<概略>
中学時代/距離を間違えたふたり/ここから擦れ違う一方の。両片想い、になれば良い。






   

 無表情な笑顔なんて最低だ、と思った。

「なにを怒ってんですか? 及川さん」
「はァ? 別に全然怒ってないけど。俺。自意識過剰なんじゃねえの? トビオ」

 その返し方が最早既に不機嫌だろ、と思いながら俺は部室のベンチに座りつつ、床に無造作にばさりと置かれたまま誰のものなのかわからない練習着を拾い上げ、とりあえず自分の隣に置いておいた。親切に畳んでやったりはしない。
 しかし及川さんの顔は、顔だけは昨日と同じく笑みを浮かべているから、それ以上は訊けない気がした。ので折角黙っていてやったのに、

「ねえねえ、何で? 何でトビオちゃんは俺が怒ってるなんて思うわけ? エスパー?」

 にこにこと女好きされる甘い顔で笑って言う。きっと何も知らない誰かが見たのなら、上機嫌で、嫌われ者の後輩とも気軽く話しているだけに見えるのだろう。でも及川さんは今確実に不機嫌だし怒っているし、そのことに気付いた人間が俺だということにも苛々している。
 面倒臭いなあ、と思う。

「や、別に……、何でもないっすよ。すんません。気のせいかもでした」
「えー? 何でー? 教えてよ、トビオちゃん。俺、知りたいなァ」

 この人は。
 笑いながら俺に凄んでいることに自分では気付いていないのか、それとも確信犯なのだろうか。俺にはそのへんがよくわからない。ただ、どうして怒っているように思うのかと言われても今以上にこの人の機嫌を逆撫でせずに上手く説明出来る気がしないし、だから、やっぱり、何となく、としか答えられない。でも、いっしょに部活をすればわかるレベルのものだった。今日の及川さんはいつもより少しだけ口数が少なくて、声が枯れていて、少しだけトスが荒くて、少しだけ、バレーボールを手荒に扱っていた。ように思う。なのできっと部内でも気付いた人間は俺だけに限らない。

「トビオちゃんって、」

 呼んでんじゃん、と言われる。俺の名前に『ちゃん付け』をするような奇特な人は及川さんくらいだ。この人を除けば皆ふつうに苗字で呼ぶ。

「ねえ。先輩が訊いてんだよ? 何で? ってさあ」

 笑わなければ良いのに。そしたら俺はたぶん、たどたどしくも下手糞な説明でも何でも出来たかも知れないのに。

「……だから、…何で、なんて、言われても。何となくです」
「……ふうん? ほんとに?」
「……そんなん態々俺が嘘ついてどうすんすか」
「そだねえ。まァいいや」

 いいや、と言いながら不本意な答えだったのだろう。相変わらず及川さんはいつもよりずっと気持ちの悪い笑顔を完璧に崩さないまま、でもひどくつまらなさそうにして、から着替えを再開し始めた。どうやら俺の隣に置いた練習着の持ち主は及川さんだったらしい。ハンガーを通してもぐちゃぐちゃに皺が寄ったままのそれを、ロッカーに掛けている。
 おそらくは、たぶん、岩泉さんたちなら、この人にこんな顔のままで着替え終えさせたりしないのだろう。それ以前に、この人に、こんな距離を保たせない。俺みたいに、壁をつくらせたりも。
 例えば気付いても態々言わずにいっしょにふざけ合ったり、笑ったり、して、或いは少し心配そうな顔をするだけだろう。誰であろうとも俺以外の、他の部員だったなら、誰だって良い、俺よりは余程ましな接し方をする、気がして、俺は眉を顰めた。
 この人が――笑わなければ良い。
 俺にはどうしようともどうにも出来ないけれど、そしてどうにかしようとも思わないけれど。でも、この人は、笑わなければ良い。このままだといつかその無表情で最低な笑顔で侵食されて、俺の知っている筈の、及川さんという目標にしている凄いセッターが、『及川徹』という人間がどこにもいなくなってしまうような気がした。なんて、とても言えるわけが無くて、俺はとっくに着替え終えていた部室を後にした。最低なのは俺のほうだ。そんなことは最初から知っている。




誕生日プレゼント第2段ですよ〜!(*´`*)
臍のためがんがったぜ佐藤!笑
何だかわかりづらいけれど、一応、前記事の及川さんバージョンと繋がっているというかリンクしているというか何かそんなかんじです。
臍。お誕生日、おめでとう!
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