臭ェから」

 抑揚無く言うが早いかベッドサイドから取り上げた洗面器いっぱいの水をシーツへとぶちまけた。ぼとぼとになったそれをブーツの爪先で纏めて部屋の隅に追い遣る。その動作にエレンはやっと合点がいった。こうしておけば先走りの水溜まりも精液も誤魔化せるだろうし、血の混じった染みは鼻血が出たとでも言えば良い。血の染みは抜け難いので、布切れごと廃棄されるだろう。しかし面倒臭い。と思った。血塗れで面倒なことになるとわかっているのだからセックスも何もしなければ良いのにと思った。けれど気持ち悦さの余韻に浸る。自分の性癖が、耐え難く気持ち悪い。同時、抗えぬ悦楽は気持ちが悦い。痛いことが好きなわけでは無いがリヴァイに虐げられるのは好きなのだろう、だって踏まれるのは嫌いだが偉そうにされるのは嫌いでは無いのだ、とエレンは思う。そのようにぼんやりとしていたエレンを現実に引き戻す、椅子に座るリヴァイの足の間にガッと頭を掴まれ跪かされると、萎えて内腿に項垂れているペニスをエレンは咥えさせられる。それはつい先刻までエレンのなかを穿ち犯していたものであり、それゆえペニスはリヴァイ自身の精液の匂いだけで無くエレンのアナルでの血と肉の匂いを混ぜた異臭を放ち、陰毛が顔に張り付いてくる感触は堪ら無く不愉快だった。

「ここの掃除が終わってねえ」
「っん、ぐ、」

 エレンの喉奥へ入り込むペニスを吐き出せずにしゃぶらされる。観念し裏筋に舌を這わせ全体を舐め取るように動く。だが恥垢なぞ一切付着していないリヴァイのペニスは基本的に清潔であるので、エレンの鼻にツンと広がる臭いは単純に血と精液の汚れによるものだけだった。

「てめえはまったく上達しねえな、ガキのおしゃぶりそのものだ」
「んっ…ひ、ぃん」

 痛いことは好きなわけでは無いのに、フェラチオを強要されながらペニスをいたぶるようにブーツ越しに踏まれ、甘い痛みがエレンの躰を疾り、ぼやけている思考を羈属する。もっと踏んで欲しくなって媚びるように見上げると舌打ちと共に離されてしまった。

「…ふ、っ……ンン」
「こら、変態。掃除だつってんだろ。何を物足り無そうな顔してやがる。勃たせたら潰すぞ」
「んは……ァ、」
「舐め取るだけにしろ。ちんぽの先っぽは吸え」

 踏まれるのは嫌いだが偉そうにされるのは嫌いでは、無い。

「ん゙ッん゙っ…ふ、ぅ」

 尖らせた舌先をリヴァイの尿道口に浅く優しく捻じ入れ、赤ん坊が母親の乳を吸うように吸い上げる。唾液を滴らせ無いよう気を付けて、エレンはリヴァイのペニスを綺麗にしていく。それでもぴちゃぴちゃと小さな音が鳴るのは仕方が無い。が、リヴァイはそれに良い顔をせず、もういい離せ、と勝手を云う。

「っ……ぷは、」

 開放されたは良いが潤む蜂蜜色はすっかり欲情している。そのことに気付きながら、リヴァイは自身の身なりを整えると、床に座り込んでいるエレンを変わらぬ侮蔑の眼差しのまま一瞥し、すっと立ち上がった。

「エレンおまえは簡単過ぎる」
「………? なに、が、っぶ!」

 ばさり、真新しいシーツを頭上へと投げ付けられエレンは我に返る。のろのろとベッドメイキングをしていると苛立ったリヴァイが割って入ってそれは素早く皺ひとつ無く整えられ、だから逐一手間取ってんじゃねえ早く寝ろ、と不躾な言葉を投げ掛けられ腑に落ちぬ。

「早く寝ろって、…手間取ったのは貴方のせいじゃ無いですか……兵長」
「俺に後始末を手伝わせておいて文句があんのか」
「有りますよ。貴方への文句なんて幾らでも。躾けられたく無いので言いませんけれど」

 リヴァイが乱入して来なければ、自慰行為のみで抜いて終わる筈であったのだ。エレンは。それを拗らせたのは誰のせいであるのかと云う話だ。
 ベッドに潜り込んでも、ちっとも寝付けそうに無い。全身を襲う倦怠感とは裏腹に目が冴えてしまっている。段々と色を変えていく窓と先程の出来事から目を背けるようにして、エレンは毛布を頭から被り眠る励精をする。

「変態なのは俺だけで充分でしょうに」
「あ? 血肉に性的興奮するド変態はおまえくらいだろうがクソガキ。俺は巨人を削ぐのは愉しいが、それだけだ」
「……自覚の無いサディストはこれだから」
「てめえ……流石に“死に急ぎ野郎”の汚名は伊達じゃねえな」

 それで、見目には綺麗になったが血腥い部屋で、毛布に手を差し入れたリヴァイがエレンの萎えきったペニスを下衣越しに掴む。

「……いッ…た、ちょっと兵長! 怖い上痛いんですが、っ」
「痛えのが好きなんだろ」

 蔑みに嗤うリヴァイの声はいけない。とても。

「人聞きの悪いことを言わないでください。俺はマゾヒストじゃあ無いので」
「ほう?」
「……何ですか」

 リヴァイは知っているのだ。エレンが知っていることを知っているということまでも。どうあっても、狂喜に揺れる心でしか、エレンは満たされ無いのだから。

「まァ取り敢えずは、生還おめでとう、とでも言ってやるべきか」
「…いやいや、兵長にそんなことを言われてしまうと、俺が、どういたしまして、とか言わきゃならなくなっちゃうじゃ無いですか。嫌ですよ」
「嫌か」
「嫌です」
「なら──そうだな。次から、快楽殺戮による発情を持て余すときはちゃんと俺を誘え」
「えー……兵長はこんな俺を嫌いなのに?」
「嫌いだからだ」
「意味が理解りません」
「どうせおまえは俺より先に死ぬ。その気色悪ィ性癖も治らねえままで。だったらもう少しでも眺めさせろと思うのもおかしなことじゃあ無いだろう。なァ“死に急ぎ”どころか、“死にかけ野郎”」

 毛布のせいでくぐもっているエレンの悪態は潸潸と、かすかに詰まる。けれど顔を合わせずに済むことが今は最も大切なのだ。他の誰もがエレンを畏怖はしても、気味が悪いと厭うても、幼馴染みたちさえ知らぬエレンの躰を知りつつ、気色悪ィ、と言ってそれでいて見放さずにいる赤の他人はリヴァイだけなのである。容赦無く吐き棄てられる、如何にも穢らわしいとでも嘲笑う罵倒が、リヴァイの声であるというだけで、鼓膜が犯されてゆく程に、ここまで耳障りが好いなんて。いっそ死んでしまえと命じられているかのような快感に迸る浅ましさがどうしたって不理解の壁として、乗り越えられそうに無い巨大さでエレンの前には常に高く聳え立派な出で立ちでもって立ち塞がっている。今更恥じ入る意味も無い。遺憾無く理解りきっていたことでは無いか。だからエレンはずっと隠し続けて生きてきた。ヒトにヒトが理解出来得る筈が無い、同等に、ならば自身も他者から理解される筈が無い。そんなことは当然であるのだ。だが自己を呪うように蔑んだ、色めいた荒々しい吐息にさえ途方無く興奮する。これはすべて自分のものだ。エレンは閉じられもしない唇から熱い吐息を垂れ流す。高鳴りを抑えられぬ胸へと、今にも涎が垂れ落ちてしまいそうだった。きっと性的興奮の針が振りきれたとき、生きている証である生命の源を吐き出して、爛れた悦びに死ぬのかも知れない。だがエレンは未だ生きている。生き延びている。早世すると言われながら、死んでしまえと願われながら、今日も、リヴァイに罵倒されて犯されて、死者を冒涜する白濁を射精した分だけ血塗れになり、しかし、生きている。悔悛し縋り付きたい程度にはもう充分にたくさんで、痛切に思い知る。

「兵長は──貴方はどんなに俺を犯しても許さずにいる。いつまで経っても綺麗なままで、そうですね、ひどく…………狡い」

 俺は、こんなにも、穢い、の、に。呟きはリヴァイに届か無かった。それで良い。エレンは短く、靜か、安堵の呼吸をする。鷹のような英雄だと盲目的に憧れ、尊敬していた、エレンはリヴァイに成りたかった。成れるものなら今すぐにでも。地下街で血に塗れ、調査兵団で巨人や仲間の血に塗れ尚、穢れ無き稀人。ソドム、背徳の象徴。幾ら何をどうされようとも、エレンの穢さはリヴァイを穢すことさえ出来そうに無い。そんな滑稽に過ぎる己が、快楽殺戮者である己が、まだ“人類の希望”だなぞと認識されていることは、リヴァイの言にたがわず、とことん気色の悪いことだとエレンは人知れず口許を綻ばせた。

 俺は穢い。

「おまえが死ぬまでは、これ以上の満足はねえってくらいに視姦して、軽蔑して、罵倒してやるよ」
「はは、……それはそれは……良いご趣味で」

 確かに心底嗤えるでは無いか。そんなものだけが正常で、至極真っ当であるのだ。リヴァイに嬲られる快楽は落ちてゆく“死の匂い”に似て、興奮のあと気怠さをエレンに齎す。冴えた頭が嘘のように霞み、奈落へ吸い込まれていく光速的な感覚はいつまで経っても恐ろしい。恐ろしいがリヴァイの手は毛布のなかでエレンの躰を通過して、束の間髪にふれてくる。乱暴に。それは優しくされるより何倍も的確にエレンを微睡みに誘い、エレンは蜂蜜色の瞳を閉じればその瞼の裏側ではっきりと見るのだ。疼き、疼いて堪ら無い、この常闇に浮かぶ情景、嗚呼ヒトでも巨人でも、それがエレン・イェーガーと謂う名の化け物らしき己であっても、はやく、はやく殺したい。
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