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<概略>
長サンド/受難/エレン可哀想/下ギャグ/ぬるい微々々えろ程度/
(ていうかただのセクハラなのでwおっさんになってお読みください)






   

 とんでもない空間に居合わせてしまった、と彼――モブリットは己の不運を絶望的な気持ちで今まさしく噛み締めているところである。けれど彼は識ってもいるのだ。ほんとうの不運に見舞われている人物が自分ではないこと、何より、自分では何の力にもなってやれないことを。のちに彼は語る。無力な自身のせいで少年を手酷く裏切ってしまったと。涙ながらに。





 ことの発端はこうだ。普段は使われていない部屋での会議後、研究結果と併せて今の案を纏めておきたいから、という理由で、んじゃっ! あとモブリット任せたっ! といつになく爽やかに去って行った直属の上司であるハンジに(これ以上何を任されたのだかわからないまま)任されたらしい彼が退出のタイミングを失い突っ立っているなか、この調査兵団にて2本の支柱とも呼べる、団長エルヴィンと兵士長リヴァイによる雑談がまずそもそもおかしかった。なぜ敢えてここでそんな話をする必要があるのか厭な予感しかしない内容であったのだ。そんなところへ、いたいけなまだ15歳の新兵がひとり。

「…あの、ハンジさんにこちらへ行くよう言われたんですが」

 と、まるでハンジと入れ替わりのように 放り込まれ 否、入室してきたのだった。
 まだ大切な会議をしている途中だったのだろうか。どうしよう。だって兵団の2トップが真剣に議論しているのだから。扉を開けたは良いがそのまま戸惑うエレンの顔にそう書いてあるのがモブリットには見ずともわかった。寧ろ、そうだよな、ふつうはそう思うよな、大丈夫だ問題ない、きみは正常だよ後でお菓子あげるね、とでも同意し励ましてやりたい程であり、そしてなぜにハンジがあれ程嬉々としていたのかそのわけまで想像のついたモブリット個人としては、来るな逃げろ! と叫んでやりたかった。無理だが。
 なぜなら、上官2人が真剣な顔を突き合わせ話し合っていた内容というのは、疲弊しているとき、極度の緊張状態のとき――もっと限定的にいうと、壁外調査の前夜と帰還後、または夜営時に、人間の本能として興奮し製造され精巣を圧迫するそれをどのように処理しているか、自慰のとき誰の何について思いを馳せどのようなシチュエーションを想像するのが最も作業が捗るかという、つまり要するにただの猥談であったからだ。

「やあ、エレン。忙しいところ呼びだしてすまないね。そんなところで遠慮していないで、ドアを閉めてこっちにおいで」
「いえ、はい。…失礼します」

 会議に使用した机を挟んだ椅子ではなく、壁に背をつけたソファに座って紅茶を飲んでいたエルヴィンとリヴァイの姿に、エレンは促されるまま遠慮がちに入室したは良いがその先をどうすれば良いかわからない様子で、大切なお話し中でしたら出直してきますと敬礼する。当たり前である。だがそれを許可する団長と兵士長ではないのだ。ただでさえそうであるというに現在上官2人は下世話な話の真っ只中であるからして。

「良いっつったら良いんだよ愚図。馬鹿みてえに突っ立ってねえでさっさと座れ。エレン」
「えっ」

 どこに!?
 もしや兵団2トップの座っているソファに!?

 エレンは相変わらず戸惑っていて、その煮え切らなさに若干苛々し始めたらしいリヴァイがぽふぽふと自分の座っているすぐ隣を叩く。すると同時エルヴィンが待ったをかける。声はリヴァイより随分と穏やかではあるが台詞が穏やかではなくモブリットは胃がきりきりと痛みだすのを耐えながら己の不運を嘆いてはいるが、だが、まさかこのまま何も見なかった、聞かなかったふりをし、まだ齢15の少年を即時に見棄て逃げることが出来る程冷徹な人間でもなかった。

「こら、リヴァイ。またおまえは……いい加減、その強すぎる独占欲を何とかしなければ次の会議でハンジと手を組んで『エレン独占禁止法』の提案を検討するよ」
「え、あ、あの…? どく…何ですか? ハンジさんがどうかしたんですか?」
「チ、…仕方ねえな。メガネは今どうでもいい、エレンよ、俺とエルヴィンの間に座れ」
「ふあッ!? なななななんでですか」
「うるせえ。文句はエルヴィンに言え」
「えええぇぇええええ?」
「ははは。別に私は私の左側に座ってくれれば構わないのだけれど、というかそのほうが嬉しいのだけれど、そうするとリヴァイが暴れる畏れがあるのでね。仕方ない。さァおいで」
「なにそれこわい」
「ぐずぐすしてんじゃねえ。早くしろ」

 生まれたての子羊の鳴き声の如く震えた小さな呟きは、低い、地を這うようなリヴァイの声に掻き消され、エレンは相当不安げにモブリットのほうを一瞥したがモブリットがどうこう出来る状況では既にない。彼は心中深く懺悔した。すまない、きみを救えそうにない私をどうか許してくれ後でお菓子あげるから。

「…えっと、で、では、し、失礼します……?」

 エレンは残念ながら聡い子供ではないがその分本能的に、予期せぬ状況への順応性に長けていた。ここはとりあえず座らなければなるまいと判断したようだ。だが見るからに凄まじい構図である。決して広いとは言えない3〜4人掛けサイズの黒革のソファに、団長、新兵、兵士長、という順に座っている。リヴァイは片手にティカップを持ち脚を組んだいつものポーズで寛いでいるように座っていて、エルヴィンはややエレンのほうへ躰を傾けながら肘掛けに肘をついてやはり寛いでいるように座っているが、彼らの間に挟まれているエレンはたまったものではない。どうしようどうしよう何だ何が始まるんだと動揺をありありと乗せた顔色で、背凭れに凭れ寛ぐどころか出来得る限りに浅く腰掛けやや俯きながらひたすら左右から注がれる視線に耐えている。これは最早いじめに近い。きっと誰が見ても『エレン可哀想』と言うだろう。例に漏れずモブリットも自分自身の胃痛よりずっとはらはらした気分でエレンを見ていた。といってもモブリットの位置からはエレンのつむじくらいしか見えないのだが。冷や汗混じりに沈黙している子供の姿はまるで蛇に睨まれた蛙である。エレン可哀想。

「なあ、エレンよ」
「はィいッ!?」

 僅かな沈黙を破ったリヴァイの呼び掛けにエレンの声は上擦った。それも当たり前である。

「てめえ…何ビクついてやがる。ふつうにしろ」
「すすすすすみませっ」
「ふつうにしろと言ってんだろうがオイ、舐めてんのかクソガキ。ああ?」

 いやふつうに考えて無理ですリヴァイ兵士長! モブリットはエレンと声なき叫びを共有していた。本人も望まぬうちになぜだか巨人化能力を得たエレンは、勿論何かと目の離せない新兵ではあるが、だがモブリットは班は違うとはいえ同じ志のもと、共に強大な敵と戦う調査兵団の仲間であると認識しており、ハンジの行う数々の実験にて助手を務めることで接する機会も多くそのおかげか、この子供が基本的にはとても素直で正直且つ人当たりも良く本来明朗快活であどけないことを知っている。こんな時世でなければきっと悪人や巨人への憎悪など、知らなくて良いことを知らずただ夢を追う無垢さを抱えたまま生きていけたろう。端的にいえば可愛らしい子供であるのだ。そんな少年を見殺しにするなど、真面目なモブリットにどうして出来ようか。しかし、どう助け船を出すべきか思案しようとも無力であるモブリットより余程迅速にエルヴィンが口を挟んだ。

「無闇に脅すものではないよ、リヴァイ。エレンが怯えてしまっているじゃないか」
「脅してねえ。勝手にビクビクしてやがるこいつが悪ィ」
「エレン、何も聞かされずに突然呼び出されて戸惑ってしまうのも致し方ないことかもしれないが、そんなに緊張しなくて良いんだよ。暫し今だけは階級など煩わしいものは忘れて肩の力を抜いてくれないかい。我々は断じてきみを罰したり害するために呼んだわけではないからね? そう、私とリヴァイは、ほんの参考までに少しだけ、きみの意見を聞かせて欲しいんだよ」
「俺の意見…ですか?」
「そうだ。俺とエルヴィンの主張があまりに正反対な上いつまでも平行線でな。結局、本人に話を聞くのが1番早く正確だろうという結論に至った」
「? あ、では、次の巨人化実験とかそういった…?」
「違えよ。てめえはハンジか」
「いやまァ巨人討伐ならまったく関係がないわけではないが…もっと重要なことだよ。エレン、きみにとっても、我々にとってもね」
「巨人討伐より重要なことなんてあるんですか…!? 調査兵団で!?」
「兵団は関係ねえ。俺と、エレンおまえの、2人の話だ。だがどう考えても俺が正しい」
「失礼ながら意味がわかりません兵長」
「そうだね。リヴァイの説明は完全に間違っている。エレン、きみと私の話だよ」
「申し訳ありませんが更に意味がわかりません団長」

 そりゃあそうだろうわかるわけねえよとモブリットは思った。ツッコミ不在、というかツッコミを入れても咎められない人間不在の空間がこれ程にどうしようもないものだったとは。今更遅いが、やはりモブリットはエレンを入口で逃がしてやるべきであったのだ。

「よし、エレン。なるべくわかりやすく話そう。男という生き物はどうしたって(ぺニスの)昂りや(精巣 ピーーーッ の)窮屈さからは逃れられない、というところから私とリヴァイの議論は始まった。それら自体は仕方のないことだ。生理現象だからね、自然現象と言ってもいい。『血沸き肉踊る』ではないけれど特に我々のように、常に生と死を分ける戦いに身を置く兵士は意識的、無意識的に関わらず(性的に)興奮状態に陥り易いものだろう。エレン、ここまではわかるかい?」
「はい。俺も壁外調査は勿論、目前に巨人が現れた場合(必ず駆逐しryという気持ちで)いっぱいになって(頭に)激しく血が昇り、昂らずにはいられません」
「…ほう、悪くない」
「激しく? それは意外だ。ではエレン、壁外調査の前夜や後夜なんかは…」
「それはもう昂り過ぎて(殺意で)眠れないくらいです。何て言えば良いんでしょうか…(胸が)張り詰めて張り詰めて、今にも(巨人への怒りが)爆発しそうで、たまらないというか。……そのわりに上手く(討伐)出来ず恥ずかしいんですが」
「なん…だと……?」
「おつけちリヴァイ」
「おまえが落ち着け」

 セクハラ中の2人共落ち着けや。とモブリットは今にも言いたくて仕様がない。おっさん共と、いたいけな子供は会話が成り立っていない。全然成り立っていない。だが目の据わった人類最強と兵団最高権力者に挟まれたまま、もしかして答え方が悪かったのだろうかと不安げに、おろおろと狼狽している憐れな子羊、ではなく、エレンを見ながらも、けれども生き急ぎたくはないモブリットは黙するのみだった。モブリットとて所詮は穢れた大人の1人。まだ死にたくないのである。
 仕切り直しと云わんばかりにエルヴィンがひとつ、大きな咳払いをした。

「失礼。落ち着けリヴァイ。そして私も落ち着こう。うん。エレンも落ち着いてくれ。大丈夫だ。ああ。エレン、きみの答えは何も、何ひとつとして間違ってなどいない。安心しなさい。それらは、きみが男として、兵士として、極々ふつうで真っ当で健康である証だ。では、気を取り直して質問を続けても良いかい?」
「はい」
「きみは、その込み上げる(性)衝動や昂りをどのように抑えている?(性的な意味で)」
「どのように…?」
「ああ。おまえにだって好みはあんだろ、エレン(プレイ的な意味で)」
「ええと…たぶん俺は(兵士として巨人討伐に命を賭して戦い続けるのみなので)まったくふつうだろうと、思いますが……あの…?」
「…そうか。ふつうか。そうだろうとも。リヴァイ、どうやら勝利の女神は私に微笑んだようだよ」
「…馬鹿言え。こいつの言う『ふつう』がおまえの言う『ふつう』と同じかどうかなんざ、わからねえじゃねえか。もっと直接的な言質を取るべきだろう。まどろっこしいんだよ。何のために本人呼びつけたんだ」
「負け惜しみか、リヴァイ」
「俺は作戦において全面的におまえの判断に従うが、こればかりは譲らねえ。絶対に俺が正しいからだ」
「……?」
「それ程までに納得がいかないというならば仕方あるまい。エレン、答え難いことだろうが、隠さずに教えて欲しい」
「はい」
「きみは成長途中とはいえ周りの同期兵士たちに比べ随分細いね?」
「は、い…、そうですね……情けない話ですが体質的なもののようで。調査兵団の皆さんと同じメニューの訓練をこなしたあとでも自主的に鍛えているんですけど…全然兵士らしい躰にならなくて結構真面目にコンプレックスを感じています。……やっぱりこんな未熟な躰のままでは俺は(兵士として)失格でしょうか?」
「いやいやいや合格だ合格に決まっているだろう寧ろ失格である筈がないじゃないかエレン。私は、きみの細腰を引き寄せて啄むようにバードキスから始めて、その未発達な全身を隅から隅まで優しく愛撫しとろとろに蕩かして漸く至る想像を鮮明にするわけだが、リヴァイはきみのことを“あいつはどちらかと言えば多少、雑で乱暴な程度に痛いほうが好きに決まっている”と言って憚らない。とんだ思い込みだ。きみは先程、自身をふつうだと言ったね。ふつうは痛いほうが悦いなんてそんなわけないだろうバーカと、この勘違い鬼畜兵士長にキッパリ言ってやってくれ」
「ちょっと待ってくださいよ! 巨人に痛覚と快楽があるんですか!?(キッパリ)」
「えっ」
「えっ」
「えっ」

 何の話??? ――瞠目した3人は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。
 モブリットは残念な上司たちに深い溜息を吐きそうになりながら何とか呑み込む。だから、会話噛み合ってないんだってば、おっさん共。いや私もおっさんですけれども。

「…………エレン? きみはエレンだね?」
「はい。俺はエレン・イェーガーです」

 そこからかよ、というアレであった。

「そうだね。……ふむ、ではエレン・イェーガー。きみは今、我々と何の話をしていたのかな」
「巨人の討伐の話です」
「……ん? んん? あれ、おかしいな? 昂りの話をしていたよね?」
「はい。壁外調査は勿論、目前に巨人が現れた場合、必ず駆逐してやるという気持ちでいっぱいになって頭に激しく血が昇り、昂らずにはいられません。そういう話ですよね?」
「おい、最早そっから違うじゃねえか。どういうことだエルヴィン」
「私にも何が何だかわからない」
「……団長と兵長は、いったい何のお話をされていたんですか……?」
「性の話だ、クソガキ。遠回しに聞き出そうとするからこうなるんだろ。おいエレン!」
「はっ、はい!」
「命令だ。答えろ。おまえ自慰はどうしている?」
「じいって何ですか」

 ことりと小首を傾げたエレンは不思議そうにしながらとんでもない燃料をあっさりと投下した。

 じいって何ですか。
 じいって何ですか。
 じいって何ですか。

 ――――何言ってんの、この子。

 だがしかしエレン曰く、

「え…あ、あの…すみません。『じい』って『自ら慰める』って書くやつのことですか? 今の流れでなぜその単語が出るのかまるで理解が及ばないんですが、あの、えっと……」
「エレンてめえ、馬鹿も大概にしろ。カマトトぶってりゃ何でも赦されると思うなよ」
「カマ…? 何です? 確かに俺は馬鹿ですが回答は真摯にさせて頂きました!」
「いやいや、しかしエレン。きみの嗜好はふつうなんだろう? つまり、ふつうの自慰をするということだろう?」
「だから、『自慰』に何かあったんですか?」

 瞬時、空気の流れが静止した。それは凍てついたと呼んでも差し支えなかったかもしれない。
 モブリットは思わず内心でイェエエガァァアアア!! と子供の氏を叫んだ。叫ばずにいられなかったのだ。現在進行形で今エレンを取り囲んでいる人間がせめてリヴァイ班の面々ならばおそらくここまでのことにならなかっただろう。たぶん。きっと。そうだといいなあ。
 だが、ここでエレンを挟んでいるおっさん2人は――仕事上ではこれ以上ない程に頼もしいこの2人は、この場において15歳の子供に性的な話を持ち掛けているどうしようもない大人でしかないのだ。

「まさか、とは思うが…エレンきみは、自慰を、知らないのか?」

 何を貴方は直球ストライクバッターアウトなボール投げてんですか団長、あとその顔めっちゃ怖いです兵士長……モブリットは頭を抱えたくなった。ついで胃の痛みも増していく。というのにエレン本人は、少しだけ困ったような、何とも言えない表情のまま、すみません、何ら意味を成さない謝罪の言葉を繰り返す。

「『自慰』という言葉は知ってます。…『手淫』てやつですよね?」
「は、知ってんじゃねえか。びっくりしただろうが…このクソガキが(ホッ)」
「ならば、したことくらいあるんだね(ホッ)」
「因みに誰に教わったんだ? つうか当然だがおまえ処女だろうな? エレン。事と次第によっちゃあ話が変わっちまう」
「何を言っているんだリヴァイ…よもやエレンが非処女である筈が!!」
「(ひしょ? 秘書? 禁書だったのかアレ)いえ、あの、誰に教わったというわけでもなく、父の医学書からです。なので辞書的な知識ならあるんです。でも正直なところ……俺、意味がわからないっていうか、意味がループしちゃって……」

 意 味 が わ か ら な い だ と ?

 今この場で1番誰よりも意味がわからないのはエレンであるなど口にせずとも珍しくも満場一致した。が、それに気づく様子もなく首を傾げたままエレンは言う。それは聞いているほうが不安になるしかない程のことだった。

「うーん…あの、ほら、例えば右手ってスプーンを持つほうの手でしょう? “じゃあスプーンを持つほうの手ってどっちだよ?”って尋ねられたら“右手だよ”って答えますよね。それに近いです。『自慰』は『手淫で自ら慰める』んですよね? でも“じゃあ、その手淫って何だ?”って思って『手淫』を辞書をひいても『自慰』とか『自ら手で慰める』とかしか書いてないわけですよ。まったく意味不明です。10歳になるかならないかくらいの頃、その『言葉のループ』が俺はとても腑に落ちなくて母に訊いてみたんですけど…ひと言“大人になればわかるわよ”と言われただけで。……あと何年経過すればわかるもんなんですかね?」

 うわああ…もうコレ、可愛いとか愛らしいとかすべて何もかも通り越しすっ飛ばして可哀想の極みこの上ない。モブリットは憐憫の思考に暮れる。無垢? 純真? 清廉? 潔白? どれも違う。エレンが可哀想であるのはこの部屋に入室してから、否、彼の存在を識ってからずっとモブリットは思ってきたことだったが、それではない。最早そんなレベルの話ではない。可哀想過ぎる程に阿呆だ。蓋然的に阿呆としか言いようがない。
 けれど兵士長たるリヴァイは怖すぎる顔で固まったまま何か呟いているし、団長たるエルヴィンは身長170cmの少年をあたかも小動物を愛でるような目で見ている。何だこの空気、つい先程凍りついていたことが嘘のように頗る生暖かい。この場にハンジが居ない分マシなのかもしれなかった。もしもハンジが居たならば彼女は床にでも突っ伏しばんばん叩きながら大笑いしたことだろう。

 っ…だから私は任されたのか!

 漸くをもってしてモブリットはハッとした。ハンジの告げた『あとモブリット任せたっ!』はここで繰り広げられている超くだらない真実を見逃さずに報告せよという意味であったらしい。直属上司の思惑通りに運んでいるあまりの現実にモブリットは空恐ろしい気分に陥った。何これ。
 しかして実際、エレンが調査兵団に入団するまでの経緯を汲むならば有り得ないことではない…の、かもしれない。巨人の襲来により10歳で母親を目の前で喰われ喪い、住居区は壊滅、父親は行方不明、幼馴染み2人と共に老人と子供ばかりの開拓地で何とか死を凌ぎ、12歳で訓練兵となり、15歳で幼馴染みを庇い巨人に喰われ、死んだと思えば巨人化能力というわけのわからないオプションのおかげで復活、けれど仲間である筈の兵から砲弾を放たれやはり死にかける、巨人化能力が無ければ確実に死んでいる、かと思いきや調査兵団に入団すべく、審議所にて人類最強からの躾という洗礼を受け、旧本部古城にて隔離。エレンの言った通り10歳の子供に親がオナニーなど教える筈がないし、だからと言って下の毛も生え揃わない開拓地時代はそれどころではなかったろう。幾ら幼馴染みのなかに、徹底した迅速強力重厚安心安全を謳う某警備システム並のエレン厨である逸材少女ミカサ・アッカーマンという女子が居たとしてもだ。というか逆にミカサ・アッカーマンという名の鉄壁過ぎる某警備システム並のエレン厨である存在があったからこそエレンに性知識を得る機会がなかったとも予測出来る。だが12歳からの訓練兵時代はどうだったろうか、と考えれば、女子の誰かとどうのこうのとなることは某警備システム並のエレン厨であるミカサ・アッカーマンが同期に居るので不可能としても、否やはり性的知識がまったくないなんて有り得ないだろう。なぜなら宿舎は男女で離れていた筈だからである。12〜15歳の、丁度思春期を迎えるむさ苦しい野郎共との共同部屋で寝泊まりし、消灯前に僅かな自由時間を与えられることを良いことに、厳しくも鬱憤の溜まる生活の愚痴を言い合ったり、唯一女子の視線が届かないのだから猥談に盛り上がることがあっても不思議ではない。寧ろ野郎ばかりの部屋で猥談が出ないわけがない。訓練兵と云えど思春期男子の原動力とは所詮そのあたりにしかないのだから。そういう環境下では必ず誰かエロ本的なものをどこからともなくくすねてくる者が居るものだ。教官には見つからない隠し場所、如何にバレずに回し見るかについて知恵を出し合い知識を振り絞る。思い起こせばモブリット自身も、ひとつふたつ歳上の者からオカズのお下がりを貰った同期にそれを見せて貰い、消灯前にトイレに籠る者が居てもそこは暗黙の了解というもの。トイレの個室で何をしていたかなど互いに口にしないのもお約束であった。なので幾らエレンが他の少年兵とは異質な生い立ちをしてきたとしても、自慰を全然知らない、などとそんなわけがあるまい。と思っていると駄目な大人が口を開く。

「おいエレン、親に教えられなくても居住区がまだあった頃なら少し歳上の同性なんかがそういう話をしなかったか?」
「わかりません。俺、アルミンとミカサしか友達いなかったんで。歳上のガキ大将共なんて嫌いすぎて嫌われすぎて遭遇する度に殴り合いしかしてませんでした」
「……」
「……」
「……そうか」

 トモダチイナカッタノカ…。

「? はい」
「ああ、しかしエレン。訓練兵の頃は宿舎が男女別だったからミカサとも離れていただろう? 消灯前の自由時間、そこではどうしていたんだい」
「? どう…って、筋トレしてました」
「……」
「……」
「……うん」

 キントレ…カ…。

「なのに筋肉つきませんでしたけど」

 耐えきれなくなったらしい我らがエルヴィン・スミスは、何か…ごめんね、と慰めるようにエレンの頭を撫でているが、リヴァイのほうは未だに追及の手を緩めない。いつも以上に顔が怖い。

「じゃあ他のガキ共はどうしてたんだよ? 居ねえと思ったら便所でヌいてるなんざ当たり前にあっただろうが。野郎ばっかなんだからな」
「あの、」
「何だエレン」
「遠慮せずに何でも言ってくれて構わないんだよ、エレン」
「じゃあ……『ヌく』って何ですか?」

 今度はそうきたか。
 段々とモブリットの表情がどこかの賢者っぽくなってきていた。巨人だ化け物だとエレンを恐れ蔑む人々にこれを見ろと言ってやりたい。巨人に人生をめちゃくちゃにされ隔離を余儀無くされている子供の姿がコレなのだ。子供を閉塞的に、隔離し育てて良いことなど何もないのだ。

「エレンよ。だからそれがさっき言ってた『自慰』だ。『自慰をする』『手淫をする』ってのが『ヌく』ってことだ。おまえの年頃で流石にそれしてねえと夢精で大惨事だろ、朝。何言ってんだ」

 半ばやけくそのような口調で早口に包んだリヴァイに、エレンはきょとんと瞬いた。そうしてあくまでも生真面目な顔でこう言い放ったのだ。

「『夢精』って何ですか?」

 またもや暫時、時が止まった。

「いやいやいやいや何を言っているんだいエレンあれだよあれ。きみくらいの年頃にはよくあることだから恥ずかしがらなくて良いんだよ。朝、起きたときにパンツが濡れていて一瞬“漏らした!?”と焦るがよく見ると粘ついた白いあれが付着しているだけだった、という生理的で当たり前の現象だよ。いやいや何、だから恥ずかしくないんだよエレンふつうのことなのだから」
「寝小便ですか? 俺そこまでガキじゃありません!」

 ――こいつマジか? 夢精もわかってねえのかよ?
 ――だって顔が真剣だよ? 真剣にぷりぷり怒っているよ? 激おこぷんぷん丸だよ?
 ――ああ、ぷりぷり怒ってんな、可愛いが要は何だ、精通もまだかもしれねえってことか。
 ――……有り得るね。
 ――……有り得るな。
 ――15で精通がまだ、か。
 ――15で精通まだとかそんな奴居るのか。
 ――居たね目の前に居たね、ただの天使が。
 ――居るな今も目の前に居るな、ただの天使が。
 
 と、リヴァイとエルヴィンは視線だけで会話を交わしながら、どうやらこの世界には神は居なくとも天使は居るらしいと結論づけ、無言で互いに説明役を押しつけ合った。説明することによってエレンから、いやらしいです! もう貴方なんか嫌いです! とか、侮蔑を顕にされてしまった日には心が死ぬ。再起不能だ粉々になる。おっさんたちの繊細なハートは10代程したたかに出来てはいないのだ。

「……おい。そこのモブ野郎」
「……リヴァイ…彼はモブではないよ。モブリットだよ」
「んなもんどっちだって良いんだよ。てめえ、エレンに説明しろ」
「ただし触ったりするのは厳禁だよモブリット」
「は…っえ、えええ!? 私ですか!?」

 まさかこちらにお鉢がまわってくるとは。モブリットは激しく焦る。だが生き急ぐことも死に急ぐことも回避したい彼は従う道を選択した。

「りょ、了解致しました…!」

 そうは言ってもどこから説明すれば良いのやら。顔色こそほのかにしか変えないが内心穏やかとはいえずにどこまでも途方に暮れながら、モブリットは息をゆっくり吸って吐いた。そしてソファに座る3人のほうへ躰ごと向き直った。モブリット先生の保健体育の授業である。

「あー…イェーガー? …ええと、つまり、だな。自慰というのは、その、まず、オナニーやマスターベーション等々呼び名は言語毎にあるのだけれど、まあ、あの…することは変わらない。きみも知っていた『手淫』だ」
「あ、はい」

 あ、はい。じゃねえんだよおおお! とは誰も言わない。何この羞恥プレイ、改めて正式名称を言わされるとすごく恥ずかしい。ほんとうは知っているのに態々大の大人であるモブリットにエロ単語を言わせ陰で3人、或いは実はハンジも噛んでいて4人でニヤニヤしているとか、そういう類のいじめなのではないだろうかと思わないわけでもないけれど、だが万が一そうだったとしても背に腹は変えられないのである。モブリットはバシバシ突き刺さる痛い視線と無防備な視線と見守るような視線に晒され既に泣きそうだ。

「て、手淫とは即ちそのままの意味で…手などで自分の性器を刺激して、性的快感を得る行為のことをいうのだが…」
「要するに自分で自分のちんぽを手で刺激すりゃあいいんだよ。これならわかんだろ、エレン」
「……手で刺激っていったい何するんですか? どの程度なら刺激に入りますか? 単純にちんこに触ることが自慰なら小便する度に自慰していることになりますよね」

 ならねーよ阿呆。最早何だか頭痛がする。どうすれば良いのこの子。モブリットは遠い目になりつつ、リヴァイがやや俯きその肩をぷるぷるさせていることに恐怖心を抱かずにはいられなかった。

「…イェーガー、自慰に必要な刺激はまず興奮が必要なんだ」
「こうふん…」
「そう、それから、1人靜かに座っていられるような…安定感のある場所が要る」
「なぜですか?」
「…いわば男が最も無防備になる瞬間なんだよ…自慰の、あの、最中は。だから、不安定な姿勢じゃ安心してヌけない」
「無防備って…そんな、自慰ってそれ程ハイリスクな行為なんですか」
「う、あ、ハイリスクか…言われてみればそうかもしれないが今はそれは気にしないで欲しい」
「では具体的にどういう場所でするんです?」
「個室があるなら誰もいない自室が最も良い、と、思う。内側から鍵をかけられるならかけるべきだ。ベッドの上でも、椅子に座ってもいいし、床でもいい。あとは…まァ、便所の個室など…だ。とにかく、周りに誰もいないこと、リラックスとまではいかずとも安定して座れて安心出来る環境であること、これさえ気を付けるように理解してくれていればいい」
「成る程」

 何が悲しくて15歳相手に自慰講習をしなければならない。激しく虚しい。こころなしかモブリットの声は頼りなくも震え気味に、且つひそひそとまではいかないが無意識な小声に抑えられてしまっている。けれど聴講してくれているエレンは真顔だ。ひたすら真面目に自慰講習を受けている。

「つ、続けて重要なのは所謂、オカズと呼ばれるものだ。これは肖像画や写真などの実物でも、単なる妄想でも何でもいいのだが、興奮するためには必須だ。因みに、ここで言う興奮というものは性的な興奮であり…生物の本能としての『子孫を遺す』ということからくる。先程、エルヴィン団長たちが壁外調査の前後が云々と仰っていたのは、殊更いつ死が訪れても不思議でない環境下では性欲も活性化するという意味での例えだったんだよ、イェーガー」
「巨人を駆逐する興奮とはまた別なんですか?」
「ああいや…我々が兵士である限り、完全にそれは切り離せるものではないと思うが…でも、きみの言う昂りとは、巨人への憎しみ的な昂りだろう? ならば(絶対に)違う」
「……よくわかりません」
「と、とにかく! とにかくだ。例えば“おまえどんなオカズが好みなんだ? 俺は歳上の巨乳が好きだぜ!”とか男同士で話しているなかで1人だけ、“俺? チーズハンバーグ”とか言ってしまえば間違いなく男友達の輪に入れなくなる。そのへんは少し気をつけるべきだろう」
「えっ」
「えっ…?」
「く、訓練兵の頃、同期とそういう会話をしたかも…しれません。……どうしよう」

 既に手遅れであったようだ。精通さえ未だにないと仮定するなら当然ではあるが。
 どうしよう、などと涙目になりつつ呟いたエレンの隣から今にも、てっめえモブ何エレン泣かせてんだ削ぐぞとでも言い出しそうな人類最強がモブリットを睨みあげ、その視線だけでモブリットは寿命が3年程削られてしまった(気がする)。

「どっ…どうもしなくていいイェーガー大丈夫だから! 大丈夫だ! この先のほうがずっと大事だから!」
「そうなんですか!」
「そそそうだとも…っ! とにかく、場所を押さえて、オカズで性的に興奮したら、次は実践方法だ」

 期せずしてゴクリと喉が鳴る。ついにこの段階が来てしまった。とにかくと言い過ぎなモブリットはまだ死にたくない。そこへ、使いなさい、と命令され手頃な太さかと思われる筒をどこから取り出したのかエルヴィンから持たされる。正直生きた心地がしない。

「とりあえず説明だけ…しよう。まずは、性器をそっと握る。……こんなふうに」

 モブリットは団長直々に渡された筒に輪を通すように、親指と人差し指をつけ握った。こんなに真剣な面持ちでオッケーサインをつくる日がくるとは彼自身思いもよらなかったが、でもこの様子は端から見ればきっととことん間抜けなのだろう。

「この、状態で…指の輪を男性器に通し、残りの指を添える。これが基本形となる。そのまま手を前後にスライドさせながら性器をしごく…と」
「どうなるんですか?」
「…性器が勃起する。つまり固くなるんだ。そのうち先端からの体液でぬめりを帯びてくれば速度も自然と速まり、ラストまでしごきやすくなる」
「…力加減はどれくらいでしょうか?」
「ち、力加減…?」
「はい! 力加減です!」

 良い子の御返事で知識を吸収しようとしている無邪気な子供を、直視することが出来ない。そんな善人なモブリットとは明らかに違う、穢れた、穢れきったおっさん共は途端まるでサンタクロースに頼んだプレゼントの話をする子供のように嬉々としてエレンの手首をそれぞれ掴み、

「最初はそっとで、痛くなければ徐々に強くするんだよエレン。そうだね…特にきみは初めてのようだから、」

 このくらいかな、とエレンの右手首を握ったエルヴィンの笑みは満面のそれと言っても良かったし、

「そしてぬめってきてノッてくるとこれくらいだ」

 と今度は左手首を掴んだリヴァイがその手にやや力を込める。態とらしい仏頂面が必死で怖い。しかも若干エレンには痛かったのかリヴァイの手の中でわかりやすくびくりと震えたのが見て取れた。ああ憐れ阿呆なばかりにとモブリットは胃のあたりを抑える。

「それでどうなるんです?」
「ああ。そうしているうちにね、急激な尿意に似た感覚がきて、『精液』という白い粘液がぺニスの先端から出るんだ。それを『吐精』または『射精』と呼ぶんだよ、エレン」
「それがイクってことだ。イクときは必ず“イク…!”と口にしろエレン」
「いくってどこに行くんですか? 兵長」
「エレンそれはな、」
「っ――うわああああもう自分には耐えられません勘弁してくださいいいぃいいっ!!」

 ついに何かがキレたらしいモブリットは叫んだ。彼はもう見ていられなかった。兵団2トップ、普段は顔を会わせるだけで心強い2人の上官だというに、今は不吉で堪らない。

「えっ、ど、どうしたんですかモブリットさん!!?」
「すまないイェーガー不甲斐ない私を許してくれ!!!」

 後でお菓子あげるからあああああぁぁぁ――と何だかもう泣きじゃくりながら逃げ去っていく彼を止める暇もなく廊下に反響するそれにエレンは思わず立ち上がってしまった中腰のまま、伸ばしたはいいが行き場のない手を硬直させた。何だ何だ何だ何がどうしたんだ。目をまんまるくさせるばかりのエレンの腰を突如、大きな手ががしりとホールドし継いで太股にもぐるりと腕がまわされる。

「ふァ!?」
「あのモブ野郎、退室の礼儀がなってねえな。…おい、俺より先に触ってんじゃねえよエルヴィン」
「良かったねエレン、後でお菓子をくれるそうだよ。…さりげなく自分の膝の上に座り直させようと体勢を変えながら何を言っているんだリヴァイ」
「おまえにゃあ関係ねえだろう」
「ならば私が掴むこの細腰もおまえには関係あるまい」
「は、はな、離してください! いた、ちょ、痛い! 痛いですってッ!」

 左右より、腰と太股を真逆に引っ張られ流石にエレンも痛みを訴えた。これではソファに座れない。ばかりか腰骨と大腿骨がずれそうだ。

「おいエルヴィン、エレンを離せ。痛がってるだろうが。おまえに人の心はあんのか」
「失礼な。先にそちらが離すべきだ。人類最強の腕力で掴まれていればそりゃあ痛いだろうね」
「お2人共離してくださいよっ!!」

 俺の骨格が歪んじゃう前に!! と懇願するエレンに、穢れたおっさん2人は決めた。よし、剥こう。

「…チッ」
「ごめんねエレン」

 つい先程エレンの手首をそっと手にしていたときは、あんなにキラキラしていた筈の目が、今は見る影もなくギラリとした肉食獣のようになっているのだが阿呆の子エレンは無警戒に声を掛ける。

「もう…っ急にどうなさったんですか。団長も兵長も」
「別にどうもしてねえ」
「俺なんかに言えた義理ではないかもしれませんが喧嘩しないでくださいよ……」
「それは無理な相談だよエレン」
「何でですか。壁内の、しかもこんなところなら仲良くしましょうよ」

 議論中ならまだしも、とエレンは言いたかったわけだが、それが通じるおっさん2人であればモブリットはあのように逃げ去りはしなかった。

「仲良くだと?」
「しても良いのかい?」
「えっ…な、」

 がつん、元居た2人の間に戻されたエレンは勢い余って後ろの壁に頭をぶつけた。痛い。痛々しい。おっさんら必死過ぎる。だがエルヴィンとリヴァイは今更仲良くすることをやめる気はない。

「てて…何ですか頭打ったじゃないですか」

 うぅ、と涙目で唸るエレンにいたずら開始。エルヴィンが細腰をホールドしているその間にリヴァイの手がするするとエレンの下衣を脱がしていく。

「モブ野郎の説明じゃあ不充分だ」
「ああ、あれだけではエレンきみも自慰など1人で出来ないだろう?」
「え、え、え、」
「実施で教えてやるから覚えろよ?」
「な、何を、」
「「決まっているだろう。自慰だ」」

 どうやら決まっているらしい。否、エレンの受難など常日頃よりいつでもどこにでも転がっており、ただ単に今日についてはこの部屋の扉を開けたあの瞬間から既に始まっていた、というだけである。大人の階段登らされるエレンはあの有名なお伽話のヒロイン(シンデレラ)では無く昼間っから夜伽話さながら追い込まれていくのだから。





「っ…ぅ、く、ンンっ……」

 現状として。只今エレンは自身のペニスを握らされたその上からエルヴィンによるおおきな手のひらで包まれている。包まれながら前後に擦られている。

「エレン、痛くはないかい」

 にこにこと微笑みながらその手を休める気はないらしいエルヴィンに、初めて襲われている未知の刺激にエレンはふるふると弱々しく首を横に振る。

「いっ…た、くは……、ぁっ、ありません…っ! で、もっ…、うぁ、」
「うん? でも? 言ってごらん」
「うぅっ…は、恥ず、かしいっ……です…こんなっ…の、……っふ、ぁ、あっ」
「気持ち悦くはないかな?」
「は、っ…はぁっ……わか、わかりま、せ……っ」
「しかし勃起しているよ、感じている証拠だ」
「ふぁっ…ああ…っ、はぁ、…はっ…」
「勃起っつってもまだ半勃ちじゃねえか。ほら見ろ、エルヴィン。刺激が生ぬるいんじゃねえか」
「っ……!?」

 がばり、とリヴァイによって無遠慮に上半身さえ露にされエレンは突然のことにヒッと息を呑んだ。足許には、ずり下げられたきりの下衣が足首あたりで絡まったままである。

「いッ、痛い、…っ痛いで、す……兵長っ」

 事もあろうかリヴァイの整った歯がエレンの乳首を甘噛みしている。

「あぁぅ、う……、ゃ、あ、あ、あぁっ」
「ふむ。ペニス同様きれいな色だ」

 若いから肌もきれいだしね。エルヴィンはまじまじとエレンを観察しながらも、ペニスを責め立てる手は決して緩めない。そして徐々に勃ち始める乳首をリヴァイは音を立て吸い上げる。

「ん…ふ、ッ、んんんっ…」

 くちゅ、くちゅと唾液を絡めさせながら緩急をつけリヴァイの舌になぶられていく。

「ッ…っぅ、ん…!? っ、ア! んんっ!」

 衣服を捲り上げられた躰が冷えて鳥肌が立つのに、それを宥めるように舐められる乳首から体内が熱を持つ。隣から抱き締めるようにリヴァイがエレンの肩に腕をまわし、じゅ、と乳首を吸うより深い音をたて、肩口近くを吸い上げられた。

「ッん…な、に、へいちょ…っ」
「際どい位置に跡をつけるんだな、おまえは…」
「うるせえ」

 若干呆れたようなエルヴィンの苦笑が落ちた。きっちりと団服を着ていれば見えることはないが、リヴァイが跡をつけたその位置は今のように私服を着ていればどうだろう、ふとした拍子にすぐ見える気がする。

「ひあッ、ぁ…だ、ん、ちょうっ!」

 執拗に舐めて甘く噛まれているエレンの右側の乳首と逆に左側のそれを今度はエルヴィンの片手が弄ってきた。窺うようにではあったが確かに引っ張られ、また痛みがくる。

「うぅっ、っ…ふ……く、」

 左右の胸を別々の人間から違う方法で捏ね繰りまわされて、思わずエレンは目をつよく閉じた。

「駄目だよ、エレン。目を開けなさい」
「こっち見ろ。ほら」

 突然の要求にエレンは睫毛を不安げに震わせながら瞼を開く。視線の先にはエレンの表情を覗き込むように、エルヴィンとリヴァイの顔。

「あ…あ…、見な、い、で……くださっ…」

リヴァイは1度そこからくちびるを離し促した。

「エレン。乳首も勃ってやがるし、ちんぽもさっきまでより固く勃起してきているのがわかるだろ」
「で、でも、痛っ…」
「痛いだけでこんなふうになるかよ。やはりおまえは刺激が強めのほうが悦いんだろうよ」
「ひ、ゃっ……、あ、うっ…うぅう……っ、ア、ゃ、あっ…!」
「エレン。ペニスのほうもよく見ておかなければいけないよ。ぬめり始めて、気持ち悦さげにしているよ?」
「っふ、ぃやだ…ァ、そ、んなっ…嘘っ……、ん…くぅ」
「ふふ、鏡がないのが惜しいね。いやらしい――女の子のように乳首でこんなに反応している」

 恥ずかしさに、目を逸らそうとしようとも両隣から固定されているので、それも叶わない。自分のものがあれ程淫靡に勃起しているところなどエレンは今までに見たこともなかった。
 そのままじくじくとリヴァイの爪で葬られる。どうしてこんなふうに声が出るのかもわからない。

「ゥ、ふっ…くっ…も、やめ、……っ痛い」
「そうだねえ…ここも、そろそろ充分にそそり勃っていることだ」

 ごり、とエルヴィンに膝で中心を軽く押され痛みと、そうではない何かの狭間で身悶える。

「あぁ、あ! ゃ、いやだっ…いやですそれ…!」

 自然に涙が浮かんでしまう。それを舐めとるエルヴィンの舌はエレンから少しだけ離れるとどこか困ったような声で、

「ああ、ごめんねエレン。きみがあんまり愛らしいものだから」

 エレンの手の上から握っていた己の手をずらし、しかし離しはせずにそのペニスの先端を指の腹で幾度も軽くノックした。その度に、溢れ出す先走りが粘度を増して透明な糸をひく。

「っああぁ、…もっ…っふ…2人共っ……、や…めっ……!」

 にちゃにちゃと粘着質な音が響いていて、エレンのペニスから溢れる先走りはソファに小さな染みをつくる程になっていた。

「ッ……っふ、ゥ、ううっ…あ、ァ……や、っ…、ふ、」

 再びリヴァイが乳首を噛みつつ舌先で転がせば、上がる官能の声。それでいて同時に下半身をも擦りたてる速度が、はやめられていくのだから、初めての感覚への処理がまるで追い付かない。

「ひぅ、うう、っ…は、あ、はあっ……あああっ…! も、わか、わかりま、した、から…っ」
「いや、エレン。まだきみは吐精していないだろう? このままじゃあ、きみがつらいだけだよ」
「んっんぅうっ……や、もうっ…! あっあっ!」
「まだだ。エレン」

 羞恥と背徳のせめぎ合いに耐えきれず跳ねるようにエレンが腰を浮かす、その一瞬を見逃さず、リヴァイの手がエレンとソファの隙間に滑り込み、尻を揉む。

「へ、いちょ、うっ……」
「こら、リヴァイ。円滑剤の用意も無くそんなところまでするのは良くない。エレンが可哀想じゃないか」
「平気だろ。別にちんぽを挿れちまおうってわけじゃねえんだ。第一こいつは、自分の手の甲噛み切るような奴だぞ」
「それとこれとは…」
「言っただろう。俺の主張が正しいと」

 途端、何の準備もされていないエレンの孔に、リヴァイの人指し指が侵入し、エレンは悲鳴をあげた。

「だめっ…だめです兵長っ……、そんな、汚い…っとこ…、あゔ、っ痛い、で、すっ……」
「痛いのは初めのうちだけだ。必ず慣れる」
「ッうそ、つきぃ…っうぅ…!」
「嘘じゃねえよ。ケツの孔の入口付近にはな、丁度タマの裏あたりに前立腺というやつがあるんだ」
「ヒっ…く、ぜ、ん、……ぜんりつっ…せん…っ?」

 先程の乳首を噛まれたり吸われたりしたのもそうだが、こんなことは、モブリットの自慰講義には出てこなかったことである。だって最早これは自慰でも何でもない。いま貴女が暮らしている現代日本社会でいう性犯罪であり立派な淫行である。

「見つけた。ここだ、エレン」
「え!? あっ!? ふ、あぁ、あっ!?」

 エレン自身でさえ直接触れたことなど1度としてない孔のなか、そのしこりをリヴァイの指先が抉るように押す。

「なっ…なに、いや、ぁ、何です、かっ……それっ……! んん、っく、…ぁ、!」
「だから、前立腺だ。覚えとけよ」
「あまりエレンを虐めてやるなリヴァイ。ペニスがはち切れそうになっている」

 いつの間にやらおっさん2人の瞳は、肉食獣を通り越し寧ろそれを獲物にする狩猟民族の目だった。だが今のエレンにはもうわけがわからない。

「ひぅう…っ、ん、んんっ……は、あ、ぁあっ! ああっ…! ふ、…もぉっ、やめてくださ…っ、ひ、あ、あっ、あぁああっおかしく…なっちゃ…っ!」
「気持ち悦いだろ、エレンよ」
「だからっ…わか、…っな、って……、く、ぅうっ、ひ、」
「それが気持ち悦いということだよ、エレン。きみのとても可愛い声を聞かされてこちらがおかしくなってしまいそうだが」
「ゃ、あ、あ、だんちょ、手、はな、離してっ…」

 前と後ろの両方から与えられる快感はエレンにはあまりにつよすぎて、閉じられなくなっている口端から細く唾液が滴り落ちる。リヴァイはそれを舐め上げると、穿つ指先を鍵型にし更に奥へと突っ込んだ。

「ひうッ! んっんんっ…は、……っゃ、へいちょ、なんか、でちゃいま、すっ…そこ、もうっ……やめてくださっ……、漏れ、そ…うっ!」

 強制的に引き摺り出されていくような強烈な感覚に、エレンは悶え、苦しい程の悦楽にすべてを持って行かれるようでひどく怖かった。その怯えているのに抗えぬといった表情にリヴァイとエルヴィンは予想以上の興奮を覚えた。

「漏らしちまえ、エレン。それは小便じゃねえ」
「我慢していてはいつまで経ってもイケないままだよ」
「っん、んうっ――、ああっ、あ、あ、あぁああ……っ!」

 過ぎた快楽による恐怖のあまり、エレンはその身を震わせながら無意識的に両隣の手をぎゅう、と握り締めた。

「おい、エレン。イクって言え」
「っふ、ぅ、う……っ、イク…! ぃや、だっ…あ、あっ…イク、ぅうっ……ッ!」

 最早喘ぎは泣き声だった。エレンはわけもわからず躰がおおきく震えるのを自覚し、同時、今までは排尿するだけの器官であると思っていたペニスの先端から、白く粘ついた精を吐き出した。その体感時間は実際より随分と長く、そして体内の熱を排出するような不可思議なものだった。びゅく、びゅく、と数回にわかれ達した果ての躰は異様に怠く、重く感じられ、っは、っは、と、荒々しい呼吸を肺から繰り出しつつ、沈みこむ躰をエレンは背凭れに預けきる。暫く動ける気がまるでしない。

「…………っ」

 端的にいって、疲れた。

「――大丈夫かい? エレン」

 エレンの射精を受け止めたらしきエルヴィンが、何か、その武骨な手を丁寧に舐めている。リヴァイは手にしたハンカチで、エレンのペニスから未だ垂れ落ちる残精とソファに染みた先走りの名残をやたらと念入りに拭っている。
 何してるんですか、あなた方。訊こうかと思わないでもなかったが、話せるような状態ではないのでエレンはぐったりとしたまま虚ろな視線をさ迷わせた。というかそれくらいしか出来ないのが正しいところだ。

「気持ち悦かっただろ。なあ、エレン」

 潔癖症がなにゆえ他人のケツ抉るんですか兵長こわい。

「今のが自慰だよ、エレン。誰でもやっていることだ」

 何で俺の精液がついた手を舐めてたんですか団長こわい。

 まったく、無知は罪である。だが、無知につけこむことはもっと罪である。エレンは、あ、そうだ、あとでモブリットさんからお菓子貰わなきゃ。と、ぼんやり考えつつ、躰は勿論だがそれよりも心労としか呼べない脱力感に深々と重い溜息をつき、告げる。

「……俺もう…絶対に、自慰なんかしません……ッ!!」

 それに対し、かくしておっさん2人は『なぜ!?』『どうしてそうなるんだ!?』などとみっともない程に大慌ての性嗜好談義を第何回めなのか繰り広げるしかなくなるのだが、エレンからすれば当たり前の話であったのだった。なぜならばこんなことをしていては万が一壁内に巨人が現れても躰が動かぬため戦えない。そりゃあこんな危険で無防備な行為、賢明だった母は教えてくれなくても仕方ない。ぞくぞくした寒さと熱さに翻弄され五感がおかしくなり結果抗えない脱力感と虚無感に落とされる。母はいつだって正しかった。
 エレンは刻み込まれた恐怖に身震いしながら内心で叫ぶ――『自慰……ハイリスク過ぎる!!!!!』。
 せめてまだこの場にモブリットが居たならば、うおおおおおイェエエガァアアきみにおっさん共が教えたコレふつうに自慰じゃないからああああ!!! とエレンに与えられてしまった誤った自慰知識を訂正してくれた、かもしれないが、彼は今ここではない某所にてハンジにより、

「どうしてエレンの精液採取してこなかったんだよおおおモブリットのバカァアアア!! これじゃあただおっさん共が得しただけじゃあああんん!!!」

 などとマジ泣きで喚き散らされ叱られる、という理不尽を受けている真っ最中であった。分隊長、泣きたいのはこっちです、とモブリットは思った。そして再度こころから、自分より余程可哀想な目に合わされてしまった筈であろう巨人化可能な憐れな新兵へせめてもの誠心誠意と償いの気持ちを精一杯込めて、何なら土下座つきでもいいくらいだ、菓子折り持参で謝罪したい。




あまりに遅くなり申し訳ありません。私をおっサンドの∞的魅力に目覚めさせてくださった『よもぎ餅』のあすみさんへ捧げます。何かもうほんとうにすみません…エレンにセクハラしまくる長サンドを書きたくてこのお話を書き始めたというになぜか何度も行き詰まり、完成まで随分かかってしまった上に全然えろくない、ていう…!ですが性的アホの子エレンは書いていて楽しかったです(笑)。年甲斐のない変態ふたりも(笑)。あとモブさんとんだトバッチリ!モブさんは普段からハンジさんに振り回されているからか、すぐ胃腸がきりきり痛むダメージを受けているイメージ!(勝手な推測)
しかして真面目に自分の力不足を痛感致しました。あすみさんのみ返品・書き直し依頼OKです。萌える長サンドってどうすれば書けるんでしょう。あう!
ですがいつも通り、愛だけは!愛だけはたっぷり込めておりますので!!
どうか楽しんで頂ければ幸いです。
ビバ!おっサンドーーー!!
(サンドどころでは無くうっかりただの3P展開にしてしまいそうになったことは内緒です)
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